「ねえ、魔法薬学の小テストは何点? 」
「122点。」
端的に答えたセブルスに隣を歩く少女は深い溜息を吐いた。
「優秀すぎ。君が来てからどの科目でだって一回も一位を取れていないんだから。」
彼女の名前はソフィア・ステアフォールス、イルヴァモーニー魔法魔術学校の同級生である。アメリカの名家のひとつ、ステアフォールス家の本家令嬢というやんごとなき身分だ。寮は異なるが合同授業も多いため関わる機会も多い。放課後に一緒にいることもよくあるので、魔法執行部部長の養息とステアフォールス本家令嬢が付き合っているなんて噂が流れているが、本人たちにそういう気持ちはまったくない。至って健全な付き合いである。彼らが共にいるのは、学問の探究のためなのだから。
一緒に行動するようになったのはセブルスが編入して数日経った後、魔法薬学の小テストで過去最高点数を叩き出してからだった。どうやったらそんな点数をとれるのと(セブルスが来る前の)学年首席たる彼女に詰め寄られ、かわすのも面倒で適当に答えたらそれから合同授業では必ずペアに誘われるようになった。人生n周目の規格外の魔力量と反則技の知識を持っているセブルスがいなければ彼女が首席なのだから、実質首席はソフィアである。それでも努力を怠らず常に高みを目指すその姿勢は尊敬に値することだ。
「で、今週は誰から告白されたの? 」
「ゴールデンウッドの令嬢から。」
「七年生の先輩じゃない。大人気ね。」
「そんなに養父上の息子というのは魅力的なのか? 」
図書室に着き、蔵書を吟味しながら言うセブルスにソフィアは軽く肩をすくめた。
セブルス・シスルウール。マクーザのシスルウール魔法執行部部長がホグワーツから養子を迎え、後継として育てることにしたという話は名家の間では瞬く間に広まった。彼は奇しくもソフィアと同級生で、編入という形で入ってきたセブルスは全科目の小テストで一位を総なめにしたのだ。今までソフィアが独占していた一位の座があまりにも軽々と奪われ、一番自信のあった魔法薬学でさえ勝てなかったことでようやく負けを認めて声をかけたのが、新学期が始まって数日後。付き合ってみれば(もちろん恋人ではなく友人としてである)、彼はなかなかに接しやすかった。ソフィアにとって話の合う同年代の友人というのは貴重だったし、彼と過ごす時間は有意義だ。セブルスが選ぶ本もいちいち的確で尊敬に値する。
しかし、セブルス・シスルウールという魔法使いは、いかんせん色恋沙汰に壊滅的に疎いのだ。というか鈍いのだ。鉤鼻気味ではあるものの清潔に整った容姿(夏季休暇中の養父による徹底した生活習慣指導の結果セブルスが割と潔癖症になった為である)、トップを突っ走る成績。背も高いし切れ長の黒曜の瞳は知的探究心に溢れている。魔法執行部部長の養子という立場を抜きにしても、女子を虜にする要素が彼には揃っていた。そしてセブルスは色恋沙汰がよくわかっていないくせに告白を断る時はやたらと丁寧な言い方をするものだから(彼の養父たるクリストファーが告白された時の手引きとやらを渡したせいであるがそんなことはソフィアくらいしか知らないだろう)、誰にも靡かない王子様として人気を博するようになるのに時間はかからない。ただし、本人には、自覚がない。
「……セヴィがモテるのってシスルウール閣下の養子っていう要素だけじゃないって自覚ある? 」
セヴィ。ソフィアがセブルスを呼ぶ愛称だった。セブルスっていうのいちいち長ったらしいし、ということでいつの間にか定着している。長ったらしいといったって彼のファミリーネームであるシスルウールに比べたらそれほどでもない。まあ要は、セブルスが拒むのも面倒で流されただけなのだが。
「ソフィーは容姿端麗頭脳明晰の上に名家の令嬢と三拍子そろっているが、私はそうでもないだろう。」
セブルスだってソフィアのことをソフィーと呼んだりしている。それがまたセブルス・シスルウールとソフィア・ステアフォールス恋仲説を助長させているのだが、当の本人たちは片方は気づかず片方は放置している。まったくもって手に負えない。
「……あっきれた。本当に自覚ないのね。」
肩をすくめ、ソフィアはセブルスが吟味しているあたりから一つの本を引き抜いた。魔法薬学の本である。
「……僕が読もうとしていたんだが。」
「別に良いでしょ。」
本を覗きこみ、それに伸ばされる手をパシッと払いのけ、ソフィアはつれなくそっぽを向いた。ちなみに、ソフィアが本を口の近くに持って来ていたため傍から見ると彼女にキスしようとしてつれなく払いのけられたようにしか見えない。当人たちの間に色っぽい雰囲気など欠片もないのだが、いかんせんソフィアは清楚な美人だしセブルスだって落ち着いた雰囲気がかっこいいとか噂されている。本棚の隙間から誰かがこのやり取りを見ていて、セブルスとソフィア恋仲説がさらに説得力を持って触れ回られるのはすぐのことである。しかし何度でも訂正しておこう。本人たちに、そういった気持ちは皆無なのだ。
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「で、本当に付き合ってないのか? 」
「付き合ってない。」
セブルスはむっと眉を寄せた。何だかんだ、アメリカ魔法界での生活は勉強と運動だけしていればいいから割と気楽で気が抜けることも多く、ホグワーツにいる時よりも表情筋が働いている気がする。残念ながらマローダーズに絡まれまくった学生時代と激務な教授時代と比べるのが間違っていると突っ込む人は誰もいなかった。
「本当に? 」
「断じて。僕とソフィーの間にそういう気持ちはない。」
「愛称で呼んでるくせしてよく言う。」
たびたび揶揄してくるのはエドウィン・モナハン、セブルスの同室の友人だ。ソフィアは寮が違うし、割と一緒にいるがいつもというわけではない。別にセブルスは誰かとつるんでいなければいけないような性格でもないのだが、一晩寝たらすべて忘れるようなさっぱりとした―――よくいえば単純なエドウィンは付き合いやすかった。突っ込んでほしくないところは突っ込んでこないし、適度な距離感は心地よい。少なくとも彼が同室で良かったと思うくらいには、セブルスはエドウィン・モナハンという男を好ましいと思っている。もちろん、友人として。
「だいたいどこをどうしたら僕とソフィーが付き合っているということになる? 」
「今日下級生に聞いた噂を教えてやろう。“シスルウール先輩とステアフォールス先輩がキスしてました! ”」
「……はあ? 」
セブルスは思わず問い返した。わけがわからない。一体どこでキスをしたというのだ。
「その反応見るに何かの誤解らしいな。」
「噂というのは尾びれ背びれ胸びれがつくものだ。」
「胸びれは余計だろ。」
「もののたとえだ。いちいち突っ込むな。」
「はいはい学年首席様。」
軽いやり取りがかわされ、セブルスの眉間に刻まれた皺は消えないものの時計はもう9時を指している。
「消灯するぞ。」
「お前その9時就寝ってほんと一体何なの? 」
「守らないと養父上に怒られる。」
「ファザコン。」
「黙れ。」
このやり取り、セブルスとエドウィンは毎夜毎夜している。よく飽きないものである。ファザコンと言われてもクリストファーを養父上と呼んでそれなりに慕っている時点でセブルスに反論の余地はなく、結局最終的にはシレンシオをかけてエドウィンが無言でフィニート・インカーターテムを唱えるという無駄な応酬が続くことになる。シレンシオの上位互換呪文編み出すか、とセブルスが術式を書いて考え出すのはいつになることだろうか。