「……トム義兄様、普通に五年生くらいから入れば良いじゃないですか。」
入学の日。新入生の待機室で自分の隣に並ぶトムをセブルスは目を眇めて見やった。分霊箱の見た目年齢を操ってセブルスと同学年で入学しようとするとは一体何を考えているのか。能力の無駄遣いここに極まれりでは。しかしクリストファー仕込みの生活習慣が完璧に身体にしみついているがゆえに至って健康体で可愛らしい少年に成長している彼の行動では、上目遣いにしかならない。つまり、可愛らしいことこの上ない。トムはそっと口を手で覆ってそっぽを向いた。だってセヴァに先輩として色々教えるのだって魅力的だけど、それ以上に七年間一緒にいられる方が魅力的なんだ。ごにょごにょと呟いたトムにセブルスは苦笑した。彼をセブルスが裏切った世界もあるというのに、ここまで可愛がってくれるのだからやはりトムはまだ闇の帝王などではない。矯正の余地が十分にある。
トムは顔を覆う。賢くて大人びた魔法使いの弟って本当に何て素晴らしいんだ。そして可愛いなんてどんな天国だ。セブルスのような子が孤児院にいたら絶対に溺愛していた自信がある。日記から召喚されて以来着実にブラコンに進化している闇の帝王(予定)であった。
「初めまして! あなたたち、もしかしてシスルルウール魔法執行部部長のご子息たち? 」
隣に座っていた真っ直ぐな銀髪を背に流した可愛らしい少女がトムとセブルスの方を見る。おや、とセブルスは眉を上げた。ステアフォールスとシスルウールはSとTで前後で、そういえば卒業式でもソフィアとセブルスは隣同士だったような気もする。前世では利害の一致とはいえ結婚までした仲だ、幼い彼女を見るのは初めてで新鮮さがある。
「ああ、養父上が僕たちを迎えたというのは既に噂になっているのか。そういう君はステアフォールスのご令嬢ではなかったか? 」
「あら、よくわかったわね。私、ソフィア・ステアフォールスよ。ソフィーって呼んでね。」
「よろしく、ソフィー。僕はセブルス・シスルウールだ。セヴィとでも呼んでくれて構わない。」
何せ“セヴィ”の愛称の考案者は前世の彼女である。
「ええ、よろしくねセヴィ! えっと、そちらは……。」
トムを見て首を傾げたソフィアに彼は完璧な笑みを作った。
「トム・マールヴォロ・シスルウールという。セヴァの兄だよ。セヴァは可愛いだろう? 」
遺憾ないブラコンの発揮によって途端に残念なイケメンと化したトムだったが、ソフィアは別に落胆した様子もない。
「兄弟仲が良いのね。トムって呼んでもいいかしら? よろしくね。」
「こちらこそよろしく、ソフィー。」
「ええ。トム、あなた、セヴィを可愛がっているのが一番良いわよ。セヴィを見る時は取り繕った表情じゃなくて自然な表情してるもの。」
勝ち気に笑った彼女にトムは目を瞬かせた。そんな簡単に見抜かれるとは。一瞬だけ無防備になった表情にソフィアがさらに笑みを深める。
「これから七年よろしくね。トム、セヴィ。」
******
「うん、僕とセヴィはちゃんと同室だね。」
部屋割を確認したトムが満足げに頷いた。彼がクリストファーに駄々をこねてセブルスと同室にしてもらうようにお願いしたのは秘密である。間違いなく冷たい眼で見られる。
「ええ、そうですね。トム義兄様と一緒なら寛げそうです。」
「うん、やっぱり僕のセヴィは天使だ。」
中身七十歳超えを捕まえて天使とは何をおっしゃるか。セブルスは半眼になったものの、心地よい鬱陶しさなので特に文句を言うこともない。何せ本当の幼少期の環境がアレだったもので。クリストファーが根気よく無償の愛を受け取ることを教えてくれたこともあるし、愛されるのは素直に嬉しいと言える。
「部屋に行きましょうか。まず荷物を整理しないことには。」
「そんなの杖の一振りで終わりだろう。」
「それはそうですけど。」
確かにトムとセブルスの二人部屋なのだから魔法は使いたい放題である。ふたりとも中身は11歳などではないのだし、魔法を使って生活することに慣れている。わざわざ手作業で荷解きをするまでもない。
「どことなくスリザリン寮に似た雰囲気でしょう、ホーンド・サーペント……角水蛇学寮は。」
水の滴る音が聞こえる心地の良い空間。目を細めながらセブルスが言えばそうだね、とトムも頷く。ホーンド・サーペント、角水蛇の名を持つ頭脳を象徴する寮だ。蛇を象徴とするスリザリンの出身であり、ホグワーツ首席卒業のトムにもスリザリンの首席だったセブルスにも相応しい寮だろう。前回もこの寮だった覚えがある。
「懐かしいね。落ち着く雰囲気だ。」
「ええ。さすが角水蛇の名を冠するだけはある。性質としてはレイブンクロー寄りですが、スリザリンにも勤勉な生徒は多いですからね。」
そんな話をしているうちにトム・ティストルウールとセブルス・ティストルウールのネームプレートがかかった部屋にたどり着く。さりげなくドアを開けてくれたトムに軽く頭を下げてセブルスは今日から自室として使う場所に入った。
「……懐かしい。」
六年生と七年生の二年間、かつてエドウィンと共に過ごした部屋と間取りは変わらない。思わず漏らしたセブルスの頭をトムがぽんぽんと撫でた。
「七年間楽しもうね、セヴァ。」
「……はい、トム義兄様。」
闇の帝王(予定)と同室者になるなど、一度目の自分に言っても信じてはくれないだろう。セブルスは苦笑しながら杖を振って荷物の整理を始めたのだった。
******
時が流れるのは早いもので、もう学年度末。授業のペアは常にトムと組んでいるが、かつての親友であったエドウィンとソフィアともそれなりに親交は保てている。
「……やっぱりセヴァより一学年上で入れば良かった。」
ソファでじめじめしているのはトムである。セブルスは溜息を吐いた。感情豊かになったのは大変よろしいことではあるが、彼は色々と拗らせすぎである。
「試験って、試験って、セヴァと争えるわけないじゃないか……。」
そう、彼の悩みの種は試験である。トムに対して“どちらが一位を取るか勝負です”と宣言してみたら“僕の可愛いセヴァと張り合えるはずない”と勝負を辞退された。解せぬ。
「そうですね。こちらもホグワーツと同じで監督生制度はありますが、男女それぞれ二人ずつというのが幸いしましたか。」
薬学書に目を通しながら投げやりに言うセブルスにトムが唸った。
「……僕とセヴァとソフィーは監督生確定だね。」
この一年、共に過ごしてトムはソフィアに対して色々と遠慮がなくなった。取り繕わず、セブルスに対するような良い格好をしたいという思いもないらしい。今回はソフィアはトムと結婚するのかな、なんて考えてみるセブルスであるが、思いだす。彼女の初恋は13歳の時に亡くなった異母兄で、彼が永遠だと言っていた。
「セヴァ。」
「何ですか、トム義兄様。」
薬学書から目を上げたセブルスに目元を綻ばせ、トムは手を上げた。
「おいで。」
「……はいはい。」
変身術の一種で一年生の外見に見せているトムは自室では五年生の姿になっている。彼のスキンシップ過多は居間に始まったことではないので、セブルスは素直にトムの膝に抱きあげられた。薬学書はそのまま手に持って読書を継続である。
シスルウール兄弟は今日も仲が良い。