「……楽しい?」
何を言ってるのだろう。
今はゆっくり楽しんでる暇もない。
一刻も早く曲を書き上げないといけないのに。
「正直おれ、お前の作戦ってのあんまよく分からなかったんだけどよォ」
そう言ってルフィが続ける
「結局お前、またあんまり楽しくなさそうじゃねェか?あんとき
みたいに」
ルフィの言う「あんとき」とはいつだろうか。
そんなもの考える必要などないだろう。
あの時のライブの時だ。
あの時、ルフィに海賊をやめてここで楽しく暮らそうと言ったとき、
果たして自分の本心はどれほど楽しめていたのだろうか。
「歌ってのは楽しいことだろ?」
チキンを咀嚼し終えたルフィが言葉を続ける。
「お前歌が好きなのに、最近歌ってる時とか作ってる時とか楽しそうじゃねェしよ…まァ気楽に行こうぜ、シシシ!」
そう言ってまたチキンにかぶりついている。
…本当に美味しそうに食べている。
今のルフィは強がりもしているように見えない。
…本当に私が成功すると、心から信じてくれているんだろう。
「…そっか、そうだよね」
なんとなくうまくいかなかった理由が分かった気がして、今まで書いた曲たちを手に取る。
どれも、確かに「新時代」に劣らぬ渾身の出来ではあるが、ずっと胸の中にある焦りは取れなかった。
ルフィを自由にするという使命感が前に出てしまっていた。
そんな時に歌を書いても、純粋な「神曲」にはなるはずもない。
…そんなこともわからないくらい私の目は濁っていたのだろうか。
「………よし!」
両手で頬を叩いて立ち上がる。
悩むのは一旦やめだ。
一度すべて忘れよう。
時間も状況も使命も一度頭から振りほどく。
楽譜もペンも横に置き、代わりにマイクを出す。
「今からまた歌うから、付き合ってルフィ!」
「お、いいぞ!」
あいにく歌う曲は今作ったのもたくさんある。すべて頭に入ってる。
メンバー1人、観客1人の独占ゲリラライブが始まった。
歌姫になる前はあのときの思い出に縋っていた。
配信では「みんな」が好きな歌を届けていた。
こうして、己が心の底から思うがままに歌ってみせたのはいつぶりだっただろうか。
手元の歌も歌い終え、これまでの歌も歌い終え、最後は即興で後思いついたメロディーに思いついた歌詞を乗せるだけのひどいものだった気がする。
それでもルフィは最後まで手拍子で付き合ってくれた。
…そうだ、赤髪海賊団のみんなもこうして手拍子をしてくれたことがあった。
ボング・パンチとモンスター以外みんな下手でギャーギャーして、最後には全員で大笑いしてくれたことを思い出す。
…そうだ。歌うのはこんなにも楽しいことだった。
最後の一曲を歌いきり、随分スッキリとしながら思ったときだった。
世界の空が一変したのは。
〜〜
「………」
四皇、赤髪のシャンクスは、副船長と共に停泊した船の自室にいた。
目の前には、昨日送られてきた宝箱が置いてある。
傘下の海賊が発見したからと送ってきたものだ。
「……お頭」
先程から天井を仰ぐ船長にベックマンが声をかける。
「…分かってるベック。随分あいつらにも迷惑をかけちまったな」
そう言って一口、盃に注いだ酒を煽ぐ。
「…そろそろ出発するとしよう」
「ルフィはどうするつもりなんだ?」
かつて麦わら帽子を預けた少年は、隣の潜水艦に今も愛娘の隣で眠っている。
「ルフィはあいつらに任せよう。もしかしたらこの先なにかの奇跡があるかもしれない」
言いながら目の前の箱を取る。
「……おれたちは、ここまでらしいがな」
箱を開ける。
中に入っているのは一つの果実。
渦巻く桃色に華やかな五線譜の引かれた悪魔の実。
…ウタの能力、ウタウタの実だった。
悪魔の実が再出現が表すのは、能力者の死。
娘の命が、確実に燃え尽きたことを意味していた。
「…あいつらに礼を言わないとな。今までウタを綺麗にしてくれていたことを」
「お頭」
