お兄ちゃんに連れられ、何とか家に帰ってきたアタシはベッドに倒れこんだ。話し合い自体は上手くいった。次からやるべきことも皆のおかげで把握できた。
――君は……どっちの『天馬 咲希』になりたい?
それでもアタシの頭に反響するのはるいさんの最後の言葉だった。
ずっと考えないようにしていた二人のアタシの真偽。
あの日からずっと違和感ばかりだった。
見慣れた知らない景色。
一緒だったはずのズレた常識。
皆にとっての『天馬 咲希』はアタシの知らない『
寂しかったと言えば嘘になる。
気にならなかったと言えば強がりになる。
アタシはここだよ、と声を出して言いたかった。
それでも、言わなかったのは自分しか知らない存在を知られ、引かれるのが怖かった。それも本当だ。
だが、心のどこかでこの世界の『天馬 咲希』が『
しかし、それはただの現実逃避に過ぎない。結局、アタシは『
もう逃げることはできない。偽物は偽物であり、本物は本物だ。どれだけ輝いて見えるものを本物だと願ってもそれらに貼られたレッテルを入れ替えることはできない、本当ならば。
――君は……どっちの『天馬 咲希』になりたい?
でも、もしも――この現象のいざこざに紛れてそのレッテルを入れ替えることができるのだとしたら? その誘惑にアタシは勝てるのだろうか。
「……」
そこまで考えて慌てて体を起こす。駄目だ、完全に吞まれている。このまま考え続けてもいい結果にはならないだろう。
(そういえば、話し合いが終わったら皆と通話するって言ってたような……」
るいさんの質問に気を取られていたが、いっちゃんたちとそんな約束していたことを思い出してスマホを手に取る。すでにお兄ちゃんから話し合いが終わったことは伝えられていたのか、SNSのグループに皆からいくつかメッセージが送られていた。
『咲希、大丈夫? 話し合いできそう?』
『無理しなくていいからね?』
『明日はバイトないから直接、会って話そうか?』
上からいっちゃん、ほなちゃん、しほちゃんの順番でアタシの身を案じるメッセージがそこには刻まれており、思わずスマホを握る手に力がこもる。そして、『大丈夫だよ』と送り、今すぐにでも通話は可能だと追記した。
それから数秒ほどでグループ通話が始まる。メッセージでは強がったものの、まだ心の準備ができていなかったようで通話ボタンを押す指が寸前で硬直した。
(大丈夫……アタシは、大丈夫)
深呼吸一つ。気持ちを落ち着かせた後、アタシは通話ボタンを押した。
『……うん、だいたい話し合いの内容はわかった』
通話が始まり、挨拶もそこそこに今日の話し合いでわかったことや検証したことを可能な限り、詳しく皆に伝える。最後のるいさんの質問だけはどうしても言い出せず、とりあえず放置。
それ以外のことでも情報量がそれなりにあるので途中、何度か質問も飛んできたがその甲斐あってしほちゃんを皮切りにちゃんと理解したと3人は頷いてくれた。
『それにしても違和感を認識できないだけじゃなくてそれに繋がることも含まれるのはちょっと辛いね』
『うん、司さんの違和感はすぐに見つかったけど、わたしたちも同じようにできるとは限らないもんね』
いっちゃんとほなちゃんは今回の話し合いでわかった法則を聞いて不安になってしまったらしい。確かに無意識や体に染みついた行動の中なら違和感を言葉にできるといっても人間は考える生き物だ。そう簡単にできるとは思えない。
『それでもやるしかないでしょ』
『そう、だね。私たちが弱気になってたら駄目だよね』
「……」
しほちゃんの言葉にいっちゃんが覚悟を決めたような声を漏らす。アタシのために頑張ろうとしてくれている。それ自体は嬉しいことだ。でも、今のアタシはそれを素直に喜べない。だって、もし、違和感を見つけ続け、『
『……咲希ちゃん?』
「え? 何?」
『大丈夫? ずっと、黙ったままだったけど』
アタシが話していないことに気づいたのはほなちゃんだった。通話でもアタシの身を案じてくれていることがわかる優しい声。ほなちゃんの声を聞くと弱音を吐きそうになる。だが、駄目だ。今、ここでそれを吐いてしまったら皆も躊躇してしまう。今は、まだアタシの中に秘めておくべきだ。
「だ、大丈夫だよ! ちょっと話し合いが長くなったから疲れちゃっただけ!」
『そう? それならいいんだけど……』
『とにかく、今は今後の方針を決めよう。咲希、神代さんは違和感を見つけるように言ってたんだよね?』
「うん、今は情報が少ないから違和感を見つけていくといいって。その中に突破口となるものがあるかもしれないから」
『そっか……ねぇ、一つ提案があるんだけど、いい?』
しほちゃんの質問に答えると彼女は数秒ほど考え込んだ後、アタシたちの様子を窺うように言葉を紡ぐ。しほちゃんにしては珍しく、自信のない言い方。ううん、これはあまり進んでやりたくない時のしほちゃん?
