「……」
「咲希ちゃん、大丈夫?」
「え?」
無言のまま、頼んだオレンジジュースを眺めていると声をかけられ、顔を上げた。隣を見れば心配そうにこちらを見つめているほなちゃんの姿。きっと、アタシが少しだけ緊張しているのもばれているだろう。
「……うん、ちょっと」
「ごめんね。あんな提案しちゃって……」
「ううん! アタシのためってわかってるから!」
アタシの闇を思い出してから数日。今、アタシたちはモモジャンの皆と話し合ったカフェで待ち合わせをしていた。相手はほなちゃんのバイト――家事代行を利用している、アタシたちと同年代の女の子。それに加え、その女の子の知り合いの子たち、である。
あまり詳しい話を聞いていないのでピンと来ていないのだが、どうやらほなちゃんのバイト先に住んでいる女の子は何かの活動をしているらしい。更にアタシの話を聞く時に他にも人がいた方がいいとほなちゃんがお願いしたようで連れてきてくれることになったのだ。
(どんな人なんだろ……)
ほなちゃんの知り合いの子はいっちゃんとも顔見知りであり、すごくいい人だと言っていたので心配はしていない。しかし、この現象があまりにも奇想天外なものなので信じてもらえるかどうかは別だ。
――探そう、咲希。私たちが、一体、何をしていたのか。
昨日の言葉がふと頭を過る。きっと、ほなちゃんの提案を受け入れたのはいっちゃんの言葉があったからだ。今は無理をしてでも何かヒントが欲しい。だから、アタシはここにいるのだ。
「あ、今、到着したって……ちょっと迎えに行ってくるね」
テーブルの上に置いてあったほなちゃんのスマホが揺れ、メッセージを確認した彼女はアタシにそう言うとそそくさと個室を出て行った。モモジャンの皆と話し合ったこのカフェは個室があるのでまた利用させてもらったのだ。
「……」
ほなちゃんがいなくなった個室。そんな誰もいない部屋で一人になった途端、心が冷たくなっていくのがわかった。いっちゃんたちのおかげで持ち直したとはいえ、メンタルがボロボロなのは変わらない。今日の話し合いで何か掴めなければアタシは――。
「咲希ちゃん、お待たせ」
「ッ……」
思考の海に溺れかけてた頃、数分と経たずにほなちゃんが帰ってきてアタシは何とか息継ぎをする。そして、その後ろには4人の女の子が立っており、思わず心臓が跳ねてしまう。今から初めて会う人にアタシのことや不可解な現象を説明しなければならない。そう考えるとより一層、緊張してしまった。
「……あ、れ? 朝比奈先輩?」
「え? 会ったこと、あったかな?」
だが、対面の席に座った4人の顔を見てすぐにそんな言葉を零してしまう。制服姿ではなかったので最初はわからなかったが、宮女で有名な2年生の『朝比奈 まふゆ』先輩がその中にいたのである。いきなり名前を呼ばれた朝比奈先輩は少し困ったような表情を浮かべてしまう。しまった、思ったことを口に出してしまったせいで先輩を困らせてしまった!
「あ、いえいえ! えっと、朝比奈先輩は有名なので思わず……いっちゃんもお世話になってるってよく言ってたので!」
「へー、やっぱりまふゆって学校で有名なんだね!」
「そんなことないと思うんだけどな」
慌ててそう言い訳すると朝比奈先輩の後ろにいたサイドテールの女の子がにやにや笑いながら揶揄うようにそう言う。当人は本当に有名ではないと思っているようで首を傾げるだけだった。
「ん? あれ、もしかしてボクのことも知ってたり?」
いや、それよりすごく気になることがあり、アタシはサイドテールの子をジッと見てしまう。そんなアタシの視線に気づいたのか、その子は少し戸惑ったように聞いてきた。
「あ、えっと……すごく可愛い服だなって気になっちゃって」
「っ! だよねー! これ、すっごく可愛くて一目惚れしちゃったやつでさ! お気に入りなんだよ!」
服が褒められたのが嬉しかったのか、サイドテールの子は笑顔を浮かべて服が良く見えるようにその場で立ってくれた。やっぱり、可愛いなぁ。どこで売っているんだろう。後で教えてもらえないかな。
「ちょっと、瑞希。いきなり立たないでよ。テーブルにぶつかってコップが倒れたらどうするの」
しかし、サイドテールの子が立ったせいでその隣に座っていた茶髪の女の子が鬱陶しそうに文句を言った。そうだ、今日はアタシの話を聞いてもらうために来てもらったのだ。雑談している暇はない。
「あはは、ごめんってば。あ、自己紹介の前に注文しちゃおうか? このカフェ、隠れるようにあったから探すのに手間取っちゃって喉カラカラでさ」
サイドテールの子が笑いながら座り、メニューを手に取りながらそう提案した。もちろん、こちらとしては否定する理由はないので頷くとお礼を言いながら彼女は茶髪の子に見えるようにメニューを広げる。茶髪の子も注文するつもりのようで興味深そうにメニューを覗き込んだ。
「宵崎さん、今日はありがとうございます」
「ううん、望月さんにはいつもお世話になってるから」
わいわいとメニューを決めている二人とは裏腹に朝比奈先輩の隣――一番、奥の席に座った、ジャージを着た女の子にほなちゃんが頭を下げてお礼を言った。この子がほなちゃんのバイト先に住んでいる子のようだ。
(綺麗な髪だなぁ……)
そういえば、いっちゃんがこの子と知り合った時、髪の印象しか覚えなかった。なるほど、これほど綺麗な髪なら印象に強く残っていてもおかしくない。
