「……」
アタシが話を終えた後、ビビバスの皆は無言のまま、顔を見合わせる。突拍子のない話なので困惑するのは当たり前だ。アタシもいっちゃんもジッと待つことにする。
「……冬弥、天馬と小さい頃からの付き合いなんだろ」
「……ああ、そうだな」
沈黙を破ったのはミネラルウォーターの入ったペットボトルを持ちながら話を聞いていたあきとくんだった。鋭い視線をとーやくんに向けるとそれを受けたとーやくんも素直に頷く。
「なら、今の話をどう思った?」
「……すまない。正直、咲希さんが病気だった記憶はない」
思考をまとめる時間が欲しかったのだろう、数秒ほど黙ったとーやくんだったが申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう答える。しずく先輩も同じような反応だったのでアタシは『気にしないで』と微笑んで首を横に振った。
「しかし、今思えば司先輩の家に遊びに行った時、咲希さんがいないことが多かったような気がする。あれが病気で入院していたからだと言われれば納得できる」
『なにより』と彼はアタシの方を見て僅かに口元を緩める。あまり表情の変わらないとーやくんだが、頻度は多くなかったが幼い頃から一緒に遊んでいたアタシはすぐにその変化に気が付いた。
「咲希さんは冗談でこんな嘘を言う人ではない。信じるにはそれだけで十分だ」
「とーやくん……」
「冬弥が信じるなら私も信じるよ。てか、あんな必死な顔で話されたら信じるしかないよね」
「咲希ちゃん、大変だったんだね……」
とーやくんに続いてあんちゃんもこはねちゃんもアタシを気遣うように笑いかけてくれる。そして、3人の視線があきとくんへと向けられた。
「……はぁ。わかったよ、とりあえず天馬の話が本当のことだと思って話を進める」
「もー、素直じゃないんだからー」
「うっせ。それで? その話をオレたちにしてどうして欲しいんだ?」
「それは……」
あんちゃんに茶々を入れられながらもあきとくんがアタシといっちゃんを見てそう問いかけてきた。正直、彼らにどうして欲しいという具体的な要望はない。八方塞がりで何でもいいからきっかけが欲しいだけなのだ。
「えっと、実は――」
何も答えられなかったアタシを見ていっちゃんが慌てて宵崎さんから貰った『音楽』というヒントでしほちゃんがベースを見つけたことを説明する。そして、アタシたちは何も見つけられなかったことも一緒に話した。
「そっかー、ほんと不思議な現象だね。確かこはねのクラスメイトなんだっけ、そのベースを見つけた子」
「うん、志歩ちゃんって子なんだけどすごくいい子なんだ。でも、この1週間少しだけ上の空だった気が……」
「あ、多分、ベースのことを考えてたんだと思う。意識してないと忘れそうになっちゃうらしくて」
こはねちゃんの言葉にアタシが補足を入れる。それを聞いた彼女は安心したように笑みを浮かべた。様子のおかしかったしほちゃんのことを心配していたのだろう。
「音楽……確かに司先輩は幼い頃にピアノを習っていた。咲希さんも同じように習っていてもおかしくはない」
「ぁ……」
とーやくんの言葉で不意に子供の頃、お兄ちゃんと一緒にピアノを弾いていたことを思い出した。なら、アタシも楽器――例えば、『キーボード』をやっていても不思議ではない。
(それでも……見つけられなかった)
しほちゃんにはあって、アタシにはないもの。
何が良くないのか。
何処が良くないのか。
その答えを教えてくれる人はいない。
「……」
「あきとくん?」
そんな中、あきとくんが腕組みをしてアタシといっちゃんを見ていることに気づいた。その視線は相変わらず厳しいものだが、どこか複雑そうな何かが込められているような気がする。
「……情けねぇ」
「ッ……」
「ちょっと、彰人!」
ぼそりと呟かれたその一言にズキリと胸に痛みが走った。さすがに見過ごせなかったのだろうか、あんちゃんが咄嗟に彼を咎めるがあきとくんはそれを無視してアタシたちに一歩だけ近づく。その僅かな足音でさえ、凍りついた空気には響いてしまう。
「本当のことだろ。メンバーの一人がベースを見つけた。でも、自分たちは見つけられなかった。志歩って奴ほど本気でやってなかったのか。それとも、最初からやっていなかったのか。結局、音楽をしていたかどうか自信がねえって話だ。違うか?」
あきとくんの指摘にアタシたちは黙り込んでしまう。ああ、そうだ。彼の言うとおりだ。アタシは――アタシたちは結局のところ、自信がなかっただけ。
音楽をしていたはずだと自分に言い聞かせていた。
何か原因があって見つけられないだけだと妄想していた。
しほちゃんとの違いを見つけることができればアタシたちも楽器を見つけられると逃げていた。
何かの間違いだと――そんな都合のいい勘違いに自ら縋った。
1週間。それだけ探し続けて見つけられないのならそれまでのこと。もうどうしようもこうしようもないだろう。
そう結論付けるのが怖くて皆に泣きついた。また、無関係な人を巻き込んだ。
(ほんとに、情けないなぁ……)
きっと、しほちゃんがベースを見つけた日、アタシたちは楽器を見つけられなかった。
それからアタシたちは必死に楽器を――『音楽』を探した。それでも手がかりすらなかった。
今すぐ止めてしまえば楽になる。そう、考えることもあった。
でも、それでもアタシたちは1週間もの間、探し続けた。
『明日には見つかる』と期待して。
その結果は――今、あきとくんの瞳に映る、情けない自分が答えである。
