白瀬咲耶に嫌われたい 作:モリンフェン
「おはようございます」
「やぁ、霧子。おはよう」
GW中の283プロ。仕事の打ち合わせでアンティーカのメンバーを待っている最中、やって来たのは霧子だった。
……そう言えば、霧子と波音は同じ高校に通っているんだっけ。彼は霧子を知らないようだったけれど、一応訊いてみよう。もしかしたら、という事があるかもしれない。
「咲耶さん、私をじっと見てどうしたの?」
「知り合いの事を思い出していてね。霧子と同じ学校に通っている子なんだ」
「へぇ、私も知ってる人かな」
「深見波音という名前の子だよ」
「え……!?」
名前を聞いた途端、霧子の表情が一転した。驚いているように見える。という事は……!
「知っているのかい!?」
「うん。同じクラスで、何回か話した事もある」
「そんな偶然あるんだね……」
驚いた。知っているどころか、同じクラスだったなんて。なら、あの時点で波音も霧子を知っていたのでは……?
「でも、波音は霧子を知らないと言っていたけれど。どうして嘘ついんだろう」
「私と知り合いって知られたら都合が悪いからじゃないかな」
「波音は人と関わりたがらないからね。そうか、学校でも人を遠ざけてるのか……」
「いつも1人で、静かで、私が話しかけても関わるな、話しかけるなって拒絶されて……」
「ハハ、波音らしいと言えばらしいけれど」
波音と霧子の意外な繋がりにただただ唖然とするしかなかった。
でもこれはこれでありなのでは……?
□■□
「じゃあ、今日は委員会決めるぞー」
GW明けのLHR。担任は教室に入るなり生徒に呼びかける。
「今から私が黒板に委員会を書く。その後、お前らは入りたい所の下に名前を書け。もし定員を超えた場合はじゃんけんで決めろ。あ、これ全員参加だからな」
いかにも面倒な感じで話を進める担任。ならもっと早く決めろよ。委員会の集まりがあるのは再来週だぞ。手続きとかそういう面倒なのがあるんじゃないのか? こんなのでも授業の進め方は上手いのだから人間は分からない。世渡り上手というか何というか。
「深見君はどの委員会に入るの?」
隣の席の女子、幽谷さんがそう問いかけてきた。
「決めてない」
とりあえず目に留まった所に入る。委員会なんて何だって構わない。楽だろうが面倒だろうがやる事をやっていれば済む話だ。強いて望むなら1人で黙々と作業ができる所か。
あくびをしながら、続々と委員会の名が書かれる黒板を眺める。
「ん……」
1つ、目に留まった。園芸委員会だ。
主な仕事は学校内の植物の管理。校庭の花壇や教室の花の世話。いつか聞いた話では夏休みに世話のために最低1度は学校に来なければならないらしい。想像するだけで面倒臭い。
しかし、いずれも人との会話を必要としない作業だ。1人でも問題無い。よし、ここだ。ここに決めた。
「委員会全部書いたぞー。お前ら黒板に名前書けー」
担任の間延びした号令の後、早速黒板へ向かう。
狙いは園芸委員会だけだ。こんな面倒な仕事ばかりの委員会に入りたいと思う人間は俺以外にいないだろうし、悪い噂が絶えない俺に近寄りたいと思う人間もいないだろう。これで園芸委員になれるのは決まったようなものだと思いながら名前を書いていると。
「あ……!」
小さい声を上げて来たのは──幽谷さん。まさか、この人もここに……?
「深見君も園芸委員会に入るんだね」
「それがどうした?」
「私も園芸委員会に入ろうと思ってたんだ。深見君と一緒。嬉しいな……」
幽谷さんはふふ、と屈託の無い笑顔を浮かべてそう言ってのけた。
「……どうして嬉しいんだ?」
「深見君の事をもっと知りたいから」
「ッ!」
その言葉を聞いたら嫌でも思い出してしまう。同じ事を言って俺に接してくるどこかの誰かを。
意味が分からない。何が嬉しいんだ? まだ諦めてないのか? 幽谷さんは俺が裏で何を言われているかも、どれ程嫌われているかも分かってるだろう。それなのになぜそんな感情を抱く? 白瀬さんといい幽谷さんといい、なぜ俺の事を知ろうとする? なぜ何度も拒絶しても俺の領域に踏み込んでくる?
