白瀬咲耶に嫌われたい   作:モリンフェン

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お待たせしました。



第9話 会いたいという気持ち【咲耶視点】

 遠い過去のある日。まだ地元である高知県にいた頃、1人の幼い女の子──とその時は思っていた──と出会った。

 金髪碧眼、人形のように可愛らしい顔立ちで、性格は内向的。けれど勇気に満ち溢れていて、また決断力にも優れていた。

 私が転んで膝を擦りむいた時、その子は脇目も振らず駆け寄って応急処置をしてくれた。まだ小学生にもなっていない少年とは思えないほど上手だったのを覚えている。

 怪我の手当てのお礼に海を見せたらとても喜んだ。この時から既に()も海が大好きだった。

 そんな時、あることを訊かれた。

 

「ねえ。ともだちってどうすればできるの? ぼく、母さんがいなくて、父さんも仕事でいそがしくて、1人でさみしくて……」

 

 笑顔から、今にも泣き出しそうな表情に変わる。

 それを見て、私は直感した。

 ──この子は私と同じだ、と。

 

「じゃあ、わたしはきみのともだち!」

 

 そう思うと、手を差し伸べずにはいられなかった。

 元々困っている人を放っておけない性分というのもある。けれど、何よりも“自分と同じ”だから。

 それが、何があってもこの子を孤独から救ってみせると私に決意させた。

 

「これはよろしくのあくしゅ!」

 

 彼は少しの間差し伸べられた手を見つめた後、恐る恐るその手を握る。

 人と接することに慣れていない、或いは怖がっているように感じた。

 

「きみは1人じゃない! だからあんしんしてね!」

 

 接した時間がたった1日だとしても。それでも、この友情は本物だ。

 これが12年前。私と波音の初めての出会い──。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「──さくやん、最近なみねんとはどうなの?」

 

 283プロ事務所への道中。

 波音と初めて会った時のことを思い出していると、結華に声をかけられた。

 

「チェインでよく話すけれど、会ってはいない。もう1ヶ月くらいになる」

「それって本当?」

「ああ、実はそうなんだ」

「少し前までは頻繁に会ってなかったっけ」

「デビューしてから仕事やレッスンが増えてきたからね。これからは夏休みだからより増えることになる」

「確かに会える機会は減っちゃうね。私も忙しくなったし」

「でも、このまま会えないのは嫌だ。そろそろ会いたいな……」

 

 波音に会いたいという気持ちが日に日に強くなってきている。

 彼と一緒にいる時、私の中に何か特別な感情が湧き上がってくる。それは家族やプロデューサー、アンティーカのみんなと一緒にいる時に感じるものとは違う。時には激しく燃え上がる炎のようだったり、時には穏やかに波打つ海のようだったり、両方が混ざり合う時もあったり。

 それは非常に不安定で複雑で、正体が掴めない。けれど、決して後ろめたいものではない。

 

「なみねんのことを考えてる時のさくやん、本当に楽しそう」

「うん! 波音といる時は、心の底から楽しいんだ。元モデルの白瀬咲耶でもなく、アンティーカの白瀬咲耶でもなく、ただの白瀬咲耶としていられる。これが存外心地よくてね」

 

 波音のことを考えると心が躍る。

 由比ヶ浜に行った日から、暇さえあれば初めて波音に会ったあの日のことを考える。怪我の手当てをしてくれた過去の彼と現在の彼が重なる。変わったところは数あれど、本質は何1つ変わっていない。それが、何よりも嬉しかった。

 そして、あの真剣な表情。人形のように端正で可愛らしい顔立ちとのギャップが凄まじい。しっかり男の子なんだな……と改めて思い知った。

 ああ、会いたい気持ちがまた強くなってきた。胸の高鳴りが止まらない。

 

「じゃあ、さくやんに三峰から提案!」

「提案?」

「なみねんを遊びに誘っちゃおう! 来週の土曜日オフでしょ?」

「だね。その日は空いている」

「この時期なら遊ぶ場所なんていっぱいあるからさ。海とか夏祭りとか」

「なるほど、確かにそれなら……!」

 