「……はぁ」
言葉が出ず、俯いてしまったアタシの耳にあきとくんの深いため息が届く。休憩時間とはいえ、練習の邪魔をされたのだから彼らにとってはいい迷惑だ。ため息を吐きたくなるのもわかる。
「……確か、星乃がオレたちに連絡を取ったのは前に練習を見てもらったからだったよな?」
「東雲くん?」
「正直、その練習のことは思い出せねえ。天馬が言ってた現象が理由ってんならその話も本当のことなんだろ」
いきなり質問されたいっちゃんは咄嗟に頷くことができず、彼の名前を呟く。それをあきとくんは肯定と判断したのか、話を続けた。
「だが、同じ学校のこはねや冬弥の連絡先は司先輩経由で知っていてもおかしくないが、初対面のはずのオレや杏の連絡先まで知っていたのはその練習があったからだ」
「……彰人、何が言いたいんだ?」
「つまり、オレたちは星乃の練習に付き合ったってことだ」
「それは知ってるよ。だから、なんで今更そんな話をするのかってこと」
とーやくんとあんちゃんから質問されたあきとくんだったが、すぐには答えずに乱暴に頭を掻く。そして、意を決したようにアタシたちに視線を戻した。
「……オレたちはとあるイベントを超えるために練習してる。本気だ。本気でそのイベントを超えようとしてる。だから、お遊びで音楽をやってる奴に付き合うほど暇じゃない」
アタシたちの話に対して彼がどんな想いを抱いたのか、それは本人しかわからない。だが、あきとくんは無意識に手に力を込めてしまったようで持っていたペットボトルを握りつぶし、残っていた中身が公園の地面に落ちていく。
「だから、自信を持て。星乃は真剣に『音楽』をしていた。そうじゃなきゃオレたちと練習はしてねえはずだ」
そして、そう言い切ったあきとくんの目に何故か激しく燃える炎が見えたような気がした。
「ほんとに彰人は素直じゃないんだから」
「うっせ」
オレが思ったことを話し終えたタイミングであらかじめセットしておいた休憩時間の終了を告げるアラートが鳴った。天馬たちと話すのは休憩時間の間だけ。その約束通り、2人はオレたちにお礼を言った後、公園を後にした。そんな2人を潰してしまったペットボトルを片付けながらチラ見したが、話す前よりかはいい目をしていたのが印象的だった。
「東雲くん、手は大丈夫?」
「ああ、心配ねえよ」
こはねが心配そうに問いかけてきたが破片が飛び散ったわけでもないため、怪我はない。オレの返事にこはねは安堵のため息を吐いた。
「だが、さすがに『情けない』は言いすぎだ」
「……別にあいつらに言ったわけじゃねえ」
冬弥に咎められたが俺自身、無意識に出てしまった言葉だったし、そもそもあいつらに言ったわけじゃない。
(ほんと、情けねえ)
天馬たちが『音楽』に対して自信を持てずにいるとわかった時、オレはそれに共感してしまった。
オレには才能がない。だから、がむしゃらに努力するしかなかった。
だが、それでも上手くいかないことは多く、後から始めた奴に抜かされることだってあった。
そんな時、考えてしまうのだ。今すぐ止めてしまえば楽になれる、と。
もちろん、そんな気の迷いは一瞬だけでそんなことを考える暇があったら練習しようと家を飛び出していた。
しかし、その一瞬の気の迷いの根底にあるのは『自信』だ。だから、彼女たちが自信を失っているとすぐに気づくことができた。オレにとってそれは慣れ親しんだものだったから。
(わかっちまう時点で終わってんだ。自信を失くす暇さえねえんだよ)
天馬たちと話している最中、そんな考えが過り、手に力が入ってしまったせいでペットボトルを握りつぶしてしまった。この後も練習があるので後で自販機で買ってこなければ。
「あの!」
「ッ……星乃」
その時、帰ったはずの星乃がミネラルウォーターが入った新品のペットボトルを持って戻ってきた。急いできたのか少しだけ息を切らしている。
「一歌ちゃん、どうしたの? 咲希ちゃんは?」
「咲希は志歩たちに連絡してる。東雲くん、これ! 私たちのせいで駄目になっちゃったから……」
そう言いながらオレに持っていたペットボトルを差し出す。あれは俺が勝手に握りつぶしただけだ。ただの水だったとしても受け取るのに少し
「別にお前たちのせいじゃねえ」
「それでも! 私たちはさっきの言葉で……前に進めそうだから! そのお礼にどうぞ!」
星乃は譲る気はないようで真剣な目でオレを見つめる。オレはオレの思ったことを話しただけで感謝されるほどのことではない。
「……さんきゅ」
だが、ここで受け取らなければテコでも動かなさそうなのでお礼を言いながら受け取る。まぁ、自販機に買いに行かなくて済むならそれに越したことはない。
「……え?」
しかし、ペットボトルを渡したはずの星乃がそんな声を漏らしながら驚いた様子でオレを見た。彼女の異変に首を傾げてしまう。
「何かあったか?」
「え、あ、ううん! それじゃ、今日は本当にありがとうございました!」
俺たちが練習を再開しようとしているのを知っているためか、オレの質問に答えずに星乃は公園を去ってしまう。最後の反応は気になったが、練習時間も無限ではないので貰ったペットボトルを荷物の傍に置き、気合を入れるために大きく息を吸った。
「よし、練習再開だ!」
オレの号令に頷く仲間たち。そして、すぐに歌い始める。
オレたちは伝説のイベント――『RAD WEEKEND』を超えるため、今日も練習に励む。
使用楽曲コード:744-3194-3