竜騰虎闘   作:全智一皆

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叫べ


人の形をした竜

 

■  ■

 アリアが体育倉庫に着いたその瞬間から、訓練は始まった。無慈悲にも、始まってしまった。

 ドンッ!―――と、体育倉庫の扉が勢いよく開かれたと同時にして、法月は愛銃である完全戦闘用改造を施した元ガスブローバックピストル、東京マルイ製のハンドガン『Hai-kyapa5.1』を構えて、アリアへと攻めて来たのだ。

 突如の攻撃――自分の師匠となってくれた人からの襲撃に、アリアは一瞬、たった一瞬だけ硬直してしまったものの、直ぐに事態を、その襲撃の真意を理解して、右足の太腿と左脚の太腿の両方に隠した愛銃―――『コルトガバメント』を二丁、左右から取り出して銃口を彼へ向け、引き金を引いた。

 

 バンッ、バンッ!! と左右の銃口から弾丸が幾つも放たれ、火花と白煙と共に吹き出された轟音を、その場へと叩きつける。

 放たれた三発の弾丸は、綺麗な水平線を保ったまま、馬鹿正直のように真っ直ぐ法月へと飛んでいく。

 法月はアリアが咄嗟の攻撃に対応出来たことにも、顔色一つ変えない。

 何故ならば、それは強襲科に所属する、否、『武偵』をしているならば出来て当たり前の事であるからだ。

 額のど真ん中へ向かう弾丸、左肩に向かう弾丸と右腕に向かう弾丸、その弾丸三発を、法月は呆気なく躱した。

 体を屈めるという、ただそれだけの行動で、躱した。

 音速で飛んでくる弾丸よりも、早く体を屈めるというそれが、どれ程難しい事か。

 彼はそんな事など、知った事ではないのだろう。

 その行動は、誰もが驚愕するに値する。だが、その程度の事で驚くアリアではない。

 寧ろ、想定の範囲内。避けない筈がない、“避けられない”筈がないのだから。

 相手は元Rランクの武偵である。その程度の事をこなすのが容易なのは、簡単に想像出来るものだ。

「――」

 だからこそ、取るべき行動は簡単。

 強襲科の生徒らしく―――ゴリ押しだ。

 

 バンッ、バンバンバンバンバンッッッッッッ!!!!!

 額、喉、腹、両手、その全てへと全弾丸を遠慮なく、殺意を込めて放った。

 相手が相手だ。修行云々だからといって殺意を込めない理由はない。殺意を込めて、本気でやらねばならぬのだ。

 でなければ、敗北は目に見えている。傷一つ負わせられぬまま、完全敗北する事が、確定してしまう。

 否、敗北など元から確定している。最初から、敗北は決定されてしまっている。

 だが、“だからこそ”抗うのだ。傷一つでも負わせよう、顔色一つでも変えさせよう、そう思って抗うのだ。

「良い姿勢だ、嫌いじゃない。」

 にやりと笑って、法月は体を横に向け、そのまま流れるような動作でハイキャパの引き金を引いた。

 放った弾丸は――たった、一発。自分に向かって放たれた合計で五発の弾丸に対して、一発。

 端から見れば、何を考えているのか分からない所業だろう。愚行と考える者すら居ただろう。

 だが、彼を、法月絶を知る人間からすれば『ほら出た』と口に出す。

 左手に向かって飛んできた弾丸に対して放った一発は、そのアリアの弾丸に直撃して弾丸の軌道をズラした。

 それと共に、右手に向かって飛んでいた弾丸へと軌道を変えて直撃して法月に当たらぬ軌道へと変更させ、その直撃の影響でまた軌道を変えて額に向かっていた弾丸を弾き、更に軌道を変え腹部に飛んでいた弾丸に直撃して、その弾丸を地面へと叩き付けた。

 要約すると、一発の弾丸がアリアの弾丸に当たった事で跳弾し、全弾丸を弾いたのだ。

 アリアは知っている。その技を、そのイカれた技術を。

 『銃弾撃ち』―――ビリヤード。

 彼女のパートナー――強襲科の元Sランクである少年「遠山キンジ」の技術である。

 故に、アリアは溢した。

 

「銃弾撃ち…」

 唖然として、そう溢した。

「そうだ。一応、強襲科の副担当なんでな。生徒の技やらも把握してる。」

 意外と簡単な技術だったな、と溢しながら、法月は更に攻め込んだ。

 簡単な技術…? 何を馬鹿げた事を言っているんだ、この人は…! アリアは法月の突撃を紙一重で回避し、マガジンを地面へ落として予備のマガジンをガバメントに入れ込み、構え直しながら内心で愚痴った。

 遠山キンジの特徴そのものである特異体質―――性的に興奮しβエンドルフィンが一定以上分泌されると、神経伝達物質を媒介し大脳・小脳・精髄といった中枢神経系の活動を劇的に促進させる『ヒステリア・サヴァン・シンドローム』を使用したキンジがこなしたその技は、正しく神業であり他者に出来るような芸当ではない。

