【急募です】状態異常《共依存》の治癒方法   作:流星の民(恒南茜)

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04_『無垢なきみ』

「《フレイムバレット》っ!」

 

杖先から放たれた炎が【ラット】を貫き、討伐数が19へと増えます。

 

「リリィちゃん、あと一体ですっ!」

「りょーかいだよっ! コリスちゃんっ!」

 

初期レイピアスキル《スペーサー》特有の真紅の光芒が放たれて数瞬、視界の端に映った青い火花と共に、討伐数は20に達したようでした。

直後に、『QUEST CLEAR!』という文字が目の前に大きく映し出されて。

アイテムや報酬金を示すウィンドウを一瞥したのちに消し、リリィちゃんの方に向き直ります。

 

「報酬、もらえましたか?」

「うん! これだけあればあの剣、買えるんだよね!?」

 

戦闘後で未だ興奮冷めやらぬのか、彼女は弾むような声でそう問いかけてきます。

 

「ええ。足りているはずです。それでは、街に戻りましょうか」

 

そう告げて、街へのマップを表示し、帰路を確認している時でした。

 

「……ねぇ、なんかさ……変じゃない?」

 

リリィちゃんが突然そう呟いたため、辺りを見回してみると、確かに不審です。

いつの間にやらさえずりは止み、木々は騒めいています。

そして、極め付けに森の外側へと逃げ出すモンスターたち。

 

……この状況には若干の見覚えが……

 

「シャァァァァッ!」

 

そう、思索を巡らせている間もありませんでした。

反射的に風魔法『ヴェントブラスト』を目の前の地面に向けて放ち、ノックバックを用いて距離を取ります。

 

ザザッ!

 

その瞬間、目の前にできたのは巨大な爪痕。

 

そして、それを作った主——6mほどはあろうその巨大な体躯をこちらに向ける猫型のモンスター——《ブルータル・タビー》は、爛々と光る紅い瞳を、こちらに向けてきていました。

 

仄かに赤く視界が染まっているのは確か、レベル差が離れていることの証明だったはず。

 

リリィちゃんもいるこの状況、このまま戦うのは間違いなく危険です。

幸い、ターゲットはまだわたしに向いているようでした。

であれば口にするべきことはただ一つ。

 

「逃げてくださいっ!」

 

わたしが時間を稼げば少なくとも彼女は街に戻れます。

そうすれば、あのレイピアも入手可能。むしろ、ここで死亡してしまい、アイテムやお金がドロップしてしまう方が問題です。

杖を構え、真っ直ぐに【タビー】へと向き合い、時間を稼ぐための魔法を詠唱する準備をしようとした時でした。

 

「——コリスちゃんを置いて……逃げるわけないじゃんっ!」

 

真紅の光芒が視界を掠め、真っ直ぐに【タビー】へと向かっていきます。

 

それの意味は集中力が上がっている今、考えるまでもないことで。

どうやら、彼女は逃げるのをよしとしていないようでした。

 

……そして、その想いが嬉しかったのは間違いありません。

 

けれど、相手は【ラット】どころではすまない凶暴なモンスター、一切の容赦をしてくれない敵です。

刹那、黒光りする鋭利な爪が、リリィちゃんへと迫ろうとします。

 

「——トロワ・ロック——」

 

反射的に口にした詠唱と共に、一瞬にして三つ、形成される岩塊。

集中力を高め、ターゲットサークルを三点の爪へと向けて——

 

「——ブラストっ!」

 

何とか、放たれた岩塊はそれぞれ届いたようでした。

ビキッと、音を立てて砕けた爪が周囲へと飛散し、迫っていた前足をそのままリリィちゃんのスキルが貫きます。

 

「シャァッ!?」

 

爪が砕かれて剥き出しになった前足は、どうやら弱点だったよう。

10%ほどのHPの減少と共に【タビー】は怯みます。

 

しかし、それだけで火力が足りるはずもありません。

爪はもう片方残っている上、むしろヘイトは上がっています。

 

マジックポイントを見る限りでは魔法は撃てて、恐らくあと一度でしょう。

そして、今はいくら怯んでいるとしてもあの軌道力がある以上は逃げるのも間に合いません。

 

“全滅“という、最悪の結末が浮かんだ時でした。

 

……脳裏を、一つのアイデアが掠めました。

 

——両目の破壊。

 

破壊するのであれば一番脆く、かつ、一番効果的な部位です。恐らく再生するまでは、わたしたちを捉えることは困難。

逃げられるだけの時間は稼げるはずです。

また、ヘイトを買っているのは爪を破壊したわたしのようで、【タビー】は片足を立てようとしながらも真っ直ぐにこちらを睨んできています。

これはある意味でチャンス、ターゲットは目の前で片目は十分に穿てる位置にあります。

 

——けれど、これではもう片方の目を破壊することはできません。

 