 波音は海が大好きだ。それに、何だかんだ根が優しい。だから誘いに乗ってくれる可能性は大いにある。

 そうと決まれば善は急げ。ポケットからスマホを取り出し、すぐにチェインを開く。

 波音との通話を試みる。

 

『もしもし、白瀬さん。何か用です?』

「いきなりだけれど、来週の土曜日は空いているかい?」

『空いてますが、それが何か?』

「私と2人で海水浴に行こう。夏といえば海だ」

『嫌です』

 

 ……断られてしまった。しかも即答で。予想外の返事に対して何も言えなかった。

 波音が海に行くのを嫌がる? どうして? いつもなら最終的には首を縦に振ってくれるはずなのに。これには何かあるはずだ。でなければ、こうは答えない。

 

「理由を訊かせてくれないかな?』

『夏の海は人が多くてうるさいので。あと、生まれつき日焼けに弱いので外に出たくありません。この時期の日差しはキツいです』

 

 ……納得しかない。

 波音は静かな場所が好きで、1人でいるのが好きだ。そんな彼にとって、夏の海は賑やかというには度がすぎる。

 それに、色白肌で日焼けに弱いと来た。尚の事適さない。

 あまりにも波音らしい理由で返す言葉もない。けれど、ここで諦めたら会う機会を1つ失ってしまう。それは絶対に嫌だ。

 

「なら、私が君に夏の海の楽しさを教えるよ」

『そんなものがあるんですか?』

「あるさ。だから任せてくれ」

『そう言うからには自信あるんですよね?』

「もちろんだ。帰りたくなったらすぐに帰ってくれて構わない」

 

 思ったより食いついてくれた。

 話題が海だから、関心が全くないわけではないのだろう。

 或いは、波音が私を信頼してくれている……というのは、流石に都合が良すぎるか。

 

『それならまぁ……行かなくもないです』

「本当にいいのかい?」

『その代わり、俺を満足させてくださいね。あなたに言う通り、そうできないと判断したらすぐに帰りますから』

「ぜひ期待してくれ。詳細は後で決めよう」

『わかりました。では、切りますね』

 

 波音はそう言うと、すぐに通話を切った。

 

「良かった……! 嫌だと言われた時はどうなるかと思ったよ」

「なみねん、言葉はキツいけど何だかんだ誘いに乗ってくれるんだよね」

「ああ、嬉しいよ。ありがとう結華。私1人だったら行動に移せなかった」

 

 私は少し臆病になっていた。我ながら情けない。

 でも、仲間がいてくれたおかげで乗り越えることができた。

 1人ではできない事も、仲間がいればできる。だから、人間が手を取り合って協力すれば乗り越えられない困難はない。心の底からそう思う。波音にも理解してほしいけれど……。

 

「あ、海に行くんだったら水着を用意しなきゃね」

「……」

 

 結華の言葉を聞いて、身体がビクついた。

 水着。水着か……。

 

「急に顔を赤くしてどうしたの?」

「波音に水着姿を見せるのは、その、ちょっと……」

「あー、なみねん男の子だもんね。流石にさくやんも異性に水着姿を見せるのは恥ずかしいか」

「いや、水着姿を見せるのは恥ずかしくないんだ。ただ、波音が水着姿を見てしまったらと思うと……」

「何かあるの?」

「彼はそういうことに対する免疫がない」

「なみねんって意外とムッツリ? エッチなことに興味なさそうだけどな~」

「興味があるわけではないと思う。でも、年頃だからどうしても反応してしまうんだろうね」

「あー、男子高校生の悲しき性……ていうか、どうしてそんなことわかるの?」

「それは……いろいろあって、うん……」

 

 裸を見せてしまったとは口が裂けても言えない。

 

「さくやん、何かあったよね?」

「え、いや、その……」

「あったよね?」

 

 結華の圧がすごい。

 何が何でも聞き出してやるという強い意志を感じる。

 

「あったと言えばあったけど、その、言いづらくて……」

「そう言われるともっと気になっちゃうな~」

 

 多分、というか間違いなく、話すまでこの態度を崩すことはなさそうだ。

 ……話すしかないか。

 

