―――赤く染まっていく視界。
視認性が下がっていく事実に歯を噛み締めながら、憎きバーテックス三体目掛けて走り出す。それと同時に射手座の口から細い棒状のものが止めどなく放たれる。
両手に持つ斧で自身の身を隠し、降り注ぐ矢の雨からその身を守る。だが、少女が相対している敵は一体のみではない。
珠珠のような尻尾が赤い勇者と激突する。
「はっ、あ゛あ゛あ゛········!!!」
肉体の限界を超えんと雄叫びを上げ、尾の一撃を少しの後退に抑える。そしてお返しに尾を半ばで切り落とし、右手の斧を振り下ろした反動で跳び上がる。
跳んで向かう先は後方から矢を振らせ続ける射手座。少女の双斧であればものの数分で片がつく。しかしそれは辿り着いたらの話ではあるが。
「ッ――そこを、どけぇぇぇ!!!!」
無情にも蟹座の盾に阻まれ、射手座への道を閉ざされてしまった。空中での軌道変更さえできれば話は別なのだが、そんな技術はない。
砕こうと双斧を思いっきり叩きつけるが罅、なんなら傷すらつかない。あまりにも硬すぎる。
そんな少女の頭上から尾が落とされる。
「あぐっ·······!!?」
防衛本能で頭への直撃を避けることに成功こそしたが背中に入れられ、樹海の根へと落とされた。尾の一撃と落下によって体の前後ろに激痛が走る。
「ッ、ッ〜〜〜!!」
当に限界は訪れている。だと言うのに少女は立って戦おうと震える体に熱を入れ、心と体を奮い立たせる。何度倒れようと気絶しかけようが関係ない。ただ友のため、明日を生きる権利を得るために。
―――生存競争はそれで勝てるほど甘くない。
蠍座の再生した尾の先端にある針が倒れ伏す少女へと突き出された。
「っ!」
風を切る音で自身に猛スピードで向かってくる針に気づき、ほんの僅かではあったが死を悟った。だが、まだある。まだ数秒残っている。その間に横に少しでも動けばいいのだ。
「〜〜〜ッ、う、ご、けぇ!!!!!」
慣れもしない激痛に顔を歪め、腕に精一杯力を込めて体を横へ飛ばそうとするが中々上手くいかない。後ほんの少し、ほんの少しあれば―――
金属と金属がぶつかったような甲高い音がした。
思わず上げた視界に彼はいた。
白いマントを靡かせ、自身を守るようにして立っている。背丈は大人でがっしりとした体格からすぐに男の人だとわかった。
「強大な敵に果敢と挑まんとするその勇姿、しかとこの目に焼きつけた!」
春風のような、なんだか安心するような声だった。初対面で警戒すべきだと言うのに、何故か親近感が湧いてくる。
「世界を、―――いいや、友を護ろうとするその想い。俺、シャルルマーニュが引き受ける!」
目を覆いたくなる程の清光が満ちる。
発生源は目の前の青年から溢れるように放たれている。幻想的、としか言いようのないその光景に喉を鳴らす。
「永続不変の輝き、千変無限の彩り
万夫不当の騎士達よ、我が王勇を指し示せ!」
何処からともなく現れた十二本の剣が青年を中心に円陣を組み、矛先を三体のバーテックスへと向ける。もちろんバーテックスも好きにさせないために矢を放ち、尾を振るい、盾を束ねて迎撃態勢となっている。
輝きが最高潮に達し、今放たれる。
「
束ねた盾は一切の抵抗なく砕け散り、数多の矢を包み、振るわれた尾は消失した。
眼前にあったもの全てを灼き尽くす熱量。どういった原理で、何故彼がそんな技を持つのかはわからなかったが脅威であった三体のバーテックスは打ち倒された。
焼き焦げた根から煙が上がる中、何事もなかったかのように件の青年が立っている。周りを見渡した後、手にしていた剣を鞘に戻し、少女へと振り返った。
「一件落着、だなっ!って、そんなことしてる場合じゃねえよな」
笑顔から一転して真剣な表情で倒れ伏す少女へと駆け寄る。マントを外し、今から邪魔になるであろう篭手は霧散していった。
「我慢してな」
うつ伏せになっていた少女をゆっくりと仰向けにし、怪我の状態を確認する。
かすり傷程度のものがほとんどだが腹、腎臓があるだろう場所から血が今も尚流れている。腎臓が貫かれているかは判断できないが、すぐに処置しないと不味いのはわかった。
マントを破き、傷口を塞ぐように破いたものを置き、残りのものでキツく縛る。
「っ·······!」
