白瀬咲耶に嫌われたい   作:モリンフェン

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第2話 同じ道は歩けない

「ん……」

 

 目が覚める。寝ぼけ眼でスマホの画面をつけ、時間を確認する。午前8時だった。さらに──

 

『おはよう!』

 

「うわ……」

 

 白瀬さんによるチェインが通知欄に表示されているのを見て顔をしかめる。ただでさえテンションが低い朝っぱらにこれは応える。何て言うか、もう2時間程は寝ていたい気分になった。

 連絡先を交換して勝負が始まってから1週間。あれから白瀬さんとは1度も会っていない。その代わり毎日チェインで話すようになった。直接会わないから精神的な負担はいくらか少ない。とは言え、悩みの種が増えた事に変わりはない。

 

『今日は忙しいので白瀬さんと話してる暇はありません』

 

 そう送りつけてチェインを閉じる。

 起きたばかりなのに何だか疲れた。人と関わるのは本当に面倒だ。せっかくの春休みなんだからこんな会話はしたくない。誰とも何も話さず、ただ1人で黙々と行動する方がどう考えても圧倒的に幸せだ。

 

『なら、これ以上話すのは野暮だね。どうか楽しい時間を』

 

 白瀬さんから返信が来たが、あっち側からやめてくれた。これ以上返す必要は無い。

 今日は急ぎの用事がある。そのためにわざわざ早起きしたんだ。白瀬さんの事を考えるのは時間の無駄だ。

 

「ニャ~」

「ノワ、今日は外に出なきゃいけないんだ。悪いけど留守番できるか?」

「ニャッ」

「そうか、ありがとな」

 

 俺の詫びに対して、飼い猫のノワは気前良く返事をしてくれた。

 動物はいい。人間と違って余計な事を考えないし、いつだって素直でいてくれる。まぁ、ノワはなぜか犬みたいに懐いてるけど。不思議な事もあるもんだ。

 

「さてと……」

 

 家はノワに任せた。日課のランニングを済まして準備をしよう。

 

 

 

   □■□

 

 

 

「こちら限定ジャンボプリンパフェとブルーマウンテンコーヒーでございます」

「ありがとうございます」

「それではごゆっくりどうぞ」

 

 今日の目的であるカフェにやって来た。この店は立地が良いとは言えないが、それ故に人があまり来ない。いつも静かな場所だ。これだけでもお釣りが来るくらい優良だが、何よりもメニューのランチやデザート、ドリンクがとても美味しい。いわゆる隠れた名店、というやつだ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、いざ実食。

 まずはコーヒーを飲む。あぁ、とても美味しい。甘み、苦味、酸味、そのどれもがバランス良く融合している。その上雑味が無くスッキリとしていて飲みやすい。香りもキツくなく、穏やかで心地良い。値段は少々張るが、それ以上の価値は大いにある。

 次にパフェ。今日はこれが本命。春限定の通常の3倍の量を誇る特盛りのメニュー。生クリームとチョコレートをこれでもかと積め込まれた上層とカスタードプリンの下層に分かれている。その重さは1キロ、全長は25センチ、値段は1650円。コスパにおいてこれに勝るものは存在しない。常設して欲しい。

 

「やっぱこれだ……!」

 

 パフェの甘さとコーヒーの苦味。互いに噛み合うことで素晴らしい味わいを創造する。最高だ。

 だから、今日はこのために早起きした。今日から登場するパフェに、コーヒー。これを食べずして気持ち良く春休みを終えることはできない。そんなこんなで毎年の恒例行事と化している。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 数分かけて完食。これ程大きなパフェで、かつ大生クリームやチョコレートが大量に使われているので胃への負担はバカにならない。胃が弱いと普通に胃もたれを起こしかねない危険なものでもあったりする。

 とりあえず満足したので会計のためにレジへ向かおうと思った瞬間──

 

「ッ!?」

 

 ふと目に入ったのは──高身長の黒髪ポニーテールの女性。そして、もはや暴力と言っていいくらい端正な顔。見間違えるはずがない。あれは……!

