帝国兵となってしまった。   作:連邦士官

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第10話

 

 中央参謀本部を走りながら、レルゲンを探す。堂々と背筋を伸ばして歩く。常に堂々としていれば大抵の人間は疑問を覚えない。途中遠目にゼートゥーアとルーデルドルフらしき姿を見た。戦史資料室と書かれた部屋に入る人影を見た。その後に続くのはあの眼鏡の形はおそらくレルゲンだろう。

 

 偶然を装い、歩いて戦史資料室に入る。中は古い紙の匂いとインクの匂いで満ちていた。そして、人影に探りを入れると気配を感知して偶然を装う。

 

 本をわざと落とし、物音に「誰だ?」などという声を上げて来たのはやはり、レルゲンだった。

 

 「少々、本を落としてしまって申し訳ない。フリードリヒ・デニーキン・フォン・ジシュカ少佐であります。貴官は?」

 その言葉にレルゲンが目に力を入れたのがわかった。どうしたんだ?俺がなにかしたか?そして、落とした本を渡す。

 

 「小官はエーリッヒ・フォン・レルゲン少佐だ。この本はロマノフスキーの‥‥貴官はバークマン近衛中将からの命でここに来たのか?」

 一応、そういうことになってるので「そうですが。」と返事をすると「なるほど。」と返される。コミュ障かなにかか?そう考えているとレルゲンはこちらをじっと見てくる。何だこいつ、喧嘩番長じゃないんだからメンチ切られても何も始まらないぞ、ポケモントレーナーのほうが目と目が合わなくてもバトルが始まる理不尽仕様だが。

 

 「貴官は、バークマン近衛中将をどう考える?」

 いきなりなんだよ。若い部下と話題がないからって脈略もなく話を振る中年か?バークマンについては知らないよ。ロメールに聞いてくれ。

 

 「部下想いとは言われてますね。一般的には。一兵士からは親父とは言われてます。あとは、帝国主義というか。」

 それ以外は俺はよくわからん。話せばわかるタイプといえばタイプだがあんな風に振り回されるのは御免だ。それにあのおっさん、たまに狂気が見え隠れしている。

 

 「あれが、あれが!帝国主義だと!帝国的だというのか!」

 帝国主義者以外の何者でもないだろう。縦深防御のための土地を確保するためだけにダキアをああやった訳だし、それにトルコ相当の場所やついでにウクライナ的な場所まで欲しがっていて、防衛のためには必要と言い張っている。

 

 「レルゲン少佐。あれが帝国主義の正体です。策源地や防御陣地を求めて活動をして、商業圏の拡大を人々はしたいわけです。帝国国家の正体は商業圏の拡大と本質的には外敵を得ることで内部の不満を発散させる行為にあります。文句を言う相手をぶちのめせば気持ちがいい。スカッとする。そんな国家の住人の自分は優れているんだとね。だから、みんな戦争が起きる前や起きたあとはイケイケとか騒ぐ。しかし、終わらせ方は誰も知らない。優越感による多幸感が目的で、それ以上のものはないわけです。いわゆる薬物依存と同じの快楽主義者と言っていいでしょう。だからといって、全ては否定できません。なぜなら、それは優越感による弱者の救済なども起きるので。」

 更に言葉を続けようとするとレルゲンはこちらを一瞥してから、止めた。

 

 「それ以上はよせ。いくら、ダキアでやりきった貴官であってもたとえバークマン近衛中将でも無理だ。これは許されない。わかるか?それは否定だぞ!」

 帝国のことなんて言ってないけどなんだよ。いきなり‥‥どうしたと言うんだ。一般的な帝国主義についての話をしただけだろうに。

 

 「否定も何も‥‥放っておけば様々な資源の高騰により、崩壊するのが今の植民地です。植民地で消費される原材料や人員労働力が割に合わなくなり、統治料が国家の利益を超え、民間だけが焼け太り、それもやがて軋みを上げて自治権から形式上の独立などに繋がり、経済の一部は握るが本国との軋轢を産み、軋轢と貧富の格差からくるものがやがて共産革命を成功させ、それも一時のことで社会資産が乏しい元植民地の国家は崩壊し経済が立ち行かなくなり、資源があればそれを買い叩かれ、人しかいなければ農地や工場を作られモノカルチャーとして統治費用なしの経済植民地にされる。そして、搾取の連鎖は止まらずに安い外地の生産品により、本国は金融などに注力し産業の空洞化を招くでしょう。」