いくら片目が破壊できたとしても、視力は残っています。

ましてや、その状況で自身の目を破壊した相手を放っておくでしょうか。

 

……答えは否です。

 

やはり、この程度のアイデアじゃ……と、悔しさから手を握り締めた時。

 

……わたしの手数は一つではないと、咄嗟に思い出したのはそんなことでした。

 

もう一つの手数であり、この状況を切り抜けるためには不可欠な存在——リリィちゃんの位置を確認すると、刺突したのちに勢いづいていた前足に弾き飛ばされて【タビー】とも、私とも、おおよそ10mほどの距離が開いています。

 

そして、【タビー】は今まさにわたしに飛びかかろうとしており、仮にリリィちゃんにもう片目の破壊を頼むとしても、チャンスは一度のみという状況。

時間はあまり残されていません。

斜め横からの刺突、小さいターゲット、そして、彼女がまだ初心者であるという点。

逆に、失敗する要素は多いくらいです。

 

そんな中、一瞬芽生えた躊躇い。

そのせいか、顔色を窺うようにリリィちゃんの方を向いた時でした。

 

……わたしは、見てしまいました。

 

初めて、彼女が見せる、人に縋るような目を。

 

……そう、でしたね。

 

彼女はあくまでもこの世界に足を踏み入れたばかりの初心者、決断できるのは現状、わたしだけ。

 

であればきっと、躊躇っている場合ではなくて。

全滅を避けるためだったら、リスキーだとしても、この策に自信を持てていなかったとしても……今は、やるしかありません。

 

——決めなければ、ならないのです。

 

「敵の両目を潰しますっ! わたしが左を、リリィちゃんは右をっ!」

 

そう指示を出した直後、跳躍する【タビー】。

そのまま、矢継ぎ早に詠唱へと移ります。

 

「《フレイムバレット》っ!」

 

放たれた真紅の弾丸は左目を穿いて火傷を刻み、そのまま破壊します。

けれど、問題はもう片目です。

 

既に目の前にまで迫ってきている爪。

そして、ここでマジックポイントを使い果たした以上、魔法を用いた回避をすることはできません。

 

つまるところ、完全に彼女の手へと。一縷の望みは託されたようでした。

 

だとしても、私の憧れた友梨奈ちゃんならば……きっと。

彼女ならば、やってしまうような気がしてならないのです。

 

ただ、祈るように。目を瞑った時でした。

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

絶叫にも近い声と共に刹那迸ったのは、瞼の裏に焼き付くほどの激しく、赤い閃光。

 

目を開いた時、そこには【タビー】の右目を貫いたリリィちゃんがいました。

それはまるで、飛翔でもしているかのような跳躍で。

幼き日に焦がれた騎士の姿そのものでした。

 

「シャァァァァァッッ!?」

 

ノックバックにより吹き飛ばされた【タビー】がこれまでにないほどの叫声をあげたまま脇の大木へと衝突し、一瞬、黄色く変色します。

 

——《行動不能》

 

両方の目が潰されてしまったからでしょう。

こうなってしまえばもう、敵はしばらく行動できません。

 

「行くよっ! コリスちゃんっ!」

 

リリィちゃんはそのままわたしの腕を掴むと、一心不乱に駆け出します。

 

かくして、初めてのクエストはアクシデントもありましたが、なんとか、無事に幕を閉じることができたようでした。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「これが……これがぁ……」

 

宿屋の一室にて。

鍛冶屋で手に入れた武器《レイピア・ド・バロネス》の刀身に自分の顔を映しながら。

まるで見惚れているかのように、リリィちゃんは感嘆の声を漏らします。

……というよりも、むしろ感動のあまり涙を流してもおかしくないような。

それほどまでに彼女の声は今、震えていました。

 

「全てあなたの力、ですよ。……あそこで目が潰れてなければ、きっと逃げ切れませんでしたから」

 

けれど、それは間違いなくリリィちゃんが、自身の力で手に入れたものです。

あの土壇場での、急所を狙った攻撃。

あれがなければ、決して戻ってくることはできませんでしたから。

やっぱり、ここでも友梨奈ちゃんは優秀だったのですね……。なんて、考えていた時のこと。

 

彼女は、私の瞳を捉えたのち、口を開きました。

 

「……ううん。コリスちゃんが、色々教えてくれて、手伝ってくれたからだよ。今日はありがと。おかげですっごく楽しかった。だからね……」

 

そこで一度間を置いたのちに再び、紡がれる言葉。

 

「——ちょっと、まだあたしじゃ、あまり力にはなれないかもしれないけど……何か、手伝わせてよ」

 

こちらを見つめる瞳の色は、現実世界の彼女と変わらない薄茶色。

今までずっと頼ってきて、憧れてきて。

こうして、一緒に遊べていること自体が、私にとっては幸せなことだというのに。

これ以上、お願いしてもいいのかと、一瞬思案してしまいます。

 

