白瀬咲耶に嫌われたい   作:モリンフェン

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第1話 何から何まで正反対

 その日は快晴だった。

 普段の日課であるランニングの途中。春休みの最中と言えど、平日の昼間は人通りが少ない。だからだろう、道に何かが落ちていることにすぐに気づいた。 

 

「これ……財布か」

 

 落ちている物の正体を理解した瞬間、すぐに周囲に人がいないかを確認する。

 すると、少し先に人がいるのを発見した。他には誰もいない。距離にして大体50から100メートルくらい。ならすぐだ。

 そうと決まれば即行動。走るペースを上げて、その人に近づく。そうやって見えた後ろ姿は、黒髪のポニーテール。170センチ以上の身長。モデルのように綺麗なスタイル。男とも女とも取れる中性的な雰囲気だが、髪型からして女である可能性の方が高いだろう。

 ……もし女だとしたら身長高くないか? そんな事があっていいのか? いや、気にしたら負けだ。身長は基本的に遺伝で決まる。変えようと思って変えられるものじゃない。だから大した問題じゃない。そうだ、問題……じゃない。

 そんな雑念を振り払って、その後ろ姿に追いつく。

 

「すみません。この財布、あなたのですか?」

 

 横顔がちらっと見えたところで、財布を見せて訊ねる。これで正解なら一件落着。違うなら近くの交番にでも持って行けばいい。まぁ、何はともあれ早く見つかることを願うばかりだ。

 相手はそれに気づいて、こちらを向いた。

 ──イケメンだ。とんでもないイケメンだ。あと……いや、やめろ。初対面だぞ。失礼にも程がある。

 ……女か。女なのか。それでその身長はズルいだろ。歳はせいぜい2、3歳くらいしか違わないはずだ。それなのにこの差かよ。ふざけるな。やはり世の中というものは平等に作られていない。もし神がいるなら、ソイツをぶん殴りたい。許せない。 

 

「あぁ、それは……! 私の財布だよ!」

 

 感傷に浸っている内に、答えが返ってきた。どうやら正解の方を引いたらしい。良かった。

 

「ありがとう! 君はとても親切だね!」

「いえ、礼はいりません。当然の事をしただけですから」

 

 財布が無ければ何も買えないし、下手したら家に帰ることすらできない可能性だってある。個人情報が記された何かしらのカードだってあるだろうし、絶対に落としたくない。

 にしてもそれに気づかないなんて、この人意外と抜けてるのか? 顔や雰囲気、言動から察するに真面目そうだけど。

 

「……俺をずっと見て、どうかしましたか?」

「済まない。昔の知り合いに似ているからつい」

「そうですか。残念ながら別人です。俺はあなたに見覚えがありませんので」

 

 こんな顔のいい人間に会ったらしばらくは記憶に残ると思う。しかし、そういったものは無い。つまりそういう事だ。

 にしても、この人の言う俺に似ている知り合いとはどんな人物なんだろうか。俺は俺で特徴的な見た目だからかなり珍しい部類だ。存在するとしたら少し興味がある。

 

「それでは」

 

 だが、答えが出ない事を考えていても埒が明かない。今やるべき事に集中しよう。

 俺は高身長の女性に別れを告げ、またランニングを再開する。 

 

 

 

   □■□

 

 

 

 程なくして、浜辺に着いた。家からここまで走って、ここでしばらく休憩して、家へ戻る。それが俺のルーティンだ。そう遠くないし、時間はかからない。そして、何よりも──海が大好きだからだ。

 瑠璃色の水面、潮の香り、砂浜越しの街、照りつける太陽、穏やかな波の音。それら全てが混ざり合い、海という美しい空間は形成される。

 海にいると自分の世界に浸れる。邪魔なものなんて何も無い世界で1人きりでいられる。思考をシャットアウトしてリラックスできる。それが気持ち良い。そんな、心の底から安心できる安寧の地だ。

 特にこの季節の海は格別だ。春と言えど海風を直接受けるため肌寒い。だから、人が寄り付かない。しかし、日光が温かいし、後ろを向けば桜が咲いている。こうして春を感じながら誰にも邪魔されずほのぼのと過ごせる。これ以上の幸せは存在しない。 