 

「クソッ……!」

 

 抱いた憤りを抑えられず、つい言葉が漏れた。

 白瀬さんだ。他には友達らしき女子が2人いる。見るからに明るい雰囲気の女子と眼鏡の女子。複数人なら会話に集中するだろうから多少は気づかれにくいのは不幸中の幸いと言える。

 けれど、絶望的な状況であるという事実は変わらない。天国が一瞬にして地獄へと変貌してしまった。偶然で済まされるような事じゃない。

 

「ばりよか雰囲気やね!」

「そうだね。今まで写真でしか見たことがなかったけれど、実際に来てみると格別だ」

「人もあんなりいなくて静かだし、隠れた名店ってヤツだね!」

 

 聞き耳を立てる。

 どうやら白瀬さんによってここは嗅ぎつけられたらしい。言うまでもなく最悪だ。下手したらこの店には2度と来れないかもしれない。新しい行きつけのカフェを探す事を念頭に置いておこう。

 3人は店員に案内されて席に向かう。奇跡的に逆側だった。これならあちら側は俺を視認できない。

 だが、これで新たな問題点が2つ生じた。

 1つ目は会計のためにレジへ移動すると死角は無くなり、白瀬さんの視界に入ってしまう事。故に、俺はあの3人が店を出るまでここに居座らなくちゃいけない。

 2つ目はトイレに向かうためには俺のいる場所を必ず突き進む事。そうなったら、全てが終わる。俺に隠れられる場所は無い。あるとすれば、白瀬さんが俺に気づくよりも先にテーブルの下に隠れる事。もっとも、それは店側からすれば迷惑行為とみなされる可能性がある。普通にやりたくない。それ以外なら、トイレに駆け込む事。ただし、これは不確実だ。あの人なら俺に気づいた瞬間動く。そうなればアウト。

 ……まぁ。つまるところ、白瀬さんがトイレに来ないように祈るしかないって訳だ。

 

「ホンット何なんだ……!」

 

 何もせずただじっとしている他に無いこの状況が歯痒い。何か一つでも変な行動を起こせばバレる危険がある。そう思うと、何もしないのが最適解となる。八方塞がりだ。

 

「ッ……!」

 

 3人の方を見ると、眼鏡の女子と明るい雰囲気の……改め九州弁の女子が立ち上がった。白瀬さんはそのまま動かない。

 思わずホッとしてため息をつく。白瀬さんじゃなければ問題無い。あの2人が俺の事を知ってるはずがない……とは必ずしも言い切れないが、危険度は低い。大人しくスマホでもいじっていればいい。

 

「ねぇ、あの子凄く綺麗じゃない?」

「どこにおると?」

「ほら、あの金髪の」

 

 ……十中八九俺の事だろう。店内にいる金髪の人間は他にいない。

 

「おぉ! ばりクールな女の子(・・・)ばい!」

 

 ──瞬間。考えるよりも先に九州弁の女子を睨む。

 居ても立っても居られなかった。俺にとって女に間違われる事はこの世のありとあらゆる仕打ちの中でも超圧倒的に最低最悪の許されざる仕打ちだ。

 勘違いされるのは何度目だ。勘違いする迷惑千万な不届き者は何人目だ。ここがカフェじゃなかったら、そして白瀬さんがいなかったら文句の一言でも二言でも平気で言ってやったぞ。

 

「こがたん、ちょっと声がデカいって。気づかれちゃったじゃん!」

「すまん、結華……」

 

 その会話の後、2人は俺を見て申し訳無さそうに頭を下げた。まぁ、悪いと思ってるんならこれ以上の事は起こらないだろう。2度目は……考えたくない。

 それはそれとして面倒な事になった。白瀬さんの友達に目をつけられた。これは間違いなく危険だ。白瀬さんに報告されたらここにいるのが疑われる。クソ、女だと間違われなければ……! あの九州弁の女子、絶対に許さないからな……!

