白瀬咲耶に嫌われたい   作:モリンフェン

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第4話 人を狂わせる2文字の言葉

『今からいつもの場所で会えないかな?』

 

「は?」

 

 突然送られてきた白瀬さんのメッセージを見て、反射的に声が出た。

 今日は予定も無い。休日だから外に出ずダラダラ過ごすつもりだった。時間はあり余っている。

 だが、わざわざ白瀬さんの相手をしようとは思えない。まだ昼間とは言えど、嫌いな人間と関わる事に忌避感があるのは当然の事だ。

 

「シャーッ!」

「痛ッ! ノワ……!」

 

 死角からやって来たノワに指を噛まれる。理由は分からないが怒ってるようだ。こうなると変に刺激しない方がいい。落ち着くまで待つしかないな。

 ……仕方ない。嫌だが、非常に嫌だが白瀬さんに返事をしよう。とりあえず断る。

 

『随分と急ですね。何のつもりですか?』

『2人きりで話したい事があるんだ』

 

 話したい事か。もう2週間は会うどころかまともな話すらしていない。白瀬さんとしては我慢ならないって感じなんだろう。大丈夫かこの人。1人だと何もできないんじゃないか?

 

『久しぶりに会うから楽しみだよ』

『2週間は久しぶりではないかと』

 

 うん、大丈夫じゃないな。あの人柄なら周りには多くの人間がいそうなものだが。それでもダメなのか? それとも俺に特別な価値を見出してるのか? ……何となくありそうだな。俺にそんな価値無いだろうに。

 ……そうだな。気が変わった。この際あの人に教えてやろう。俺に関わる事がいかに無意味かを。

 

『準備ができ次第すぐに向かいます』

『ありがとう!』

 

 悶々とするのも、白瀬さんに付き纏われる生活も今日で終わりだ。決着をつけてやる。それが、俺が今1番なすべき事だ。

 

「ニャッ!」

「喜んでる、のか……?」

 

 ノワが何を考えるのか分からない……。

 

 

 

   □■□

 

 

 

 いつもの海。雲1つ無い青空と照りつける太陽の下。そこには、砂浜で海岸線を見つめる白瀬さんの姿があった。

 何だかいつもとは違う雰囲気だった。普段は明るく爽やかだが、今の白瀬さんからはどこか薄暗いものを感じた。

 

「白瀬さん」

「あぁ、波音。来てくれたんだね」

 

 声をかけると、白瀬さんはいつもの雰囲気で返事をした。

 1人でいるのが本当に苦手なんだなと呆れる。内心では今か今かと俺が来るのを待っていたんだろう。

 

「それで、話って何ですか?」

「その……あの時の事だけれど。改めて申し訳ない」

 

 そう言う白瀬さんの頬はほんのりと赤みを帯びていた。

 そんな表情をされると思い出してしまう。あの時の白瀬さんの唇の感触、体温。思い出すたびに顔が熱くなる。確かにキスは気持ち良かった。悔しいが事実だ。認めるしかない。

 だが、俺は決して屈した訳じゃない。肉欲に溺れるなんて人として最悪だし、何より白瀬さんを侮辱する行為だ。勝負相手にそんな邪を気持ち抱いてはいけない。ここは真摯に謝るのが人としての道理だ。

 

「こちらこそ申し訳ありません。あれは俺の方が悪いです」

「いや、私の方が悪いよ」

「絶対に俺の方が悪いです」

「どう考えても私の方が悪い」

「圧倒的に俺の方が……」

 

 いや待て。これ延々と続くヤツだ。俺も白瀬さんも1度言った事は曲げない頑固者だ。このままだと意地の張り合いで時間を消費する事になる。やるにしてもこのタイミングじゃない。早すぎる。

 

「……ここはお互い様という事で」

「確かに、このまま続けても私達は譲らないからね。それが1番いい」

「これでお手打ちです」

「だね。フフ、良かった。これで解決した……!」

 

 満面の笑みでホッと胸を撫で下ろす白瀬さん。

 これで悩みの種が1つ消えた。綺麗な形で解決できてスッキリだ。

 

「あぁ、それともう1つ。実を言うと、これから話す事が本題だ」

「一体何なんです?」

「波音。この数日私と一緒にいたり、話したりしてどう思った?」

「……!」

 

 まさか白瀬さんからそれについて話すとは。完全に想定外だった。一体どういう思惑だ。

 まぁいい。どうせ俺から切り出そうと思ったんだ。この際言いたい事をハッキリと言ってやる。

 

「そうですね、一緒にいても楽しくないし、疲れるばかりです」

「じゃあ、私の事は……」

「嫌い、です。やっぱり俺は1人の方が楽しいし落ち着きます」

「……そうか」

 

 白瀬さんが微笑みながらも目を逸らす。

 面と向かって嫌いと言われるのは流石の白瀬さんも応えるだろう。正面から向き合ってるのに、たった1人の心も変えられないんじゃ。この調子でいけば、俺はこの人に勝てる。

 