 思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上し、常人離れした活動を可能にするヒステリアモードになったキンジだからこそ出来たその神業を、『技術を把握している』というだけでこなすなど―――化け物に他ならない。

 いくら元Rランクとは言えど、最強である事を理解していたとは言えど、こればかりはアリアも流石に驚愕せざるを得なかった。

「っ、でも…!」

 だからといって、動きを止めるつもりはない。ただ敗けるつもりにもならない。

 圧倒的な技術、実力を改めて見せつけられようが、ただ敗けるのだけは、御免なのだから。

 弟子にしてもらったのだから、戦子にしてもらったのだから、期待されたのだから――それに答えねば、ならないのだ…!

「ただでは、敗けられない!」

 

「…良いな。それでこそだ、神崎。その姿勢、実に良い。」

 流れるように、舞うかのように、放たれ続ける弾丸を簡単に回避しながら、一発で弾きながら、法月はアリアを褒め、評価する。

 流石はシャーロック・ホームズの孫とは、言わない。

 それは、かの最初の武偵のような頭脳を持たずに差別されてしまった彼女に失礼な事であるから。

 持たぬものを褒めても意味は無い。故に持っているものを褒める。法月は、アリアの純粋な戦闘力を褒めたのだ。

 強襲科にとって頭脳など二の次だ。大切なのは、犯人を捕まえられるのかと人を死なせないかの二つだけだ。

 犯人を捕まえなければ人が死ぬ。友が死ぬ。

 人を、友を、そして犯人そのものを死なせれば実質的に犯人の勝利で、現実的に武偵の敗北だ。

 頭より先に体を動かさねば、強襲科では生きて行けぬのだ。

 彼女はそれが出来る。仲間を守り、信じながら、人を死なせず戦える彼女は、褒めるに値する実力者だ。

(マガジンは尽きた。なら、残りは接近戦。法月先生の武偵生時代の武器構成は銃とナイフ。もしそれが変わっていないなら…法月先生も、ナイフで攻めてくる筈!)

「ハァァァァ!!!!」

 ガバメントを捨て置き、背中に隠した小太刀を抜刀し、アリアは法月へと弾丸の如く突撃した。

 バンッ、バンッ! と、銃声と共に弾丸が迫りくる。

 避けられる弾丸は小さな動作で躱し、避けられぬ弾丸は小太刀で一閃。出来る限りロスを減らし、最強の元へと駆け抜ける!

 やはり、彼は笑っていた。呆れるようでいて、尚且、愉しそうに。

 

「最高だ、神崎アリア。それでこそ、俺が育てる『戦士』に相応しい。」

 充分、合格だな。

 目を見開いて、法月はハイキャパを空へ投げ捨てて、動作もなく駆け出した。

 正確に言えば、『足を出す』という動作を目視されぬ速度で行って、駆け出した。

 つまる所―――その瞬間、法月絶という存在が、アリアの眼の前から消え失せた。

 

 ヒュン―――と、風を切る音が、彼女の最期だった。

 目にも映らぬ速度でアリアの背後に周り、ナイフの実刃…ではなく、その逆方向、もとい峰の部分を向けてナイフを振るい、彼女を気絶させたのだ。

 倒れそうになる彼女を抱えるようにして持ち上げ、法月は空へ投げ捨てたハイキャパを見事にキャッチして、懐へと仕舞い込んで寮へと歩いた。

 

「予想以上だ。全く、遠山と言いレキと言いお前と言い、今年は最高な奴らが沢山だな。」

 心底、嬉しそうに、そして楽しそうに、彼は言った。

 過去の自分のような武偵が現れるかもしれない―――そんな期待を込められる生徒達と“対立”する事に胸を膨らませて、法月は寮へ急いだ。

 

□  □ 

 次の日となった今、法月は大変後悔していた。

 体育倉庫内で戦えば良かった…と。

 何故、彼がそのような後悔をしているのかと言えば、簡単に言えば彼とアリアの戦闘が偶然にも居残りをしていた武偵の生徒に見られてしまったが故に情報が武偵高全体に広まってしまった事が原因である。

 …それ故に。

「絶ぅ…お前ぇ、お前ぇ!!」

「あーあ〜、絶が蘭豹泣かせたなー。」

 

(めっちゃ面倒くせぇ…)

 法月は、珍しく(珍しくどころか天変地異が起きたのではないかと錯覚してしまう程の事態)、まるで縋るように自分に泣きついてくる蘭豹とそれをニヤニヤしながら見てくる綴梅子に、大変面倒だと心の中で愚痴った。

