竜騰虎闘   作:全智一皆

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栄光は確かに有った。
だが、記憶のように、時が経てば薄れていくのだ。


過去の栄光は現在の傷

序章「原罪」

 

■  ■

 舞台は東京。その廃墟。

 煙草の先から放たれている副流煙が、廃墟の中を独り歩きするように漂っていた。

 辺りには、血を流す者が何十人と居た。足を抑える者、腕を抑える者、目を抑える者、と様々だ。

 まぁ兎に角、廃墟の中で何十人もの人間が血を流して倒れていたのだ。

 地面が埋め尽くす程に倒れている、という訳ではないが、近いと言えば近い。

 表すとするならば、そう。庭に生えて一ヶ月経った雑草のよう。その程度の数だ。

 そんな廃墟の中、煙草を口に加えて、右手に一丁の黒鉄―――もとい、“銃”を握り締めている男が、雑草の如く群がり倒れ伏している奴等を見下していた。

「楽じゃないんだよ、殺さないようにするってのは。俺はもう三十のおじさんなんだから。」

 やや黒が交じる銀髪、光の薄い深紅の瞳を持った男はため息混じりに、雑草へと言葉を吐き捨てる。

 いや、それはどちらかと言えば雑草達に向けて吐き捨てた言葉なのではなく、自分に対して吐き捨てた言葉だった。

 つまる所の、自虐である。

 自らを虐げると書いて、自虐だ。

 彼は、過去のような、全盛期の頃の生き生きとした自分と今の歳を取った自分を比べ、今の自分は過去の自分に比べれば随分と衰えたものだなと、自虐したのだ。

 が、そんな言葉など雑草には届かない。そんな言葉を聞いていられる程の余裕など、雑草には無いのだから。

 腕を撃たれて余裕でいられるものか。

 脚を撃たれて余裕でいられるものか。

 恐怖を湧き出させる強者を前にして、奴らが果たして余裕でいられるものか?

 そんなのは勿論、否だ。絶対に、否だ。

 弱者は強者を恐れるのだ。いつでも殺せるという意思を見せられて、恐れぬ者など居ないのだ。

「ふぅー…爺の俺には、キツイ仕事だな。勘弁してほしいもんだ。」

 懐から、漆黒を背景に竜と虎の絵、その下に『carnage』という文字が書かれた小さな箱を取り出し、そこから丸められた細い紙―――もとい、煙草を取り出した。

 手に取ってから口の方へと運んでいき、咥えて、銀色のライターから小さな火を噴き出し、煙草に火を付けて副流煙を吐いてから、独り言のように呟いた。

「さて…じゃ、そのまま大人しく斃れてろよ、犯罪者共。うちの生徒に迷惑掛けないようにしてくれ。」

 銃を懐へと仕舞い込み、ひらひらと腕を軽く振って、男はその場から去って行ったのだった。

 

 かつて香港にて、『竜騰虎闘』と呼ばれる二人の武偵が居た。

 一人は、『強襲科史上最高にして最強の武偵』と呼ばれていた男。

 一人は、かつて香港で『無敵の武偵』と恐れられた女。

 男の名前を、法月絶と言う。

 女の名前を、蘭豹と言う。

 先程までの男が、その法月絶である。

 

□  □

 法月絶。性別は男性、年齢は今年で30歳。所属は教務科。担当学科、強襲科。その副担当。

 主任である蘭豹と共に強襲科を担当とする彼なのだが、過去の栄光と名誉あってのことなのか、現在、一人の女子生徒に引き止められていた。

「お願いします! 私を『弟子』にしてください!」

「弟子にしろ、と言われてもなぁ…」

 戸惑いの表情を浮かべながら、如何したものか…と、頭を掻きながら法月は、眼の前の少女―――もとい、強襲科のSランク武偵、『双剣双銃のアリア』を相手にしながら考える。

 武偵高には、『戦徒』という先輩の生徒が後輩の生徒とコンビを組み、一年間指導する二人一組の特訓制度がある。

 男子の場合は戦兄弟、女子の場合は戦姉妹と呼ばれている。男子生徒と女子生徒が組む異性間契約も可能。

 それを利用すれば出来ない事はないのだが、しかし絶は武偵としては先輩だが生徒かどうかと聞かれてしまえばそうではない。

 彼は『先生』、教師なのである。『武偵』としての先輩ではあるが、『武偵高』の生徒ではない。故に『戦徒』の制度は無意味なのである。

 となれば、個人間での師弟関係しかない。だが、彼としてはそれは避けたい所なのだ。

「蘭豹が煩いからなぁ…。」

 もしも師弟関係云々の事を知られてしまえば、面倒事は待った無し。

 法月からしてみれば、蘭豹という女性は吼える、燥ぐ、暴れる、の三拍子揃っての文字通り狂犬で、大変面倒くさい人間だ。相手にすることすら面倒なのだ。

 過去に喧嘩し、訳の分からぬ起承転結が有ってコンビを組んで『竜騰虎闘』とすら呼ばれた事もあるが、其れがあるにも関わらず、法月は蘭豹を面倒くさいと判断している。

「…まぁ、俺個人としては、別に構わないんだがな。」

 にやりと。

 好戦的で、凶悪な笑みを浮かべて、法月は溢した。

 神崎・H・アリア―――強襲科Sランク、二つ名は『双剣双銃(カドラ)』。

 世界で最初にして最高の武偵、シャーロック・ホームズの子孫であるが故に、その実力が高い事を法月は知っている。

 法月絶個人としては、アリアを弟子にする事は別に構わないのだ。

 己を『戦生』として、アリアを『戦子』とする。実に面白く、愉しそうな事だ。

 武偵高の死地、地獄とも呼ばれる『教務科』に所属する最強の武偵に弟子入りをする強襲科のエリート。

 面白い。とても愉しそうだ。相手になるか、という疑問が無い訳ではないのだが、そこは鍛えれば良い。

 鍛えて、戦って、鍛えて、戦って、鍛えて、戦ってを繰り返して学ばせる。いつしか傷を付けられるようにするまで。

 そして、あわよくば―――『罪神』を逮捕させるようになるまで。

「…善し。解った、受け容れよう。今日から俺はお前の『戦生(マギスタ)』で、お前は俺の『戦子(プーリー)』だ。但し、一言一句として他人に語るなよ? 武偵高は噂の広がりが速いんだからな。」

「…! はい!」

 遠山にも、バレたくはないしな。

 アリアに聞こえぬように呟いて、法月は椅子から立ち上がり、「今日は寮に帰れ。修行は明日からだ。3時50分までには体育倉庫に着いてろ。」と残して相談室から出ていった。

 アリアは、歓喜に悶えた。

 強襲科の元Rランク、強襲科史上最高にして最強の武偵と呼ばれていた法月絶に師事してもらえるという歓喜に値する事実に、悶えた。

 

 故に、この時は知らなかったのだ。分からなかったのだ。

 彼もまた、教務科の例に漏れず狂人であるという事を。




時が経てば、栄光は薄れる。
だが、それと同時に、栄光はその時よりも美しくなる事もあるのだ。
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