──ふと周囲が目に入る。クラス中の人間が俺を見ている事に気づいた。一部の男連中は明らかに敵意を抱いている。
「……頼むから関わらないでくれ」
くだらない。幽谷さんと話すだけでこうなるって何なんだよ。嫌われてるなら好都合ではあるが。
白瀬さんは学校での俺を知らないからまだいいが、幽谷さんは違う。 俺を見る周りの目を知っていて、それに対する俺の行いも知っている。もし関わりを持てば、幽谷さんのような善人だろうと変な目で見られる事は免れないだろう。
それが、俺にとって最も面倒な事だ。だから幽谷さんは絶対に拒絶する。何が何でも踏み込ませない。
□■□
「深見君、少しいいかな?」
放課後。帰ろうと荷物を整理してたら幽谷さんに話しかけられた。
「話したい事があるんだけど、2人きりで話したいから……みんなが帰るまで待っててもらっても大丈夫?」
「……それなら大丈夫だ」
他人の目が無い状況なら話に応じなくもない。とは言え、何を言われても拒絶の意思を貫き通す。幽谷さんは危険だ。
そして、数分後。教室から俺ら以外は全て去った。これで2人きり。周りの目を気にせず会話ができる状況になった。
「──咲耶さんとは知り合い、なんだよね?」
「ッ!」
「つい最近咲耶さんから聞いたんだ。深見君の名前が出ると思わなくて驚いちゃった」
「まぁ、それはそうだろうな……」
……マジか、知ってたのか。俺と白瀬さんが知り合いだって事を。
驚くのも当然だ。何もかもが違う俺とあの人に接点があるなんて考える人間はこの世に1人も存在しない。これは自信を持って言える。
「で、白瀬さんから何を聞いた?」
「深見君について教えてもらったよ。初めて会った時の事とか。咲耶さんの財布を拾ってあげたのがきっかけだったんだよね」
……呆れた。何で他人にそういう事を言うんだあの人。俺が自分の事を知られたくないって分かってるよな。いや、そういう事言ってないから分かってないかもしれない。まぁ、これは俺のミスだ。
白瀬さんは俺にみんなと仲良くなって欲しいとか思っているんだろう。きっと三峰さんや月岡さんにも言っている。あぁ、俺の知らない場所で面倒事が増えていく……。
「深見君は一見悪意がある振る舞いをしてるけど、でも裏には気遣いがある。だから悪い人じゃないよ」
「いや、どう考えてもそんな訳ないだろ……」
「そんな訳あるよ」
類は友を呼ぶ、という事らしい。困っているように見える人間を放っておけないという面倒な性分を持った白瀬さんと幽谷さんが友達である事には納得しかない。俺は別に困ってなどいないのに。全く、厄介な事この上無い。
「深見君がどれだけ自分の事を悪く言っても、私と咲耶さんは深見君のいい所、ちゃんと知ってるから」
「俺のどこに長所を見出せるんだ……?」
「自分の意思を貫けるって凄いと思うよ。私、そういうの苦手だから。頑張って変わろうとしても中々難しくて……」
口を開けば拒絶して、堂々と悪口を叩く人間のどこに長所を見出せるのか分からない。普通に他人に迷惑をかけてるんだぞ。つくづく俺の常識外で生きてる人間という事を思い知らされる。
「その幽谷さんが凄いと思う事のせいで色々問題になってるんだけどな」
「でも……」
「それに、無理して変わらなくてもいいだろ。幽谷さんの他人に寄り添える優しさは生きていく上で大事だと俺は思う」
もっとも、俺には必要の無いものだが。
「……やっぱり、深見君は悪い人なんかじゃないよ」
「話聞いてたか?」
「うん。聞いてた」
なぜ笑顔なのか。話を聞いた上で、理解した上でそう言ってるのか。幽谷さんはとても嘘をつくような人間ではない。紛れも無い事実だろう。
「もう勝手にしてくれ……」
ダメだ。幽谷さん、1度そうだと決めたら信じたら絶対に揺るがない。この点においては俺や白瀬さんを超えているかもしれない。
もうそういう事にしておこう。話が進みそうにない。それで俺が変わる訳ではないし、幽谷さんが周りに言わなければ問題にならない。そこだけ注意すればいい。
──なんて考えていると、ポケットのスマホが着信音を鳴らす。電話だ。
「幽谷さん悪い。電話」
「うん。じゃあちょっと待ってるね」
幽谷さんにそう告げて、画面を見る。
相手は当然白瀬さんだ。まともに連絡してる人間なんてこの人以外にいない。
『やぁ波音! 元気かい?』
開口一番これか。悪気が無いのは分かっているが状況が状況なだけに煽ってるようにしか聞こえない。いつもいつも最悪のタイミングで連絡をしてくる。
「あなたの声を聞いて嫌な顔をしてるって言ったら?」
『うん、いつも通りだね。何事も無さそうで安心だよ』
どこまでポジティブなんだよこの人。無敵か? その解釈はどうなんだ……って毎回思ってるな。