少女が痛みに顔を歪めたのとほぼ同時に鎮花の儀が終わり樹海から現世へと移り変わる。一際強い光に目が眩み、反射的に瞳を閉じてしまった。
暗い空からいつも目にする青い空が広がる。太陽が燦々と輝いているが、青年の影にいるためあまり眩しくはない。
いつもの日常に帰ってこれたことを実感してか思考も落ち着いてき、周りがよく見えてきた。
「ぅあっ、園子、須美······っ」
帰還場所は同じなため樹海で離れていても戻った時はいつも皆ここに集まるようになっている。今回も同様で隣に友達である乃木園子と鷲尾須美が倒れている。出血こそ止まっているが擦り傷や内出血が酷い。
「安心してくれ、俺のマスターは腕利きの医者だからな」
そう言うと青年はしゃがみ、左手を自身の右肩に、右膝を須美に触れるように、右手を園子の左肩に置いた。
赤い雫のようなものが青年の頭上から突如として出現し、青年の体に溶けた。
―――重力が消えた、と思えば石畳の感触とは程遠い、まるでビニル床のような感触となった。そして次に保健室で嗅いだことのある臭いがしてきた。消毒液だろうか。
「―――意識を保とうとすんな」
青年の声ではない言葉が聞こえたがそこまで。気絶するように意識を手放してしまった。
結局、助太刀してくれた青年も最後に聞こえた声の主の正体もわからずじまい。
「―――っと、未来ある少女三人の命を繋いだ正体不明の俺達は牢屋にぶち込まれたとさ」
「どうしたんだ、マスター?」
「いや、現状把握だ」
シミュレーテッドリアリティを患っているのかと疑いわれるような発言をした囚人は人の良さそうな笑みを浮かべて自身の
「令呪一画は重いなぁ······後がなくなっていく感覚がするぜ」
「まっ、必要経費で割り切ってこうぜ。これからなんだからな」
「んー、まあそうだな。挽回はいくらでも可能だし、最終案もある。ただ、そうなると········」
趣旨から外れるんだよな、と誰にも聞こえないように呟く。
彼にとって物語あるいは筋書きとは死守すべきものなのだ。確かに一切合切無視してハッピーエンドにすることはできる。だが、それは覚悟の冒涜であり侮蔑の意でもある。できればしたくない。
「シャルル、お前が道半ばで退去するようなことがあったらその後は俺が片付ける。IFという岐路がある以上結末はわからんからな」
「·········!つまり俺は気兼ねなく戦っていいってことだなっ!」
「勝ってくれよ、ほんと」
お調子者な今回の主題に念を押しながら、設置されている安物のベッドに寝転がる。これ以上語ることもないため瞼を降ろし、機能を停止した。
木を打ち合う音で目が覚める。音がした方向へ目を向けると大赦の神官が拍子木を持って立っていた。どうやら、事情聴取をしに来たようだ。
「どうする、マスター?」
寝ずの番をしていたであろうシャルルが神官には聞こえないように耳元で問いかけてくる。
「行ってこいよ。素直に答えて協力しまーす、仲良くしましょ、とか言っときゃなんとかなる」
「そんな適当でいいのか?あちら側に主導権を渡すようなもんだぜ?」
「いいっていいって。命令されても無視の選択もできるしな」
「う〜ん、そうだけどなぁ········」
無視=裏切り行為のためカッコよくないが
(俺が
最速であるチャートを捨て二番手のチャートに移る。英霊との信頼関係は全てにおいて優先すべきものだからな。
「それじゃあ、逃亡生活の始まりだな!!」
ベッドに腰掛けた状態で裏拳を撃ち抜く。すると当たってすらない外側の壁が吹き飛び、閉塞的な空間から一転して開放的な空間へと大変身。これには匠もびっくり。
「っ!!?―――至急防衛線を張れっ!!」
「うぉいマスター!?」
吹き込む風に狼狽えつつも、懐から連絡機を用いてすぐさま警戒態勢へと入る。生身で壁を砕く人物となれば警戒度は当然ぐーんと上がるだろう。
「ははっ!!やっぱ大自然は肌で感じるに限るな!」
大赦本部ということもあり、目の前には聳え立つ山、そしてそれに付随するように生い茂っている木々。正しく神秘、神代の自然と言っても相違ない。
地を蹴る、息を吐き吸い込む、風を体で割いていく。体全体で自然を享受し、恵みを授かる。これ以上の生きている証明はないだろう。
「ッ、足速くねえか!?」
唐突に走り出した囚人を追いかけるシャルルであったが、その距離は未だ縮まらない。むしろ広がっていく一方である。
