「……」
曲が終わってしばらく経った頃、アタシたちは楽器を部屋の隅へ移動させ、広くなったスタジオの床に座り込み、ただ茫然とするしかなかった。
疲労しているから? 楽器が弾けるとわかって嬉しかったから?
もちろん、曲を弾いている間、皆との繋がりを感じることができて心が躍った。こんな時間が永遠に続けばいいと願いもした。
しかし、問題はそこからだった。
「……何も、起こらないね」
このまま黙っていても埒が明かないとアタシはそう呟く。いっちゃんたちも同じことを思っていたのか、小さく頷いた。
確信があったわけではない。この現象の謎を解明すれば何かが起こると言われたわけでもない。
だが、これまでのこともあり、せっかく『バンド』というアタシたちの繋がりを突き止めたのだ。わかりやすい変化があって欲しかったと願ってしまうのは仕方ないだろう。
「何か、足りなかった?」
「どう、なんだろう……確かに上手くはなかったけど、ちゃんと曲として成立してたと思う」
「うん……もしかしてわたしがリズムキープ、上手くできなかったから?」
「それなら私だってミスは多かった。普段間違えないようなところも……」
「私も……声が掠れて歌えなかった部分あったし……」
演奏が終わった直後は皆、楽しそうに笑っていたのにすっかりその熱も冷めてしまった。話し合う3人の表情は沈んでおり、自分のミスを責め始めている。このままでは――。
「――っ! そうだ、バンド名!」
「え?」
「バンド名だよ! アタシたちのバンド名!」
必死に考えて思いついたのはバンドにとって重要な名前。アタシたち4人を表す共通の
「なるほど、バンド名……思い、出せる?」
「……」
最初は納得しかけたしほちゃんだったが、アタシたちに視線を向けながら問いかける。それに答えられる人はいなかった。そもそも、言葉にしただけで思い出せるのなら苦労はしていないのだから。
だが、そんなことでへこたれるアタシではない。弾かれるように立ち上がったアタシを皆はギョッとした様子で見上げた。
「思い出せないのなら、また考えようよ!」
「……でも、それが私たちの元のバンド名と同じになる保障なんて――」
「――あるよ!」
少しだけ参ってしまっていたのか、弱気になっているいっちゃんにアタシは断言する。拳を握りしめ、安心させるために笑顔で皆を見渡す。
――ああ、そうだ! それでこそ、我が妹!
不意にお兄ちゃんの声が脳内で反響する。うん、そうだよね。大丈夫。皆を笑顔にするスーパースターをアタシはずっと間近で見てきたのだから。アタシだってスーパースターの妹なのだから負けていられない!
「元のバンド名だってアタシたちが考えたものだよ! なら、アタシたち4人で考えたら同じものになる! だって、アタシたちは独りじゃないんだから!」
まさかここまではっきりと言い切るとは思わなかったのだろう。皆はポカンとした様子でアタシを見つめる。きっと、今のアタシはお兄ちゃんと同じような表情を浮かべているだろう。
「……ふふ、そうだね。わたしたちなら、できるよね」
「うん、そうだよ。私たちなら」
「できなきゃおかしいよね」
少しの間、静まり返ったスタジオにほなちゃんの柔らかい笑い声が響く。それを見たいっちゃんとしほちゃんも頷き合った。
「よーし! じゃあ、アタシたちのバンド名を考えよー!」
「……咲希、なんで私の方、見てるの?」
「え? なんとなく、いっちゃんこういうの得意かなーって」
「いや、そんなことないけど……でも、私たちにあった名前にしたいよね」
「それなら……星の名前とかは? 昔見た、しし座流星群とかさ」
いっちゃんの言葉にしほちゃんがそう提案した。小さい頃、夜の公園に流星群を見に行ったことがある。アタシだけでなく、いっちゃんとほなちゃんも思い出したようでうんうんと頷いていた。
「でも、そのまま『しし座流星群です!』って名乗るわけもないし……あ、英語とか?」
