七年生のイースター休暇。とうに成人を迎え、外で魔法を使っても問題なくなったふたりは学年末試験があることは重々承知で、分霊箱回収に行くことにした。
「さて、まずはどこから行こうか。」
「どこにしろ難関ですね。まずは洞窟から行きますか。」
「……知っているんだね。」
前世でハリー・ポッターの伝記を読んでいたセブルスはさらりと答える。トムは特段問いつめることもせず、セブルスと手を繋いだ。
「今から姿現しをする。……セヴァ、箒なし飛行術は? 」
「ええ、かつてのあなたから教わったので。」
「僕はセヴァの我が君じゃない。忠誠を尽くされる相手じゃなくて、君を愛する兄だよ。」
だから、かつての僕という言い方はやめてくれ。そう続けたトムにセブルスは頷いた。あの闇の帝王が、本当に随分と丸くなったものである。
「では行くよ。」
ばらけないようにと、抱きしめられてセブルスは付き添い姿くらましの特有の感覚を味わった。
「……っ。」
自分でする分には慣れているが付き添いは厳しい。ふらりとよろけたセブルスをトムが支えつつ、前を見据えた。
海が見える。よく晴れ渡った空だ。
「自分の思考はよくわかるよ。どうしてこんなところに分霊箱を隠したか。ここはね、いつだったか孤児院の子どもたちを連れてきたところなんだ。力の制御を覚えたばかりの頃だったかな……僕は闇に惹かれやすい質のようでね。僕にとってはここは素晴らしい場所だと思えたけれど、友人だと思っていた彼らにとってはそうではなかったらしい。純粋に喜んでもらおうと思って連れてきただけだったけど。……だから僕は自分が“特別”ということに縋った。」
寂しげに目を伏せるトムの腕をセブルスは思わず掴んだ。知っている。その感覚を知っている。そして、“特別”と思い込むことで必死で自分を保つことによって生じるいつ崩壊してもおかしくない危うさも。
「……トム義兄様。」
闇に惹かれた、と言った時の彼の瞳が紅く煌めいたような気がした。どこかに行ってしまいそうな気がして掴んだ腕は振り払われることなく、それに少し安堵する。
「セヴァも養父さんもシャーロットもいる。ソフィーもね。大丈夫だよ、セヴァ。君が僕に家族の温もりを教えてくれた。」
こちらを振り返ったトムの瞳に危うさはない。杞憂だったかとセブルスはそっと息を吐き、腕を掴んでいた手を外した。
「トム義兄様、案内してください。箒なし飛行術は慣れているので。」
「そうだね。では行こうか、セヴァ。」
トムが杖を取り出し、ふわりと飛び上がった。セブルスもそれを追うようにして身体を浮かせた。やがて暗いトンネルにたどり着き、入り口にトンとトムが降り立つ。
「誰からも安全にしたかったんだろうね。術式を見るに、なかなかに手が込んでいる。本人ですら解除するのに骨を折るよ。ダンブルドアとて無理だろう。」
「ええ、ダンブルドアがここに来たことが原因の一端となって死んだ世界もありましたね。」
それはセブルスが彼を殺した世界でもあった。ピーターがセブルスの辿った道を同じ道を歩んだ一つ前の人生で読んだハリー・ポッターの伝記と合わせて考えれば、ダンブルドアがセブルスに殺された時はここで毒薬を飲んでいたのだろうという結論に至るのはしごく当然のこと。
「はっ、ダンブルドアが僕の仕掛けた罠を原因の一端として命を落としたか……。良い気味だ。」
「その世界で私はトム義兄様を裏切りましたけどね。」
さてどうやって仕掛けを崩そうか、と考えていたトムはぽろりと手から杖を落とした。からんからんと杖が床を転がる。
「セヴァが僕を裏切ってた……? いや、我が君とか呼ばれていたのは聞いたけど。」
「最愛の女性を闇の帝王に殺されまして。」
うう、とトムが頭を抱えて床に崩れ落ちた。杖はきちんと手の中に戻っている。
「……嘘だろう。」
「“我が君”とトム義兄様は別ですから気にしないでください。で、この仕掛けでしたけど、血を捧げればいいんですよね? ディ。」
「セヴァ! 僕がやるから! 」
はっと顔を上げて止めにかかったトムにセブルスは眉を上げた。
「私の方が魔力量が多いので効率的です。」
「だめだ。僕がやる。」
そのままトムは指を切り、滴り落ちた鮮血が壁を染めた。
「トム義兄様! 」
すぐに傷口が塞がったとはいえ、思わず駆け寄ったセブルスにトムの目元が柔らかく綻ぶ。血痕のついた岩がさっと消え、そこを通る。何か言おうと口を開きかけたセブルスは目の前に広がった光景に息を呑んだ。
