白瀬咲耶に嫌われたい   作:モリンフェン

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第5話 かけがえの無い、傍にいてくれる唯一の

「あ~!」

「……げ」

 

 昼食を買うためにコンビニへ向かっている途中、後ろで驚きの声が上がった。思わず振り返ると、そこにいたのは俺を指差す月岡さん。

 ……見なかった事にしよう。これは無視が正解だ。GWに突入して、嫌な事から離れて好きに過ごそうと思った矢先にこれだなんて嫌すぎる。月岡さんと関わるのは白瀬さん以上に疲れるから避けたい。

 そんな訳で、再び歩を進める。

 

「無視はいけんよ!」

 

 ……肩を掴まれてしまった。

 

「あぁ月岡さん。すいません、気づきませんでした」

「嘘ばい! 目ぇ合っとったよ!」

 

 そんなやり取りをしていると、

 

「──やぁ、恋鐘……って、波音もいるじゃないか! 偶然だね!」

 

 後ろから話しかけられた。女性にしては低めだが、人懐っこさを感じる声。一瞬で誰なのか分かった。

 

「白瀬さん……!」

 

 月岡さんだけでも面倒なのに白瀬さんにまで遭遇するなんて。以前にああ言った手前、無視して逃げる事はできない。

 

「波音、凄く嫌そうな顔をしてるね……」

「でしょうね。自分でも分かってます」

「否定しないんだね……」

「する理由がありませんし」

 

 月岡さんは本当に苦手だ。できる限り近くにいて欲しくない。その上白瀬さんがいる。こうなると尚更月岡さんは厄介な存在となる。

 

「そうや、波音。咲耶に謝らんね!」

「なぜです? あなたに謝る理由はあれど白瀬さんに謝る理由がありません」

「なして!?」

「俺があんな風に言うのは勝負の一環であると同時に本心です。ただ、月岡さんに対しては悪く言い過ぎました。それに関しては反省しています」

 

 あの時は白瀬さんに会ったばかりで鬱憤が溜まっていた。だから、矛先が月岡さんに向いた。今思えば本当にらしくない事をしたと思う。後悔しているかと言えばそういう訳ではないが、良いやり方ではなかったのは確かだ。結局効果は無かったし。

 

「波音……」

「ッ!?」

 

 月岡さんに肩を叩かれた。

 

「波音がちゃんと謝れる子で安心したばい。でも、本当に謝るべき相手はうちじゃなくて咲耶よ。それくらいわかっとーやろ?」

 

 月岡さんは真剣な目つきで俺に語りかける。

 確かに月岡さんの言う通りだ。白瀬さんに対する言葉は殆どが悪口や否定といった相手を不快にさせる言葉。第三者からしてすればありえない行為だ。

 

「えぇ、理解してます。ですがそれはできません。俺は白瀬さんを拒絶しなければならないので」

「そんなの関係なか! みんな仲良しが1番ばい!」

 

 ……やはり、俺と月岡さんでは考え方が違う。思わずため息が出た。

 白瀬さんはしっかり考えた上で動き、常に他人への配慮を忘れないのに対し、月岡さんは深く考えず感覚で動き、自分の感情をどこまでも押し通す。宇宙人でも相手にしているのかと錯覚するレベルだ。

 この人は白瀬さんにも匹敵する根っからの善人だが、だからこそ関わりたくないし話したくもない。俺の周りにいてもらっては困る。

 

「恋鐘、いいんだ。今こうなっている原因は私にある。何を言われても仕方ないよ」

「うちは納得できんよ……」

「これは俺と白瀬さんの勝負です。その点について月岡さんは口を挟まないでもらえますか? それを了承するのなら話に応じない事もありません」

 

 最大限の譲歩だ。この人がいると勝負が進まない。黙ってもらう必要がある。

 

「……わかったばい。勝負ん邪魔はなるたけせん。ばってん、咲耶ば傷つけたら絶対に許さんけんね」

「了解です。月岡さんがいる前ではできる限りそうしないよう努力しましょう」

 

 月岡さんにとやかく言われるよりはこっちの方が何倍もマシだ。要は傷つけなければいい訳だ。白瀬さんとの勝負がいくらか膠着状態になってしまうが、何も言わなくていい訳ではない。

 

「……ん」

 

 ギュウ、と腹が鳴った。

 そうだ、昼食を買いにコンビニへ向かっている途中だった。いきなりこの2人に会ったせいで完全に頭から抜けていた。

 

「お腹空いてるんやね。なら一緒に行こうや! 実はうちもお腹空いとるけん」

「私もついていくよ。ご飯はみんなと一緒に食べる方が美味しいからね」

「はぁ……」

 