「その……もう1つ聞かせて欲しい事がある」

「何ですか?」

「君はどうして1人でいる事を好むんだい?」

 

 思えば、それについて今まで訊かれた事が無かったかもしれない。

 

「──他人を信じていないからです」

「信じてない? なぜ……?」

「誰かを貶したり、騙したり、裏切ったり……そういう人間の悪意にうんざりしてるからです」

「そう思わせるだけの何かがあったんだね」

「小さい頃からそんなのばかりです」

「そんなのばかり、か。もし波音さえ良ければだけど、どうか話してくれないだろうか。嫌なら別にいい」

「構わないですよ。別に隠すような事でもないですし」

 

 意外だ。こういうのは無理に話さなくてもいい、と言うタイプだと思っていたが。何が狙いだ?

 

「俺、こんな見た目なので何もしなくても注目されるんです。気味悪がられて、気がつけば変な陰口や噂まで広まってる。同じ人間のはずなのに、そうでない者として扱われる感覚のは本当に不快でした。

 そういう仕打ちを受けている内に分かったんですよね。あぁ、こんなヤツらとは関わるだけ無駄なんだって」

 

 そうやって割り切ったら慣れた。今はもう何を言われても構わない。俺は俺だ。そんな言葉で揺らぐ程やわな精神はしていない。 

 

「だから俺は俺以外の人間を信じません。いつだって信じられるのは俺自身です。ずっとそうやって生きてきたし、これからも変わる事はありません」

「波音……」

「……は?」

 

 白瀬さんが震えた声で俺の名前を呼ぶと同時に、驚くべき反応を示した。

 ──涙。白瀬さんの目からポタポタと流れ落ちる。

 

「何で……あなたが泣いてるんですか?」

「波音が感じた辛さや苦しみを少しでも背負いたいと思ったんだ。これは、今まで泣かなかったであろう君の代わりに流れた涙だよ」

「……意味が分かりません」

 

 誰かの辛さや苦しみを背負うなんておかしい。そんな事をして一体何になるんだ。ただ無駄に疲れるだけだろう。この人に損得勘定は無いのか?

 

「波音、今までたった1人でよく頑張ったね。でも、もう大丈夫だよ」

「別に──ッ!?」

 

 白瀬さんによる抱擁。腕を背中に回され、片方の手が頭に振れる。体温が直に伝わり、心音まで聞こえる程に密着する。

 

「私が傍にいる。そして波音を信じる。だから、君は1人じゃない」

「冗談はやめてください」

「冗談なんかじゃないよ。これから先、何があっても私は君の味方だよ」

「……ッ」

 

 頭を撫でられて、優しい声をかけられて。心の底から嫌なはずなのに。それなのにどうして──どうして心が温かくなるのか。

 多分、幼い頃はこういうものを求めていたからだろう。必死に手を伸ばしても手に入らなかったもの──愛情。それが満たされずに育ったからこそ敏感に感じられる。全く、酷い話だ。

 

「……やめて、ください」

 

 今の俺に誰かの愛情は必要無い。こんなものにほだされてたまるか。

 白瀬さんの腕をどかして無理矢理抱擁を解く。こうして触れ合うのは2度とごめんだ。今更そんな事をされたって遅い。俺はもう、1人で生きていくと決めたんだ。

 

「なぜ、ここまでして俺を助けようとするんですか? あなたに得なんて一切無いのに」

「損得なんて関係無い。私は、私が関わる全ての人に笑顔でいて欲しいと思っている。もちろん君だって例外じゃない。

 でも、1番の理由は深見波音という1人の人間に心を引かれたから。そう──波音が好きだから、だよ」

 

 ──笑顔。太陽のように眩しい笑顔。しかし、何よりも衝撃だったのは迷いも淀みも無く放たれたその真っすぐな言葉。

 

『君が好きだから、友達になりたいと思ったんだ!』

 

 まただ。幼い男の子が頭の中をよぎる。

 ここではない、どこかの浜辺。髪を結んでいて、女とも見て取れる中性的で整った見た目。何よりも印象的なのは、その表情。今の白瀬さんに似た屈託のない、心の底からの笑顔。

 間違いない。これは俺の幼い頃の記憶だ。1人でいようと決心する前の。

 あの時はまだ友達が欲しかったんだ。年端もいかない子どもなら誰だって愛されたい、必要とされたいという気持ちくらい抱く。俺もその1人だった。

 まぁ、残念ながら結果はこの通りだ。思い出したところで何かが変わる訳でもない。変わらない過去よりも変えられる今や未来の方が大事だ。昔の記憶なんてどうでもいい。そんな事よりも今やるべき事に集中しろ。

 

「……好きだから、ですか」

「うん。私は波音の強さと優しさを知っている。それは人間として素直に褒められるべき美点だよ」

「すいません。少し黙っててください」

「え?」

 

 やっとの思いで声を絞り出し、即座に後ろを向く。

 

「……」

 

 ──好き!? はぁ!? 好き!? さんざん嫌な事をした俺に言う言葉がそれか!? 意味が分からない! 何なんだよ!

