「……」
カチコチと時計の秒針が時を刻む音が部屋に響く。そんな些細な音でさえ聞こえてしまうほどアタシの部屋はシンと静まり返っていた。
ほなちゃんとお茶を用意した後、部屋に戻ったアタシたちは黙ってお茶を飲んでいる。いつもなら自然と会話が始まるのだが、今日に限っては沈黙が続いていた。
(それもそうだよね)
お茶で喉を潤しながらアタシは今の状況に苦笑してしまう。いっちゃんも、ほなちゃんも、しほちゃんも気まずいから口を開かないのではない。アタシの身を案じているからこそ、口を噤んでしまっているのだ。なにか話したらそれがきっかけとなって先に進んでしまうかもしれないから。
「……そろそろ見よっか」
「ッ……」
だからこそ、アタシが自ら進まなければならない。だって、皆に心配させたのも、不安にさせたのも、悲しませたのも、巻き込んだのも全部、アタシなのだから。
その言葉に皆がビクリと肩を震わせたのを尻目にアタシは立ち上がり、机の方へと向かう。あいり先輩に指摘された後、アルバムの存在を思い出した。そして、それが机の引き出しの中に入っていることも自然と頭に浮かんだのだ。
アルバムが入っている引き出しを開け、取り出すのに邪魔な
そして、そのアルバムの冊数はさほど多くない。アタシの性格的に写真は頻繁に撮っているはずだ。スマホで撮っているから少ないのだろう、などという淡い期待をするにはすでにアタシは
「よいしょっと」
そんな声をわざとらしく漏らしながらテーブルにアルバムを置く。そのままその場に座って一番上に置いてあったアルバムに手を伸ばした。多分、この中では年代的に一番幼い写真が入っているアルバムだ。そう思いながら何の躊躇いもなく、それを開いた。
「ちょ、咲希!」
「わぁ、見て! 皆、ちっちゃい!」
まさかアタシが簡単にアルバムを開くとは思わなかったのだろう。しほちゃんが驚いたように声を漏らすが意図的に無視してアタシは皆にアルバムを見せる。
そこには幼いアタシたち4人が肩を寄せ合って撮った写真が収められていた。きっと、不意に声をかけられて撮られたのだろう。皆、振り返ったような姿勢でキョトンとした表情を浮かべていた。
「皆、可愛いね!」
「……うん、そうだね」
アタシの感想に真っ先に答えたのはいっちゃんだった。苦笑を浮かべながら、それでいて懐かしそうに頷いてくれる。そんないっちゃんを見てほなちゃんもしほちゃんも強張っていた表情を僅かに緩めた。
それからゆっくりとページを捲りながら収められている写真について語り合う。
この時はこうだった。
あの時はああだった。
そうだったっけ?
そうだったよ。
そうだったね。
懐かしいね。
アタシがきっかけを作り、しほちゃんが苦笑を浮かべながらツッコみ、いっちゃんがそれに対して言葉を加え、ほなちゃんが微笑みながらまとめてくれる。
アタシたちはいつだってそうだった。だからこそ、写真に焼きついている幼いアタシたちは笑っていた。笑っていたから、安心して思い出話に花を咲かせられた。
そう、まるで
「ッ――」
そんなことに気を取られていたからだろう。何気なくページを捲り、そこにあった写真を前にしてアタシたちは言葉を失った。
それは病室で中学生になったパジャマ姿のアタシと私服姿のいっちゃんがピースして笑っている写真だった。
「……やっぱり、だったね」
再び訪れた沈黙を破るようにしてアタシはそう呟く。
知っていた。だから、さほど衝撃的ではない。
それでも、アタシの心はキュッと締め付けられる。
あれだけ『
でも、それでも――こうやって苦笑を浮かべられたのは覚悟をしていたおかげだ。
「……」
しかし、皆は何も答えず、苦しそうに顔を歪めていた。
まるで、自分のことのように心を傷つけ、泣きそうになりながらアタシを見つめている。
そんな彼女たちを見ている方が、アタシには辛かった。
「咲希、大丈夫?」
「それは……」
どんな言葉をかけたらいいかわからずにいるといっちゃんがいつもより少し深く呼吸した後に心配そうにそう声をかけてくる。笑って誤魔化そうとしたが、彼女たちの視線がそれを許さない。いや、ここでこの痛みを隠すのは彼女たちに失礼だ。
「……大丈夫って言ったら嘘になる、かな」
「……」
「でもね。それ以上に真実を知れてよかったと思ってる。だって、本当に
確かに自分が病気を患っていたのでは、と自覚した時、とても怖くなった。
こうやって立っていることすらできなくなっているのでは、と背筋が凍りついた。
でも、それと同時にこの現象を自覚してから病気のことも、皆との思い出も、このオモイも全てアタシの妄想が作り出したものなのではないかと心のどこかで疑っていた。
皆の知る『
アタシしか知らない『
