砂のサイレンススズカを超えろ 作:ステイヤーな馬好き
俺は1歳となった。
繁殖牝馬5頭の零細牧場…と思っていた俺を恨みたい。
なんだこの牧場。
こんな小規模牧場のくせに育成牧場としての機能や、種牡馬繁用施設まである。しかも種牡馬はGI級が2頭、それにGI 7勝のテイエムオペラオー。
いわゆる少数精鋭主義らしく。
だが、世話役の兄ちゃんからいいことを聞いた。
この牧場の持ち主…オーナーはこの牧場産の馬を全て所有して走らせるらしい。そして、よく走った牝馬だけをこの牧場に5頭ほど繁殖に供用し、他の馬は千葉県に作られている乗馬牧場で余生を過ごさせてくれるらしい。
馬肉ルート回避!祝!
と思っていた俺を恨みたい(2回目)
そう、『牝馬』はそうだ。
GI勝ち馬などの種牡馬入りした牧場生産馬は他の牧場やスタットへ売却されるらしい。
種牡馬入りしなかった牡馬は去勢して乗馬牧場行きらしい。
ちなみにこの生産牧場にいる種牡馬は全て他の牧場生産馬である。
……去勢も嫌だが、種牡馬入りして馬相手にえっちするのもなぁ…
まぁ、とにかく、ここのオーナーは馬肉にはしないらしいからありがたいな!
軽く現実逃避しながら、牧草をむしゃむしゃする。
ついでにチラリと隣の放牧場を見る。
俺の世代は、5頭の幼駒が生まれたのだが、俺以外は牝馬だったらしい。つまり、放牧場では俺1人。寂しい…というより暇なのよ。
馴致の時間とかは同世代の子たちと一緒なんだが、流石に放牧中は別である。隣の放牧場の4頭の牝馬たちはキャッキャウフフで楽しそうである。
…いや、これ覗きとかじゃないからな!
……うーん、この柵、意外と低いか?バレなきゃ行けるな。よし、まーぜーてー!
☆☆☆☆☆
「あっ!こら待てーっ!!」
…これは…柵越えか!?
「あれは…!ブドウの05が柵を飛び越えて、隣の放牧地に!」
隣の放牧地と言っても、牡馬と牝馬を分けるためそれなりに離れている。ということは2回も飛んだのか!
「……どうやら同世代の牝馬たちと遊ぼうとしたようですね」
牧場長の牧野若葉。この牧場の2代目牧場長である。
初代は父君である。
「うーん、身体のバネは凄いんですが、この時期の1歳馬にしては小柄ですね…牡馬としては小さめな子になりそうです」
スイートブドウの05、セイウンスカイ産駒牡馬。
馴致は順調で、今のところ気性に問題無し。
だが…いかんせん、馬格はない。
流星なのだから、スピードは70、勝負根性・賢さ・精神力・瞬発力はS以上のはず。
逆を返せばパワー・健康・精神力・柔軟性は保証されていない。
この馬格…線の細い体つきには到底パワーがあるようには見えない。
「よし、葵に頼むか」
☆☆☆☆☆
「どうも、いつも騎乗依頼ありがとうございますっ、なんてね」
オーナーの娘にして、新人賞以来毎年かなりの勝ち鞍をあげる大江田葵、24歳。
彼女は弱冠19歳5ヶ月4日にして最年少GI勝利騎手の記録を作った。あの竹騎手の持っていた19歳7ヶ月23日を上回ったのだ。そして、女性騎手初のJRAGI勝利騎手でもある。
とはいえ本人は「父親から騎乗依頼が貰える環境のおかげ。GI勝ちも馬の力」と謙遜してはいるが。
「忙しいところ悪いな。来年の夏以降、乗ってもらいたい馬がいる。スイートブドウの05だ。馬格はない牡馬だが、スピード能力は保証しよう。1番の問題はパワー不足だ。競争年齢馬用の坂路でいじめてやってくれ。調教内容は先生が決まるまではお前に一任する」
「それって…」
「将来お前が調教師を目指しているのは知っている。その第一歩だ。気張れよ」
☆☆☆☆☆
凄い。
その馬は1歳とは思えないスピードを持っていた。
馬格もないしパワー感もない。それでも…と思える乗り心地だった。
「これなら…」
父が購入した馬…ハーツクライで昨年の有馬に今年のドバイシーマクラシックは勝てた。とはいえその後は鳴かず飛ばず。
うちの牧場生産馬も、最近は外れが多く乗馬牧場行きばかりだ。
だけど、久々に感じた『GI級の乗り心地』を。
「あとは私次第か…!」
牧場にある坂路を走らせながら、心は激しく燃え始めていた。