「ちょっと調べてみるね。えっと……英語なら『Leonids』。フランス語なら『Les Léonides』だって」
「へぇ、
「ニードって入ってるのいいね! みーんなが必要って感じがして!」
ああ、そうだ。知っている。細部は違うけれど、このやり取り。アタシは覚えている。
「じゃあ、綴りは……こう? あっ……」
そう言っていっちゃんが鞄からルーズリーフを取り出し、さらさらと文字を刻み込んでいく。そして、書き終えた瞬間、何かに気づいたように体を硬直させた。気になったアタシたちもそれを覗き込む。
「『Leoneed』……」
ボソリとほなちゃんが呟き、アタシたちは顔を見合わせる。数秒ほど見つめ合った後、アタシはおそるおそるいっちゃんからペンを借りてその文字列に勢いよく斜めの線を引いた。
――『Leo/need』
「……流れ星、なんだっけ」
「ずっと流れ星が見れるなんて素敵だね」
「……うん、そうだね」
ルーズリーフに書かれたアタシたちのバンド名。きっと、アタシたち全員、これが本当のバンド名だと確信しているだろう。それほど聞き覚えがあり、しっくり来たのだ。
「……」
そして、また皆は無言になって周囲を警戒する。しかし、数分経っても何も起こらず、一斉に息を吐いた。
「駄目かー! バンド名はいい案だったと思ったんだけどー!」
緊張の糸が切れてしまい、アタシは行儀悪く寝転がって叫ぶ。ほなちゃんに『服が汚れちゃうよ』とすぐに体を起こされ、背中に付いた埃をポンポンと落としてくれた。
「もっと思い出すことがあるのかな?」
「さっきの曲とか? 自然と弾けたけど結局、何の曲か思い出せてないし」
そんなアタシたちのやり取りに目もくれず、考え込むいっちゃんとしほちゃん。そういえば、さっき演奏した曲は未だに思い出せていない。次にアプローチをかけるとしたらそこだろうか。
「曲……」
「いっちゃん?」
だが、その話題が出た途端、いっちゃんが少しだけ苦しそうな表情を浮かべた。あんなに楽しそうに演奏していたのにいきなり顔を曇らせたのでアタシたちは顔を見合わせてしまう。
「あ、ごめん。別に何でもないんだ……何でもないんだけど……」
アタシたちに注目されていることに気づいたいっちゃんは苦笑を浮かべたものの、すぐに同じような顔に戻ってしまった。やはり、何かあったとしか考えられない。
「いっちゃん、お願い。今はどんなことでもいいからきっかけが欲しいの!」
「……本当に些細なことなんだけど」
アタシの言葉を聞いて今の状況を思い出したのか、いっちゃんは話そうとする。しかし、上手く言語化できないようでもごもごと言い淀み、それでも何とか続きを話し始めた。
「咲希と一緒にビビバスの皆に話を聞いた時、東雲くんがペットボトルを握り潰しちゃったでしょ?」
「あー、あったね。思わず力が入っちゃったんだっけ?」
「うん、その後、お詫びに代わりの飲み物を渡した時、『さんきゅ』ってお礼を言われたんだ」
「……それだけ?」
いっちゃんの話は正直、世間話のようなもので要領を得ない。特にその場にいなかったほなちゃんとしほちゃんはすっかり困り顔だった。
「あ、いや……うーん、それを聞いた時、何か……頭の中のもう一人の私が叫んだような気がしたんだ」
「『さんきゅ』ってお礼を言われただけで?」
確かにあきとくんは少しぶっきらぼうな話し方をする男の子なので『さんきゅ』と言うのは想像できる。だが、いっちゃんからその単語を聞いてもアタシは特に何も感じなかった。
「うん……その感覚があの曲を演奏し終えた後にも襲ってきて……」
「でも、ただのお礼の言葉だよね? さっきの曲とどんな関係が?」
しほちゃんの質問にいっちゃんは黙って首を横に振る。いっちゃん自身、よくわかっていないのだろう。しかし、ヒントらしいヒントはないのでもう少し考えた方がいい。そう判断したのはアタシだけじゃなかったようでほなちゃんとしほちゃんも難しい顔をしながらもいっちゃんのルーズリーフに色々と書き始めた。
