空高くまで続く螺旋階段。ひらすら登り続けてどれほど時間が経っただろう。たまに下を見てもすでにミクちゃんの姿は見えず、あれだけ浮いていた額縁すらない。
「はぁ……はぁ……」
高いところまで来たからか、周囲の気温が低く、吐き出す息が
でも、それに逆らうようにアタシの体温が上がっていく。いいや、違う。昇るにつれ――頂上へ近づくにつれてアタシになっていく。
あんなに軽かった足は鉛のように重い。
どんなに動いても息切れしなかった呼吸は一段昇るごとに乱れ、苦しくなっていく。
そうだ、アタシはあのセカイで健康だった。だから、ここまで登ることができた。もし、病弱な体のままなら途中で休憩していたに違いない。
(ホントに……生き辛いなぁ)
少し体を動かせばすぐに息を切らす。
思うように動いてくれないし、風邪を引けば他の人よりも長引く。
ちょっと無茶をするだけで体は悲鳴を上げ、倒れてしまう。
そんな姿を見て皆が心配そうに見てくる。
それが嫌で、アタシは――。
(うん、そうだった……だから、思い出さないようにしてた)
悲しませたくないから。心配をかけさせたくないから。あの頃の自分を思い出したくないから。
だから、アタシは復学してからあの頃の記憶に蓋をして、見て見ぬふりをして、忘れたように振る舞って、何もなかったと言い聞かせた。
でも、あの頃の記憶が、想いが、苦しみが、悔しさが、悲しみが、冷たさが、温かさが必要になった。
だから、
確かにあの頃の記憶は苦いものばかりだ。思い出すのも苦しくて、もう二度とあんな思いはしたくない。
それでも、あの頃のアタシがいなければ今のアタシはいないのも事実なのだ。
寂しい思いをしたから皆と会いたいと強く願った。
苦しい思いをしたから何度だって立ち上がれる強さを持てた。
悲しい思いをしたから初めての曲を作った時、大切な想いを込められた。
これも全部、アタシが病気になっていなければできなかったこと。病気になって皆と離れ離れになってしまったアタシだからできたこと。
それをないがしろにしていいはずがなかった。それでもアタシはそれに気づかず、安易に捨ててしまった。
その結果、
でも、もう大丈夫。大切なモノは全部拾ったから。
だから、安心してね、
「よーし!」
ダン、と力強く階段を踏みしめ、一気に駆け上がる。
疲れはある。息も切れている。足も棒のようだ。
それでも、アタシは笑っていた。
あの頃のアタシがいなければ辿り着けなかった場所。
あの頃のアタシが諦めなかったから辿り着いた場所。
あの頃のアタシが頑張ったから手に入れた場所。
だから、アタシは全部持っていく。
過去のアタシも、今のアタシも、未来のアタシも。
苦しい思い出も、悲しい気持ちも、辛い経験も、冷たい
その全てをひっくるめて、『
いらないものなんてない。その全部が宝物で、大切に胸の中へしまっておく。
「ぁ……」
夢中になって昇っていると唐突に頂上が見えた。見えた、というよりも階段の先が光に包まれていた。あそこまで行けば元の世界に戻ることができるのだろう。
「……」
ゴールまでもう少し。あと数分とかからずにあそこへ到達する。
でも、その前に一つだけやり残したことがあった。
その場で周囲を見渡し、セカイを眺める。こんな果てしない場所まで来たのだから特に何かあるわけではない。
ミクちゃんが言っていたようにここに集まる想いはさほど大きいものではないだろう。
アタシたちを観測している人たちが刹那的に思ったこと、感じたこと、願ったこと、縋ったこと、望んだこと。
そんな集まるはずのなかった想いのカケラが奇跡的に集ったことで産まれたセカイ、それが『可能性のセカイ』。
それならアタシが迷い込んだセカイにも誰かの想いがあったはずだ。どんなに刹那的な想いだったとしても、誰かが零した想いがそこにはあったはずなのだ。
「……すぅ、はぁ……」
深呼吸。あれだけ乱れていた呼吸も落ち着くほどアタシはセカイを見つめていたらしい。
『可能性のセカイ』。ミクちゃんはアタシがもう一度、あのセカイに戻らないように色々と手を尽くしてくれた。
迷い込んだセカイがどんなものだったのか、アタシは覚えていない。でも、わかることがある。
皆がいて、困っているアタシを助けてくれて、背中を押してくれて、ミクちゃんが戻ってしまうのではと危惧してしまうほどの幸せな夢。
きっと、あのセカイに込められた想いはそんな純粋な『天馬咲希の幸せを願う』もの。そうでなければあんなに優しいセカイは産まれないはずだ。
だから、アタシは――。
「ありがとー!!」
――その誰かに届くように、とセカイに向かって感謝の気持ちを叫んだ。
その想いがどんなに刹那的な想いであれ、そう願ってくれた。そう思うだけで胸の奥が温かくなる。
だから、頑張ろう。皆のためにも、アタシたちを見持ってくれている誰かのためにも。
そして、アタシは再び螺旋階段を昇る。今度は駆け上がらず、ゆっくりと。
少しづつ光が強くなっていく。きっと、もうこのセカイには来ることはないだろう。ここであったことも覚えていないかもしれない。それでも、アタシは絶対に――。
「……っ」
不意に目を覚ます。カチコチと時計の秒針が進む音が響く部屋で呆然としたまま、天井に散らばる星を眺める。そのまま体を起こし、キョロキョロと周囲を見渡すと自然と時計が目に入った。
「あれ、もうこんな時間?」
昨日から作曲をしていたがほぼ徹夜で作業を続けていたので少しだけ仮眠しようと思ってベッドに横になったところまでは覚えている。しかし、予定では30分だけ寝るはずが時計の針はすでに3時間も進んでいた。
(でも、ホントに3時間?)