 怒り浸透の状態の中、スマホが振動した。何が起こったか直感で分かった。

 

『今カフェに来てるんだ。初めて来た店だけど、とても素晴らしい場所なんだ』

 

 と、カフェの内装とコーヒーの写真が送られた。幸い俺は写ってなかった。

 

『そしてコーヒーがとても美味しいんだ。できれば波音と一緒にこのコーヒーを飲みたいな』

 

 ここのコーヒーが美味いのはとっくの昔に分かってる。そして、俺は白瀬さんと一緒にコーヒーなんて飲みたくない。きっと不味くなる。

 

『嫌です。俺は個人主義なので』

『それは残念だね。でも、いつかは一緒に行けると信じてるよ』

 

 こんな近くでこんなやり取りをするなんてバカげてるな。まぁ、実際に話すよりは気が楽でいい。このまま最悪の状況にならない事を祈るばかりだ。

 白瀬さんとチェインで会話していると、2人がトイレから戻ってきた。また頭を下げられた。1度謝ったんだから別にいい。頼むから変な事はしないでくれ。白瀬さんに何かあったと思われるだろ。

 しょうがない。1度トイレに行こう。裏目に出る可能性はあるが、何もしないであっちに気を配り続けるのはストレスが溜まる。九州弁の女子に乱された気分を落ち着かせたい。本当に厄介だ……。

 

 

 

   □■□

 

 

 

 トイレを済ませて、テーブルに戻る。とりあえず、少しは気分が楽になった。他人がいないと視線も無いし、雑音も無い。こういう静かな空間こそが、世の中には必要だ。

 

「え?」

 

 ……え。

 

「波音!」

 

 満面の笑みで俺の名を呼ぶ人間。そんなのはこの世でたった1人しか存在しない。

 

「白瀬さん……!」

 

 恐れていた事が起こった。こんな所で鉢合わせるなんて……クソ、最悪だ。やはり迂闊に行動するべきじゃなかった。あの九州弁の女子の言葉さえ無ければこんな事にはならなかった。絶対に許さないからな。

 

「まさか同じ場所にいるとは思わなかったよ。フフ、嬉しいな」

「俺は全く嬉しくありませんが」

 

 ここまで嬉しくない遭遇は無い。今までの人生で間違いなくワースト1位だ。

 いつも通り、何が何でも拒絶の意思を貫く。俺は白瀬さんに嫌われたいんだ。そうすれば、この人だって友達になりたいだなんて戯言は吐かなくなるだろう。やるからには徹底的に──と言いたいが、ここは店内だ。店側に迷惑をかけないように済ませる。出禁になるのはごめんだ。

 

「今日は友達と一緒ですよね。だったらさっさと戻ったらどうです? 友達でもない人間と話す理由は無いでしょう」

「いいや、あるよ。私にとって波音は特別だ」

「相変わらず口が減りませんね。もっとマシな言い方は無いんですか?」

「嘘じゃないのだけれど」

 

 相変わらずの即答。迷いが無い。となると、この人の言ってる事はあながち間違いでもないんだろう。だが、そんなのは知った事じゃない。

 

「ではこれで。こうして白瀬さんと話す時間が無駄なので」

 

 でも、それに屈する訳にはいかない。できる限り強い言葉で否定する。これが、この人にとって一番効果があるからだ。

 一瞥もせずに白瀬さんの横を通る。とっと店から出よう。バレたならここにいる意味は無い。

 

「待ってくれ、波音!」

 

 白瀬さんに腕を掴まれる。……まぁ、こうなるよな。

 

「離してください、その手」

「離さない」

「冗談は大概にしてください。あなたに何の得があるんですか?」

「波音と話せる」

「それは俺にとって最大の損なんですが」

 

 白瀬さんとは話したくないし、理解されたくもない。変に話してしまったら変な同情とかされかねない。ていうか絶対する。

 

「私は君の事をもっと理解したいんだ。友情を育むためには重要な事だ」

「それは無理な話です」

 

 俺は誰からも忌避されるような人間だ。ただでさえ見た目で浮いている上に、この口の悪さだ。少し何か言えばすぐに怖がられて拒絶される。みんながみんな白瀬さんのように心が強い訳じゃない。

 

「俺を理解できる人間は誰1人として存在しません」

 

 そうだ、他人を100%理解する事なんてできやしない。人間は自分自身の理解すらままならないような生き物だ。そんな事を容易く言われたくない。

 

「だとしても、さ。理解する事を諦めてしまったら、みんな孤独になってしまう。そんなのは悲しいだけだよ」

 

 この人なら、そう返すと思っていた。

 