「結華。少し耳を貸してほしい」

「うんうん」

「実は、その……波音に裸を見せてしまった

「え、それホントに言ってる?」

「決して意図的なものじゃない! 不慮の事故なんだ! 私が、波音を女の子と思っていたばかりに……」

「あー、うん。大体わかった。相手は女の子だから隠す必要がなかったと」

「まさか男の子だったとは思わなかったよ。流石に想定外だった」

「で、なみねんの反応は?」

「あまりの衝撃で気を失った……」

「そんなに!? いや、でもさくやんのを健全な男子が見たら、うん……」

 

 結華の視線が私の胸に向いた。

 ……恥ずかしさでいたたまれなくなってきた。穴があったら入りたい、とはこういう時のことを言うのだろう。

 

三峰、笑ってるけど心は泣いてるよ……

 

 結華が何かを呟いた……気がする。この話題で幸せになる人間は1人もいない、というのが何となく理解できた。

 

「それはそれとして、嫌だって思わなかった? その……エッチな目で見られるの」

「思わなかった。波音になら見られても構わないって自然に納得できたんだ」

「そんなことあるんだ……」

「波音は優しいから手を出さないと信じられる。それに……」

「それに?」

「いつもは仏頂面の波音が顔を赤くしてうろたえているのが可愛くってね。ついからかいたくなるというか」

「確かにそれはわかるかも! ギャップ萌えっていいよね~。私もなみねんのそんな表情見てみたいな~!」

 

 ──私も?

 その言葉を受けて、心に不快感に似たドロッとした何かが湧き上がる。

 結華が悪い訳ではない。思った事を話しているだけだ。だから、これは私が勝手に感じたもの。しかし、上手く言語化できない。生じた理由もわからない。

 初めての感情に、ただ愕然とするしかなかった。

 

「さくやん、考え込んでどうしたの?」

「いや、何でもないよ。結華も同じ事を考えているんだなと思っただけさ。

 ……と、もう283プロに着いたね。今日も1日頑張ろうか」

 

 丁度良く目的地に来たところで、この話を終わらせる。

 それでも尚、心の中のドロッとしたものが消えることはなかった──。

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 ──夏休みが始まって1週間。神奈川のとある海水浴場。

 今日は待ちに待った波音と海で遊ぶ日。

 遠くに見える砂浜には沢山の人がいる。夏の海らしい素敵な光景だ。波音は真逆のことを考えているかもしれないけれど。

 待ち合わせ場所に着くと、そこには彼が立っていた。

 

「やあ!」

「遅かったですね白瀬さん。待ちくたびれました」

「すまない。暑い中待たせてしまったね」

「誘ってきた側が謝らないでください。そんなことは最初から承知済みなので気にしなくていいです」

「そう言ってくれてありがとう」

 

 ここで責めないのが波音の優しさだ。

 いつものように済ました顔をしているけれど、額から汗が垂れている。そして、帽子はもちろん、この時期にもかかわらず上下ともに長袖という格好なあたり、よほど日焼けに弱いのが見て取れる。

 

「というか、その荷物は何なんです? クーラーボックスとか、ビーチパラソルとか、リュックサックとか……随分と準備してきましたね」

「君と遊ぶために持ってきたものだよ」

「多過ぎません? これらを持ってくるのは結構骨が折れると思いますが」

「そんなことないさ。夏の海で君と遊べると思えば軽い」

「冗談はやめてください」

「大丈夫だよ、これくらい何ともない」

「いや、ずっと持ち続けるのも疲れるでしょう。ただでさえ暑いんですから」

 

 波音はそう言って、半ば奪うようにビーチパラソルとクーラーボックスを手に持つ。そして、砂浜の方へ向かって行った。

 

「気を遣ってくれたんだね。ありがとう」

「白瀬さん、困ったら私を頼れって言う割に自分自身は他人を頼りませんよね」

「あはは……頼るのは慣れてないんだ」

 

 幼い頃に1人でいる機会が多かったからだろうか。誰かを頼るとか、誰かに甘えるとか、そういうことは殆どしてこなかった。この歳になってそういうことをするのは少し気恥ずかしい。

 

