休日の昼下がり、アタシはいっちゃんと一緒に
「……」
アタシたちの間に会話はない。きっと、アタシだけでなくいっちゃんも色々と不安なのだろう。
宵崎さんが教えてくれた『音楽』というヒントでしほちゃんがベースを見つけてから1週間の時間が経った。
何もない場所だったはずなのにいつの間にかベースが現れた時、アタシたちは目を丸くして彼女にどういうことかと問い詰めた――のだが、しほちゃんは何食わぬ顔で微かに笑い、『思い出しただけ』と満足そうに教えてくれた。
しかし、問題はそこから。しほちゃんがベースを見つけてくれたおかげでアタシたちも何か楽器を弾いていたのでは、と考え、それぞれの家を周り、部屋の中を捜索。しほちゃんのように目を閉じて普段の行動を思い出したり、手探りで何もない場所を
そして、今日の今日まで楽器を見つけることはできなかったのである。
「……」
もちろん、しほちゃんも完全復活、というわけではないようでふとした時にベースの存在を忘れてしまいそうになるらしい。そのため、彼女には可能な限り、ベースに触れてもらっていた。言葉にするのは簡単だが、平日は学校もあるから四六時中、ベースのことを考えているのは難しい。
だが、しほちゃんはさほど苦とは思っていないようで1週間もの間、ベースのことを片時も忘れることなく、日々を過ごしていた。
(何が、違うんだろ)
『音楽』と聞いただけでベースを思い出したしほちゃんとアタシたちの違い。足りないものは何なのだろう。
熱意? 練習量? それとも、『音楽』をしていたのはしほちゃんだけでアタシたちは何もしていなかった?
そんな疑心暗鬼に陥り始めた頃、いっちゃんから一つの打開策が提示された。
「咲希、着いたよ」
隣を歩いていたいっちゃんの言葉にいつの間にか俯いていた顔を上げる。すでにアタシたちは公園の入り口に立っており、公園の中からどこか懐かしい歌が聞こえる。
「いこっか」
「……うん」
そんな歌声に臆することなく、いっちゃんは歩みを進めて公園の中へ入った。アタシもそれに続こうとしたが、その前に何となく空を見上げる。
渇いた心は満たされないまま、羊のような雲が流れていく。
公園に入ったアタシたちは目の前にいる4人が歌い終わるのを待つことにした。無理を言って時間を作ってもらったのはアタシたちであり、練習の邪魔をするつもりはなかった。
「ふぅ……あ、一歌ちゃん! 咲希ちゃんも!」
休憩に入ったのだろう、ミネラルウォーターが入ったペットボトルに口を付けていた『小豆沢 こはね』ちゃんがこちらに気づき、笑顔を浮かべる。どれだけ歌っていたのだろうか、彼女の額には滝のような汗が流れていた。
「こはね、練習があるのにごめんね」
「ううん、あまり時間は取れないからむしろごめんね」
「無理を言ったのはこっちなんだから気にしないで! とーやくんもありがとう!」
「いえ、咲希さんたちが困っているのなら力になりたいですから」
アタシは小さい頃から一緒に遊んでいた男の子――『青柳 冬弥』くんにお礼を言うと彼は微笑みながらそう言った。そして、そんな二人の後ろには初対面の男の子と女の子がこちらを見ている。
「もしかして、あきとくん? とーやくんからお話し聞いてるよ! お兄ちゃんとも仲よくしてるって!」
「……おう」
とーやくんから何度も話を聞いていつか会いたいと思っていたとーやくんの相棒――『東雲 彰人』くん。そんな彼は何故かアタシが挨拶をするとさっと視線を逸らしてしまう。何かしてしまっただろうか。
「ぷっ」
「おい、笑ってんじゃねえよ」
「ごめんごめん! 初めまして、私は『白石 杏』! 気軽に杏って呼んでね!」
そして、こはねちゃんの相棒である白石さん――あんちゃんがあきとくんの肩をポンポンと叩きながら笑った。こはねちゃんからも素敵な人だと聞いていたが、フレンドリーな雰囲気を目の当たりにして少しだけ安心してしまう。
先ほどまでレベルの高い歌を歌っていたこの4人が――『Vivid BAD SQUAD』。今日、話を聞いてもらう人たちだ。
「今日は時間を作ってくれてありがとうございます……練習の邪魔をしてすみません」
「……別に休憩時間は取らなきゃならねえからその間なら構わねえよ」
「彰人、そんな言い方では勘違いさせてしまうぞ。咲希さん、彰人は言い方こそ厳しいですが優しくて仲間思いな奴なので安心してください」
「やめろって。やっぱ、司センパイが関係してるとお前ちょっとテンションちげえな……」
「あ、あはは……」
はぁとため息を吐くあきとくん。おそらく、お兄ちゃんにも振り回されているのだろう。お兄ちゃんは夢中になるとほんのちょっぴり周りが見えなくなってしまうことがあるのでたまに周囲の人を巻き込んでしまうのだ。きっと、あきとくんもその一人に違いない。そっと心の中で謝っておこう。ごめんなさい。
「それで? 話ってどんなの? あまり明るい話じゃないってこはねから聞いてるけど」
「……」
白石さんの言葉にアタシは思わず口を閉ざしてしまう。
――最近、思い出せたんだけど一度だけ練習に参加したことがあるんだ。
楽器を見つけられず、どうしようもなくなってしまった時、いっちゃんが『Vivid BAD SQUAD』の皆と出会った経緯を教えてくれた。おそらく、『音楽』がきっかけになって思い出せたのだろう。
しほちゃんのベース以外の変化。それに
でも、どうしても考えてしまうのだ。もし、アタシは『音楽』をやっていなくて蚊帳の外だったのでは、と。
ああ、ここ最近、ずっとこうだ。
前に進んだと思ったら、また壁にぶつかって。
今度こそときっかけを見つけても、物語のように上手くいかなくて。
そんな何十回目の失望の果てに得られたのは心に植え付けられた不安だけ。
いいや、違う。そうじゃない。それはただのまやかし。綺麗に並べ立てたそれっぽい言い訳。
――君は……どっちの『天馬 咲希』になりたい?
確かに着実に世界の秘密に近づいている。すぐそこまで答えは迫っている。
結局、答えを出すのが怖いだけだ。
偽物だって。真実だって。自分の理想と違う形だった場合、アタシはどうするのだろう。どうなってしまうのだろう、
こんなことならいっそ何もかも捨ててしまいたいとさえ考えてしまう弱いアタシは――。
「……少し前の話なんだけど」
――それでも前に進むのは立ち止まってもきっと最後は何も残らない。それがわかっているからだ。
使用楽曲コード:754-4817-3