「いいんだベック…おれがいつまでも止まっていても、どうしようもない」
どこか諦めを含んだ声でシャンクスが箱を再び置く。
異変が始まったのはその時だった。
「…?なんだ?」
突如箱の中のウタウタの実が変色していく。
華やかな色は朽ちていき、音符の形をした緑も枯れていく。
「!?おい、お頭…!?」
悪魔の実にこんな現象があるなど聞いたことがない。
咄嗟にシャンクスが箱の中の実を取ろうと手を伸ばす。
が、手の中に収まるはずだった実は触れた途端、形を崩した砂となってしまった。
娘の忘れ形見だったそれからは、もうなんの力を感じられなかった。
「…なにが…」
考える間もなく、部屋の扉が勢いよく開く。
「お頭!外見ろ、大変だ!」
コックのルゥが非常事態を知らせる。
シャンクスとベックマンが外に出たときには…辺りの世界は一変していた。
「…なんだこりゃ」
空が歪に輝いている。
雲に覆われていた空は、怪しくも明るい色に覆われている。
「まさか、また…!?」
「…いや、少し違うらしい」
確かに状況は魔王のときと似ているが、あのときの禍々しさはない。
むしろ、光からは体を包む暖かさすら感じられる。
島全体が光の結界に覆われているように見えたが違うようだ。
球体状に周りを覆う光はこちら側は離れた海に到達しているが、反対側は山の途中にある。
中心地は島じゃない。この光の結界の中心は…。
「…ウタ?」
隣に停泊する潜水艦…恐らく正確には、その中で眠る娘の体のように思えた。
「なんだ!二人になにかあったのか!?」
休憩を取っていたチョッパーが駆けつけたときには、ローとホンゴウの二人が既に機材の準備をしている。
「分からねェ!だがこの空…あいつらがあっちで何かしたとしか思えねェ!」
「最後のチャンスかもしれねェ!すぐに二人の蘇生準備だ!」
「お、おう!分かった!」
3人の名医たちが、それぞれ機器の準備をする。
例え長らく起きることなく眠り続けていたとしても。
すでに一度命が絶たれていたのが分かっていても。
恐らくこれが長らく囚われていたあの二人が戻る、最後のチャンスだと信じ、自分達のするべきことと向き合っていた。
〜〜
「な、なんだ!?」
突如としてウタワールドの空が輝き始める。
そこから光が零れ落ちるかのように、二つの強い光が空に輝いている。
「…成功…した…?」
「やったのか!?じゃああの光ぶっ飛ばせばいいのか!?」
そう言ってルフィが腕に空気を込めようとするのを慌てて止める。
「待って!多分ぶっ飛ばさなくていいから!」
「え?そうなのか?」
そうルフィが呆けてる間に、光は勢いよく降りてきて…やがて、光の中に道ができた。
「…つながった、現実に繋がったんだ!」
偶然か必然か、いずれにせよこれを引き起こした能力者だからこそ確信ができる。
ルフィの前に降りてきたこの光は、確実にあちらに繋がってる。
「そうなのか!やったじゃねェかウタ!」
そう言ってルフィが手をつかんではしゃぐ。
つられて私も笑ってしまう。
やり遂げたのだ。これでやっとルフィは解放されるのだ。
「よし、じゃあ行こう!みんな待ってる!」
そう言って飛び込もうとして…動かない私を不審がったルフィが立ち止まる。
「…?ウタ?どうした?早く行かねェと…」
「…良かったねルフィ。これで帰れるんだよ」
「シャンクスにはよろしく行っておいて…みんなを信じきれなくて、ちゃんと謝れなくてごめんって」
「…なに、言ってんだ?」
もう一つの光が、先程の通路と対になるように開く。
能力者だから、確信出来た。
その道が、ルフィを帰すためにあちらに繋がってくれていることも。
背後に、もう一つ光の道があることも。
…私のための、もう一つの道が生まれていることも。
「…私は、そっちにはいけないから」
to be continued the last episode『声援』