「白瀬さん、少しくらいは俺を頼ってくれても構いませんよ」

「それって、どういう──」

「俺と違って大勢の友達がいて、大切も人もいるでしょう。その人たちに迷惑をかけたくないのなら、1人で抱え込まないでください」

「でも、それだと君が……!」

「じゃあ、1人で生きたい俺に人との繋がりの大切さを説いて、否定されても諦めずに話し続けて、今日も嫌だって言ったのに夏の海に俺を誘ったのはどこの誰ですか?」

「っ……!」

「俺はあなたに沢山の迷惑をかけられました。誰かに迷惑をかけたくないとか、今更なんですよ」

「どうして急にそんな……」

「あなたを放っておいたら1人で勝手に突っ走って面倒事を起こしそうなので、そういうのはやめてほしいかなぁと」

「……」

 

 身に覚えがあるから何も言い返せなかった。

 

「だから、1人で悩んで抱え込むくらい前に相談してください。俺にならどんなに迷惑をかけてもいいです。この勝負が続く限り、その迷惑に応えてみせますから」

「うん、なるべく善処するよ」

「善処する、はしないんですよ。行けたら行くって言うのと同じです」

「はは、相変わらず厳しいね」

「俺にここまで言わせたって事、自覚してください」

 

 波音が純粋に人を思いやる発言をするのは珍しい。本気で心配しているのがわかる。

 私は周りから見たらそんなに心配されるような人間に見えるのだろうか。

 

「それにしても、他人に同情も共感もしないと決めていたのに……白瀬さんにだけはしてしまいます。俺も変わりましたね。これも全部あなたのせいです」

「波音は変わってないよ。初めて会った時から今まで。そしてこれからも、ね」

「……? とにかく、俺はあなたに特別な感情なんて抱いてないし、人との繋がりの大切さだってまだ認めてませんから」

 

 相変わらずトゲのある言葉だけれど、波音なりの信頼の証だろう。

 周囲に疎まれた経験から少しひねくれてしまっただけで、本来は素直で優しい子だということを理解している。

 やはり、波音は変わっていない。それが嬉しくて頬がほころんだ。

 

「なぜ笑うんですか? 意味がわかりません」

「いつかわかる日が来るよ」

「……?」

 

 あの日の思い出は隠しておこう。これはくだらない願望だけれど、波音自身の手で思い出してほしい。私が言わずとも君なら辿り着くと、そう信じているから。

 こうして話をしながら砂浜を歩いていると、少し広い場所に来た。2人が居座っていても問題くらいの丁度いい広さだ。

 波音もそれに気づいたのか、足を止めて荷物を置いた。

 

「俺は先に海の家の更衣室に着替えてきます。あなたは空いてる場所にパラソルでも立てて待っててください」

「それなら一緒に行くよ。私も早く水着に着替えたいからね」

「いや、それは……!」

 

 波音は焦ったような表情で、首を横に振る。

 

「何か嫌な事でも……あ」

 

 波音が私を前にしてそういう表情をする時は、決まって特定の事を考えている。

 

「もしかして、私の水着姿を想像したのかな?」

 

 おもむろに俯く波音。

 図星だったらしい。その拍子に顔が瞬く間に赤くなった。

 ……可愛い。もだえているのがとても可愛い。抱き締めて頭を撫でたくなる。

 

「男にそういう事を言うのはやめた方がいいですよ」

「波音だから言ったんだ。他の男の人には言わないよ」

「ッ──!?」

 

 やんわりとからかってみると、波音は目を見開いて動かなくなった。

 普段はクールな波音がこんなにうろたえているのを見ると、もっとからかいたい、もっと驚く顔が見たい……そんな衝動に駆られる。これはイケないと思いつつも、波音がこんな反応をするものだからやめられない。

 

「……とりあえず着替えてきます!」

 

 そう言って、波音は私から逃げるように全力疾走する。

 今日はとてもいいものを見られて最高の気分だ。やはり一緒にいると心の底から楽しめる。そんな悦に浸りながら後を追った。




※追記
投稿の際に日付設定を間違えて同じ話を予約投稿していたようです。
ミスで投稿した10話は削除しました。
次からはこんなミスが起こらないように尽力します。
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