 “好き”。言葉にすればたったの2文字だが、人の心を動かすには充分すぎる。その証拠に、俺はただただ唖然とする事ばかりだ。

 白瀬さん、意味を分かってて言ってるのか? いや、絶対に分かってないし、考えてすらない。何たって白瀬さんだ。異性に対して恥ずかし気も無くこんな事を言ってしまえる人間だ。キスは恥ずかしがる癖に。どっちも似たようなものだろうが。

 普通の人だったら勘違いされてるぞ、全く。俺だったから良かったものの、言葉は選んだ方がいい。

 

「クソ……!」

 

 なのに。それなのに、顔が熱い。心臓の鼓動が速い。心が何とも形容し難い感情に襲われる。いずれもキスの時より比べ物にならない程に強く、鮮明に感じ取れる。こんな陳腐な言葉でもこれ程までに影響を受けるなんて、俺もまだまだ心の鍛え方が足りない。

 

「好き……か」

 

 これ程分かりやすく、心に深く突き刺さる言葉は無い。そのせいで、ずっと目頭が熱い。心までグチャグチャだ。自分の存在を肯定される事がこんなにも、こんなにも──嬉しいなんて。

 

「ッ……!」

 

 嬉しい。人との繋がりを絶って生きると決めた俺が、他人の好意を受けて嬉しい? この期に及んでそんな感情を抱くのか。

 ──最悪だ。一瞬と言えど愚行を犯した。絶対にあってはならない事だ。

 とりあえず、俺に対してふざけた事を抜かした本当にバカにどうしようもない人に言わなければいけない事がある。そうでないと気が済まない。

 

「……白瀬さん」

「波音、涙が……」

「そんなの関係ありません」

「でも、泣いている上に顔も耳まで赤い。もし何かあったなら私は……!」

「何もありません! 強いて言うなら、白瀬さんに好きだと言われたのが嫌すぎるだけです!」

「そんなに、嫌だったのか……!」

「えぇ、こんな屈辱的な仕打ちを受けたのは初めてです! だから、責任を取ってください!」

 

 自分そのものが歪む程心を動かされただけでなく、あまつさえ誰かに泣かされた経験なんて初めてだ。ましてや、それが最大の敵である白瀬さんなら、それはもう最悪というレベルをとうに超えている。生き恥、人生の汚点だ。絶対にやられたままではいられない。

 

「俺に、この深見波音にとことん付き合ってください。これからあなたに嫌と言う程迷惑をかけてやります。2度と好きだなんて言えないように。

 それが、俺と関わった白瀬さんの責任です。あなたには何が何でも俺を嫌いになってもらいます」

 

 白瀬さんに指を差し、宣言する。

 自分で言っておいてアレだがかなり傍若無人だ。でも、関係無い。負けるなんて事は絶対に許されない。負けは信念が折れたという事を意味する。死ぬのと同じだ。だから、何があっても俺はこの人の意志を拒絶する。どうせこの人は俺から離れる気が無い。それならもうそれでいい。その上で戦うだけだ。

 

「……じゃあ、これからはもっと波音と一緒にいれるんだね!」

「何でそうなるんですか? とぼけるのも大概にしてください」

「とぼけてなんかいないよ」

 

 確かに意味は違わないが。どうしてポジティブに捉えるのか。でも、この人ならこうするに違いないのも事実だ。慣れてしまっている自分が嫌になる。

 

「フフ……そうか! 嬉しいなぁ!」

「勘違いしないでください! 俺はあなたに嫌われるために一緒にいる事にしたんです!」

 

 俺は誰にも好かれるつもりなんて無い。嫌われていた方が気分が楽だ。そのためなら、たとえ拷問のような仕打ちだろうと乗り越えてみせる。

 

「……でも、その、改めてよろしくお願いします」

「ッ……うん! よろしく!」

 

 瞬間、心臓が大きく脈打つ。どうして気分が高揚してる訳でもないのにドキドキするのか。分からない。それに、白瀬さんの顔を直視できない。一瞬でも目を合わせると、その輝きに灼かれてしまいそうになる。

 誰かの目どころか顔すら見れないなんて初めてだ。いつも行っている事がなぜか白瀬さんにはできない。分からない事ばかりで頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、そんな中でもたった1つ、ハッキリと分かる事がある。それは、全ての原因は白瀬さんにある事。目の前で笑顔を見せている無駄に高身長でイケメンのこの人が俺に近づいてきたせいだ。

 ──だから、絶対に許さない! 絶対に嫌われてやる! 絶対に、白瀬さんに勝つ!

 そう、自分自身に何度も言い聞かせる。




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