帝国兵となってしまった。   作:連邦士官

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序章
1話


 それはある日のことだった。日本の自宅で寝ていると前触れも前兆もなく、おかしなことになってしまった。

 

 朝起きたと同時にわかった。部屋の内装も変わり、やっとの思いで見つけた鏡。この鏡の中にある幼い顔つきの軍服に金髪、しかしどこか懐かしさ感じさせるドイツ系の顔立ちが映っている事である。俺は日本人だったからこんな顔ではない。

 

 横の窓を見ると小鳥が囀る朝でレンガ造りの石畳の町並みが見える。こんな異国情緒あふれる場所は日本では神戸、横浜、函館などでしか見ない。それにこんなに新しく見えない。それこそ、もう老朽化しているはずだ。こうなってしまってなければ、おしゃれな外国だなと思える程度には綺麗な町並みだ。

 

 そう、こんなことになっていないのならば、本当に本当に清々しい朝でコーヒーかなんかがあれば良い朝と断言できる。

 

 が、この訳がわからない現象によって、混乱で自分の感情がわからない。よく色んな転生する主人公がいるがどんな気分だろうかと考える。

 

 当事者であるこの私。肥田慎吾がこんなことが朝起きた時に異変が起きたなら、こういうことになってしまうと、まるで階段からぐるぐると回り転げ落ちるようなような感覚を味わいながらただボーッとしてしまっていた。気が付いた時には朝の景色が変わっていた。

 

 立ち直るとまずはどうなっているのか情報収集すべきだよな。まずわかったのはこの体は職業は大学生だということだ。

 

 日記を見るとそこそこ良いところの坊っちゃんで小さな領地を持つ地主の息子らしい。しかし、何がどうなってるのやら?まだまだ足りない情報が多い。かのホームズなどもいっている。どんなに不都合な事実も情報を集めてできたジグソーパズルは真実なのだ。

 

 部屋のドアを見るとそこには新聞と手紙が届いている。書かれていたのは1914年という年号。やはりゲルマン語のようなものであり、何故かそれは読める。この土地の名前なのだろう、メメールール新聞と書いている。諸君らの!我々の!偉大なる冠たるライヒは今日も健在‥‥かつての栄華の再来、ライヒの工業力の増加は他国を圧倒している!大王の顕現は間近と書かれ、国際政治の解説が次に続く。

 

 

 もう一つの手紙にはこう言う風に書いてあった。

 

 

 

召集令状

 

フリードリヒ・デニーキン・ジシュカ殿。貴殿の魔力数値の検査は書類行政的なミスにより過小評価されていたとわかった。

ついては一度は徴兵は終わっているが、今回の通達を栄華あるものだと聞くべきである。

 

貴殿は航空魔導師に選ばれたのである。この名誉はライヒの国土よりもあまりあるものである。

 

一週間以内に最寄りの基地があるダンツィーまで来ること以上である。

 

なお、特別な理由がない場合に召集を拒否すると徴兵法の刑罰項目が執行される。以上のことは留意されたし。

 

 

 

 なんなのだこの手紙は?事実上、そちらの役所の手違いであるそういったミスで再び徴兵に行くようで、新聞を見るに魔導師の徴兵逃れについてなど書かれていたことから、社会問題になってるのだろう。

 

 がだ。社会問題になってたのになぜ、間違いは向こうであり(間違えるのは人間がやっていることだからわかるのだが)、そこから更にもう一歩踏み込んで、こうも人に上から目線の手紙を送るのだろうか?なぜ素直に謝罪もできんのだ?今はこうなってよくわからないと言っても19歳の体だ。

 

 健康ではあり、大学には徴兵については行けと言われるだろう。新聞から得た知識によると軍国主義国家であり、軍靴がそこら中に音を鳴り響かせてるのだから仕方がない。それにしても妙な気分である。軍隊送りとは。私は極めて平和的な人間で勘が少し良い程度の軟弱な現代人なのに。

 

 ゴソゴソと調べて大学には手紙を持っていって休学にしてもらい、大家にも手紙を見せて引き払う準備をした。その際、部屋にあった服や本の殆どは大家が紹介した雑貨屋に引き取ってもらって路銀を集めた。駅につくのだがお上りさんのようにキョロキョロと見回して、どの汽車に乗ればいいかわからないのでこの手紙を見せて、駅員に調べてもらった。そうすると賃料は無料らしい。

 

 割と財布が温まったところでダンツィーまで向かうこととした。列車の中には軍人やら家族連れやらがごった煮のごとく押し込まれていた。みんな、割と良い暮らしをしていないのだろうが現代よりも笑っているのが印象的だった。

 

 

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 汽車に揺られながらも窓を見ていると町から町の間隔が広く、工場から黒い煙が上がっていた。これを見るに、新聞にあった工業力が云々というが実質的には古いのだろう。光化学スモッグもあるように見えるとするならば、きっと科学力や工業力は第一次世界大戦前後ぐらいなのだろうか?

