「……」
スマホから聞こえる朝を告げるアラーム。いつもならすぐに動いて学校に行く準備を始めているのに今日に限ってアタシはただ茫然と星が散りばめられた天井を見上げていた。
(あれ、どんな夢、見てたんだっけ……)
両目に滲む涙を袖で軽く拭いながら上手く働かない思考回路を巡らせ、さっきまで見ていた夢を思い出そうとする。
とても悲しい夢だった、と思う。でも、それにしては胸の奥深くにどこか温かさが残っている。優しい声をかけられたような、それでいて何かを失ってしまったような――そんなぐちゃぐちゃにかき混ぜられた居心地の悪い想い。そんな感情を植え付けられたせいでベッドの上で呆けることしかできなかった。
「咲希ー、起きてないのかー? 朝だぞー」
「あ、はーい!」
コンコンとノックの音と共にお兄ちゃん、『天馬 司』の声が部屋の外から聞こえた。慌ててベッドから降りてパジャマに手をかける。その頃には居心地の悪い想いはどこかへ消えてしまった。
(なんだったんだろ?)
首を傾げながらも手早くパジャマから制服に着替え、洗面所で顔を洗い、リビングへと降りる。そこにはすでにアタシ以外の家族が集まっていた。
「おぉ、おはよう、咲希」
「うん、おはよ。お兄ちゃん!」
いつもの席に座るとトーストを食べていたお兄ちゃんがその手を止めて笑顔で挨拶してくれる。その笑顔を見ると自然とアタシも嬉しくなってしまう。だって、アタシが苦しい時、いつもお兄ちゃんは――。
「……」
「ん? どうしたんだ、咲希。オレの顔に何か付いているか?」
「へ? う、ううん! なんでもない!」
お兄ちゃんが、どうしたんだっけ? なにか思い出しそうになったような気がする。
しかし、それについて考える前にお母さんがアタシの分の朝食を持ってきてくれた。そうだ、急いで食べないと学校に遅れてしまう。アタシも『いただきます』と食前の挨拶を済ませ、トーストにかぶりつく。
天馬家の朝食はいつも賑やかである。仕事で朝早く出かけない限り、家族みんなで一緒に食べているのだから当たり前だ。特にお兄ちゃんはいつも元気いっぱいで他愛無い会話の中でもアタシたちを笑顔にしようとあの手この手を使って盛り上げてくれる。そんなお兄ちゃんがアタシは大好きだった。
「むっ、し、しまったああああああ! 日直なのをすっかり忘れていたああああああ!!」
「わぁ、も、もう……お兄ちゃん、ビックリさせないでよー」
今日も同じようにお兄ちゃんを中心に楽しく話していたのだが、いきなり立ち上がって絶叫したのでビクリと肩を震わせて驚いてしまった。どうやら、いつもの忘れん坊が出てしまったらしい。
「こうしてはおれん! ごちそうさまでした、行ってきます!」
「あ、お兄ちゃん! 口に……あ、行っちゃった」
牛乳の一気飲みして口に真っ白なおヒゲを作ったまま、お兄ちゃんは鞄を乱暴に掴んで家を飛び出してしまった。教えてあげようと思ったのだが、少しだけ遅かったみたい。学校で笑われちゃうかも。
「あ、アタシも急がないと……ごちそうさまでした! 行ってきまーす!」
壁に掛けられた時計を見ればいつも家を出る時間を少しだけ過ぎていた。アタシも牛乳を飲み干して口をしっかり拭った後、鞄を持ってお父さんとお母さんに挨拶して家を出た。
「……」
春が過ぎ、そろそろ夏が来そうな季節。今日はとても天気がいい。雲一つない青い空の下、アタシは宮益坂女子学園――通称、宮女までの道を歩く。
「ふんふふんふふーん♪」
これだけ天気がよければ自然とテンションも上がる。気づけば逸る鼓動に呼応するように鼻歌を歌いながら学校を目指していた。
だが、無理をしてはいけない。アタシの家から学校まではそれなりに距離がある。だからこそ、ゆっくり歩いても大丈夫なように時間に余裕を持って家を出ていた。だって、アタシは体力がないから歩くのが――。
「……んー?」
――別に遅くないのにどうしてこんなに早く家を出ているのだろう。
アタシも日直だったっけ? ううん、日直は少し前にやったばかりなので今日は違うはずだ。
まぁ、余裕があるのはいいことなので気にせずに学校に向かおう。これだけ早ければいつもと違った景色が見られるかもしれない。そう考えただけで楽しくなったアタシは今にも走り出しそうになっていた。
「よーし、頑張っちゃうぞー!」
誰にともなく声を上げ、とうとう我慢できなくなったアタシは駆け出す。背中に羽根は生えていないはずなのに嘘のように体が軽い。今ならあの空だって掴めてしまいそうだ。
そう、アタシは確かにこの青い空の下で思いっきり笑えていた。思いっきり、笑えていたのだ。
使用楽曲コード:25314670