「トム義兄様、ゴールデンウッド令嬢のシャーロットからお手紙をいただいたそうですね。」
イルヴァモーニー魔法魔術学校に入学して三年。部屋で論文を書いていたセブルスはトムの帰室に顔をあげ、開口一番そんなことを言った。手に持った手紙をひらひらと振って頷いたトムも口を開く。
「珍しいね。何も仕込まれていなかったよ。愛の妙薬とか何かしら仕込まれているんだけど。」
だからこそその場で燃やしたりせずに持って帰ってきたのだろう。闇の帝王(予定)もだいぶ丸くなったものである。セブルスは頬杖をついた。
「僕は義姉様ができたら嬉しいですけどね。シャーロットなら養父上と並んで次期魔法大臣になるのではないかと目されている人物の縁者ですし十分に釣り合うでしょう。」
長年闇祓い局長やら魔法執行部部長やら魔法大臣をやっていたせいかおかげか、アメリカ名家の家系図はほとんど頭に入っている。一つ上の先輩であるゴールデンウッドの令嬢は、確か後に魔法大臣になり闇祓い時代のセブルスがたびたび護衛に駆り出されていた人の姪だったはずだ。下心なくそれなりに可愛がってもらったこともあるので、セブルスとしてはぜひトムの恋人には彼女を推したい。
「そうだね……セヴァがそう言うなら。シャーロット・ゴールデンウッドが義姉になったら嬉しいかい? 」
「ええ、嬉しいですよ。」
その一言が決め手だったらしい。返事を書こうか、と羽根ペンを手に取り机に向かうトムを確認してセブルスも本に視線を戻す。シャーロット・ゴールデンウッドはセブルスに告白してきたこともある。その際は振ったが、それで潔く諦めて次の恋へと踏み出し、親同士の繋がりで会った時には弟のように可愛がってくれたのだからやはり印象は良い。パクワジ学寮の生徒で穏和な性格で、そして許容範囲内が広い。トムを丸ごと受け入れられる器の広い女性だろう。
「あ、トム義兄様、恋人に接する時は母とか思ってはいけませんよ。シャーロットは母のような包容力はありますが、恋人として接するんですよ? 」
「……セヴァもそのようなことを言うんだね。心配しなくても良いよ。合わなかったら適当に別れるし。」
「そうですか。僕はトム義兄様の子ども見てみたいですけどね。」
「僕だってセヴァの子どもが見たいよ。」
セブルスはぐっと詰まった。恋や愛はなかったがソフィアとの間に家族としての情もパートナーとしての絆もあった。パパと呼んで慕ってくるフェリシアも可愛かったし、頭を撫でてくれる養父や義兄の手は好きだ。それでも、リリーに向けた思いとはまだ向き合いきれていない。
「セヴァ。」
またぽんぽん、と頭を撫でられる。セブルスは俯いてそれを甘受した。日記から呼び出してから、トムはセブルスを可愛がってくれた。スピナーズ・エンドで検知不可能拡大呪文と変身術を使いまくって退屈せずに過ごせたのだってトムがいてくれたから。嘘は吐きたくない。だからといって落胆させたくもないのだ。
「ただの僕のささやかな願いだからね。別にまともに受け止めなくても良いよ。」
「……トム義兄様は、優しいです。」
いっそ残酷なまでに優しい言葉だ。ささやかな願いなんて言われてしまったら、それに否を唱えることなどできなくなる。嘘は吐きたくないのに。
「……愛してるよ、僕の可愛いセヴァ。」
いつの間にかそんな言葉をするりと口にできるようになっている優しい義兄に、セブルスは黙って腕の間に顔をうずめた。小さくありがとうございます、と言ったのは、彼に届いただろうか。ただ、頭に置かれた手はどけられなかった。
******
「お帰り。トム、セブルス。」
学期が終わった養息ふたりを付き添い姿くらましで邸の前まで連れて来てクリストファーは帰宅を喜ぶ言葉を口にする。軽くくしゃくしゃと頭を撫でられるのにはふたりとも抵抗しない。
「養父上、今回も首席はトムです。僕はかないませんでした。」
悔しげに呟くセブルスにトムが眉を下げた。玄関で靴を脱ぎ、書斎まで三人で歩いていく。荷物についてはしもべ妖精が既に引き取っている。
「……セヴァにこんな顔させるつもりはなかったんだけどなあ。」
「こんな顔ってどんな顔です。」
セブルスは口を尖らせる。精神年齢はもう八十を超えたような気がするが、身体の年齢に精神は少しは引っ張られるのかもしれない。養父と義兄に子どもっぽく甘えてしまうのはもうどうしようもないものである。すり込みの様なものだ。何せ彼らは一度としてセブルスを見捨てたことがない。