けれど、彼女がせっかく、手伝ってくれると言ったのに。

せっかく、一緒にいてくれると言ったのに。

 

正直、この機は逃したくありませんでした。

 

「……わかりました。だったら一つ、お願いしたいものがあります」

 

そう彼女に告げ、私はメニューバーから《お知らせ》を開きます。

 

「ねぇ……この指輪って……」

「……今度開催される《Dungeon of Tag》という、ペアでダンジョンを攻略するイベントでのみ入手できるアイテムです……」

 

私たちの関係性を作り上げた象徴とも言えるその指輪を前に、一度口籠もってしまいます。

……けれど、わたしの想いはここではっきりと、伝えなければなりません。

 

「……手伝ってください。もちろん用事があえば、ではありますが……むしろ、わたしの方こそ、リリィちゃん……友梨奈ちゃんの力が必要、なのです」

 

そうして、彼女の表情を窺うこと少し、それはすぐに綻び。

 

「……もちろん、りょーかい、だよっ! こうやってまた一緒にゲームができるのわくわくするし。それに……それに……」

 

やがて満面の笑みへと変わって、真っ直ぐにわたしへと向けられました。

 

「——すっごい楽しかったんだもんっ!」

 

 

——そう微笑むあなたを見たのは、随分と久しぶりだった気がします。

 

だからこそ、この時間がとても愛しくて。

 

そして、まだ続くことへの喜びが、胸を満たしていました。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

窓から差し込む橙色の斜陽が、宿屋の一室を染め上げており、もう日が暮れそうな時間帯です。

そして、ログアウトをする直前にもう一つ、アクシデントは起きていました。

 

「……これ、どうすればいいんでしょう……?」

 

宿屋において、バラバラの部屋でログアウトする場合は、一度パーティーを解散しなければなりません。

そのためにウィンドウを開いたのですが、何故か《解散》を押してもボタンは反応せずに。

わたしは、少しばかり困惑していました。

 

「だったらさ、一緒のベッドで寝ちゃえばいいじゃんっ!」

 

そして、リリィちゃんの言葉にも。

 

「い、いえ……流石にわたしたち……もう、高校生です……し……」

「昔っからのことだし、大丈夫だよっ!」

 

結局は乗せられてしまい、二人揃って、ベッドに横になることになってしまいました。

そして、ベッド自体もあまり大きなものではないために、衣が擦れて音が鳴り、肌が触れて体温を感じるたびに。

とくん、とくんと、鼓動が大きくなっていきます。

 

けれど、不思議です。

こそばゆいことには違いないけれど、何だかこの時間を終わらせたくなくて。

 

メニューバーを開く手がところどころ止まってしまいます。

しかし、ログアウト画面に辿り着くまでにはあまり時間がかかりません。

 

……少々のためらいを感じながらも、そのボタンを押した瞬間でした。

 

「……ほんとにね、楽しかったの。……だから、ありがとね、璃子ちゃん」

 

感覚が現実世界へと引き戻される直前、聴覚が最後に拾ったのは、そんな言葉でした。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「……ただいま」

 

そう声をかけても、誰も答える相手はいない。

相変わらず薄暗い廊下、相変わらず薄暗い居間、相変わらず薄暗い、お父さんのものだった部屋。

 

そんな中で唯一、光が漏れ出ている部屋があっても、やっぱり“あなた“は何も言わない。

 

もう、口をつぐんだ。

もう、目を背けた。

もう、諦めた。

 

それ以上、言葉を発することはせず。

あたしも自分の部屋へと戻り、机の上に置かれているテキストを端へと追いやると、そこにそっと“魔法の機械“を置く。

 

——“友梨奈ちゃん、すごいよ!“

 

そんな賞賛の言葉は、いつも“あなた“からはもらえないもの。

代わりに誰かがくれたとしても、それは、いつも遠い場所からしか聞こえてこない。

 

——“全てあなたの力、ですよ“

 

——“友梨奈ちゃんの力が必要、なのです”

 

……だけど、彼女——白帆(しらほ) 璃子(りこ)だけは違った。

 

ずっと、身近な存在だったからだろうか。

日々無くなっていく自己肯定感を満たしてくれるのは、彼女だけ。

 

賞賛を、羨望を、信頼を。

 

無垢な彼女があたしだけに向けてくれるものは全て、あたしが求めて止まないものだった。

 

でも、いつの間にやら触れ合う時間は減っていき。

もはや、登下校するときくらいでしか一緒にいられなくなった時、たまたま、彼女のスマホを覗き込んだことで、別の世界を知った。

 

“あなた”が答えてくれなくても、あたしには“彼女”がいる。

そして、この“魔法の機械”さえあれば、あたし達は、ずっと一緒にいられるはずだ。

 

「……だからさ、もう、きみだけでいいんだよ」

 

鈍く光る「それ」を撫ぜながら、あたしは一人呟いた。

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