 

「──やぁ」

「ッ!?」

 

 ──だから、許してしまった。この場所には俺一人しかいないという思い込みがあったために、警戒心を全く抱かなかった。

 

「すまない。驚かせてしまったかな?」

 

 さっきの財布を落とした人だ。まさか話しかけられるとは。想定してなかった。

 

「もちろん驚きますよ。春の海に来ようだなんて普通は思いません。だって寒いじゃないですか」

「確かに春の海は寒い。でも、そんな時だからこそ思いがけない出会いがあるんだ。普段来ない場所にも来てみるものだね」

 

 ……皮肉のつもりで言ったはずなのに通じてない。ポジティブ過ぎんだろこの人。なんで笑顔なんだよ。そこは顔をしかめるところだぞ。

 

「俺に何か用ですか?」

「君と少し話がしたくてね、いいかな?」

「……どうぞ」

 

 正直追い返したい。けれど、一方的に拒絶して不快にさせるのは違う。この人に悪意は無い。嘘を言ってる訳でもない。だから、行動するにはまだ早い。ここは早く帰ってくれるのを祈って様子を見るしかないか。まだここにいたい。だから、自分から逃げ帰るような事はしたくない。

 とりあえず今は話せる範囲で話せば問題無い。言葉通りに解釈するなら、ちょっとした世間話がしたいだけなんだろう。きっとすぐ帰ってくれるはずだ。

 

「さっきはありがとう。本当に助かったよ。君が財布を拾ってくれなければ家に帰ることもできなかった」

「そうですか。無事で良かったです」

 

 もしネコババするようなヤツに拾われてたら碌でもないことになってたからな。

 

「それで……ここにいるという事は、君は海が好きなのかい?」

「はい、好きですよ」

「そうなのか、私もだよ! 海の全てが好きでたまらないんだ! 波の音、潮の香り、浜辺から見える街の風景。そして、太陽を映して煌めく美しい水面……」

 

 あぁ、この人も海が好きなのか。露骨にテンションが上がったな。同じものが好きだと分かってウッキウキのオタクみたいだ。でもこの人絶対オタクじゃないだろ。コミュ力お化けの陽キャそのものだ。

 ていうか、この人こんなにクールな顔してるのに笑顔は凄く人懐っこい。その上性格も良さそうだ。絵に描いたような完璧な人間っているもんなんだな。

 

「何より、海の魅力に魅せられ集う人達と交流を深めることができる。海というのは本当に最高の場所だよ」

「ッ……!」

 

 無理だ。この人とは分かり合えない。全く違う人種だ。1人でいるのが好きな俺と違ってこの人は誰かと一緒にいるのが好きな人。俺の1番苦手なタイプだ。

 

「フフ、私達は気が合うね」

 

 最も重要な事を伝えてないから勘違いされてる。俺は1人でいられるからここが好きなんだ。別に誰かと話したい訳じゃない。寧ろそういう喧噪は嫌いだ。

 ……マズい。このままにしておいたら話が終わらない。長引くと面倒だ。早く何か手を打たないと。

 

「そんな君に、折り入ってお願いがある」

「何ですか?」

「──私と友達になって欲しい」

 

 ……は? 何言ってんだこの人。ふざけてるのか?

 あぁ最悪だ、まさか俺と友達になりたいとかアホ抜かす人だったなんて。そうだと知ってれば最初から拒絶してたのに。でも、そんな事を言ったってもう遅い。考えるべきはこれからの事だ。

 ……この人に退いてもらう方法は2つ。俺を不快な存在だと思わせてこの場所からいなくなってもらうか。もう1つは、この人を怒らせて「お前こそどっか行け!」と言わせるか。もう様子見なんて必要無い。全力でこの人の気持ちを否定する。

 

「嫌です。友達にはなれません」

「……どういう事かな?」

「あなたと話すのは不愉快です。今すぐここから消えてください」

 

 最大限の悪意を込めて、言われて嫌になる言葉を使う。この人が感情で動くタイプなのは話していて分かった。だから言葉の暴力による効果は大きいはずだ。さぁどう出る。俺を引き留めようとするのか、大人しく応じるのか。