「そうですか。では勝手に悲しんでてください」

 

 これには流石の白瀬さんも苦しいのか、珍しく浮かない顔をしている。

 やっぱりこういうのに弱いんだな。孤独を何よりも恐れる白瀬さんにとって、人との繋がりが無い世界なんて最悪そのものだろう。だが、それは俺にとって都合のいい世界だ。孤独で在りたい。だから、人との繋がりを否定し続ける事が最善の策であり、俺が有利に立ち回れる条件となる。白瀬さん個人に対して何か言ってもあまり効果は無いかもしれない。

 

「あなたの言葉は綺麗事です。では今度こそ」

 

 手を振り払って、早歩きでレジへ向かう。しかし──

 

「綺麗事でも構わない。私は波音を……見捨てない!」

 

 身長差による歩幅の違いがそれを許さなかった。白瀬さんにすぐに追い抜かれて、道を阻まれた。あぁ、こういう時自分の身長の低さが恨めしい。ついでにこの人のしつこさも本当に厄介だ。

 

「……そこまで言うなら受けて立ちます」

 

 本格的な勝負の始まりだ。今の白瀬さんは多少の精神的ダメージがある。かなりの好条件だ。ここで決着をつけてやる!

 レジには行かず、さっき座っていた席に座る。白瀬さんは対面する形で座った。

 

「へぇ、甘いものが好きなんだね。それにコーヒーも」

 

 白瀬さんは空のパフェの器とコーヒーカップを見て、呟くように言った。

 

「だったら何です?」

「私も好きなんだ。パフェとコーヒー。まぁ、パフェはあまり食べないのだけれど」

「そうですか」

「波音の好きなブレンドは何だい?」

「自分で考えてください」

 

 流すように言葉を返す。白瀬さんに関心が無い風を装う。こういう雑談じゃ大した効果は無いだろうが。もっと深い話じゃなきゃダメだ。

 

「この香りは……ブルーマウンテンブレンドかな? うん、いいよね。私も好きだよ」

「……!」

「その反応からすると正解かな?」

「正解です」

「フフ、コーヒーは結構飲む方なんだ。自信はあるよ」

 

 どうせまぐれ当たりだろう。ブルーマウンテンは有名だし。驚くような事でもない。

 

「それにそのパフェ……相当大きい容器だね」

「一般的なサイズの3倍はありますし。簡単に食べられるものではありませんよ」

「でも波音は完食してるじゃないか。凄いね」

「俺にとっては普通の事です」

「そうか。じゃあ」

 

 そう言って、白瀬さんは手を挙げて店員を呼んだ。まさかとは思うが、やる気か?

 

「この子と同じものをお願いします。会計は別で」

「かしこまりました」

 

 マジかこの人。何やってんだ。今さっき簡単じゃないって言ったばかりだろうが。

 

「1人で食べるつもりですか?」

「あぁ、君と同じ体験をしたいと思って」

「体験の共有ですか? バカみたいですね」

「波音だから共有したいんだ」

 

 確かに、一緒に何かやれば同じ感情を味わえるというのは交友関係を築く上で重要だ。だが、俺からしたらそれは下らない事だ。別にそんな事をしなくたって気持ちは変わらない。俺の感情は俺だけが知っていればいい。

 

「必要ありません。やるならあちらの友達と仲良くやっててください」

「でも、私は波音を独りにはさせたくない」

「優先順位ってものがあるでしょう。少なくとも俺より友達が上なのは事実です」

「……でも、それだと私が納得できない」

 

 いや、納得しろよ。友達をそっちのけするな。アンタの本来の目的は友達2人と楽しむ事なんじゃないのか。本当にどうなってるんだこの人の頭は。

 

「ここにいる波音、あそこにいる2人。私にとっては同じくらい大切さ」

 

 意味が分からない。けれど、この人は冗談でも何でもなく本気に言っている。俺を見捨てないつもりでいる。

 

「見ていてくれ波音。きっと食べきってみせるさ」

「……後悔しても知りませんよ。俺は一切手伝いませんから」

「それで構わないさ」

 

