「…なんでだよ」
帽子に視線の隠れたルフィが問いかけてくる。
「ほら、やっぱり一度は死んじゃってるんだしさ…今更向こうに行ったとしてどうなるかわかんないし」
「……」
一度死んで、肉体がどうなっているかも分からない。
既に骨すらどこにもないかもしれない、海の底で藻屑と化しているかもしれない。
「もしもう火葬でもされてたら成仏できずにずっとフヨフヨするのかもしれないしさ。第一体が残ってても、戻ったところでほんとに生き返れるかわかんないし」
「……ウタ」
ルフィの声を無視するかのように言葉を続けてしまう。
「それにわざわざここに一人残らなくてもちゃんとあっちに逝けるらしいし!」
「ウタ」
実際のところ、その道がどこに繋がっているかなど分かってはいない。
死者の行くという黄泉の国なのか、悪人の堕ちる地獄なのか、それともやはり何もない虚空なのか。
分かるのは、自分の魂がそちらがあるべき場所と分かっているかのように惹かれていることだけだ。
「だから…」
「ウタ!!」
ルフィが左腕を掴んでくる。
「言い訳なんか聞きたくねェ!お前はどうしたいんだ!」
「私…だから私は…」
「シャンクスに会いたいんだろ!?言いたいことあんだろ!?だったら諦めずに来ればいいじゃねェか!」
「……でも…」
「お前がどうするべきかなんて聞きたくもねェ!お前がどうしたいのかちゃんと教えろ!」
「………」
どうしたい?そんなの決まっている。
ルフィを助けることができたのだ。悔いなんてない。
もうやりたいことも…。
『…ウタ!……』
……何故、今死に際のシャンクスの顔などが浮かんで来る。
…結局、言い残したい言葉は言い残せていなかった。
………やめろ。
『だからよ、おれ諦めねェから、お前も諦めんな!!』
何故今更ルフィの言葉が反復する。
やめろ。
『…少し、羨ましいな』
何故今更、あの日の自分の言葉なんて思い出してしまう。
…思い出したくない。
思い出してしまえば、隠したかったものが溢れてしまいそうになってしまう。
…脳裏に、様々な記憶が蘇ってはよぎっていく。
まるで、己で隠し封じようとした本音から、逃げるなと言わんばかりに。
…もう、うちに留めるなど無理だった。
「…謝りたい」
ちゃんと自分で、父に謝りたい。
お礼も言いたい。文句も言いたい。
もっとちゃんと話したい。
「……歌いたい…っ」
大好きだった船で、大好きだった海賊団のみんなの前でまた歌いたい。
「…私もっ…」
「一緒に…海に行きたい………!!」
一つ望んでしまえば、止められない望みが涙とともに溢れてくる。
生きたい。生きて、シャンクスやルフィともっと歩みたい。
初めて、その己の本音に気がついた。
突如手を引かれる。
伸ばした腕を戻す勢いのまま、ルフィに抱き締められる。
「…絶対!!絶対おれはお前も連れてくからなウタ!おれの新時代に!」
「…うん…!」
やっと決心がつけられた。
私も生きたい。
生きて、ルフィの新時代を見届けたい。
それが、確かな自分の本心だった。
あのときとおなじ…抱きしめられて、全身で感じることのできたルフィは暖かかった。
熱さすら感じそうだ。
……本当に熱くなってきたような気がする。抱かれている前半身ではなく、むしろ背中が。
涙目のまま後ろを振り向いて…思わずぎょっとしてしまった。
「燃えてる!?」
「エーーッ!?」
後ろ、私が行こうとしていた光の道の周りが大火事になっていた。
「ヤベェ燃えちまう!行くぞ!」
「う、うん!」
急いで光の通路を目指す。思えば随分時間を使ってしまった。
急がなければ、次に閉じてしまえばどうなるか分からない。
二人で光の中を進んでいく。
あの火の奥の光にまるでうしろ髪を引くかのような感覚を覚えたが、振り向くことも立ち止まることもしなかった。
途中、思わず転びそうになっても、ルフィがしっかり左手を摑んでくれていた。
そのまま進んだ先に、また一際強い光が見える。
「…!この感じ、みんなだ!」
ルフィが仲間の気配を感じたらしい。これも見聞色の覇気というものなのか。
そしてやはり、この先は確かに現実に繋がっているらしい。
あと少しで脱出できる、そう思ったときだった。
「……!」
「?ルフィ?」
一瞬ルフィが目を見開く。
少しばかり、手を握る力が強くなったかと思うと…再び笑った。
「なんでもねェ!…よし、行くぞウタ!」
「…うん!」
そのまま二人で、光の中に飛び込んだ。
光の中で、まるで己の体が溶け込んでいくような感覚に陥る。
未だ繋がれた手の感覚が無ければ恐怖すら感じてしまいそうだった。
意識が朦朧とする中、後ろに暖かさを感じる。
振り向くことはできない。
それでも…そこに、ルフィでも自分でもない誰かがいるのが分かった。
…やがて、後ろから声が聞こえた。
『立派になったじゃねェか、あいつも』
…誰の声だろう。
『だがまだまだ、強がりで負けず嫌いで馬鹿で…一人じゃ何もできねェ甘ったれなやつだ』
…シャンクスのような感じとも違う、とても強く、優しい声だ。
『頼もしい仲間がいるとはいえ、いつまでもこっちは心配なんだ』
…少しずつ、声がよりはっきりと聞こえてくる。
『ルフィのこと、よろしく頼むよ』
その言葉を最後に、意識が消えていった。
〜〜
「…後だ…めろ…ク…」
「…カウンターショック!!」
「……ゲホッ!!」
……ここはどこだろう。すぐには目を開けない。
上手く酸素が取り込めず、咳き込んでしまう。
こんな感覚は久しぶりだ。
「フィ…ルフィ…!」
隣で誰かがルフィを呼んでいる。
「う〜ん…肉ゥ!…ぶへ!」
すぐ元気な声が出てきたと同時に、むせた声が聞こえる。
飛びつかれでもしたのだろうか。
ルフィに飛びついたであろう仲間の声が聞こえる。
「……ここは…」
やっとのことで目を見開く。
視界に映るのは天井とライトとあのときのルフィの友達。
そして…。
「…!!…シャンクス…」
「……ウタ……ウタ…!!」
シャンクスに片手で思いきり抱きしめられる。
少しまだ息苦しいところに力いっぱい抱かれてむせてしまう。
「あっ、すまん…!」
慌ててシャンクスが離れる。
…別に、そのままでも良かったのだが。
最初になんて言えばいいだろう。
言いたい言葉はたくさんあったはずなのに、いざこうなると言葉が見つからない。
…ちゃんと謝る前に、まずこの言葉にしておくことにした。
「………ただいま」
fin
to be continued 『Epilogue』