「お礼の言葉に反応したとか?」
「感謝の気持ちに反応したのかな? いっちゃん、ありがとー!」
「ちょ、ちょっと咲希、急に抱き着いたら危ないよ」
「それだと他の言葉でも反応するはずじゃない? でも、今まで何もなかったんでしょ?」
「うん、特には」
あーでもないこーでもないと話し合いを続け、気づけばスタジオを出る時間が迫っていた。今日はこれぐらいで終わらせようか。そう誰が言い出してもおかしくなかった。だが、誰も言い出さなかったのはこの流れを断ち切ればもう二度と現象の謎に気づけないのでは、と考えていたからかもしれない。
「もー、わかんないよー。あ、蟻が十匹でありがとーとか!」
「もはやなぞなぞなんだけど」
「じゃあ、3と9でサンキュー!」
「咲希ちゃん……」
正直、考えすぎて頭のキャパシティーが限界だったアタシはとにかく思いついたことを口に出すようになっており、その度にしほちゃんとほなちゃんにツッコミを入れられていた。
「ッ!? 3と9で……サンキュー……」
しかし、その時は不意に訪れる。冗談交じりで言った言葉にいっちゃんが強く反応したのだ。目を見開いた彼女は落書きだらけのルーズリーフをひっくり返し、ガリガリと何かを書き始める。
「さん、きゅー……さん? きゅー? く? く、か。じゃあ、三が違う?」
「い、いっちゃん?」
「ワン、ツー、スリー……ひー、ふー、みー……みー? みとく?
「ミ、ク?」
――ようこそ、■■■へ。
その名前を聞いた瞬間、脳裏を過ったのは綺麗な緑色。風になびく二本の尻尾。星が煌めく夜空が覗く教室の中でこちらに手を差し伸べ、優しく微笑む女の子。
「ぁ、あ、あああああああああああああ!!」
「さ、咲希ちゃん!? どうしたの!?」
「思い出した! ミクちゃん!
勢いよく立ち上がったアタシに驚いたのか、悲鳴を上げるほなちゃんだったが謝っている余裕すらなく、スマホを操作して『初音ミク』と検索する。それからどんどん思いつく単語を入力していくが、そのどれもが
「やっぱり、いない! ミクちゃんも、ルカさんも、メイコさんも、リンちゃんも、カイトさんも、レンくんも!」
そう、この世界にミクちゃんたち――バーチャルシンガーが存在していなかった。
きっと、アタシたちがさっき演奏した曲はミクちゃんの曲だったのだろう。だから、あんなにミクちゃんのことが好きだったいっちゃんが反応した。
存在しないので好きになりようがないはずなのに。
存在していないものを思い出すことなど不可能なはずなのに。
ミクちゃんが誰よりも大好きだった『星乃 一歌』だったからこそ、いっちゃんはその微かな引っ掛かりに気づくことができたのだ。
「ミク……そうだ、多分、私、それに反応したんだ。でも、なんで……」
いっちゃんはまだ『初音ミク』を完全に思い出せているわけではない。時間が経てば記憶が薄れていってまた忘れてしまうだろう。
だから、これがラストチャンス。この現象の謎に辿り着く最初で最後のチャンスであり、やっと全てを思い出すことができたアタシにしかできないこと!
(でも、なんでミクちゃんがいないんだろ? これもアタシたちがすれ違わないために必要なこと?)
確かにアタシたちがバンドを始めたきっかけはいっちゃんがミクちゃんの歌を演奏したいと言ったからだ。でも、それだけでミクちゃんだけでなく、他のバーチャルシンガーの存在を隠す必要があっただろうか。
もしかして、ミクちゃんたちがいないのはまた別のやむを得ない事情がある?
ずっと、不思議だったのだ。どうして、アタシは突然、迷い込んだようにここに来たのか。パラレルワールドに迷い込んでしまうなど、物語に出てくるような大事件だ。そんな夢みたいな出来事、現実的ではない。
でも、たった一つだけ。
「もしかして、ここって……
そう、誰にともなく呟いた瞬間、セカイが『ご名答』と言わんばかりに弾け飛んだ。
使用楽曲コード:N00914070