 知りうることはこれぐらいだが答えれる範囲で答えれたはずだ。

 

 「ジシュカ少佐、それはやがて連合王国は崩壊すると?例えそうだとしても帝国を拡大する理由にはならない。それにその話は今は関係ないのではないか?」

 それは関係あるよ。全部を見ないといけない。

 

 「レルゲン少佐、我々は近代国家です。まず、相手との国力差を見るときに国民総生産や国内総生産ならびに、相手国との国民一人あたりの収入差、工業力規模とそれの維持にかかる人員や資源量、それ以外にも資源生産高、備蓄量、予備役の残りの人数、並びに輸送距離と輜重部隊の人員数、そしてそれらを守る人員、計算力資源。上げたのは一部ですがそのすべてが必要です。つまるところ次に来たる戦争は国家の総結集である総力戦です。諜報能力まで果ては出生率と乳児死亡率すべての数値が関係する大規模で類を見ない戦闘が起きます。それに15歳から65歳までの人員は動員される国家総動員が起きれば‥‥。」

 レルゲンは手に持った本を落としそうになり、もう一方の手で捕まえた。そして、こちらを見据えてくる。

 

 「それは!ジシュカ少佐、その話では戦争の火種に対して相手の銃後を破壊し尽くし、輸送船や鉄道、車に馬車、果ては病院や学校までも市街のいたるところを破壊し尽くし、敵の生産力や国民などもすべて破壊すれば勝てると言っているようなものだぞ。それは流石に誇大妄想では?」

 いや、そんなことを言われても総力戦ってそんなものだしな。ターニャおじさんが居たらそういうものと納得してくれるだろう。ロジカルに戦いが起きるわけではないがロジスティックスが発生しない戦いなんてないし。

 

 「文学的に言えば、戦争から輝きや煌きやら英雄が織りなす戦術的な活躍と魔術的な戦争美術で作り出す大戦術が作り上げる美がついに勝敗を左右するのではなく、国家戦略や国家思想、大戦略、国民の帰属意識、ナショナリズムを始めとする民族や国家意識。それ以外にもパトリオティズムと言った愛国心や忠誠心そういった一種の国家を縛る呪術じみた形を持たない社会法則的な概念に、物理的な法則が作る戦術や大戦術が立場を奪い取られてしまうのが近代戦争です。」

 そしてと続けて左手を上げて、握ってからそれを俺はそれに気づいて手を離して、ごまかすために目元をもんだ。

 

 

 「国民を納得させれないのなら決定的な敗北まで軍や政治家はどこまでも白骨の鉄道を作り上げ、さもそれが素晴らしいことかのように謳い、国民に戦時国債を買わせ、時には軍票すら配りそれでも足りないと中央銀行に無理やり債権を買わせて、政治家は戦争を継続させるでしょう。民意がある限りは戦争は終わらず、民意がなくなっても今まで失った人員や資源を惜しんで軍や政治家は戦争を継続させるしかなくなるでしょう。それは不完全な終わり方で問題は解決してないゆえに終わらないワルツを踊るようなものです。」

 そして、また気がつかないうちに首元についた鉄十字の勲章を触っていた。そして、それを離してレルゲンの首元を指差す。その後に胸を指さした。

 

 「例えばかの有名なアレクサンドロスや、カエサルや、フリードリヒ大王、東洋で見ればティムール、チンギス・ハンやらアッティラ、呉起や白起、韓世忠、楊大眼、陳慶之、岳飛、李靖、韓信、李牧などが兵士達や民と一緒に時には危険と飯を分かち合い、軍馬で戦場を駆け巡りその動きこそが帝国の運命を決し左右し人々が夢に抱く物語を作り出す。今やそんなことはもう、なくなっております。近代国家においてのこれからの英雄は、安全で静かでいて物憂い事務室の中に鎮座していて、タバコをふかしながら敵は資料や決裁書で、周りには兵や将軍に取り囲まれることがなく、書記官達に取り囲まれて座る。」

 それを聞いたときにレルゲンの眉が動く。そして口を開こうとするレルゲンに手で待ったをかける。もう俺はわけがわからないがこれを喋りきらないといけない。そうじゃないとおかしなことになる。

 

 

