「ただいま……」
「お邪魔します」
家の玄関を開け、力なく帰宅を知らせる言葉を呟く。そんなアタシを支えながらしほちゃんも続けるように声を出した。しかし、アタシたちを出迎える人はいない。お父さんもお母さんも仕事だし、お兄ちゃんはフェニランでショーを行い、お客さんを笑顔をしているはずだ。
「ごめんね、お菓子とか用意してないや」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「そう、だよね、あはは……」
「……咲希」
シンと静まり返った家が少しだけ怖くておどけたように冗談を言う。しかし、しほちゃんにはあまり受けなかったようでピシャリと言われてしまった。その後に訪れた気まずい空気をどうにかしたくて無理して笑おうとするが今の状態のアタシには到底できるわけもなく、余計にしほちゃんを心配させてしまった。
もちろん、本当ならアタシだけで帰ってくるつもりだったのだ。だが、あのあいり先輩の指摘を受け、状況が変わった。
――ねぇ、咲希ちゃん……中学生の頃のアルバムとか、日記とか、なにか形として残ってるものはある?
それを聞いた瞬間、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。どうして、今まで思い至らなかったのだろう。だって、あれだけ自分の過去に関する違和感を覚えていたのにアルバムや思い出の物を確かめようとしなかったのだから。
いいや、違う。思い至らなかったのではない。意図的に意識を逸らされていたのだ。何の確証もないのにそう断言できるほどアタシにとってあの現象は身近なものになってた。
しかし、あいり先輩のおかげでそれに気づくことができたのだ。確かめないわけにはいかない。そこで急遽、今日の報告会は通話ではなく、アタシの家でやることになったのである。すでにいっちゃんもほなちゃんもアタシの家に向かっている最中であり、そろそろ――。
「あっ、いっちゃんたちかな?」
「わっ……ず、随分、開けるの早いね……」
――そう思っていると丁度、チャイムが鳴る。まだ玄関から移動していなかったのでそう呟きながら扉を開けると驚いた様子の紙袋を持ったいっちゃんとほなちゃんが立っていた。
「ちょうど、アタシたちも帰ってきたところだったの。間に合ってよかったぁ」
もう少し遅かったら2人を玄関先で待たせることになっていた。そう言いながら笑うがしほちゃんと同じようにいっちゃんもほなちゃんも心配そうにアタシのことを見つめるだけ。
「……咲希、大丈夫?」
「う、ん……大丈夫、じゃないんだろうね。でも、
何も痛くないわけじゃない。不安で心が押しつぶされそうだ。
それでもアタシは皆を呼んだ。忘れてしまえば終わるのに、それだけアタシにとって――『
「……それじゃ、いこっか」
靴を脱いだアタシは皆を先導するように部屋へと向かう。その間、振り返らなかった。振り返ったらアタシの身を案ずる皆の悲しげな顔を見ることになるだろうから。
「じゃあ、アタシ、お茶の準備してくるね」
「あ、わたしも一緒に!」
「……うん、ありがと」
時間はさほどかからず、アタシの部屋へと到着。皆を適当なところへ座らせ、気休め程度にはなるだろうとお茶を用意するために一度、キッチンへ向かおうとするがほなちゃんがお手伝いを買って出てくれた。
「……」
「……」
お茶の準備をしている間、アタシたちは一言も話さない。いつもならなんてことない他愛無い話題が自然と出てくるのに今日に限って喉は一向に震えなかった。
「それじゃ、戻ろっか……ほなちゃん?」
そうこうしている間にお茶の準備を終えてしまい、アタシはほなちゃんにそう提案する。だが、彼女は俯いたまま、動こうとしなかった。
「……怖く、ないの?」
「え?」
「わたし、ずっと……咲希ちゃんから話を聞いた時から、怖くて」
そう言いながら顔を上げた彼女はアタシと同じくらい――いや、もしかしたらアタシよりも顔色が悪いかもしれない。
「自分の知ってる自分が自分じゃないかもしれない。皆の知ってる自分が自分じゃないかもしれない……そう考えると、まるで自分自身のことを否定されたような気がして……わたしなら、って考えると怖くて、仕方ないの」
「ほなちゃん……」
今日の話し合いでやっと自覚した苦しみをほなちゃんは最初から理解してくれていた。それが嬉しくて、アタシの代わりに苦しんでいたようで、それがとても申し訳なくて、そんなぐちゃぐちゃの感情がアタシの顔を歪める。
「……それでもアタシは知りたいんだ」
だが、アタシはそれでも笑った。アタシと食い違っているアタシを知りたいと思った。
それが前に進むきっかけになるのか。アタシの心を壊す原因となるか。
それは今のアタシにはわからないし、それを知ったアタシがどんな答えを出すのかもわからない。
わからないことだらけで、不安でいっぱいだ。
それでもなお、アタシが前に進むのは――皆がいてくれるから。
いつもアタシを導いてくれる星が。
いつもアタシに寄り添ってくれる月が。
いつもアタシを支えてくれる日が。
皆がいてくれるのなら、アタシはどんなことがあっても前を見続けられる。
「だから、大丈夫だよ。ほなちゃん、心配してくれて、ありがと!」
「咲希ちゃん……」
「さぁ、いっちゃんとしほちゃんが待ってる。いこ?」
「……うん」
アタシの言葉にほなちゃんは少しだけ顔を和らげ、頷く。そして、準備したお茶を持って部屋へと戻った。
そう、皆がいれば、アタシは大丈夫。
この現象だって、この先にどんなことが待っていたって。
そう、思っていた。安心していた。油断していた。
少し考えたらわかりそうなのに、ありえないと決めつけていたのか。
それとも、意識を逸らされていたのか。
どうして、考えなかったのだろう。
どうして、思いつかなかったのだろう。
覚悟さえ決まっていれば、あんなことにならなかったかもしれなかったのに。
皆がいれば大丈夫――なら、皆がいなくなったらアタシは――?
使用楽曲コード:741-4713-7