 そんな問答をしている内に、パフェとコーヒーが到着した。間を置かず、白瀬さんはジャンボプリンパフェを食べ始めた。

 この量だ、白瀬さんが食べられる保証は無い。この人の泣きっ面でも拝めれば。その時は盛大に煽ってやる。

 

 

 

   □■□

 

 

 

「……もう諦めたらどうです?」

「いいや、私は諦めない」

 

 十数分後。最初は勢い良くパフェを食べていた白瀬さんだが、上層の生クリームとチョコレートで胃がやられたんだろう。下層のカスタードプリンを食べるペースが遅い。心なしか表情が辛そうだ。もう限界なのかもしれない。

 

「さくやんー」

「あぁ結華、ごめん。少々長引いてしまったよ」

 

 うわ、眼鏡の女子。来るならもう少し早く来て白瀬さんを連れ戻して欲しかった。こんな微妙なタイミングで来られると俺は何もできない。

 

「えっと、これどういう状況かな?」

「このパフェを1人で食べるって言って聞かなくて。友達と来てるならその人達と一緒に食べればいいって俺は言ったんですけど。すいません」

「これって限定の凄い量のパフェだよね。君は食べないの?」

「俺はこれ1人で食べたので胃がかなり溜まってまして……」

 

 これは本当の事だ。俺の食欲が満たされている。少し時間が経ったとは言え、しばらく甘いものは食べなくていいと思っている。

 このパフェは生半可な覚悟で食べていい代物じゃない。注文したからには完食しなくては作ってくれた店に失礼だ。

 

「さくやん、残りは三峰とこがたんで食べるから無理しないで──」

「大丈夫だよ結華。しっかり食べるから」

「そういう問題じゃないでしょう。他ならぬ白瀬さんの友達が言ってるんです、大人しくそうしてください」

「1度そうだと決めたなら、やり遂げなくては意味が無い」

 

 ……何でこういうところは同じなんだよ。

 

「あちゃあ。さくやんこうなったら話聞かないんだよねぇ」

 

 友達でもお手上げなのかよ。どこまで頑固なんだ白瀬さんは。面倒くさい、本当に面倒くさい。こんな人に付き纏われるなんて、俺は本当に運が無い。

 

「……ごちそうさま」

「ッ……!」

 

 気がつけば、白瀬さんはパフェを完食していた。まぁ、この人ならやるんだろうなと薄々思った。煽れないのが残念だ。

 

「どうだい波音。これで少しは認めてくれたかな?」

「ちゃんと残さずに食べたのは凄いです。その点に限っては認めます」

「そうか。なら、頑張った甲斐があったかな」

 

 無理した、の間違いだろ。胃への負担は相当なものだ。胃もたれは避けられない。

 

「でも、俺はこの程度で負けを認める程甘くないです」

「ハハ、波音は厳しいね」

「厳しいもクソもありません」

 

 はなから白瀬さんの思想を肯定する気は無い。全力で否定して突き放すんだから。

 

「とりあえず、これ以上いる理由が無いので俺はこれで帰ります」

「待ってくれ、まだ話したい事が沢山あるんだ」

「三峰も君とお話したいなぁ」

 

 眼鏡の女子まで乗っかってくるか。面倒事にならなければいいが。

 

「いや、話す事は何もありませんが」

「なら場所を移して話そう」

「そういう問題じゃないです」

 

 相変わらずしつこい。だが、俺はそれに屈しない。1人でやると決めた以上最後まで1人だ。数の暴力だろうが何だろうが乗り越えてみせる。

 

「どがんしたと?」

「ッ……」

 

 ウゲッ……という声が危うく漏れかけたが必死でこらえた。

 何でこのタイミングで来るんだ。考え得る限りで最も面倒な事が起こってしまった。この九州弁の女子とは対面したくなかった。だって──

 

「さっきのクールな女の子!」

 

 思った事が口に出るタイプだからだ。その行動力は手放しに称賛できる。が、相手に一切構わずズケズケ来るし、最悪な事に悪意が全く無い。純粋に正しいと思ってやってる。或いは何も考えてない。ハッキリ言って、言動だけなら白瀬さんよりも酷い。本当に頭を抱える。