『提案って?』
『あー……今回、司さんの紹介で咲希のことをあまり知らない『ワンダーランズ×ショウタイム』に話を聞いた。でも、やっぱり、違和感を見つけるためには咲希のことを知ってる人もいた方がいいと思うんだ』
いっちゃんが先を促すと覚悟を決めたのか、しほちゃんが話し始めた。彼女の言う通り、アタシのことをまるっきり知らない人に話を聞いても『はい、そうですか』となるだけで話は終わってしまうだろう。
『でも、わたしたちもたくさん話したけど違和感を見つけられなかったよ?』
『だから、明日、私たち以外で
ほなちゃんの言葉を受けてもしほちゃんは止まらない。そんな都合のいい人がいただろうか。それに急に明日、呼んでも来てくれるかどうかわからないのにどうしてしほちゃんは呼ぶと断言したのだろう。
「しほちゃん、それって誰のこと?」
『……私のお姉ちゃん』
『っ! そっか、雫先輩は昔の咲希ちゃんを知ってるね!』
『それに『MORE MORE JUMP!』には同じクラスの桐谷さんと咲希と同じバイト先で働いてるみのりもいるから私たちとは違った視点の話を聞けるかも!』
『うん、それに桃井先輩は咲希とは学年も違うし、客観的にアドバイスをくれそうな気がする。一応、お姉ちゃんには事情を説明して予定は空けてもらってる。あとは咲希の返答次第。どうする、咲希』
まさかそこまで根回ししてくれているとは思わずアタシは言葉を失ってしまった。
――君は……どっちの『天馬 咲希』になりたい?
るいさんの質問の答えはまだ出ていない。出せるわけがない。本物であってほしい偽物か、偽物であってほしい本物か。今のアタシには選べない。
――具体的に言えば、現段階でははっきりとした結論は出せないということだね。
だって、るいさんも情報が少なすぎて結論は出せないと言っていた。だから、今は選ばない。もっと、アタシはアタシを知る必要がある。
「……うん、アタシからもお願いしたいかな。でも、大丈夫なの? 練習とかあるんじゃ」
『練習日が続いてたから丁度いいって桃井先輩もゴーサイン出してくれたって』
『雫先輩の返答じゃないんだね』
『だって、お姉ちゃん、私のお願いなら何でも頷いちゃうし』
『あはは……』
いっちゃんのツッコミに呆れたような声を出すしほちゃん。そして、しずく先輩としほちゃんのやり取りを思い浮かべたのか、ほなちゃんが乾いた笑い声を漏らした。
「……」
そんな3人の声を聞きながらアタシはそっと音を立てないようにベッドに横になって天井を見上げる。そこには無数の星が貼り付けられていた。小さい頃、皆で貼り付けた暗くなると輝く星。
でも、今は部屋が明るいから何一つ、輝いているものはなかった。
使用楽曲コード:712-2159-0