「……えっと、つまり、どういうこと?」
話を終えた後、数分ほど考え込んでいた皆だったが、みずきちゃんが少しだけ困ったような表情を浮かべてそう聞いてきた。可能な限り、嚙み砕いて話したつもりだが、内容が内容なのですぐには伝わらなかったようだ。
「上手く伝えられなくてごめんなさい……なんというか、Aという世界にいるアタシの中にBという世界のアタシが入り込んじゃった、というか」
実はアタシ自身、今の現象を上手く言語化できる気がしない。るいさんのアドバイス通り、違和感を集めたことでこの世界は『バラバラになってしまったアタシたちがバラバラにならずに平和に過ごしていた世界』なのだと判明した。
しかし、結局のところ、どうして違う世界のアタシがここにいるのか。
そもそも、どうやってこの世界に入り込んでしまったのか。
元のアタシはどうなったのか。
他にも色々な疑問が浮かんでくるが、その答えは一向に出てこない。
「うーん、よくマンがとかアニメだと並行世界の自分に成り代わっちゃった、とかあるけどそういう感じなのかな?」
「とりあえず、そのイメージで大丈夫です」
「幼馴染たちとすれ違っちゃった世界とすれ違わなかった世界……咲希ちゃん自身はすれ違っちゃった世界を本当の世界だと認識してるんだよね?」
「そうですね……アタシだけじゃなくて皆もすれ違った世界が本物だと思ってます」
えなさん(雑談の途中でお互いに名前を呼び合うことになった)の質問に頷きつつ、補足を入れた。そうでなければ中学校の頃のことを思い出した皆があそこまで取り乱すわけがない。実際、隣に座っているほなちゃんは苦しそうな表情を浮かべている。その顔を見た東雲さんたちはアタシたちの話が冗談じゃないとわかったのか、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「……それってこの世界が偽物ってことかな?」
「ッ……すみません、そうかもしれないってだけで本当かどうかは――」
朝比奈先輩は零した疑問に対する答えは持ち合わせておらず、首を横に振ろうとして止まる。
いや、違う。わからないのではない、あえて考えなかっただけだ。
もし、アタシたちがすれ違った世界が本物だとして――この世界を本物だと認識している皆はどうなのだろう。
誰でも行きつく疑問。それからアタシは、アタシたちは目を逸らして希望に縋った。
何でもいい。一歩前に進めるような、何かを求めて、アタシたちは彼女たちを巻き込んだのである。
果たして、それは正しいことなのだろうか。自分のために全く関係のない人を巻き込んで、困らせて、考えたくない事実を放棄して。
そうだ、アタシは色々なものを拒んだのだ。
偽物に混じる本物を思い出すたび、押し潰されそうになって。
自問自答を繰り返し、考えたくないと目を閉じて。
世界の真理に近づきすぎて知ってしまった現実から逃げて。
そんな状態で何がわかるというのだ。
ただ自分たちに都合のいいことだけを追い求めて、認めたくない事実から顔を背けて何を見つめられるというのだ。
「――ごめんなさい」
「え、咲希ちゃん? なんで、謝るの?」
いきなり謝罪したアタシにみずきちゃんは驚いたようで目を見開いた。他の皆もどうしたのだろうと互いに目を見合わせている。
「アタシ、怖かったんです。朝比奈先輩のいうように……この世界が偽物だったらって……」
だって、それが事実ならこの世界にいる皆も偽物であることに違いないのだから。
一度は逃げようとした。『
でも、アタシは『
だからこそ、ここで誤魔化してはならない。それはあまりにも目の前に座る4人にも、アタシたちにも、今まで手を貸してくれた皆に失礼だから。
「本当かどうかはわかりません。でも、この世界が偽物だという可能性もある、今のアタシからはそうとしか言えません」
それが今のアタシに出せる答えだった。世界の真理に繋がる欠片を見つけただけなのだから仕方ない。
そして、この話し合いはその真理に辿り着くための道を探し出すために開かれたのもの。もしかしたら、この場でその答えが出ることだってあり得るのだ。
「……それで、何が知りたいの?」
「ちょっと、奏!? 話、進めるの!?」
数秒ほど重い沈黙が流れた後、最初にそれを破ったのは宵崎さんだった。だが、すかさずえなさんが制止させる。無理もない。自分たちが偽物かもしれないと言われたのだ、いきなり本題に入るにはあまりに事が大きすぎた。
「うん。だって、
「ッ……そっか」
しかし、それでも宵崎さんは態度を変えない。隣に座る仲間たちに視線を向け、微かに笑みを浮かべた。それを見たみずきちゃんが納得したように言葉を零す。いや、彼女だけじゃない。えなさんも、質問した朝比奈先輩も特に反論することなく、アタシの方へ向き直ったのだ。
「ごめんね、教えてくれるかな?」