 

「……ごめん。少し急ぎすぎたかな」

 

 見るからに落ち込んでる。どうやら俺の分析は間違ってなかったようだ。人との繋がりを求める人間には、こうして強く拒絶すれば簡単に折れる。

 

「そういう事なら、今日はここまでにしようかな」

「賢明な判断です。どうぞお帰りください」

 

 女性は立ち上がって、踵を返す。

 しかし、少し歩いて立ち止まった。こちらを振り返って、

 

「……でも、私は君とまた話がしたい」

「俺にそのつもりはありません。二度とここには来ないでください」

 

 最後に一言を残し、今度こそこの海を後にして去って行った。

 今日は上手くいった。でも、あの言葉はまたここに来るという事を示している。バッタリ遭遇、なんてしたら最悪だ。それだけは何が何でも避けなきゃいけない。家からの距離、景色の良さ、その他諸々全てにおいてバランスの良いこの海に来られなくなる。

 やるからには徹底的にだ。その気を完全に潰す。善意なんて知った事じゃない。

 

 

 

   □■□

 

 

 

「──やぁ、また会ったね」

「……?」

 

 昨日と同じようにランニングして休憩のために浜辺に来たら、その人は立っていた。

 ……嘘だろ。昨日の今日だぞ? 早過ぎるなんてもんじゃない。明らかに狙って来ただろ。

 

「こんなに早く会うことができるなんて……これは運命だ。うん、間違いない」

 

 昨日はこの時間にこの場所いた。ならば明日ももしかしたら──なんて考えればすぐに分かる事だ。これほど軽い運命は無い。そんな下らない口説き文句を吐く意味も無い。そうまでして俺の気を引きたいのか?

 

「どうしてここに来たんです?」

「もちろん話すためさ。幸い君はとても良く目立つ。その身長と綺麗な金髪で遠目でもすぐに分かったよ」

「……なるほど」

 

 最悪だ。低身長とハーフなのが悪い結果に繋がったか。やっぱり分かりやすいってのは問題だな。持って生まれたものだから仕方が無いにしても。

 

「で、今回は何の用ですか? もっとも、あなたと話す気は全くありませんが」

「──私に見覚えはあるかい?」

 

 何を言い出すかと思えば、そんな突拍子も無いことを訊いてくるか。

 

「いえ、ありません。昨日が初めてですが」

「……そうか。ならそれでいいんだ」

 

 どういう事だ? 昨日以前に会ってたのか? いや、そんな記憶は全く無いが。何だ、変な刷り込みでもして動揺させようって魂胆か? 

 

「で、昨日の話を続けたい。どうしても君を諦められなくてね」

「友達にはなりませんよ。あなたとは相容れません」

「どうしてそう思うんだい?」

「俺は1人が好きなんです。だから、人との繋がりを求めるあなたとは気が合いません。それに、人の都合も考えずにずけずけと話しかけてくる……ハッキリ言って1番嫌いなタイプです」

「……ここまで嫌われているとは思わなかったな。想定外だよ」

「俺もです。まさか友達になろうだなんてバカげた事を言われるとは思いませんでした」

 

 互いに想定外。しかし、だからと言って素直に要求を受け入れる気は無い──この人の目はそう主張している。

 ……ダメだこれ。俺もこの人も自分の言った事は曲げない性格だ。長期戦になるだろう。でも、それは好ましくない。

 

「だったら訊かせてください。なぜ俺と友達になりたいんですか?」

 

 問題の根本的な解決は早い方が良いに決まってる。物事が膠着状態なら、強制的に進めればいい。全てを知って、その上でこの人の気持ちを否定する。

 

「君を放って置けないから、かな。このまま1人にしたら絶対にダメだって……そう感じたから友達になりたいと思ったんだ」

「そうですか。ご苦労な事です」

「私からも訊かせて欲しい。どうして1人が好きなのかな?」

 

 質問に質問で……!