「……大丈夫、落ち着かなくちゃ」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。確かに寝過ごしたことには驚いたが心は落ち着いている。
(焦ったって、いいことないよね)
ベッドから降りて、机のスタンドを点けた。ペンを握り、目を閉じる。そして、ゆっくりと息を吸う。
(まだ時間はあるから丁寧に音を探って――)
――大丈夫、落ち着いて。
誰かの声が聞こえたような気がした。それを認識する前にふと一つの音が頭に浮かぶ。寝起きだけど、すでに頭の中で思考回路が巡り始めている。
「うん、大丈夫……進めよう」
誰かに聞こえるようにそう呟いて目を開けた。すでに体は限界を迎えている。もしかしたら、曲ができる前に無理が祟って倒れてしまうかもしれない。
それでも、アタシは止めるつもりはなかった。
――頑張って、咲希。
誰かに応援されているような気がしたから。アタシはゆっくりと、それでも一歩ずつ確実に先に進んだ。
「うーん、あと一歩なんだけどな」
それなりの時間が経ち、作業も進んだことで曲もある程度の形にはなった。しかし、そこで手が止まる。
もう少し。あとちょっと。それでも、何かが足りない。もうちょっとですごく良くなるような気がするのに、どうしてもそこまで届かない。
「あっ……」
その時、視界がぐるりと回転する。眩暈。そう認識したのはそんな感覚が消えた後だった。
さすがに無茶をしすぎている。それは自覚しているし、しほちゃんにも釘を刺されたことだ。
本当は休んだ方がいいに決まっている。期限があるわけでもないし、ここで無理をして倒れた方が作業は遅れる。
それはわかっている。わかっているのだが――。
(――今仕上げないと……今じゃないと、音にできない気がする)
そう思う理由はわからない。しかし、少し作業をしているだけで心の中にあった何かがサラサラと風に飛ばされる砂山のように少しずつ風化しているような気がするのだ。
「あれ、こんな時間にメッセ?」
その時、不意にスマホが揺れた。見てみるとしほちゃんといっちゃんからほぼ同時にメッセが届いていた。
(ふふ、同じタイミングで送ってくるなんて、すごい偶然! 運命感じちゃうな~)
自然と零れる笑み。しかし、それと同時に襲うのは喪失感。
――咲希。
――咲希ちゃん。
――咲希。
ほなちゃんは夜食にとびきり美味しいフルーツサンドを作ってくれた。
しほちゃんはいつでも相談に乗れるようにこんな時間まで起きて待ってくれていた。
いっちゃんは気分転換に、と星を眺めるように勧めてくれた。
うん、皆いる。それは間違いない。
でも、アタシは何かを失ってしまった。この胸の中を燻る熱と引き換えに、何かを捨てた。
(昔から、こんな風に言うことを聞いてくれない体のことがすっごく嫌いだった)
だけど、皆が『ひとりじゃないよ』って励ましてくれた。
『きっと楽しいことが待ってるよ』って教えてくれた。
だから、アタシは全部嫌になっても、憧れ続けた。
キラキラした、毎日に。
これが、『
それを、思い出せてくれた人が、人たちがいたような気がする。
おそらく、これ以上のことは思い出せない。自分のことすら苦しいからと、心配をかけたくないからと捨ててしまったアタシに思い出す
だからこそ、それを精一杯届けよう。
『ひとりじゃないよ』、『きっと楽しいことが待ってるよ』と抗い続けたアタシがいたことを思い出させてくれた誰かのためにも。
(寂しさに寄り添うんだ)
「うん、大丈夫」
もっと、もっと――この曲は良く、できる。もっと、良くしてみせる。
「アタシはまだ――できる!!」
第7話 この想い、出しきるまで
これにて『神様の二次創作』完結です。
あまり長くないのに1年以上投稿が続いてしまい、申しわけありませんでした。
世界観の説明など、あとがきとか必要いりますか?
もし、必要なら感想などで言っていただければどこかのタイミングで投稿します。
一先ず、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました!
使用楽曲コード:740-4518-1