 話が早すぎる。こちらはまだ何も言っていないというのに。

 残念だが従う以外に選択肢は無い。相手が救うに値しない悪人なら約束を反故にするのもやぶさかではないが、この2人は度を越した善人だ。他人を無下にするような人間では決してない。なら、それに報いるべきだろう。

 

「……ならとっとと行きましょう。食べるなら早い方がいいです」

 

 何だか悪い方に向かっている気がしてならない。

 騒がしいし、落ち着かないし、頭が痛いし。誰かと一緒にいる時間には、死ぬまで慣れそうもない。

 そんな憂鬱な気分になりながら、コンビニへ向かう──。

 

 

 

   □■□

 

 

 

「──あ!」

「は?」

「こがたん、さくやんに……なみねん!」

 

 目的のコンビニで買い物を済ませ、出ようとした瞬間。出入口で鉢合わせたのは三峰さん。

 ……なぜ立て続けに知り合いに会う? こんな偶然あるか?

 

「どしたの? そんな驚いて」

「あなた方、今日集まる予定でもあったんですか?」

「うん、そだよ」

「……ですよね」

 

 でなければこんな事はありえない。予定が無いと言われていたら俺の精神状態はもっと悪かったに違いない。何か大きな力でも働いているのかと疑っていただろう。

 立ち話も他の客に迷惑なので、イートインスペースに移動して話を続ける。

 

「こんな所まで一体何の用ですか? ここら辺は東京と言えどそこまで何かあるって訳でもないですよ」

「前に行ったカフェに行こうと思ってさ。あそこのコーヒー美味しかったから」

「そうなんだ。1度コンビニで昼食を買って食べてから休憩にでもと思ってね」

「……なるほど」

 

 見事にお気に入りになったって訳か。確かにあそこはコーヒーもスイーツも美味い。限定メニューも抜かりない。それでいてあまり人が来なくて店内は静か。あれほど条件のいいカフェは東京中を探してもそう見つかるものではない。目をつけられるのは当然だ。

 ……これからは遭遇する事を想定して寄る頻度は抑えよう。こんな賑やかな人達に囲まれたら落ち着けない。

 

「あ、そうそう。なみねん、さくやんとは上手くいってる?」

「……俺と白瀬さんの関係知ってますよね?」

「ほら、私はさくやん側だから。そんな訳で仲良くなって欲しいんだよね」

「嫌ですよ。俺は誰も信頼しませんから」

 

 はなからそんな気は無い。仲良くなるくらいなら死んだ方がマシだ。

 

「どうすれば私達を信頼してもらえるかな?」

「そもそも、俺から信頼を得ようという考えが間違いなんですよ。今までの俺の行動を思い返せばわかる事でしょう?」

「なみねん、そういう自覚はあるんだね。じゃあわざと自分が悪者に見えるように振る舞ってるの? どうして?」

 

 三峰さんは月岡さんと違って頭が回る。これくらいすぐに気づくか。

 

「簡単な話です。嫌われれば誰も近寄らなくなるので。1人になるならこれほど手っ取り早い事はありません。

 ……まだ話を続ける気なら場所を移したいです。あと、このメロンパン早く食べたいです」

「そうだね。なら早く食べようか。私達が思っている以上に波音の問題は根深い」

 

 それが分かってるならさっさと手を引いて欲しい。変に同情されたりするのはごめんだ。

 

「……意外と可愛いもの食べるんだね、なみねん」

「勘違いしないでください。メロンパンは安くて大きくて高カロリーでエネルギー吸収効率が良くて何より美味い、全てを兼ね備えた最高の食べ物です。決して可愛いなどという理由で食べている訳ではありません」

「う、うん……」

 

 食べ物に可愛いという感情を向ける理由が分からない。芸術美みたいなものか? 俺には理解できない感覚だ。

 そんな事を思いながら、袋を開け、メロンパンを一口。凄く美味かった。

 

 

 

   □■□

 

 

 

 コンビニで昼食を済ませ、外に出てから数分後。白瀬さん達3人はカフェへ、俺は自宅へ向かうために歩いている。

 

「俺の家はこっちなのでここでお別れです。さようなら」

「もう帰ってしまうのかい……?」

「え」

 

 寂しそうに訊いてくる白瀬さん。

 俺は普通に帰るつもりなんだが。外に出た目的は昼食を買う事で、それは既に達成している。外にいる理由が無い。

 何より、ノワを待たせる訳にはいかない。平日はどうしても1人にさせてしまうため、休日は1秒でも長く一緒に過ごしたい。

 