 今、俺はもしかしなくても最高に機嫌が悪い。苦虫を嚙み潰したような表情をしているに違いない。1度ならず2度までも俺を女扱いしたこの九州弁の女子が心の底から苦手らしい。

 

「君、咲耶ん友達やったんね!」

「……」

「もしかして緊張しとーと? 表情が硬かよ?」

「特に何もありません」

 

 アンタのせいだよ! と叫びたい気持ちでいっぱいだった。心の底から怒りに震えている。明らかに冷静さを欠いている。ここが行きつけのカフェじゃなかったら罵詈雑言も辞さなかったかもしれない。

 

「ねぇねぇ、君名前は何て言うの?」

「言う必要あります?」

「私は三峰結華。さくやんの友達だよ。よろしく!」

 

 先に名乗る事で逃げ場を潰しやがった。この人、できる。白瀬さんよりも厄介かもしれない。

 

「……深見波音です」

「ウチは月岡恋鐘! よろしくね!」

 

 2人とも年上だろうなとは思った。だからと言って態度を変えるつもりはないが。たかだが1つ2つの年の違いなんてあって無いようなものだ。

 

「恋鐘と結華はとても心優しいんだ。仲良くして欲しいな」

「さぁ、どうですかね」

 

 仲良くなんてもちろんごめんだ。相手が誰であろうと俺のスタンスは変わらない。

 

「それよりも、場所を移して話したいなら早く店を出た方がいいんじゃないですか?」

「帰るはずじゃないのかい?」

「気が変わりました。でも勘違いしないでください。これは勝負のためです。決して友達になるためなどではありません」

 

 これはチャンスだ。ここで三峰さんと月岡さんが俺に悪印象を抱いたなら、きっと白瀬さんに言うだろう。「深見波音とは関わらない方がいい」と。特に月岡さんは分かりやすい。感情が顔に出るタイプだ。これを利用しない手は無い。

 

 

 

   □■□

 

 

 

「で、なみねんとさくやんってどういう関係なの?」

 

 会計を済ませてカフェを出ると、早速三峰さんが質問を投げてきた。てかそのあだ名は何だ。

 

「勝負相手です」

「勝負?」

「俺が勝ったら白瀬さんは金輪際俺に近づかない。白瀬さんが勝ったら俺は白瀬さんと友達になる。そういう条件で勝負をしています」

「へぇ、そうなんだ。じゃあなみねんはどうして近づいて欲しくないの?」

「1人が好きだからですね」

「そんな事なか! みんなと一緒は楽しいばい!」

「それは俺に適応されるものではありません」

 

 よし、月岡さんが食いついた。今ここで一気に仕掛ける!

 

「世の中の大多数の人間は他人と一緒でも問題無いでしょう。ですが俺は違います。とてつもなく苦痛なんです。だから、俺は誰かと話しているとどうしても気分が悪くなってしまいます」

 

 嘘偽り無い事実を話す。こういう踏み込んだ話は複数の人間がいる時に効果を増す。「え、コイツ人前でこんな事言っちゃうの? ヤバ……」みたいな感じで悪い印象を与えやすい。

 こういう場合、特に過剰に反応するのが月岡さんのような感情で動くタイプの人間だ。間違いなく怒る。

 

「そんな訳で俺は白瀬さんが大嫌いなんです。迷惑してますよ、本当に」

 

 ダメ押しにもう一言。さてどうだ。直接白瀬さんが嫌いと言うのはかなりの効果があるはずだ。何しろ親しい人物が傍にいるんだから。

 

「──謝らんね!」

 

 唐突に響き渡る怒号。最初に口を開いたのは予想通り月岡さんだ。友達の事を悪く言われたら、その正義感故に黙っていられない。それでいい。そのまま怒ってくれ。

 

「人ば傷つけるのは良うなか!」

「嫌なものを嫌と言うのは悪い事じゃないと思いますが」

「ダメに決まっとー!」

「ちょっとこがたん落ち着いて……!」

 

 それはもうカンカンに怒る月岡さんをなだめる三峰さん。

 3人の中で1番警戒しなくちゃいけないのは一貫して冷静なこの人だ。周りを見て状況を把握する事に長けている。感情に任せて行動せず、ちゃんと考えてから行動できる人間だ。だから、こういう言い合いでは強い。