「実力をきちんと発揮した上でなら問題ない。首席と次席、満足のいく結果だ。今日の夕食はトムとセブルスの好きな料理を並べてもらうことにしよう。」
ささやかなご褒美でも、育った環境が環境だけにトムとセブルスは喜ぶ。クリストファーが養父でいるから、クリスマスもイースターも帰って来れるし、夏季休暇を待ち遠しいと思えるのだ。
「ところでトム。ゴールデンウッドのシャーロット令嬢とお付き合いをしているようだね? 」
「……ええ。」
それが何か、とでもいうように首を傾げたトムにクリストファーは柔らかく微笑む。
「良いことだ。彼女の伯父とも話がついていてね。本人たちが望むのなら、いつでも婚約の用意はできているよ。シャーロット令嬢を愛しているのだろう? 」
「……養父さん。」
書斎に着く。椅子に腰かけ、向かい側のソファを示したクリストファーは膝の上で軽く手を組んで手を閉じた。
「無理にそうする必要はないけれど、シャーロット令嬢は君の心を動かしたのだろう。君の表情はずっとほぐれた。セブルスにはきちんと表情を動かしていたし、自惚れでなければ私にも本当の表情を見せてくれていたと思っているのだがね。シャーロット令嬢から聞くトムの話はどれも優しいものばかりだ。彼女の人を見る目は私も信用している。彼女は張りつけた外面には騙されない。……良い相手を見つけたね、トム。」
トムは無防備に目を見開いた。その表情は心から驚きの色に染まっている。
「……僕、は。」
「焦ることはない。まだ卒業まで随分とあるのだから。セブルスは……。いや、悪いことを聞いたね。」
「いえ。」
その気遣いが妙にくすぐったく、セブルスは苦笑を浮かべる。最初に開心術をかけてもらい、クリストファーにすべてを曝け出しているのだ。リリーのことだって当然知っている。
「無神経なことかもしれないが、私はセブルスの子どもを見るのも楽しみにしているよ。たとえ養子であってもね、親子の愛情を育むことはできるだろう。」
フェリシアのことか。セブルスは自然と口元を緩めた。
「ええ、養父上。ありがとうございます。」
******
「セヴァ、シャーロットと婚約することにしたよ。」
トムが柔らかな表情でそう告げたのは四年生の始まりだった。そうですか、とセブルスも頷く。
「おめでとうございます、トム義兄様。」
「ありがとう。」
偉大な魔法使いである父親、優秀な魔法使いの弟という愛し愛される家族も。ティストルウールという名家の名も、ゴールデンウッドという名家の令嬢の配偶者も。学生時代のトムが渇望しても手に入れられなかったものがそこにあった。
イルヴァモーニー魔法魔術学校の創設者であるイゾルト・セイアはマグル―――こちら風の言い方で言うのならばノー・マジを配偶者に迎えている。トムが抱える半純血というハンデは、ここではスリザリンほど問題にならない。
「僕と彼女の間に子どもが生まれたら洗礼親になってくれるかい? 」
セブルスは面食らったようにトムを見上げ、そして口元を綻ばせた。
「はい、喜んで。トム義兄様と、シャーロット義姉様の子どもなら。」
「うん……セヴァ、ありがとう。」
「はい? 何がです? 」
「養父さんと、シャーロットと出会えたのはセヴァのおかげだからね。感謝してもしきれないよ、僕の可愛い弟。」
「……ええ。大好きですよ、トム義兄様。」
そんな言葉も、もういつの間にか自然と口をついて出るようになっている。
「一つ、お願いをしてもいいかい? 」
「何ですか? 」
「僕は分霊箱というものを作っている。」
「知ってます。」
「うん、セヴァが知ってるのは知っている。僕は魂を七分割することを夢見てね。……分霊箱から、本体の記憶を覗くことはできる。ほんのたまに本体の閉心術が緩んだ隙があるから、分霊箱の在り処を確認しておいたんだ。」
「はい。それで、どうなさるんです? 」
「分霊箱を回収しに行く。分霊箱同士をくっつける方法も見つけたからね。シャーロットと結婚する時には分霊箱なんて不完全なものでいたくはないじゃないか。」
「わかりました。お付き合いします。」
「うん、セヴァならそう言ってくれると思ってた。」
微笑んだトムはセブルスの肩を軽く叩いた。