『実は最近驚く事があったんだ。だから今日は電話で話したかった』
「驚く事?」
『幽谷霧子という名前に心当たりはあるかい?』
そう来たか。薄々勘付いてはいた。だが、こんなに早く訊かれるとは思わなかったな。
『君と霧子はクラスメイトらしいね。本人から聞いたよ』
「そうですね。事実です」
『どうして嘘をついたんだい?』
「これは俺とあなたの勝負です。関係の無い他人を巻き込むのもどうかと思います」
『なるほど。確かに一理ある』
「それに、面倒なのは白瀬さんだけで足りてます。あなたみたいな人が増えると疲れるんです。俺はそういう風にできてないので」
誰かと一緒にいるとストレスが溜まるばかりで気が滅入る。こんな人達に振り回されるのは嫌だ。早く負けを認めて欲しい。
「まぁ、結局知られたのでその嘘も無意味でしたが」
『と言うと?』
「幽谷さんに直接訊かれました。白瀬さんと知り合いなのかって」
『霧子に!?』
「はい。あなたと似たような事を言いましたよ。俺は悪い人じゃないとか、いい所があるとか。意味が分かりません」
『ふふ、上手くいっているみたいで良かった』
「全然良くないんですけど?」
何をもって上手くいってると思ったんだ。もっと意味が分からない。
「で、話はこれで終わりですか?」
『いや、終わりじゃない。今日は時間があるから波音に会いたいと思っていたんだ』
「問題無いです。集合場所はどうします?」
『そうだね……じゃあ君の学校の最寄駅の前はどうかな。噴水があるはずだ』
「分かりました。じゃあそこで」
『早速向かうよ。細かい事は追々伝える。君に会うのが楽しみだ』
「俺も向かいます。俺はあなたに会うのが心底嫌ですが」
電話を切る。
……はぁ。これからやる事ができてしまった。
「これから咲耶さんと会うんだね」
「それがどうかしたか?」
「何でもない」
首を横に振る幽谷さん。時々考えている事が分からない。
「じゃあ、今日はこれっきりだ」
「うん。また明日」
教室から出ていこうとする俺に対して幽谷さんは手を振る。見送ってくれるらしい。どこまでもいい人だ。
「……幽谷さん。これから俺と話す時は今みたいに人目のつかない場所でしてくれると助かる」
「……うん!」
満面の笑みを浮かべる幽谷さん。
みんながいる場所で話しかけられると変な誤解を生む可能性がある。そういういざこざは面倒だ。
□■□
「まだいない、か……」
集合場所である駅前の噴水に着いたが、白瀬さんはいない。周りを見渡しても、それらしき姿は見当たらなかった。
しかし。
「うぇ〜ん! お母さ〜ん! どこ〜!?」
その代わりに言ってはアレだが、すぐ近くには泣いている男の子がいる。園児、あるいは小学生になったばかりくらいか。
その後数分経っても泣きやむ気配は無い。ずっとえんえんと大きい声で泣き喚いている。
「はぁ……」
どうしたものか。ここが集合場所であるため離れたくない。だが、白瀬さんが来るまでここにいると耳が痛くて耐えられない。
だから、ここで俺が取るべき行動は1つだ。
「──おい、そこのお前」
「え、ぼく……?」
「あぁ、そうだ。お前だ」
この子どもを泣きやませる。それが最善策だ。
「──泣くな」
「え……?」
「泣いたところでお母さんが来る訳でも、ヒーローが来る訳でもないんだ。待ってる暇があるならお前自身で動け」
「でも、どうしたらいいのかわかんないよ……」
「あっちに交番がある。行けばお巡りさん達がお母さんを探してくれる。もし交番が無い場合は、そこらの店員や歩いてる人にお母さんの特徴を訊いて探せ。分かったか?」
「うん……」
こんな幼い子には酷だが、世の中は甘くない。自分の力で何かしらできるようにならないと生きていけない。いい機会だ、ここで知っておいた方がいいだろう。
「ならいい。まぁ、今回は俺も交番まで一緒に行く。でも、次は誰かがいるとは思うな。これからは1人でも動けるようになれ。ついてこい」
男の子と共に交番へ向かう。顔を見ると、泣きやんでいた。当初の目的は果たせたが、根本的な解決ではない。母親をちゃんと見つけてこそ、それは果たされる。
「すいません。迷子の子を連れて来──」
「お母さん!」
男の子が警官と話している女性を指差した。
偶然だが嬉しい誤算だ。母親も交番に来ていたか。これで万事解決だ。
「あなたがこの子を……ありがとうございます!」
「別に礼を言われる事は何もしてません。それでは」
親子と警官に一礼して交番を去る。警官にあれこれ訊かれるのも面倒だ。別に悪い事はしてないし問題無いだろ。
そうして、噴水に戻った。
「おまたせ、波音」
「白瀬さん、いつの間に……って、何ですかその表情」
交番に向かっている内に白瀬さんが来ていた。なぜかニコニコしている。意味が分からない。何が狙いだ?