 

 そういえば、雑貨屋も服は基本は仕立て屋に作ってもらうとかなんとか言っていたな。既製品の服は珍しいらしいのだ。とすると服に人間が合わせる現代ではなく、人間に服を合わせる時代なのだろう。とはいえ、ポツポツと既製品は出回り始めては来ているようで、隣の男性が読んでいる新聞の記事には商業主義の権化、合衆国では服を大量に作ると批判していた。

 

 窓際の自由席に座ったが魔導師の徴兵に行くというだけで人々が避けてくれたり、握手を求めてきたりと軍に対して極めて親密な国家である。権威的だからなのか?それはわからないが。

 

 などと考えている間にもう中間地点だ。なぜわかるのかといえば路線図を駅員に貰ったのだ。軍人に対してはやはり甘い。しかし中間地点と言っても数時間ほどの中間地点でしかないのだが、色々あったせいで昼頃に出て、あっちの紳士がしきりに確認してる懐中時計の針を見るに今は15時前後、おそらく着く頃には日は暮れている。

 

 ならば着いたあとには宿くらいは見つけたいものである。最悪、乗り合わせてるあそこの軍人に甘えればよいだろう。人々の対応を見るに、そこそこ優しくしてくれるに違いがない。

 

 どうしてもの場合だからそれは奥の手だ。大体は勘に頼ればいい方向に行く、生まれてから道に迷ったことはない。それよりも情報を収集しなければならない。

 

 こんな時のために本を持ってきたのだ。帝国史についてという本を。なになに、帝国の北には潜在的な敵国のレガドニア協商連合、東には潜在的な敵国のルーシー連邦、西には潜在的な敵国のフランソワ共和国、海の向こうには潜在的な敵国のアルビオン連合王国、更に向こうには潜在的な敵国の合州国、南には潜在的な敵のイルドア王国、友好関係にあるが敵対する可能性がある秋津島皇国・ダキア大公国

 

 潜在的な敵しかいない。国名から見るとこの世界は、幼女戦記の世界だと思うが頭悪いだろう。誰よりも強くなれば外交がいらないとかイカれている。しかし、このままなら負け戦に出されてしまうから過激な論文で除隊させられて逃げればいいと思った。それにこの国に愛着はない。

 

 そうと決めたら襟首を正してきっちりと上着を整えた。決まった。過激な文章による不名誉除隊と合衆国へ亡命してやる。それに坊っちゃんとは言えど両親は既に他界し兄弟も何もいない。

 

 なら、その資産を活かして生き長らえるのは合衆国だろう。帝国へのどんな文がいいか考えながらも頭をひねり回しながらその作戦をまとめていた。

 

 まず、徴兵に来た者たちに教える教官よりも上の人物に書き上げた怪文書的な論文を上げ、是非を問い軍の規律を乱す。それを積み上げて追放されるわけだ。極めて簡単なロジックですぐにできる。

 

 そうと決まれば揺れる車内でもそれぐらいの文章は書ける。まずはくどいくらい民間の民需や市民生活を考えた論文で石油がなくなり、食料がなくなり飢えるだろう展望と海軍の無策さと国内経済の枯渇による戦時経済の死亡。

 

 また戦時には中央銀行の無制限の国債や軍票回収ができるが、それを支えるのは農地という資本であり、農地は農民がいないと農地たり得ず、全ては農地という国家資本と商業主義による交易の外貨獲得にあり、帝国は火薬と肥料を両立させるほど窒素はまだ作れておらず、石油が手に入らなくなれば民間から集めるしかないが、そうなると農民の機械が動かせないため、農地がだめになる。

 

 そこまで来ると作戦を維持するための策源地を確保維持するために橋頭堡をつくり、策源地のために戦争することになる。   

 効率化で国内の統制をしようが物理的な物資不足は耐えきれるほど帝国は強くない、ならばそれを支える国家を構成する企業や人間に投資するほうが正しいのではないだろうか。など、現在の軍や政府政策に対する批判を散りばめていた。

 

 これならばきっと軍にふさわしくないと追い出してくれるだろう。そうじゃなければこの時間が無駄になる。無駄にはしない。

 