「注文決まったよー、2人はどうするー?」
「えっと、じゃあ、アイスコーヒーで」
「私も同じ物で」
「オッケー、じゃあ、店員さん呼ぶねー」
宵崎さんと朝比奈先輩はメニューすら見ずに注文してしまった。程なくして注文した物が届く。届いたのだが、何故かフライドポテトも来た。
「あ、勝手にフライドポテト頼んじゃったけどよかった?」
「へ!? 全然、大丈夫ですよ!」
「あはは、いやぁ、よくファミレスで打ち上げするから流れで頼んじゃってさ! あ、もちろん、2人も食べていいからね!」
そう言って笑うサイドテールの子はフライドポテトに手を伸ばそうとしない。これは先に食べろ、ということなのだろうか。でも、食欲はあまりないのでジッとポテトを見ることしかできなくなってしまう。
「……あ、大丈夫よ。瑞希、猫舌で冷ましてるだけだから気にしなくても」
「え!? もしかして、めっちゃ気を使わせちゃった!? ごめんね! ほら、食べて食べて」
「い、いえ……緊張してて……その、食欲が……」
「ほら、だからやめておけって言ったのに」
そう言って、断ると茶髪の子がジト目でサイドテールの子を睨む。それを受けた彼女は乾いた笑みを浮かべつつ、フライドポテトに手を伸ばして口に放り込んだ。そして、本当に猫舌だったようで『あちち』と言いつつ、飲み物に口を付けた。その姿がどこかおかしくて失礼だと思いながらも小さく笑ってしまう。そんなアタシを見てサイドテールの子も、茶髪の子もホッとしたようにため息を吐く。
「……えっと、とりあえず、自己紹介、しよっか。朝比奈まふゆです」
「……宵崎奏です」
朝比奈先輩の短い自己紹介に続くように宵崎さんも頭を小さく下げながら名前を教えてくれた。でも、それ以上の情報がなかったので特に何も言えず、アタシもペコっと頭を下げることしかできない。
「もー、2人とも! 自己紹介なんだからもうちょっと教えてあげなよ! 困ってるじゃん!」
「でも、何を言っていいか、わからなくて……」
「あはは……咲希ちゃん、宵崎さんは音楽をやってるの」
「え? 音楽?」
サイドテールの子に指摘され、宵崎さんはおろおろとアタシの方を見る。そんな彼女を見てほなちゃんがフォローするように教えてくれたが予想外の内容にオウム返ししてしまった。
「えっと……わたしたち、音楽サークル、なんだ。わたしが作曲して、まふゆが詩を書いてる」
「朝比奈先輩、歌詞も書いてるんですか!?」
「うん、そうだよ」
勉強も運動もできて、面倒見が良く、噂が絶えない朝比奈先輩だったが、そんな才能まであったとは思わず、声を荒げてしまう。これだけすごい人なら学校で有名なのも納得できる。
「それで、望月さんも初めて会うけど……」
「イラスト担当の東雲絵名です」
「動画担当の暁山瑞希でーす! よろしくねー!」
茶髪の子――東雲さんがペコリと頭を下げて名前を言い、それにサイドテールの子――暁山さんが笑顔で続いた。
作曲、歌詞、イラスト、動画。4人で協力して一つの作品を作っている。それが宵崎さんたちの音楽サークルのようだ。
「すごいなぁ……あ、すみません。えっと、アタシは天馬咲希っていいます」
「望月穂波です」
「天馬……え、もしかして司先輩の妹さん!?」
「お兄ちゃんのこと知ってるんですか?」
「そりゃ、もちろん! 類と一緒にいるし、学校じゃ有名人だもん! あ、なら同い年だね!」
『もっとフランクでいいよー』とニコニコと言ってくれる暁山さん――みずきちゃん。年上のるいさんを呼び捨てにしているので彼と親しい仲のようだ。その繋がりでお兄ちゃんとも知り合っているようで安心してしまう。
それからフライドポテトをつまみながら(アタシは食欲がないのでジュースだけ飲んでいた)雑談を続ける。いきなりあんな話をすれば驚かれてしまうのでまずはアタシの人となりを知ってもらおうとほなちゃんからの提案だった。
和気藹々とお互いのことを話しているうちに気づけば1時間ほど経っていた。話の中でも特にみずきちゃんと服の話で盛り上がってなかなか止まらず、他の皆が苦笑を浮かべていることに気づくのに遅れてしまったのである。
(ううん、違う)
話の途中で何度も本題に入ろうとした。しかし、喉元まで出かかった言葉は一向に外に漏れることなく、結局、そのまま飲み込んでしまう。
怖い。今にもここから逃げ出したくなるくらいに怖い。手が震えてコップを倒してしまいそうになったほどだ。
でも、時間は止まってくれない。1時間も話せば自ずと会話が途切れるタイミングが訪れてしまう。
「えっと……今日はアタシのために集まっていただきありがとうございます」
覚悟を決めたアタシは集まってくれた4人に改めてお礼を言った。その途端、個室に流れる空気が変わる。アタシはもちろん、ほなちゃんも本題に入ることを察して顔を強張らせたからだ。
「私たちに何か話があるんだよね。その様子だとあまり明るい話ではないのかな?」
そんな空気の中、朝比奈先輩が少し困ったような表情を浮かべて聞いてくる。それに対し、上手く言葉が出てこず、頷くことしかできなかった。
「すごく、突拍子もない話で……信じられないと思います。でも、最後まで聞いてください」
皆が固唾を飲んで見守る中、アタシは話し始める。今日、アタシたちの未来に繋がる何かを得られることを期待して。
使用楽曲コード:N00094685