セブルス・スネイプは、そうして血と絶望と贖罪にまみれた負の人生を終えた、はずだった。
これは何の悪夢であろうか。セブルスはあたりを見回した。ここは大広間。ホグワーツの大戦で破壊されたはずだが、何かがおかしい。そう思ってすぐに違和感の正体に気づいた。マグル学教授の席に座るのはチャリティ・バーベッジではなくクィリナス・クィレル。セブルスが座るのは校長の席ではなく、そこには己が殺したはずの白髭が踊っている。
教員席にカロー兄妹がいない、それだけでこれほどすっきりとして見えるのかと思った。セブルスは確かにこのホグワーツという学びの場を愛していたし、それを汚すカロー兄妹を良く思えなど無理難題でしかなかった。
「セブルス? 珍しくぼんやりとしていますがどうしたのですか? 」
「……ミネルバ……。」
不思議そうにこちらを見つめるその表情に敵意などというものは微塵もなかった。あの時、彼女には杖を向けられたというのに。それにしても、この大広間はどういうことだろうか。何一つ破壊されていないし、食事をとる生徒たちの顔に絶望の影は見当たらない。ダンブルドアがいるのだし絶望も何もあったことではないが。
テーブルを見ればセルウィンのところの跡取り息子が見つかった。ニンファドーラ・トンクス、ビル・ウィーズリー、チャーリー・ウィーズリー。不死鳥の騎士団に所属し、果敢に戦っていたはずの彼らは制服を着て同級生と語らっている。
これは、地獄か? ここに溢れる笑顔を私が奪ったのだとつきつけてくるのか?
しかしテーブルに手を伸ばせば触れられたし、食べ物もきちんと味がした。夢ではない。おそらく、地獄でもない。地獄であったのなら、偽りの光景なのだとしたらどこかに綻びがあるはずだ。しかしどこにも綻びも欠陥もない。
ならば、逆行、やり直しといった類のもの。過去に戻るもの、それに違いない。
私がいなければ? この座に、ホラス・スラグホーンがいれば? ―――私ひとりいなくなったところで、ダンブルドアは一つ計画に修正を加えるだけで済むだろう。優秀な魔法使いだ。
死喰い人が教師になどならなければ、この高尚な学びの場が崩れ去ることはない。絶望にまみれた生徒の顔を見ずに済む。無謀にも戦い、死にゆく者たちを見ないですむ。高潔なる学びの場は汚されずに済む。
―――結局、人とは安きに走るものなのだ。あの子供が両親には似ていないのだと最後の最後に気づいてしまった今、疑われるように仕向けるために辛くあたり憎悪を向けることは不可能にすら思えた。開心術の教授の時に覗いてしまったのだ、虐待環境は己とよく似通っていた。そのような環境で育ったなど考えもしなかった。己自身虐待児であったというのに、何故似た境遇の者にあれほど憎悪をぶつけられたのか。親と重ねられていたに過ぎない。
そう、人とは安きに走るもの。死を渇望し続け、それを与えられたにも関わらず、もう一度チャンスが与えられたとするのなら。
「セブルス? 杖など取り出してどうしたのですか。」
ミネルバ、フィリウス。おそらくもう二度と会うことはないだろう。善を貫いた、何にも魂を穢されなかったあなたたちとは違って、私は地獄に堕ちるから。そのようなこと、疑いようもない真実だ。
セブルス・スネイプが取るべき道はただひとつ。今ここにはいない同僚を目の前で見殺しにしてしまう未来が待っているくらいなら、死喰い人を招き入れホグワーツを崩す未来が待っているくらいなら、私など最初からいない方が良い。ダンブルドアが、ひとりいなくなったくらいで計画に支障をきたすようなことを画策しているはずがない。
生徒の視線はこちらには向いていないことを確認する。杖先を己へと向ければ、慌てたようにミネルバが立ちあがった。
「セブルス!? 」
「―――アバダ・ケダブラ。」
何の迷いもなかった。死を渇望する心が呪文の強度を強めたのだろう。ミネルバとフィリウスのプロテゴ・マキシマの声が聞こえたが、緑の閃光は確かにセブルス自身を貫いた。かつて教えを乞うた師に、同僚に自殺を止めてもらえるほどに思われていたという事実に不覚にも嬉しいなどと思ってしまったのは、二十年近く勤めたホグワーツ教師という職に愛着を抱いていたからであるのだろう。
緑の閃光に包まれる時、心はいっそ不気味なほどに凪いでいた。