そんな彼らの進行方向に特殊防護服を着た警備員が進行を阻むように立ち並んでいる。
「銃?おいおい、大自然の冒涜だな」
瞬きすると既に囚人の姿はなく、いつの間にか後ろへと。それと同時に解体された銃だったものが幾つも地面に散らばっていた。
「悪いが通らせてもらうぜ」
シャルルも困惑してる警備員を一飛びで避け、囚人を追いかける。心の内では今のカッケェー!とか思っていそうな顔だった。
無事脱走犯となった彼らは剣山を駆け上がり、下って、そうして元々いた病院へと戻ってきた。離れてから時間的には20時間程経っている。治療からは19時間経っているため軽症であった二人は起きていてもいい頃合いだろう。
「おっ。よっすよっす、治療した名医者だ」
やはり軽症の二人は起きていた。談笑している感じだったのを見ると耐え難い痛みはないようだ。自称名医者である彼だがその腕は確かである。なんなら世界一と名乗っても誰も文句言えない存在でもある。
いつも通り声をかける彼だったが、少女二人からは怪訝そうな視線で返されてしまう。彼に続いて入室したシャルルへも向けられてしまった。
「あの·······」
恐る恐る大和撫子といったような雰囲気の少女が言葉を紡ごうとするよりも先に脱走犯が先回る。
「いつものお医者様じゃない理由は二つ。
一つ、今も寝てるそこの子が緊急を要したからシャルル経由で此処に運んだ」
「ちょいと不味い状態だったからな。承諾なしにした事に関してはすまない」
「いえいえ〜」
シャルルの判断は間違っていない。応急処置を施した時には完全に手遅れの状態だった。あそこから救急車でちんたら運んでいたらお陀仏。無理矢理ではあるが令呪を使うべき状況だったのは確かだ。
「二つ、俺の腕の方がいいから。以上っ!」
静かな病室に彼の声が木霊するが返ってくるのは静寂のみ。自信過剰だな、と言ってくれる親友はいない。
「·······それで銀は大丈夫なんですか?」
静寂を切り裂いたのは鷲尾 須美。今も眠っている友達が心配でたまらないようだ。
「モチのロン、なんせ俺が治療したんだからな。傷跡なしも補償してやんよ」
軽く言うが実際の所結構ギリギリであった。腹の穴に関しては後少しでも上にズレていれば腎臓貫かれていたし、無理に動いていたためかほとんどの傷口はグチャグチャだった。彼でなければ完治に辿り着けなかったと言える程に。
「てことでお前ら二人は後二日安静、寝てる奴は最低一ヶ月ぐらい安静にしてもらう。もちろん体力戻しも含めて」
「そうたいのも山々なんだけどね〜、私達にはちょっと複雑な事情があってぇ·······」
「御役目とか言うヤツだろ、知ってる知ってる」
「っ!?」
脱走犯の言葉に困ったように頬を掻く園子であったが、それはもちろん織り込み済み。この脱走犯が知らないことなど一つもないのだから。
「てことで
「え······?」
「急だな!?あぁいや、アンタ達と一緒に戦うのが嫌って訳じゃないんだけどな。ほら、なんというか········そう!方針だよ、方針!そこんとこ一切話してなかったろ!?」
「方針はガンガンいこうぜで決定だ。各自好きなように動く。そんだけ」
「ん、ん〜!」
そんな適当な方針では納得させるなんて無理、と彼らの動向を伺う須美。事実シャルルが悩ましげに唸っている。
「いい方針だな!だけど、俺はアンタの命を最優先で守るぜ」
「おう、やってみろ」
そんな方針でいいの!?と驚愕している須美を置いてけぼりにしながら、漢の友情が育まれているように見える。実際は脱走犯がアイツ以外と友情を育める筈がなく、形だけ装っているようだ。
「んじゃ、後は仲間内で決めてくれ。俺は帰って寝る」
そう言い彼は病室を後にした。
残された四人。眠っている者がいるため事実三人だが、一先ず挨拶から。顔を見合わせてこれから戦場を共にする友へと語りかける。
「俺の名前はシャルルマーニュ、これからよろしくな。気軽にシャルルって呼んでくれ」
「私は鷲尾 須美です。宜しくお願いします」
「乃木さんちの園子だぜ〜。よろしく〜」
黒い外装を纏った右手を差し出し、それぞれ握手していく。ちなみに、病室に鎧を着込んだ騎士という不思議な図となっている。鎧が擦れる音が動く度鳴っている。
「シャルルさん、改めて銀のことありがとうございます」