本当のアタシを知る人はいなくて、偽物のアタシしか知られてなくて。
それが、とても心細かった。寝て起きた時、アタシの中の『
だから、この写真を見た時――病気を患っていて苦しいはずなのに心の底から笑っているアタシが大丈夫だよ、と言ってくれたような気がしたのだ。
「……そっか」
アタシの言葉に嘘がないとわかったのか、いっちゃんたちは安心したように息を吐いた。
しかし、問題はここからだ。
この現象はアタシが病気を患っていたことを隠していた。その隠し事は皆のおかげで赤裸々となった今、何かしらの動きがあってもおかしくない。他の皆もキョロキョロと辺りを見渡して変化がないか確認していた。
「……」
だが、数分経っても何も起きず、誰かが集中力が切れたのか小さくため息を吐く。それをきっかけに皆の方から力が抜けた。そして、全員で見つめ合い、くすりと笑顔が零れる。
「……この後、どうする?」
「あ、それならいっちゃんたちにお願いした物が見たいな!」
「そういえば、すっかり忘れてた」
「わたしも……じゃあ、皆で見よっか」
しほちゃんの問いかけにアタシは手を上げて2人に言うといっちゃんとほなちゃんがそう言いながら傍に置いてあった紙袋に手を伸ばす。
実は『MORE MORE JUMP!』との話し合いの後、家に向かっている間にとある物を持ってきてもらうようにお願いしていたのだ。
「これでよかったのかな。慌てて準備したから中学生の頃の写真が入ってる物か、確認してないんだけど」
そう言っていっちゃんが取り出したのは一冊のアルバムだった。ほなちゃんも同じようにアルバムを取り出す。あたしの持っているアルバムでは現象に関してわからなかった時のために持ってきてもらったのである。なお、しほちゃんはアタシを家に送らなければならなかった上、アルバムに関してもあるとしたらアタシたちと撮った写真しかないだろうと言ってアルバムを持ってくることを拒否した。
「大丈夫! 見てるだけで楽しいもん!」
「まぁ、咲希ならそうだろうね」
呆れたように呟くしほちゃんだったが、彼女の視線もいっちゃんたちが持つアルバムに向けられている。彼女もそれなりに楽しみにしているようだった。
「じゃあ、開けるよ」
とりあえず、最初にアルバムを紙袋から取り出したいっちゃんがテーブルにそれを置いてパラパラと捲る。チラリと見えたのはアタシのアルバムにも収められていた幼い頃のアタシたちの写真。どうやら、ちゃんと幼い頃の写真が入ったアルバムを持ってきてくれたようだ。
「あ、この辺りか、な……」
ページを捲っていたいっちゃんの声が少しずつ小さくなっていく。どうしたのだろうと皆の視線が彼女の持つアルバムへ集中する。
思えば、何もかもおかしかったのだ。
あれだけ真実を隠そうとしていたはずなのに都合よく病室の写真を見つけたことも。
覚悟を決めていたアタシはともかく病室の写真を見た後、皆が簡単に飲み込んだことも。
それからすぐにいつもの雰囲気に戻ったことも。
「これって……」
震える声でいっちゃんが言葉を漏らしながらアルバムを捲り続ける。たまに病室や体調が良かったのか、外で撮ったアタシとの写真はあった。もちろん、学校の友達と撮った写真も収められている。
でも、どうしてもほなちゃんとしほちゃんと撮った写真は見つけられなかった。
「ッ……」
ほなちゃんが血相を変えてアルバムを捲り始める。しかし、ほなちゃんのアルバムも同じようにいっちゃんやしほちゃんと撮った写真はもちろん、アタシと撮ったそれすらなかった。
(ま、さか……)
ほなちゃんはそんなはずないと今にも泣きそうになりながらアルバムを捲り続ける。
いっちゃんも何かを思い出したのか、顔を真っ青にしていた。
どんなことが起きても常に冷静に状況を見定めていたしほちゃんですら動揺を隠し切れず、苦しそうに顔を歪めている。
そんな皆の反応を見てアタシは理解してしまった。
この中で最もこの現象に触れ、考え、どうにかしようと藻掻いていたからこそ、すぐにわかってしまった。
きっと、アタシは――アタシたちは勘違いしていたのだろう。
ここは『
でも、違った。見当違いにもほどがあった。
結果的にはそうなったかもしれないが、それはあくまで副産物。
この、世界は――。
「思い、出した……中学生の頃、私たちは……バラバラに……」
「あ、あぁ……ご、めん。ごめんな、さ……」
「……本当に、嫌になる」
いっちゃんはアタシたちを見て、この世界の
ほなちゃんはガクガクと自分の体を抱き、涙を流しながら謝り続けた。
しほちゃんは何かを抑えるように頭を抱えながらボソリと悪態を吐いた。
――バラバラになってしまったアタシたちがバラバラにならずに平和に過ごしていた世界、だ。