「まったくわからん!」
「うん、だよね」
ドドン、という擬音語が聞こえてきそうなほど堂々とお兄ちゃんが叫んだ。あまりにもはっきりと断言されたおかげなのだろうか、自分でも驚くほどすんなりとそれを受け入れることができた。
あれからなんとか泣き止んだアタシはお兄ちゃんに事情を説明したのだが、当事者であるアタシですらよくわかっていないのだ。家族だとしてもこの違和感を理解できるとは思えなかった。それに気づいてしまったアタシはそっと目を閉じる。
「やっぱり、アタシの勘違いなのかな」
「いや、そうとも思わん。一度や二度ならまだしも何度も違和感を覚えている。それも自分自身に関わることで、だ。そんなことはそう何度も起こらない、と思う!」
その言葉に目を開けると話している途中でベッドに座るように言ったのでお兄ちゃんはアタシの隣で腕を組みながら自分を肯定するようにうんうんと頷いていた。その度に僅かにベッドが弾んで子供の頃、フェニックスワンダーランドで遊んだ『ふわふわ☆トランポリンドーム』を思い出してちょっとだけ楽しい。
「つまり!」
「つまり?」
「わからんということだ! 皆目見当もつかない!」
ドドン、と再び叫んだお兄ちゃんを見上げる。その姿に一切の迷いがなく、本当にわからないのだろう。そんな彼を見て思わずクスクスと笑い声を漏らしてしまった。
「……もー、お兄ちゃんってば。それじゃ何も解決してないよ!」
「むぅ……あれだけ任せろと言っておきながらこの体たらく。兄として情けない……」
「そんなことないよ」
「咲希?」
肩を落として落ち込むお兄ちゃんを見てアタシは勢いよく立ち上がった。そんなアタシをお兄ちゃんは不思議そうに見上げている。多分、気づいていないのだろう。だから、アタシが教えてあげるのだ。どんなにお兄ちゃんがすごいことをしているのか、と。
「お兄ちゃんのおかげでアタシ、笑顔になれたよ! あんなに落ち込んでたのに……まだ何も解決してないのにすっごく元気になれた!」
お兄ちゃんはいつだって当たり前のようにアタシを笑顔にしてくれた。きっと、彼にとってそれはごく自然なことでやって当然のことだと思っているのだろう。
でも、それがどんなにすごいことか、お兄ちゃんはイマイチ理解していない。
誰かを笑顔にすることの難しさをわかっていない。
誰かの心に何かを届かせるすごさを実感していない。
お兄ちゃんは何事にも全力だ。普通の人だったら少し躊躇ってしまいそうなこともそれで誰かを笑顔にできるのなら無我夢中でやり切ってしまう。
そんなささやかな魔法をいつもお兄ちゃんはアタシにかけてくれた。
不安な時は手を繋いでくれて、泣きそうな時は抱きしめてくれて、独りぼっちの時は一緒にいてくれた。それが『きっと、大丈夫だよ』と言ってくれているみたいで、アタシは笑顔を取り戻すことができた。
それがどんなにすごいことなのか気づいていない。そんなちょっぴり抜けているお兄ちゃんも素敵だ。
「だから、お兄ちゃん! ありがと! アタシ、もうちょっと頑張ってみる!」
「……ふっふっふ、あーっはっはっは! さすが、未来のスター! 話を聞くだけで笑顔にしてしまうとは我ながら己の才能が恐ろしい」
「よっ、未来のスター! かっこいいよ!」
「もっと褒めるがよい、我が妹よ! またなにかあればオレを頼るといい!」
「じゃあ、このあと、アタシはどうしたらいいと思う?」
『わからん』と言われたばかりだが、その場のノリでアドバイスを求めてみた。多分、『知らん』とか言われて終わると思っていたが、意外にもお兄ちゃんはすぐに答えを口にする。
「それは簡単だ! リビングに行け!」
「……え?」
「咲希は独りじゃない。オレ以外にもお前を心配する人たちがいる」
「ッ!?」
あれだけ高笑いしていたお兄ちゃんが優しい表情を浮かべながら扉の向こうに視線を送る。まさか、と思い、慌てて部屋を飛び出してリビングへと向かった。
「ぁ……」
そこにはソファで深刻そうな顔で俯いているいっちゃん、ほなちゃん、しほちゃんがいた。てっきり、お兄ちゃんにはアタシのことをメールで伝えたのだと思っていたが、実際は直接、家に様子を見に来てくれたのだ。
「みんな……」
「ッ……咲希!」
アタシの声が聞こえたのだろう。涙目になっていたいっちゃんが立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。ほなちゃんもしほちゃんも急いでいっちゃんの後を追いかけてきた。
「咲希、ごめん! 私、なにか傷つけるようなこと言っちゃったみたいで……本当にごめん!」
「ち、違うよ! アタシが勝手に逃げちゃっただけで! アタシが悪いの!」
アタシの前に立ったいっちゃんが勢いよく頭を下げたので慌てて肩を掴んで顔を上げさせる。その拍子にいっちゃんの目から一粒の涙が零れ落ちてしまう。まさかここまでショックを受けているとは思わず、驚いてしまった。
「私もごめん……無神経なこと言った」
「わたしも……全然気づけなくて。今、思えば教室まで迎えに来てくれた時、顔色悪かったのに……」
「しほちゃん、ほなちゃんまで!?」
予想以上にアタシの行動は皆を傷つけてしまっていたようだ。いっちゃんから今日の様子を聞いていたとしてもこれはあまりに過剰ではないだろうか。
「ご、ごめん……自分でもわからないんだけど、すごく苦しいの」
「いっちゃん?」
「これで
「……また?」
いっちゃんの言葉に首を傾げる。どうして、いっちゃんは『また』という言葉を使ったのだろう。だって、アタシたちは今までずっと一緒だった。小学校から受験して宮女の中等部に入り、そのまま――。
「……」
「さ、咲希!?」
「咲希ちゃん!」
「咲希!」
腰が抜けてしまったのだろうか、立っていられなくなったアタシを皆が支えてくれた。皆の手が温かくてアタシは思わず笑みを浮かべてしまう。
「あ、あはは……」
いっちゃんの零した言葉。それに対する違和感。もしかしたら、これまでにも何かしらのサインを見落としているのかもしれない。
でも、これでわかったことがあった。
まだ、アタシは『
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