「はい、魔法薬学研究会からの審査結果よ。素晴らしい論文だったって。」
シスルウール・マナーのリビングで審査結果を投げ渡してきたソフィアに軽く頷き、セブルスは紙の束に目を通した。
ソフィアがシスルウール・マナーを生活の拠点としてから数年が経っていた。彼女は非常に優秀で、魔法薬学の共同研究をするうちにいっそのこと同居した方が早いのではないかという話になったのだ。お互い仕事も忙しく、わざわざ会う手間が省けるということで同居はすぐに決まった。ちなみにこのふたりの間にはやましい気持ちはまったくない。同棲ではなく、ただの同居である。クリストファーは邸がにぎやかになるのはいいことだ、と言って何も文句を言わない。
セブルスが予言を伝えていないからイギリス魔法界が今どうなっているのかはわからない。わからないが、セブルスはできる限りイギリス魔法界の情報をシャットアウトしていた。養父にイギリス魔法界が落ち着いたら教えてくれとは言ってあるが。つくづく養父には甘えてしまうようになった。
「パパ、またすごい論文書いたの? 」
「ええ、そうよフェリス。」
フェリシア・エイブリー、愛称フェリス。彼女が、あの日、セブルスが引き取った少女だった。もう6歳になる彼女は物心ついた時には既にセブルスに引き取られた後で、セブルスをパパと呼んで慕っている。パパと呼ばれることに対してエイブリーに対する罪悪感が胸をよぎったが、おじさんと呼ばせようとすれば大泣きするのでパパ呼びを訂正できずにいる。
「ママも一緒に? 」
そう、そしてフェリシアは数年前から同居を始めたソフィアをママと呼び始めた。この前シスルウール・マナーに遊びに来たエドウィンにはパパとママと呼ばれておいて未だに恋人説を否定する気か、と呆れた顔で言われたものだ。
「パパとおじいちゃんが、ね。」
おじいちゃんと呼ばれているのはクリストファーだ。フェリシアがセブルスをパパと呼ぶのは、彼女を引き取った時にクリストファーが孫娘ができたと喜びおじいちゃんと呼ばせたせいでもあるのかもしれない。
「パパもおじいちゃんもすごいね。フェリスも大きくなったらパパやママやおじいちゃんみたいにすごい人になれる? 」
「ええ、フェリシアが頑張ったらすごい人になれるでしょうね。」
「じゃあ頑張る! 」
頬を綻ばせたフェリシアは、勉強してくる、と言ってリビングを飛び出していった。
「元気なことだな。」
「子どもがいると家が明るくなるわね。可愛いわ、フェリシア。」
ミルクティーを飲みながらソフィアは微笑んだ。
「ねえ、セヴィは結婚する気はないの? 」
「ない。」
「なら私と結婚しちゃいましょうよ。」
「……は? 」
「私も結婚する気はないんだけど、周りが結婚しろ結婚しろうるさくって。一応便宜上の夫がいると便利かなって。嫁ぎ先の孫が欲しいコールとか、ティストルウール閣下に関しては心配しなくても良いだろうし。便宜上の妻がいるとセブルスも便利なんじゃない? 夜会のパートナーとかいちいち考える必要なくて。」
「つまり、お互いに虫除けがわりと、周りからの結婚催促をかわすためだと。」
「そういうこと。まあ本当に一緒になりたい人が出たら素直に離婚するって条件付きだけど。」
「そういうことならば構わない。その方が縁談を断る口実にもなって楽だ。」
「じゃあ決まりね。あ、たぶん私、本当に一緒になりたい人って出てこないと思うわ。13歳の時に亡くなった異母兄が私の初恋で、それが永遠だから。」
「……私も15歳の時に決別した女性が初恋で、それが永遠だ。」
するりと口からそんな言葉が出た。
「私たち、わりと似た者同士なのね。」
「ああ、気が楽だ。」
「私も。恋愛的な意味を含まないパートナーとしては、結構良いかもしれないわね。」
その言葉を肯定するでもなく否定するでもなく、セブルスは開きっぱなしで机の上に放り出してあった本に目を落としたのだった。