『MORE MORE JUMP!』。
事務所に所属せず、ネット配信を中心に活動しているアイドルグループ。メンバーは全員、宮女の生徒であり、屋上で練習や配信をしている。もちろん、アタシも宮女に通っているため、『MORE MORE JUMP!』――通称、モモジャンの皆と何かの縁か、面識があった。
アタシと同じカフェでバイトしている、モモジャンの中で唯一アイドル経験のない『花里 みのり』ちゃん。
同じクラスに復学してきた国民的アイドル、『桐谷 遥』ちゃん。
しほちゃんのお姉ちゃんであり、アタシとも幼い頃に遊んだことのある元『Cheerful*Days』センター、『日野森 雫』先輩。
そして、アタシが大大大ファンであり、主にバラエティ番組で大活躍した元アイドル、『桃井 愛莉』先輩。
この4人で構成されるモモジャンはテレビ出演はしていないのに有名になり始めている。それこそ、ネット配信以外にもリアルイベントを開催したり、他のイベントに呼ばれたりと波に乗っていると言っても過言ではないだろう。
「注文したものは来たわね」
皆の前に飲み物が置かれていることを確認してあいり先輩は笑顔で頷く。今回、話し合いについてきてくれたのはしほちゃんだけだ。前回と同様、大勢で会うと話し合いもスムーズに進まないだろうと判断した結果である。
「雫を通して志歩ちゃんから込み入った話があることと咲希ちゃんの過去に関わるってことは聞いたわ。多分、残念ながらわたしはあんまり力になれそうにないの。だから、司会進行ってことでこの場を仕切らせてもらうわね」
「ごめんなさい……付き合ってもらって……」
「いいのよ。後輩が困ってるっていうんなら力になるのが先輩の役目なんだから!」
「そうだよ! 友達が困ってるなら力になりたいから!」
トン、と胸を軽く叩いて任せろと笑うあいり先輩。それに続くようにみのりちゃんも両手をグッと握って頷く。
そんな巷で人気が出始めているアイドルグループなのできっとアタシの想像以上に忙しいはずだ。練習もあれば配信やその企画を練るための会議。やることはたくさんあるだろう。
それなのにアタシが困っていると聞きつけ、こうやってカフェに集まってくれたことに感謝してもし切れない。
「でも、天馬さんの過去に関わるのに聞いてもいいのかな。一応、希望通り、個室のあるカフェで話し合ってるけど……私は同じクラスってだけで何から何まで知ってるってわけじゃないし」
話す内容が内容なので今回、話し合いに使わせてもらっているこのカフェには個室がある。芸能活動中、他のお客さんがいると騒ぎになってしまうからそういった場所を知っているか、とはるかちゃんに相談した結果、このカフェを紹介してくれたのである。
「むしろ、そういった目線が必要なの。多分、話し合いの中心はしずく先輩になると思うけど、客観的な目線というか……第三者の意見がないと意味がないから」
「よくわからないけれど……ひとまず、お話を聞かせてもらいましょう?」
「ありがと、お姉ちゃん」
「いいのよ! しぃちゃんや咲希ちゃんが困ってるなら私、頑張っちゃうから!」
「わかった、わかったから手を伸ばしてこないで。飲み物、倒れるから」
席は話しやすいようにアタシと志歩ちゃんが隣り合わせでその対面にモモジャンの4人が座っている。だから、しずく先輩がしほちゃんと触れ合うためにはテーブルを越えなければならないのだが、しずく先輩ならその拍子に飲み物を倒してしまいそうで少しドキドキしてしまった。
「それで、話って?」
「……すぐには信じられない話なんですけど――」
呆れた顔でしずく先輩を見ていたあいり先輩だったが、コホンと咳払いをした後、アタシに先を促してくる。せっかく来てもらったのにあまり長くなってしまうのも申し訳ない。アタシは呼吸を整え、話し合いで使っているルーズリーフを取り出しながら話し始めた。
「……ごめんなさい、少し整理させてほしいわ」
るいさんから借りた『無意識に事実を思い浮かべた後、すぐにそれが違うのだと自覚し直す』という言葉を使いながら今まであった現象と『ワンダーランズ×ショウタイム』との話し合いの内容を手短に話す。しほちゃんがどんな話をしずく先輩にしたのかわからないが、最初からいい話ではないことは伝わっていたらしい。それなりに覚悟を決めてこの場に集まってくれたようだが、想像以上だったのだろう。最も意見を求められているしずく先輩は難しい顔で考え込んでしまった。
「つまり、私の知ってる咲希ちゃんは咲希ちゃんじゃないってことかしら……」
「全部が全部そうじゃないんですけど……しずく先輩の中でアタシってどんな子でした?」
「そうね……いつも元気いっぱいでしぃちゃんたちとお外を走り回ってたと思うわ。あまりに元気だったから皆が公園の外に出ないように司くんと協力したのはいい思い出ね」