「あまり長く外にはいたくないんですよね」

「なして?」

「うちの猫を待たせてしまっているので。今は家に誰もいないから俺が世話をしなければならないんです」

「あー、なるほど……なみねんの気持ちわかるよ」

「どういう意味です?」

「三峰の実家にも猫がいるんだ。できる限り一緒にいたいよね」

「はい。放っておく事はできません」

「その子、とても大切なんだね」

「はい。俺にとって、常に傍にいてくれる唯一の存在です」

 

 4歳の頃に母さんが死んで、父さんは忙しくて家に帰るのが夜遅くて。そんな時に拾ったんだっけ。もう10年は一緒か。時間が経つのは意外と早いものだ。

 

「……波音、親や兄弟は?」

「兄弟や姉妹はいませんが、親は普通にいますよ。ただ、仕事の都合で1年の殆どを海外で過ごしてるから会う機会は少ないですが」

「……そうか」

 

 ほんの1、2秒だけ苦々しい表情をして、すぐに笑顔で取り繕った。

 ……白瀬さん、家族と何かあったのか? もしかして……いや、やめておこう。こういうのは深く詮索しない方がいい。他人の事情に勝手に踏み込むなんて愚かな事だ。

 

「そういう理由だと無闇に誘えないね。私達が原因で波音の家族を待たせてしまっている」

「家族……ですか。白瀬さんはそう言ってくれるんですね」

「当たり前だよ。波音にとって大切な存在を無下にはできない」

 

 ペットという言葉はあまり好きではない。1つの命として見てないような気がするから。ゆえに、ノワの事を言う際は“家族”という言葉を使う。小さい頃からずっと一緒にいて、育った存在に対してそんな安っぽい言葉は使えない。

 そんな俺を知ってか知らずか、白瀬さんはノワを俺の家族として見てくれた。今回ばかりは心の底から嬉しい。

 

「……ありがとうございます」

「え?」

「ノワは俺にとって本当にかけがえのない存在なんです。親が忙しくて家にいなくても、周囲の人間に忌み嫌われて孤立していても、ノワは、ノワだけは……ずっと俺の傍にいてくれました。だから、大切な存在と言ってくれて嬉しかったです」

 

 ……ホント、今時こんな善人がいるなんてな。少し前の俺だったら絶対に信じなかっただろう。

 でも、白瀬さんを完全に信頼した訳ではない。接する時の態度は今までもこれからも変わらない。

 

「……白瀬さん、何で顔を赤くして目を逸らすんですか?」

「い、いや、これは……!」

「それに三峰さんと月岡さん。そんな驚いた顔をする理由がどこにあるんですか?」

「波音が……咲耶にお礼ば言うた……!」

「俺だって人間です。礼の1つくらい言えます」

「なみねんが、素直になった……!」

「……? 俺は最初から素直ですよ?」

 

 俺は素直だ。悪い意味でだが。

 

「何か変な事しました?」

「してはないんだ。してはないんだけれど……」

「だったら答えられるでしょう。答えてください。返答次第ではこれからの対応を考えますよ」

 

 可愛い、女の子みたい……そういう事を言ったら絶対に許さないからな。月岡さんと三峰さんはそういう事を言うと俺が怒るのを理解しているが、白瀬さんは違う。まだ俺を女として扱ってない。だからと言って男として認識しているかは分からないが。さぁ、どう出る?

 

「……ノワという猫がどれだけ可愛いのか考えていたんだ」

「本当ですか? 怪しい……」

「誓って嘘じゃない! 私は猫が大好きなんだ!」

「……まぁ、今回だけは許しましょう」

 

 あえて触れないスタンスなのか? それならそれで構わない。ノワを悪いように扱わなかった事に免じて許そう。

 ……今の俺は自分で思っているよりも気分がいいらしい。普段だったらもっと問い詰めているはずだ。情が移ったか? 白瀬さんに気を許したのか? いや、そんなはずはない。俺は誰も信頼せず、1人に生きていくと誓ったんだ。絶対にありえない。

 

「……話が大きく脱線してしまいましたが、とりあえず俺は帰っていいんですか?」

「うん。ノワと仲良くね」

「あなたに言われるまでもありません。俺とノワは一心同体です」

 

 そうだ。ノワとは死ぬまで一緒だ。俺を救ってくれた存在を見捨てる事なんて絶対にできない。アイツのためだったら、俺は何だってする。

 

「……いつかこの目で見てみたいな、波音の家族を」

「さぁ、一体いつになるでしょうかね」

「いいのかい?」

「見せてあげる、なんて一言も言ってませんが?」

 