「ありがと〜」
「いいっていいって。それに、俺がいてこんな事になっちまったしな·······」
眠っている少女の痛々しい姿に拳を強く握り締めながら目を伏せる。もう少し早く許可を出して貰えていれば良かったのだが、結局は言い訳だ。自身の力不足、それが全てだ。
「―――だが、ここからは安心してくれ。我が剣、我が勇士に誓って君達を日常に返す。もちろん、一人残らずな」
威風堂々とした立ちふるまいでありながら何処か安心するような雰囲気。まるで物語から飛び出てきた王様のような人だと、少女達は思った。
「―――段々悟る我が青さ♪延々迷う黄色信号♪赤い赤い顔隠し♪*1」
病院から離れて讃州市を歩く脱走犯。お気に入りの曲を歌いながら自身の家へと帰宅途中。
二年の間に随分と馴染んでおり、全ての大人と顔見知りだと言っても過言ではない。
(にしてもアレだな〜。今の感じだと武士台頭のきっかけになった僧達の強訴の形に近いな。勇者システムとか言う魔法に近しいアレにも神樹の枝入ってるし。
彼が思う僧達の強訴とは、朝廷が意に沿わなかった際に神輿や神樹の枝を置いていくことを指す。退かせばいいだろ、と思うかもしれないが神輿や枝は神の形代的なものであり、朝廷側からしたら触っていいものかどうかすら定かではない物なのだ。そのため朝廷は武士を配置し、僧達を退けていたのだ。これが武士台頭の発端となる。
(こちら側が僧達であちら側が朝廷。完全にアウェイだな。ここ潰れたら新世すんだろうな〜。まぁ、それもアリちゃアリ。どうせ俺は死なんしどうでもいいんだよな·········いやいや、
天才が秀才に負けるなんてあり得ないし、プライド的にも負けを認めたくない。それでいて主題を立たせる。
そういうことで方針の基盤をガッシリと固め、答えのない答えを考察していく。
(十中八九バベルの塔みたいな事して怒らせたんだろうが、何故そこで神々が人間の味方をする?何故滅ぼす側と護る側で別れた?性格、と言えばそれで終わりなんだが········はあ、どうせ史実でも出てねえだろうし考えるだけ無駄か)
この世界のテクスチャ的に無理と判断し答えは破棄。流石にない答えを用意するのは天才であっても無理のようだ。
そんなこんなで歩いているとルンルン気分の赤い髪のランドセルを背負った少女が彼とすれ違った。
「―――天の逆手、勇者適正·······本気で言ってんのか?」
気持ちの悪い答えでも浮かんだのか怒りと吐き気がごちゃ混ぜになったような顔で振り返る。視線の先には赤髪が特徴的な少女。
「そこの結城 友奈ッ!」
「はいっ、結城 友奈です!·······ってあれ?はじめまして、ですよね?」
反射的に返事をしてしまった赤髪の少女もとい結城 友奈であったが、振り返った先には初めましての相手。それも大人であるということも相まって警戒度MAXである。証拠に手が防犯ブザーへ伸びている。
「初めましてだが、俺と結婚してくれ!」
「えっ、ええぇぇぇぇ!!!?!?」
閑静な住宅街に叫び声と防犯ブザーが鳴り響いた。
もちろんそうなってしまえば何事かと住民が集まってくる。例え、人望がいい彼であっても通報は免れない。取れる選択肢は逃げのみ。
「そゆことで!次は菓子でも持ってくるっ!!」
姿が掻き消えるように見える程の速さでその場から離脱。住民が集まってきた頃には彼へ自身の家へと戻っていた。
あまり使われていないのか新品同様のソファーに腰を降ろす。
「やっぱナンパ向いてないなぁ·······コツぐらい聞いとくべきだった。けど、まっ、これで導線は引けたし万事オッケーってな」
ナンパ成功率100%だった親友の顔を思い浮かべながらチャートを修正していく。
「んっ、おおっと、あららららら?」
何か不都合でもあったのか気持ち悪い声を出しながら口角を上げる。その顔はどこか嬉しげであった。
「俺が出る案件きたな!いいぜいいぜ、そんぐらいじゃないと白熱しないもんな!
あっ。あと気持ち悪い言うな。テンション上がると口角上がっちゃうんだよ」
地の文を観測しないで頂きたいが、そこはまあ彼のことだ。通行人と肩がぶつかったと割り切り次へ進もう。
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