「見たよ、波音が男の子を助けるところ」
うわ、見られてたのか。絶対面倒な事になるヤツだ……。
「勘違いしないでください。助けたつもりはありません。びーびー泣いてる子どもがうるさかったから黙らせてやっただけです」
「波音にとってはそうでも、私にとっては立派な人助けだよ。事実、君は泣いていたあの子を笑顔にしてみせたじゃないか」
「偶然です。俺は優しさで人助けなんかしません」
助けるっていうのはその人の気持ちに寄り添って、共感して、慰める事だ。俺がやったのは現実と向き合わせる事。相手の感情なんて関係無い。
「……すぐに泣くようなヤツは嫌いです。泣いたって何も解決しない。意味が無い」
「波音……」
周りに恵まれた白瀬さんには分からないだろう。誰かを頼る事なんてできない環境で生きる事の過酷さを。身の回りの事は全て1人でやらなければならなかった。泣き言を言ったって何も進まなかった。行動するしかなかった。
「──あの、先程はありがとうございました」
割って入って俺に感謝の言葉を告げたのは、さっきの子どもの母親だった。
「礼を言われる事は何もしてないと言ったはずですが……」
「この子がどうしてもお礼を言いたいって一歩も引かなくて」
母親の隣には、さっきの子どもがいた。母親と会えたからか、見るからに気分が良さそうだ。
「金髪のお姉ちゃん、ありがとう!」
……お姉ちゃん、か。
「お姉ちゃん最初は怖かったけど、お巡りさんのところに連れてってくれた! ヒーローみたいでカッコよかった!」
そこさえ間違わなければ問題無いんだがな……。
「……もう泣くなよ」
「うん! 泣かないように頑張る!」
子どもの頭を手を置いて、言葉を投げかける。
年端も行かない子ども相手に訂正するのも馬鹿らしい。誰1人として信頼する事は無いが、かと言って子どもの純粋さを疑うような真似はしたくない。そうなったら人間として終わりだ。
手を振って親子を見送る。迷子になっても自分を探してくれる人がいる事の大切さが分かったなら何よりだ。
「……母がいるというのは幸せなものだね。羨ましく感じるよ」
「羨ましい?」
「私には母がいないんだ。父と2人で暮らしていた。ついでに言えば、父はいつも夜遅くまで仕事をしていてね。だから、幼い頃は家で1人きりの時間が多かったんだ」
──え。
「白瀬さんも……!?」
「何か言ったかい?」
「いえ、何でもありません」
思わず口に出てしまったが、聞こえてなくて良かった。もし聞こえていたら、もっと面倒な事になっていた。
まさか、俺と白瀬さんにこんな共通点があるなんて。父子家庭であるばかりか、家で1人きりの時間が多かったなんて、その点では昔の自分と同じだ。
「……」
この人にだけは絶対理解されたくない。しかし、似た境遇の白瀬さんなら遅かれ早かれ察するだろう。或いはもう既に、なんて事もあるかもしれない。
知りたくなかった。白瀬さんがどうしようもない寂しがり屋で孤独に耐性が無い理由がこうだったなんて。心の奥底から何かが否応無しにこみ上げてくる。
──そうだ、1人で父親の帰りを待つ時間。静かで、世界でたった1人になった感覚。今でこそ何とも思わないが、幼い子どもにとってそれは辛く苦しいものだ。それを、俺も白瀬さんも知っている。
不快だ。俺は同情も共感もしない。なのに、何も言う事ができない。心に生じた鉛のように重い何かが引っかかって、喉元で留まってしまう。
白瀬さんの痛みなんて俺には関係無い。ただ偶然似た境遇なだけ。ただそれだけ。それ……だけ。
「……すいません。誘ってくれて悪いんですが、今日は気分が悪くて行けそうにありません」
「大丈夫かい?」
「一応。その誘いは次の機会って事でいいですか?」
「構わないよ。お大事に」
白瀬さんが優しい人で良かった。無理やり人を連れ回すような傍若無人な事はしない。限度は弁えている。おかげで詮索されないように立ち回るのが楽で助かる。
「悩みがあったら私に話してくれると嬉しいな。いつでも力になるよ」
「あなたに話す事は何もありません」
これは俺自身の手で解決すべき事だ。同じ痛みを経験した白瀬さんを完全に拒絶する事で、俺の在り方は確立する。自身の過去を完全に絶ち切る事ができる。
今度こそ、白瀬さんとの関係は終わりにした方が良さそうだ。過去を知ってしまった以上、深入りすべきではない。でないと、俺は──。
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本来の5話として出す予定で殆ど完成した状態だったので連投しました。そろそろ話にも変化が出始める頃です。