 白瀬さんにノワを見せる時が来るとすれば、それは俺が負けを認めた時だ。そんな機会は一生訪れない。なぜなら、俺は負けないからだ。

 ……でも、そうだな。

 

「ノワに白瀬さんの事、言っておきますね。どうしようもなくお節介で、お人好しで、寂しがり屋の変わった女の子って」

「ハハ、ありがとう。嬉しいよ」

「いや、怒ってくださいよ。完全に煽ったつもりなんですが」

「怒る訳がないさ。寧ろ嬉しいんだ。だって──波音がほんの少しでも私に興味を持ってくれているって分かったから」

 

 白瀬さんは顔を近づけ、俺の目を間近で見詰めて、キザったらしい言葉を吐く。

 これはこの人の常套手段だ。こういった陳腐なセリフで俺に語りかけ、自分自身の事を意識させる。こんなのに惑わされる俺ではない。

 

「ッ……!」

 

 しかし、この人の言っている事はあながち間違いでもない。否定してやりたかったが、瞬時に反論できなかった。

 非常に気に食わないが、俺は俺の想像以上に白瀬さんの事を考えているらしい。会わない日、学校にいる時、家にいる時。会えば会うほど白瀬さんの事を考える時間は増えていく。関わっていく内に、この人の事を知りたいと思っている自分がいるのは確かだ。

 ……だが、他人の領域に踏み込む訳にはいかない。俺には俺の、白瀬さんには白瀬さんの領域がある。土足で入ったっていい事なんて何も無い。

 

「……では、これで」

「また近い内に会おう、波音」

「その気になったら」

 

 俺は白瀬さんに同情も共感もしない。たとえ悲しい過去があろうとも。もしそんな事をしたら──この人を否定できるかどうか分からない。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 波音を見送って、カフェへ向かう途中。

 

「さくやん、嬉しそうだね」

「うん。この少しの時間で、波音をもっと知れた。それが嬉しいんだ」

 

 意外と甘い食べ物が好きである事。ノワという猫をとても大切にしていて、それが彼の優しさの根源である事。そして──ノワ以外の家族とは殆ど接していない事。

 

「……波音。私と君は似た者同士みたいだね」

「さくやん、何か言った?」

「いや、何でもないよ」

 

 波音は幼い頃から1人の時間が長かった。それゆえに今の孤独にこだわる性格になってしまった。自身を悪人だと思っているみたいだけど、決してそんな事はない。ノワが傍にいてくれたからだろう、最後の一線は越えてない。ただ不器用なだけで優しさはちゃんと備わっている。孤独を理解している分、そういうものにはとても敏感なはずだ。

 ……こういう事を言ったら波音は怒るだろうけど。

 

「そういえば咲耶、さっき照れとったね」

「あ、あれはその……波音の笑顔が可愛くてつい……」

「「あぁ~……」」

 

 2人は同調するように、うんうんと首を縦に振る。

 

「普段は笑わない子の笑顔って激レアだからこそ一層輝いて見えるんだよね~」

「うちも驚いてしもうたよ」

「波音……恐ろしい子……」

「ていうかアレ、嘘だったんだ」

「嘘じゃないよ! 波音はそういう事言われるの好きじゃなさそうだと思ったからで……!」

「流石さくやん、なみねんを良くわかってる」

 

 見る限りメイクはしていないし、いつも無地のモノトーンで質素な格好だし、純粋な容姿の良さだけでオーラを放つ。今まで見てきたモデルやアイドルにも引けを取らない。このまま283プロに誘う……のは流石に無理か。絶対に嫌がるだろうなぁ。

 

「──なんだか手がかかる妹みたいやね、波音って」

「え?」

 

 波音が、妹……?

 

『姉さん、邪魔』

 

 いつもの感じだったり、

 

『咲耶、こっちに来るな』

 

 呼び捨てだったり、

 

『お姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ!』

 

 ……以外にも反対だったり。

 

「ハハハ……波音が妹だったら楽しそうだね……!」

「さくやん、変な想像してない?」

「……いや?」

 

 妹。たった1文字がこれほど甘美な響きになるなんて……!

 

「……そうだね。いつかは実の姉妹のように仲良くなりたいな」

 

 多少なりとも似た境遇の私と波音なら確執を乗り越えて、いつか分かり合える時が来るはずだ。

 その時は、互いに心の底からの笑顔で話し合いたいものだ──。




 忙しすぎるのと本来の5話を次にして急遽この話を作ったせいで予定より1ヶ月ほど遅れました。次はそこまでかからないと思います。年内には投稿したいですね。
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