 

「ねぇ、どうしてそういう事を言うの?」

「俺だって本意ではありません。白瀬さんがしつこいのが悪いんです」

 

 そうだ。ストレスが溜まるだけの問答なんてしたくない。白瀬さんがいなければこんな下らない事をする必要は無い。あっちがやる気ならこっちだってそれ相応の仕返しをするだけだ。

 

「無意味に人と関わるという俺の嫌な事を押しつける……それを悪いと呼ばずして何と呼ぶんでしょうね」

「なるほどね。これは……お互い様かな」

 

 意外だ。白瀬さんの肩を持つんじゃないのか。

 普通に考えればその通りだ。人が嫌がる事をするのと、言うのも憚られるような悪口を言うのでは同じ穴の狢だ。

 

「ま、9割9分なみねんが悪いけどね」

 

 そしてこの場合、倫理道徳的に良くないのは俺の方なのでそういう判断が下されるのも止む無しだ。だが、そんな事は承知の上。そもそも白瀬さんはこんなので傷つくような心の弱い人間じゃない。じゃなきゃ、今こんな事にはなってない。

 

「さくやんはさくやんでこんなに拒絶されてるのに諦めない理由は何かあるの?」

「もちろん。波音に人との繋がりの大切さ知って欲しいんだ」

「そんな事は既に分かってます。俺が知りたいのはどうしてそう思ったのかです」

 

 分かりきった事を言われても何にもならない。その背景を知らなければそれ以上の判断はできない。まぁ、知ったところでもっと嫌になるだけだろうが。

 

「……昔一緒に遊んだ事のある女の子(・・・)がいてね。最近久しぶりに会って話したら、どういう訳か人間嫌いになってしまっていたんだ。

 もう10年以上前の出来事だけれど、彼女は泣きながら“友達が欲しい”と告げた。それなのに、友達なんていらないと、人との繋がりは不要だと……そう言う姿を見てあまりにも心が痛かった。そんな彼女と波音は同じなんだ。それを思うと放っておく事はできない」

 

『──じゃあ、私が君の友達だよ!』

 

 ふと、そう言い放って手を差し伸べる男の子(・・・)が頭の中をよぎる。

 友達は今まで1人もいなかったし、そんな好意的な言葉をかけるバカみたいな人は白瀬さん以外に見た事がない。だから、これは存在しない記憶だ。絶対にありえない。

 でも、そんな事はどうでもいい。それよりも白瀬さんが過剰に近づこうとする理由が分かった。なるほど、つまりは俺と同じような人間がいたから助けたいって訳だ。こういう人間を放っておけない性分なんだろう。本当にお人好しがすぎる。

 

「白瀬さんがどれだけ俺を助けたいと思っても、俺はあなたの助けを求めてません。それはただの自己満足です」

「その通りだよ。これは私のワガママだ。でも、助けられる可能性が少しでもあるなら助けたいと思うじゃないか」

 

 俺の目を見て、白瀬さんはハッキリと答える。

 真正面から俺と向き合ってるのは確からしい。本気で助けてやりたいという気持ちも理解できた。もし何かの間違いが起こってこの人と友達になる時が訪れたなら、きっと見捨てずにそばにいてくれるんだろう。世の中に白瀬さんのようないい人が沢山いれば、少しはマシだったのかもしれない。

 ──でも、それがどうしたって言うんだ。俺はもう決めた。1人で、誰の力も頼らず生きると。こんなところでその信念を捨てるようじゃ、まともに生きる事はできない。そんな恥を晒すくらいなら死んだ方がマシだとさえ思う。

 

「……そうですか。尚更負ける訳にはいかなくなりました」

 

 助けや施しは負けと同じだ。故に、絶対に譲れない。

 

「俺は正しいと信じた事は最後まで貫きます。白瀬さんが何度でも手を差し伸べるなら、俺はその数だけその手をはね退けます。それが善意によるものであっても関係ありません」

 

