周回逆行N回目   作:優鶴

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私は死ぬことを諦めた
死にゆく時に


死ぬことに恐れを抱いたことはなかった。誰かに肯定されなければ、生きる意味などないと思っていた。自分で自分を肯定することなど到底できなかったのだ。

 

幼い頃から否定され続けてきた。否定されるのは当たり前の人生だった。否定されることに反抗はすれども、否定されることに疑問を覚えることはなかった。ただ、自己防衛本能の赴くままに反抗しただけ。そもそも自分で自分を肯定することができない人間に自己防衛本能が備わっているなど甚だおかしいことではあるが。

 

ともかくも、他者からの肯定がなければ生きる気力などすぐになくした。死んでも一向に構わなかったのだ。死を恐れる心などとうの昔に捨てていた。生を厭い、それに倦み、己を疎み、それに嫌悪を向け、ただただ死を渇望するだけだった。死を欲することでしか生きる気力を得られなかった。押し込められていたそれが、いよいよ顕著になったのは“彼女”が死んでから。

 

ニワトコの杖。宿命の杖、死の杖。ヴォルデモートはそう言った。己が持ち主ならばどれほど良かったことだろうかと思った。ニワトコの杖は持ち主を死に導くのだから、そして時には苦しめて殺すのだから。永遠に愛する人を死なせた己に罰をくだせるのなら、ニワトコの杖が最上の苦しみをもってして持ち主を殺すのなら、持ち主であったならどれほど良かったことだろう。

 

そう思いながら最後の義務を果たすために、あの憎き男に瓜二つの、そして愛する女の目をした愛憎をひとところに詰め込んだ悪夢のような存在にニワトコの杖の持ち主であったあの魔法使いの言葉を伝えるために、言葉を口に乗せる。

 

賢い男、忠実な下僕。ああ、そんな言葉など欲しているわけではないのに。私が欲しかったのは、私が後にも先にも一つだけ望むとしたらあの(ひと)の生だけだというのに。あなたは、本当に、誰のことも理解していない。あなたが敗北すればルシウスはまた離反するだろうに、あの子供を理解していると言う。それがどれほど皮肉なことかも知らずに。

 

あれほど死を希ったというのに、ヴォルデモート卿から与えられる死に反射で杖を上げたのが自分でも憎らしかった。死をもたらしてくれるのならば素直にそれを甘受すれば良いものを。私が本当に欲したものを、死をもたらすのは肖像画となってなお縛り付けるあの魔法使いではなく、この人外の容貌をした悪と呼ばれる男だというのに何を抵抗する? まだ、醜い自己防衛本能を有しているというのか?

 

死をもたらす蛇に悲鳴を上げるほどの生存本能が自分に残っていることすら驚きだった。まさか、死を恐れるような行為をするなど自分で自分が信じられなかった。笑ってしまいたい気分だった。

 

今、優先すべきは何か。校長契約に持っていかれる魔力のせいで体内に十分な魔力を行き渡らせることもできない。この期に及んで身体は必死でその主を生かそうとしていた。何とも愚かなことだ。

 

今校長契約を切れば、ホグワーツに施された魔法はすべて無効化され、合言葉は機能しなくなる。この世の愛憎をすべてかき集めたかのような存在がホグワーツに舞い戻ったのは契約のおかげで知っていた。今、すぐそこにその存在がいることも。

 

もはや口で伝えることはかなわないだろう。―――ペンシーブの使い方は知っているはずだ。最後に残された手段は記憶だ。あの子供を説得できるだけの材料を朦朧としてきた頭の中で整理する。来い、声の届くところに、来い。

 

その願いが届いたのだろうか、屈んだ子供の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

これを取れ、その言葉は自分の認識よりずっと不明瞭に届いただろうが。記憶さえ渡せば生きている意味は完全に失われる。これでようやくあれほどまでに希った死を得られる。

 

戸惑ったような子供の顔に戸惑いを覚えたのはこちらもだった。父親のように憎しみを詰め込んだかのような表情を向ければいいのにそれすらしない。何故戸惑ったような顔をする。ああ、どちらにも似ていないではないか。

 

記憶の糸が汲みあげられるのを見て、心を満たしたのは安堵だった。それはここ二十年以上、すっかり忘れ去っていた感情。美しい翡翠が揺れていた。

 

あの瞳から向けられた蔑みは絶望をもたらしたのに、揺れるそれに救いを見出すなどおこがましいにもほどがある。どちらにも似ていないというのに、憎き男にそっくりの容貌に愛する女の影を重ねるなど吐き気がする。

 

ああ、だが。死を許されるというのなら、最後の最後に、一つだけ、願っても良いだろうか。きっと、必要以上に記憶を渡したのはそのためだから。

 

―――僕を、見てくれ。

 

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