「ウチにはお前しか居らんのやぁ! ウチを見捨てるんか、あ゛ぁ!?」

「いや、お前の都合は知らん。見捨てるも何もお前を拾ったつもりはないが?」

「死ねぇ!」

「うわー、蘭豹が泣きつくなんて初めてだなー。えっと、あー…そうだ、レアだぞ、レア。」

「お前は楽しそうにするな、綴。こっちは面倒くさいことこのう「法月先生はいらっしゃいますか!?」更に面倒になった…」

 バンッ! と勢いよく教務科の扉を開いたのは、オレンジ色の髪を白いリボンでショート・ツインテールに纏めた、女子生徒―――神崎アリアの戦妹、東京武偵高強襲科一年A組、間宮あかりである。

「…要件は察した。綴、蘭豹を頼むぞ。」

「えー。」

 拘束されるように泣き付かれていたにも関わらず、法月はあっさりと蘭豹の拘束泣き付き(結構な力が込められていた)から抜け出し、間宮あかりの元へと向かった。

「綴、綴ぃ…」

「あー、はいはい。だいじょーぶ、だいじょーぶ。」

 

 

「法月先生、アリア先輩とはどういう関係なんですか!?」

「その発言は色々と誤解を生むから止めろ間宮。」

 間宮からの直球な質問に対して、その言い方は誤解を生みかねないから止めろと少し流すようにして、法月は煙草を吸いながら「簡単に言えば師弟の間柄だ。」と、普通に答えた。

「し、師弟…? 教師と生徒とでは、『戦徒』の制度は成立しないんじゃ…」

「戦徒じゃないからな。あくまでも一般的な『師匠』と『弟子』の関係だ。まぁ、俺は戦徒制度のように『戦生』、『戦子』と呼んでいるがな。」

 まぁ、それはそれとして―――。

 法月は振り返り、煙草を加えたまま間宮と目線を合わせ、まるで対峙するかのように、彼女の眼の前に立つ。

 その場に緊迫が迸る。間宮の体が硬直し、徐々に顔から血の気が引いていく。

 

「お前は、何が言いたくて俺を訪ねてきた?」

 

 鋭い視線(本人にその気は無い)が、間宮を貫いた。

 間宮にとって神崎アリアは尊敬する先輩であり、それと同時に敬愛する戦姉である。

 彼女の行動理念、実力に惹かれて、間宮は彼女に、神崎・H・アリアという存在に憧憬の念を抱いている。

 そんな間宮は、アリアのパートナーである遠山キンジを「あたしのアリア先輩をたぶらかす女たらし」として強い嫉妬心を抱き、目の敵にしている。

 …では、眼の前に居る教師に対して、彼女は何を思うのだろうか?

 教務科所属の武偵、法月絶。武偵高在校生時代、『強襲科史上最高にして最強の武偵』と呼ばれていた元Rランクの武偵。

 強襲科担当にして『無敵の武偵』と呼ばれたあの蘭豹と共に香港で『竜騰虎闘』とも呼ばれていた実力者。

 遠山キンジは、アリアというパートナーが居るがその他に、戦妹として風魔陽菜、幼馴染として星伽白雪、友人としてレキや峰理子といった多くの女子生徒に好意を持たれている女たらし。

 

 対して法月絶は、蘭豹という暴君が乙女を見せる唯一の相手であり、綴梅子からも意味深な言葉を投げられるという、キンジ程ではないにせよ女たらしの類に入る。更には神崎アリアの師匠になったときたものだ。

 遠山キンジを目の敵にするのであらば、法月絶を目の敵にするのも自然であると言える。

 彼と対面する前こそ、『問い正して、危ない事をしていたら勝負を挑む!』と意気込んでいた。

 だが、実際に対面してみるとどうか?

 口が開かない。体は動かない。震えが、止まらないではないか。

 

「どうした? まるで、肉食動物と相対した子供のように震え出して。俺は何が言いたいのかを聞いているだけなんだが?」

 淡々と、法月は『なんでそんなに震えているんだ?』と分からない顔をしながら再び問う。

 だが、間宮は答えない。答え“られない”。

 恐怖に体を支配してしまった今の間宮に出来る事は、震える――ただ、それだけしかないのだ。

 言い出して、勝負を挑んで、どうなる?

 相手は最強。憧憬する先輩が憧憬する先生。かつ、師匠。

 実力差は圧倒的。勝負なんて成立する訳もない。

 だが、取られたくない。アリア先輩を、この人に取られたくない…!

 どうすれば良い、どうすれば良い。

 思考、思考、思考、思考。普段からあまり使う事が無い頭脳を、フル回転させて思考する。

 どうすれば、アリアを取られずに済むのか。どうすれば、自分が殺されずに済むのか。

 

 考えて、考えて、考えて―――そして、漸く答えは出た。

「あ、あのっ!」

「お、おう。なんだ?」

 意を決したのか、大きな声を出した間宮に少し驚きながらも、法月は「やっとかよ」と溢して間宮を答えを、聞く。

 

「私も、弟子にしてください!」

「……………………………………は?」

 もうその時には、間宮の頭脳は疲れていた。




泣け
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