当時のことを思い出しているのだろう、頬に手を当ててくすくすと笑うしずく先輩。確かにアタシが元気だったら遊ぶのに夢中で公園の外に飛び出してしまうこともありえそうだ。
「……ごめんなさい」
「あら、どうして謝るの? 元気があるのはいいことだと思うけれど……」
「そうじゃないんです……」
不思議そうに首を傾げる彼女を見てアタシは思わず顔を歪めてしまう。しずく先輩の話を聞いて一瞬だけその風景が頭に浮かんだ。だが、すぐに風景が揺らいで崩れてしまった。そう、アタシに――そんな微笑ましい記憶はない。今の映像はただの夢だ。
「アタシ、本当は病気だったんです」
「病気?」
「はい、それも入院とか手術とか必要な……すごく重い病気です」
「……おかしいわね。そうだったかしら」
「つまり、それが雫の知ってる天馬さんとは違う天馬さんってこと、なんじゃないかな?」
どうしても理解できないようで不思議そうにしているしずく先輩にはるかちゃんが険しい表情を浮かべながらそう言った。見ればみのりちゃんは知らないアタシの一面を知って泣きそうな顔をしているし、あいり先輩も深刻そうに考え込んでいる。そんな彼女たちを見たしずく先輩もただ事ではないとわかったのだろう。数秒ほど目を閉じ、すぐにアタシの方を見て真剣な表情で頷いた。
「……わかったわ。それで、私はどうしたらいいのかしら」
「今みたいに思い出話をしてほしいんです。そうすればアタシが違和感を見つけます」
「そういえば、今は情報収集してるって言ってたわね。それならわたしたちも咲希ちゃんとの思い出を話したほうがいいのかしら?」
あいり先輩の提案に少し悩んでしまう。違和感を覚えるのは基本的に過去のことだ。もちろん、『放課後、いっちゃんたちと何かしていた』という現在のことで違和感を覚えることもあるので一概にもそうだとは言えないのだが、あまり違和感を見つけられるとは思えなかった。
「……そう、ですね。お願いしてもいいですか?」
「もちろんよ! まぁ、わたしが話せるのはバレンタインデーの時の話ぐらいだけど」
「そんなことないです! むしろ、いきなり変な話をしてしまってすみません」
「……こういう時は謝罪よりも欲しい言葉があるわ。咲希ちゃんならわかるわよね?」
申し訳なさで俯いてしまいそうだったアタシにあいり先輩は少しだけ苦笑を浮かべ、子供に言い聞かせるようにそう言った。それだけで彼女が求めている言葉を察し、自然と笑みが零れてしまう。
「……ありがとうございます」
「うんうん、素敵な笑顔も添えてくれたから百点満点よ。さて、それじゃ誰から話す? やっぱり、雫から――」
「――い、一番! 『花里 みのり』、行きます!」
あいり先輩の言葉を遮ったのはずっと沈黙していたみのりちゃんの絶叫だった。おそらく、重くなってしまった空気をどうにかしようとして右手を挙げながら立ち上がる。個室といってもカフェなので大きな声を出すと周囲の人に聞かれてしまいそうだ。
「いや、オーディションじゃないんだから……あ」
「いや、オーディションじゃないから……あ」
そんなみのりちゃんの奇行にツッコミを入れたのはあいり先輩としほちゃんだった。あいり先輩は普段の練習で、しほちゃんはみのりちゃんと同じクラスなので彼女にツッコミを入れるのは慣れていたのだろう。二人はツッコんだ後、声を漏らしながら顔を見合わせる。そして、ほぼ同時に困ったように笑った。『お互い大変ね』と目と目で通じ合っているようだ。
「あ、愛莉ちゃん、ずるいわ! 私もしぃちゃんと一緒にツッコミを入れたい!」
「あんたはツッコミを入れられる側でしょうが! そんなことより咲希ちゃんの話よ! ほら、みのり、さっさと話し始めなさい!」
「は、はい!」
そんなやり取りを見ていたしずく先輩は頬を膨らませてあいり先輩に詰め寄る。相当、羨ましかったのだろう。しかし、それに対してあいり先輩もやってられないと言わんばかりに可愛らしい八重歯をむき出しにしてしずく先輩を止め、みのりちゃんに先を促した。『ワンダーランズ×ショウタイム』の時とはまた違ったやり取りにくすくすと笑いながらみのりちゃんの方を見やる。
「で、では……えっと、わたしは咲希ちゃんと同じバイト先で働いてて――」
それからみのりちゃんからはバイト先での話。はるかちゃんからはクラスでの出来事。本命であるしずく先輩から昔の話を聞いた。
みのりちゃんとはるかちゃんは高校に入ってからの話が中心だったので違和感はそれほど多くはない。しかし、しずく先輩の話に出てきたのはやはりというべきか、元気な『
違和感を覚える度、こっそりとルーズリーフに書き留めていったのだがペンを走らせるにつれ、気分がどんどん悪くなっていく。懐かしそうに話すしずく先輩の顔を見ると彼女の知る『
――君は……どっちの『天馬 咲希』になりたい?
その答えは未だにぼやけていた。
使用楽曲コード:N00568025