 

「他人と関わるのが面倒だからです。世の中自分勝手な人間が多過ぎる。そんなヤツらとは話したくもありません。だから、友達は必要ありません」

 

 そもそも、大抵の事は自分1人で何とかなるものだ。たとえできない事があったとしても、頑張ればできるようになる。誰かのせいだと言い訳したくない。

 

「なるほど……確かにそうかもしれないね。そういう人間は少なくない」

「それが分かってるなら早く諦めてください」

「いいや、私は諦めない。君のその言葉を聞いて、尚更そう思った」

 

 何でそうなるんだよ……!?

 

「そうだ。海を眺める君を一目見た昨日のあの時から、私の答えは決まっていたんだ」

「いい加減にしてください。俺にとって人との繋がりは邪魔なだけです」

「人との繋がりは何よりも素晴らしいものだ。人は孤独では生きていけない」

「いいえ、信念さえあれば人は孤独でも生きていけると信じてます」

 

 そうだ。余計な繋がりはいらない。そういうものがあるから世の中は面倒なんだ。情など介在する必要は無い。

 

「君はそれで寂しくないのかい?」

「全く寂しくありません。そんな暇があったら次にすべき事をした方がよっぽど良いです」

「……君は凄いね。その強さが羨ましいよ」

「それはあなたが弱いだけです」

「そうだね。私は弱い。孤独が何よりも怖い」

 

 認めるのか。いや、違う。認めてるからこそ──

 

「──でも。だからこそ、私は人は繋がりを求める」

 

 ……この人は自分の弱さを認めて、向き合って、その上で答えを得ている。

 

「……君は本当に孤独でも生きていけるんだろうね。けれど、それでも、人との繋がりは素晴らしいものであると知って欲しいと思うよ」

 

 ……強い。何を言っても動じない。傷ついても前へ進むことをやめない強靭な意思、俺のような存在ですら肯定する度量の深さを持ち合わせている。別に慢心してた訳じゃない。ただ、俺の想像よりもはるかに上だった。

 このままじゃ、この話は一生平行線だろう。本当に、厄介な性格をしている。

 

「……分かりました。そこまで言うなら賭けです」

「賭け?」

「どちらが先に折れるか勝負するんです。もし俺が負けを認めれば、友達にでも何でもなります。あなたが負けを認めたなら、金輪際俺に近寄らないでください。どうです? 悪くない条件だと思いますが」

「あぁ。その賭け、受けてやろうじゃないか」

 

 予想通り。この人の事だ、賭るに違いない。

 

「真っ向からあなたを否定して、俺のそばから消えてもらいます」

「それでも嬉しいよ。これからが楽しみだ……!」

 

 こんな事を言われてもポジティブでいられる心の強さは素直に認めざるを得ない。相手にとって不足無しだ。

 

「まずは互いの名前と連絡先を知ろう」

「そうですね、いつまでも貴女とかこの人ってのも不便なので」

「じゃあ早速。私は白瀬(しらせ)咲耶(さくや)だ。よろしく」

深見(ふかみ)波音(なみね)です。よろしくお願いします」

 

 ちょっとした言い合いをしながらチェインを操作し、この人……もとい白瀬さんを友達に登録する。

 何だろう、この登録すると自動的に友達認定なの腹立つな。他のSNSみたいにフォロワーにしろ。

 

「波の音で波音、か。とても良い名前だね。深見という苗字も実に君らしい」

「そんな口説き文句には騙されませんよ」

「純粋に良いと思ったから言ったんだ」

 

 この人だから嘘じゃないんだろうな。でも、それを受け入れたら負けだ。俺がすべきは徹底的な否定。心を踏みにじる事。そのためには非情な言葉を浴びせるのが最適解だ。もっとも、今のところ効果は今一つだが。致命的なダメージを与えられる一言を考えておかなきゃダメか。

 

「最初に言っておきます。俺はあなたと仲良くする気は無いです」

「構わないさ。全力でその気にさせてみせるさ」

「やれるものならやってみせてください」

「ハハ、これは前途多難だね。でも、相手が強ければ強いほど燃えるというものさ」

「心底不服ですが、同じ意見です」

 

 絶対に負けない。これは試練だ。だから、乗り越えなくちゃいけない。この人に勝って俺は正しいと証明する。そうして初めて、俺は孤独でも生きていけると心の底から確信できるだろう。

 こうして、白瀬さんとの賭けは始まった──。

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