「ぁ、はい……その違和感の中にアタシたち4人が放課後に何かをしてたみたいで……」
「その何かを知りたいんだね」
朝比奈先輩が確かめるようにそう言ったので無言のまま、頷く。もちろん、そんなことを急に言われても困ってしまうだけだろう。だって、宵崎さんたちはアタシたちのことをほとんど知らないのだから。
「うーん、何か、かぁ。心当たりとかはある?」
「多分、どこかに向かおうとしてたから特定の場所でやること、かな?」
「ほとんどノーヒントってことね……私たちに聞いてもあんまり役に立てないような気がするけど」
腕を組んで悩むみずきちゃんとどこか申し訳なさそうな表情を浮かべるえなさん。まぁ、そうだよね。ここにいるほなちゃんも交流があるのは宵崎さんだけみたいだし、ほぼ初対面なアタシのことなんて――。
「そうだね。私も星乃さんとは委員会で同じだけどそれっぽいことは聞いたことないかな」
「そもそもまふゆが知ってるならそのホシノさんって人から答えが出てるはずだもんね。ボクも司先輩から咲希ちゃんのことは聞いてるけど……」
「……」
「……奏? どうしたの?」
――そんな中、宵崎さんが難しい顔をして考え事をし始めた。そんな彼女に気づいたえなさんが不思議そうに首を傾げる。
「……まふゆ、わたしたち、一緒に星乃さんと話したこと、あるよね?」
「え? うん、ファミレスで望月さんと4人で話したね」
「そうだよね……」
「お? 奏、何か気づいたの?」
「気づいたというか……思い出せないというか」
その言葉にアタシとほなちゃんは顔を見合わせる。その現象はまさにアタシたちを苦しめたアレだ。まさか宵崎さんが何かに繋がる情報を持っている?
「っ……えっと、わたしってあまり外に出ないからどうやって星乃さんと出会ったのかなって」
アタシたちの視線に気づいた宵崎さんは驚いたのか、ビクッと肩を震わせた後、ぼそぼそと教えてくれた。いっちゃんは宵崎さんのことを知っていたし、いい人だとも言っていたはず。少なくとも顔見知り程度ではなく、しっかりと話をした仲なのだ。ファミレスで話したとも言っていたから間違いない。
「駄目、やっぱり思い出せない……ごめんね」
「ぇ、いえいえ! そんな謝ることじゃないです! アタシたちも同じように思い出せないんで!」
「……でも、わかることはあるよ」
「……へ?」
思い出せないけどわかること? 宵崎さんはジッとアタシを見つめる。この中で一番小柄な可愛らしい人なのにその瞳にはしっかりと覚悟の色が見えた。
「あまり外に出ないわたしがまふゆを連れて星乃さんに会いに行く。それって特別な理由があったと思うんだ」
「でも、その理由が思い出せないんでしょ?」
「うん、思い出せないよ。でも、わかるんだ」
確認するように質問したみずきちゃんに堂々と言い切る宵崎さん。そして、その答えを教えてくれた。
「――音楽。わたしが動く理由はそれぐらいしかないから」
夕焼けに染まる街、元々、積極的に話さないわたしとまふゆはともかく、絵名と瑞希でさえ、何も話さず、黙々と歩き続けていた。
「……何も聞かなくてよかったの?」
そんな中、沈黙を破ったのはいつもの様子に戻ったまふゆだった。抑揚のない声でわたしに質問する彼女に絵名たちはギョッとした視線を向ける。
「うん」
「そ、そうかなぁ……ボクとしてはこの世界の秘密とか気になってしょうがないけど」
頷くわたしに瑞希が僅かに声を震わせてそう言った。無理もない。天馬さんの話が本当ならこの世界は偽物であり、その世界に住んでいるわたしたちも自然とその一部ということになる。気にならない方がおかしいだろう。
わたしが『音楽』という言葉を口にした途端、望月さんと天馬さんは目を見開き、数秒ほど硬直した。そして、何かに急かされるようにわたしたちにお礼とお詫びを言い残して喫茶店を出て行ってしまったのだ。巻き込んでしまったと言ってわたしたちの分の支払いも持ってくれたため、冷めてしまったフライドポテトを片付けた後、わたしたちも喫茶店を後にした。
「偽物、か……じゃあ、私たちってなんなんだろ」
きっと、誰かに聞いたわけではないのだろう。立ち止まった絵名は独り言を零して空を見上げた。それにつられるように皆で歩みを止め、綺麗な夕焼け空を眺める。
「……関係ないよ」
「……奏」
「この世界が、わたしたちが偽物だって関係ない。わたしは誰かを救う曲を作る。まふゆを救う曲を作る……それだけだよ」
そう、何も変わらない。わたしはただ、音にするだけ。それが『宵崎 奏』という存在に与えられた唯一の存在理由なのだから。
「そうだ、天馬さんの話を聞いて曲のイメージが湧いたんだ。今日の夜、デモを送るから聞いてくれる?」
夕焼け空から皆に視線を戻しつつ、そう聞くと皆は各々、頷いてくれた。
偽物かもしれない世界で、今日もわたしは――
使用楽曲コード:264-2699-4