「……咲希ちゃん、まずは座ろ?」
安心したせいで立てなくなってしまったアタシにほなちゃんがそう言って微笑んだ。でも、その目の奥には心配の色が見えている。まるで、不安がっている子供を安心させようとするお母さんのようだった。アタシはそんな顔を何度も見たことが――。
「――うん、ありがと」
相変わらず、容赦のない違和感の連続に顔を歪めそうになったが無理やり笑って震える足に力を込める。しかし、体は言うことを聞いてくれなかった。感情がジェットコースターのように起伏が激しく動くせいで予想以上に疲労しているのかもしれない。
「……」
「しほ、ちゃん?」
そんな中、しほちゃんが無言のまま、私の肩を抱くように支えてくれた。そして、ゆっくりとソファの方へと誘導してくれる。
「ふぅ……しほちゃん、ありがと」
「別に……それより事情、説明してくれる?」
「……」
しほちゃんの言葉にアタシは皆を見上げた。
さっきまでの不安そうな表情は消え、真剣な眼差しでこちらを見つめるいっちゃん。
やっぱり心配なのか、泣きそうな顔でアタシの身を案じるほなちゃん。
腕を組みながら鋭い目付きでアタシの言葉を待つしほちゃん。
三者三様の姿にどこか懐かしさを覚える。
アタシたちはいつもこうだった。
アタシが何か言って、しほちゃんがツッコんで、ちょっと喧嘩っぽくなって、それをいっちゃんが止めようとして、それで余計にこんがらがっちゃって、最終的にはほなちゃんが優しくまとめてくれる。
日が沈むまで笑い合った。
星を見に夜を走った。
先なんてどうでもよかった。
きっと、そんなアタシたちだったからこそ、ずっと一緒にいられた。ずっと、一緒に、いられたはずだった。
「……多分、突拍子もない話で、お兄ちゃんもわからないって言ってたけど、聞いてほしいな」
「うん、聞かせて」
いっちゃんがそう言うとほなちゃんとしほちゃんも頷いた。話そうとする直前、皆の後ろにアタシの部屋から出たのだろう。お兄ちゃんがアタシたちを見守るように立っていた。
「……実は――」
それがアタシのことを応援してくれているように思えて自然と口が動く。
それからアタシは皆に今朝から何度も襲ってくる違和感のことを話した。途中、立っている3人を座らせた時以外、ジッと真剣にアタシの話を聞き続けてくれたことが救いだった。
「……それで、その違和感は今も?」
「うん」
しほちゃんの言葉に素直に頷く。それを見たしほちゃんは腕を組んで考え込んでしまった。情報を整理しているのだろう。
「朝、具合悪そうだったのは?」
「なに!? 咲希、それはどういうことだ!?」
「きゃっ!? つ、司さん、いつの間に?」
「ずっといたよ?」
いっちゃんの質問に真っ先に反応したのはお兄ちゃんだった。いきなり後ろで大きな声がしたので驚いたほなちゃんが慌てて振り返る。それがどこかコントのようでクスクス笑いながら教えてあげた。
「えっと、あれは……自分でもよくわかってないんだ。今日一番の違和感だった、のかも?」
いや、あれは『違和感』というよりも『叫び』のようだった。まるで、アタシじゃないアタシが『ここにいるんだよ』と叫んでいるようなイメージ。もしかしたらあれこそ『
「そもそもその違和感ってどんな時に起きるの?」
「えっと、当たり前みたいに思ってたことが当たり前じゃなかった時?」
「……ごめん、どういうこと?」
ずっと考え込んでいたしほちゃんだったが、情報を整理するために問いかけてくる。しかし、アタシなりに言葉にしたつもりだったのが、彼女には上手く伝わらなかったようで頭を抱えてしまった。
「ねぇ、咲希ちゃん。具体的にはどんな違和感があったの?」
「うーん……今日ね、朝、早く家を出たんだけどその理由が『体力が少なくて歩くのが遅い』からって」
「……咲希、体力多いよね?」
「うん」
ほなちゃんが続けて質問してきたので素直に答えたのにいっちゃんとしほちゃんが『何を言っているのだろう』と言わんばかりに否定されてしまった。アタシだって変だと思ったのだが、そう目の前で言われるのは癪である。
「いや、そんなことより! 具合が悪そうだったというのはどういうことだ! さっき、言っていなかったじゃないか!」
「司さん、落ち着いてください!」
皆の思考を遮るように絶叫するお兄ちゃんをいっちゃんが顔を歪めながら宥めた。声が大きすぎて耳がキーンとしているのかもしれない。
「でも、その部分が一番大きい違和感だったっていうのなら重要そう」
「咲希ちゃん、話せそう?」
耳から手を離したしほちゃんの指摘にほなちゃんも頷いてアタシの様子を窺う。アタシが話すのを躊躇っていることに気付いているのだ。そうだ、アタシはなんで迷っているのだろう。せっかく皆が真剣に話を聞いてくれている。今、ここで話さなければこの問題は一生、解決しない。
「……復学」
「え?」
「ほら、アタシといっちゃんのクラスにアイドルの『桐谷 遥』が復学してきたでしょ? 丁度、屋上で朝練してて……はるかちゃんのことを考えてたら胸がギュってしたの」
気持ちが先走ってしまい、キーワードだけを漏らすといっちゃんが首を傾げる。さすがに端折りすぎたと慌てて説明を続けた。
「復学? それがどうしたの?」
「わかんない……わかんないけど、すごく怖いの」
今でもその言葉を発する度、体が冷たくなっていくような感覚を覚える。覚悟していたとはいえ、今すぐにでもここから逃げ出したくてたまらなかった。それぐらい、『復学』という言葉は『
「怖い……でも、咲希はずっと学校に通ってるでしょ」
「そう、だよね。アタシもそう思ってたんだけど……さっき、いっちゃんの言葉で気づいたの。皆は気づいてないかもしれないけど、零れ落ちた何気ない言葉に矛盾があるんだって」
いっちゃんは『また皆がバラバラになっちゃう』と言った。これまで一度もバラバラになったことがないのに『また』と言葉にしたのである。
「もしかしたら皆はアタシみたいに違和感を覚えないのかもしれない。でも、アタシは違うの。違和感を覚える度、自分が『
「……」
アタシの訴えに皆は黙り込んでしまった。重い沈黙が辛くて俯いてしまう。お兄ちゃんは信じてくれた。でも、皆はそうとは限らない。それが怖くて怖くてたまらない。このまま離れていってしまったらどうしよう。
「私は信じるよ」
俯いていたアタシの視界に映ったのは膝の上で震えていたアタシの両手を包むように掴んだいっちゃんの両手。顔を上げると彼女は優しく微笑んでアタシを見つめていた。
「わたしも信じるよ、咲希ちゃん!」
「まぁ、咲希がこんな嘘を吐くとは思えないし……なにより、そんな深刻そうな顔をされたら放っておけるわけないでしょ」
「いっちゃん、ほなちゃん、しほちゃん……」
「ねぇ、咲希。もっと教えて。私たちに何かできるかわからないけど……助けになりたいんだ」
「……うん!」
ああ、本当にアタシは幸せ者だ。こんな胡散臭い話をしても信じてくれるお兄ちゃんや友達がいる。
まだ、何もわかっていないけれど大丈夫。そう、自信を持って思うことができた。
使用楽曲コード:N01069137
私事ではございますが、9月30日の21時にガチャ配信する予定なのでよかったら遊びにきてください。