 書き上げたときには夕方で夜に近い、太陽は歪み沈みゆく、車両を降りたあとにそんな太陽を少しだけ見ていた。太陽は変わらないどの世界にも日は沈む、人々はいそいそとする。未来よりも今日明日をどうするか必死になるのが人の性であり、性は変えられない人は大きな大河である歴史というものの流れに乗るカヌーやサーファーなのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 などと考えていると後ろから声をかけられた。

 「どうしたんだ?若者だから道に迷ったのか?」

 

 40代から50代に見えるの軍人だ。服装で金モールと象牙があしらわれたサーベルでわかる。

 

 怪しまれないようにそれっぽく答えるようにした。

 「私はこれから訓練所に呼ばれている。ただそれだけのことです。だがそんな私が田舎から出てきて街を見ていた運命じみたものを感じていて。」

 

 相手がお上りさんかと気を緩めた顔をする。直感だが悪い人間ではないだろう。敵意は感じない。

 

 「そうか。立派な町並みだろ。数百年前からある。タバコを失礼。軍人の楽しみはタバコとコーヒーと自分の靴磨き。そして、今座ってる椅子を尻で磨くことぐらいでね。訓練しにきた若者には夢がない話だが。」

 隣の軍人は鷲とドラゴンがあしらわれたタバコを吸っている。それは紙タバコだ。よく見れば周りに吸い殻が転がっている。赤い空におじさん軍人が紫煙を上げる横に見ず知らずの若者がいる。まるで古い映画のワンシーンのようで笑ってしまった。

 

 「そんなに椅子を尻で磨くというジョークが面白かったか?」

 目を輝かせている年寄り特有の長い長いジョークに付き合されそうで、誤魔化すために口を開いた。

 

 「いえ、先任軍人どの。見ていたのは街ではありません。どんな田舎でも、都会でも、そこには人々がいて、人の営みという夜空の星々のような輝く光があって‥‥そこには必ず息遣いがある。なら、訓練を受ける私は、フリードリヒ・デニーキン・ジシュカは、これらを守るために訓練を受けるというのは、いささか大役で力不足であると痛感していたのです。力というのは、常に、権力者が大いなるものを歌いながらも弱者に下す、一種のサディスティックな行為だ。兵士として暴力装置足り得る存在に、自分がなれるかわからないと‥‥そう思うのはおかしいですか?」

 ポエムチックになりすぎてわけのわからない長文を吐き出してしまった。なんの意味があるんだろうか?

 

 「新兵くん、私だってそのくらい悩んでいたときもある。時には暴徒の鎮圧などにも派遣されるからな。しかし、誰かは汚れ仕事をしなければならない。なら、老人の私達がやるべきで未来がある若者にはさせんさ。」

 新たにタバコを吸って間を開けてからこちらを見る軍人の顔は夕日に照らされてにこやかだった。何者なのだろうか?この軍人は?

 

 

 「軍にもそのぐらいの分別ぐらいはあるつもりだ。何事も新しくやるのだから君みたいに思い悩むのも仕方がない。だが見てほしい。我々軍が守ってるからこの営みがある。人がいる‥‥国は人が居てこそだ。だからこの国を守りたいのだ。君の名前はフリードリヒくんだったね。私の名前はハインリッヒ・バークマン。陸軍特務上級大尉だ。君のような若者は歓迎だ。」

 手を差し伸べられた。断る雰囲気でもなく、理由もないから握手をした。そうするとバークマン‥‥特務上級大尉?士官学校も出てない叩き上げの軍人ではないのか?特務と上級が付いてるとか何をしたらその階級になるんだよ。実質、軍の中はともかくとして兵士からしたらなら、この人と少佐が同じ戦場にいたとして優先されるのはこの特務上級大尉だ。軍学校もいかずにそうした経歴を持つ人を選ぶの必然だ。

 

 新入社員より30年いるパートが実質リーダーなように当たり前の話だ。というか、やっぱり何をしたら特務がついて上級が付くんだよ。よく見たら略章で胸元がカラフルだし、帽子にも徽章が多数ついてる。戦間期でこれだけ徽章を貰えるとか特殊部隊かなにかか?そうだ。教官よりこのバークマンに論文を渡したほうが危険思想による除隊になるだろう。

 

 「私は立派な軍人と握手ができるような人間ではありません。こんなものを書いていますから。」

 さっき書き上げたばかりの論文という名の国を痛烈に批判した怪文書を渡す。表紙にはそれっぽく【継続国家百年ノ計及ビ國體ノ保持ナラビニ帝政永年ノ意見書簡】と書いた。

 

 「なるほどな。そういえば訓練所の寄宿舎は知っているのか?」

 知らないと正直に話すと、バークマンは案内図を書いてくれた。

 

 バークマンの案内図に従った先にあったのは古い石造りの建物で此処かと一人納得して入っていた。

 

 


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