 俺はそういう生き方を選んだ。だから、その道を行く。曲げる気は死んでも無い。白瀬さんとは最初から道を違えてる。交わる事は決して無い。

 それから少しの沈黙。誰も何も言わず、静かに時が過ぎる。

 その状況を変えたのは、俺のスマホ。大音量のアラームを鳴らす。取り出すと、その画面にはスーパーのタイムセールと表示されていた。

 そうだ、そろそろ食料のストックが切れそうだったんだ。こんな事してる場合じゃない。

 

「用事を思い出しました。帰ります」

「待たんね! まだ咲耶に謝っとらんばい!」

「それよりも大事な事なので」

「なして!?」

 

 月岡さんの言葉はどうでもいい。ここで食料を確保できないのは死活問題だ。もっと言えば、ノワのキャットフードが尽きそうだ。家族を死なせるような真似は言語道断。飼い主としての責務は何が何でも果たす。

 

「波音、最後に1ついいかな」

「何ですか?」

「私は波音を絶対に見捨てない。君を、独りにはさせない」

「俺は白瀬さんの言う人との繋がりを否定します。あなたとは絶対に友達になりません」

 

 真っすぐ、互いに眼を見つめて。その信念をぶつけて。絶対に負けないと誓って。対立をより決定的なものにして、家へ駆けた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

「ねぇさくやん。さっきの話の女の子ってもしかして……」

 

 波音が走り去った直後。その背中を呆然と見届けていると、横にいる結華から問われた。

 

「あぁ、波音だよ」

「えぇ~!?」

「もっとも、彼女は全く覚えてないようだけれどね。あの時の私はそこまで髪が長くなかったし、何より小学生ですらない頃だ。仕方ないよ」

 

 私だって財布の一件で波音に会って初めて思い出したくらいだ。10年以上も経てば人は変わる。幼ければ幼い程その影響は大きい。波音の場合は極端すぎるけれど。

 

「やったらそれを伝えるたい!」

「ありがとう恋鐘。でも、いいんだ。下手に波音を刺激しかねない」

「咲耶……」

 

 波音は私と関わる事を本気で嫌がっている。嫌な事を押し付けているのは何も間違いじゃない。この話をしたところで嘘だと一蹴されるだけだ。今はまだその時じゃない。互いを理解して初めて意味を持つ。

 けれど、そこまで行きつくのは簡単な事じゃない。波音の心は冷たく深く固い。だからこそ、時間をかけて真正面から向き合わないとその心を開いてはくれないだろう。

 

「さくやん、なみねんの事諦めるつもり?」

「いいや、諦めないよ。これくらいで折れるようじゃ波音とは友達になれない」

「なら三峰も付き合うよ、その勝負」

「結華……」

「あれだけ言われて何も言い返せないんじゃ悔しいからさ。一泡吹かせてやろうよ!」

「ウチも賛成! あれだけ好き放題言われて黙ってられん! ちゃんと謝ってもらうたい!」

「恋鐘も……ありがとう! フフ、私は本当に素晴らしい仲間を持ったよ……!」

 

 1人で無理なら、2人で。2人でも無理なら3人で。人との繋がりによって生まれる絆は、不可能を可能にする。波音にはそれを知って欲しい。

 孤独ではいつか限界がやって来る。どれだけ頑張ってもその道を突き進もうと、その先は暗くて何も見えない。冷たい空間で、寂しさを感じながらでは心が擦り減って、終いにはボロボロに砕ける。波音にとってはそうじゃないのかもしれないけれど、それでも人との繋がりは何よりも大切なものだと証明したい。

 波音が人との繋がりを頑なに信じようとしないのは、きっと人の嫌な部分を見すぎたからだろう。だから関わる事を拒む。でも、それは人の全てじゃない。良い部分だってちゃんとある。

 私は波音と再び友達になる。あの日の言葉を嘘にしたくない。そのために必要なのは彼女の傍にいて、決して見捨てない事。それができるのは、波音の願いを知る私だけだ──。




 お気に入り、評価等ありがとうございます。1話が予想に反してそこそこ伸びて驚いてます。かなりクセの強い主人公なので受け入れられるか不安でした。波音はしばらくこんな調子です。
 あと長崎弁がめちゃくちゃ難しい。調べながら書いてましたが、正しいという自信が全くありません。これもこんな調子です。
 これからもゆるりとやっていく予定なので、どうか付き合って頂けると幸いです。
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