 「そして、戦場のそう多分ラインあたりでしょうかまたは帝国の北の半島やルーシーとの国境、イルドアかもしれないが、一方で何千何万いや何十万という兵士達の戦列が、そこにもある電話機が出す一本の通知や通信が奏でる打電によって、そう機械の力によって殺し殺され、この世から息の根を止められるのです。これから先に起こる戦争には、女子供は関係なくましてや区別なく作為もなく無差別に一般市民全体を殺すことになるのでしょう。その結果はやがて参加国には、無制限な限りのない空のように青天井の力が必要になる。」

 一拍おいて、どうやって話に蹴りをつけようかと思った。もう話し出してしまったら止まらないのだ。でも話は終わらせないといけない。助けてくれよバークマン。いや、来たら厄介になるからガーデルマンきてくれ。

 

 

「一度、一度です中央参謀本部が作戦や行動を発動したのならば、行動されたのならば、制御不可能となるような戦争という合理的で不条理なロジスティックスな猛獣がその牙を見せびらかして、破壊のための活動をするそんな戦いを近代国家は生み出すことになる。その時に人類ははじめて思い出すのです。我々は大地に縛られ国家に縛られ職業や戦いに縛られ、追いやられてその結果がこの近代国家であるとね。自分たちを壁の中に追いやりその壁から他の人類を絶滅させることのできる道具である暴力装置の進化を手に入れた。この話やそのそれこそが我々人類の栄華と労力と夢と希望の果てに、残った最後の到達した運命という希望の成れの果てであるのではありませんか?しかし、私はそれでも人類は何度でもきっと何度でもそれでもと言い続けれると信じたいのです。それが人類の力です。神すらも凌駕する存在こそが人類の意志なのです。」

 よくわからないが綺麗にまとまったと思う。一方的になんで俺が話してるんだよ。俺のほうがコミュ障だろこれ。意味のわからない妄想じみた発言を聞いてレルゲンはどうするんだろうか?

 

 「貴官が言いたいことはある程度わかった。ではその近代国家が作り出す残虐と破壊のワルツはいつ開幕するというのだ?今年か?来年か?それとも100年後か?具体性のない話は困る。しかし、近代国家への貴官の思いはわかった。参謀本部でも議題にあげるとしよう。」

 いや、悠長なことを言ってられないと思うがそろそろやってくるから軍靴の音を鳴り響かせて人々を縛り付けるだろう戦いは。

 

 「具体的に言うのならば、再来年に1923年に起きるでしょう。情勢が変わらないのならばきっと。その時に戦いは起きるわけです。起きてから終わらせ方を考えても遅い。東洋には戦争を終わらせて、抗戦派による反逆まで抑え込んだとされるのにただ負けの講和を結んだことからその時から今に至るまで責め苦を受ける秦檜という人物がいます。戦争により台頭したナショナリズムやパトリオティズムは止まらないのです。それだけは忘れないようにお願いします。」

 と告げてレルゲンに会うのは失敗したと逃げ出すように去ろうとするとレルゲンに「ジシュカ少佐。」と呼び止められた。

 

 「ならば、それまで覚えておこう1923年だな。その近代国家による戦争、近代戦と言ったらいいのか?銃後を叩いて生産力を削ぎ、帝国が何方面も戦線を抱えるその巨大な‥‥形容するのならば世界大戦とやらが起こるのは。起きなかった時には貴官とてバークマン近衛中将とて、軍の座を去ることになるだろう。それぐらいの発言をしたのを貴官も自分で覚えておくといい。」

 うん?レルゲンは1923年に戦争が起きなければ俺が軍を辞められると言っている。ならば戦争回避に動けば合法的にやめられるのでは?これはイスパニア行きどころではない。

 

 早く、戦争を回避しなくては。じゃなくとも大使館で前線に出ることはないが、大戦も起きないし俺も軍をやめられるこれって最高の上がりってやつじゃないのか?ハッピーエンドってやつだな。頑張るしかないと中央参謀本部を出て、青く晴れ渡る空を見上げてそう感じた。強く感じた。

 

 

 

 

 「どうしてこうなるんだ!お前ら!」

 そんなことから数ヶ月が経った日にイスパニア共同体内戦に俺はなぜか巻き込まれて降り注ぐ鉛や爆弾を縫いながら塹壕から塹壕へと走り回る羽目になった。

 

 

 





 怪文書回です。

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