「……冥府の入り口のような禍々しさが。実際に通ったことがあるわけではありませんが。」
「僕は闇に惹かれやすい、と言っただろう、セヴァ。幼い僕に、これは素晴らしく見えた。今は違うけどね。」
「違うんですか? 」
「セヴァのおかげだよ。私はもう冷たさしか知らない幼子ではない。セヴァも養父さんもシャーロットもいるからね。」
「……それは、良かったです。」
「水に足を入れないように気をつけて、って言ってもセヴァにはわかってるかな。」
「ええ、そのような馬鹿なことはしません。」
しばらく沈黙が落ちる。神秘的な緑の光を見つめて、沈黙を破ったのはトムの方だった。
「あれにスリザリンのロケットが入っている。つい最近入れられたものだ。」
「わかりました。」
セブルスは軽く頷く。
「ウェニーレ、スリザリンのロケット。」
フェリシアのオリジナル呪文は抜群に役に立っている。アクシオの上位互換呪文によってセブルスの手に飛び込んできたロケットを見てトムはそれを握った。そのまま何か唱え始める。やがてロケットから鮮やかな緑色の光が噴き出した。まるで死の呪文にも似たそれがトムを包みこみ、ロケットの闇の気配が消えた。
「……まずは、一個回収完了だね。では帰ろうか、セヴァ。」
「トム義兄様、帰りに血を捧げるのは私が。」
「だめだ。却下。」
すげなくあしらわれ、セブルスはさっさと先を行くトムの背を慌てて追った。
******
「次はここか。」
箒なし飛行術で洞窟を抜け、姿現しした場所は洞窟から少し行ったところにあった。リトル・ハングルトン―――リドル家のほど近く、ゴーント家の寂れた邸。
「ダンブルドアは、蘇りの石に魅入られ……呪いを受けました。私の魔法薬学の腕を持ってしても抑え込めず、余命は一年。」
小さく呟いた言葉にトムが口角を上げた。
「なるほど、良い気味だ。私の罠が二つもダンブルドアを捕えたのだね。……セヴァ、ここから先は私ひとりで行く。」
ゴーント家の扉を開けたトムにセブルスは首を振った。
「いいえ、私を旅に同行させたのはあなたですよ。ついて行きます。」
「だめだ。私に会いたいと思う死人はいないが、セヴァにはいるだろう? 」
反論できようはずもなかった。リリーへの思いからは目を背けてきたが、蘇りの石を使って彼女に会いたいという欲望に抗えるはずがあるだろうか。
「……私が経験した世界では、彼女は死にました。ですが、この世界では、今はまだ……。」
「セヴァ、あれはね、時を超える。」
「……時を、超える? 」
おうむ返しに聞き返したセブルスにトムが頷いた。
「その通り。あれは、時を超えるんだよ。世界が超えると言った方がいいか。それぞれの世界にある蘇りの石が繋がっている。セヴァ、君の記憶にさえあれば誰であろうと呼び出せる。」
「何故そのようなことを……。」
「ペベレル家の死の秘宝の資料がゴールデンウッドの書庫に眠っていた。まさかと思ったよ。シャーロットが案内してくれてね……。人を渡り歩くニワトコの杖、ゴーントに伝わる蘇りの石、ポッターに伝わる透明マント。詳細な情報が載っていた。まさか死の秘宝が実在するなんて思わなかった。まあこれは関係のないことだね。とにかく、蘇りの石は世界を超える。セヴァ、君が経験した世界からでも死者を呼び戻せる。誘惑に抗える自信があるかい? 」
「……ありません。」
「任せなさい。」
「……絶対戻ってきてくださいね、トム義兄様。怪我の一つも許しません。」
「約束しよう。」
くしゃりと頭を撫でられるのに、セブルスは抵抗しなかった。ゴーントの邸に入っていったトムの後ろ姿を見つめる。
あまりにも違う。“ヴォルデモート卿”と、トムは、セブルスの義兄は、あまりにも違う。ヴォルデモート卿はあんなにも慈しむような表情で頭を撫でることなどないし、危険があるから来るなと止めることもない。
セブルスは家族の温もりを知っている。トムだって。それで弱くなった部分もあるが、それ以上に強くなった部分があると思っている。だが、リリーのことに関してだけは乗り越えられていない。前世で、ソフィアが愛がなくても家族になってくれたから、リリーのことに関しては目をそむけ続けられてきた。まともに向き合うことすらせずに、いつだって逃げてきた。クリストファーはいつだったか自衛のためには逃げるのもまた一手と言ってくれたものだが、それがどれほど安堵するものだったか。自衛のためには逃げるのも一手、その言葉をクリストファーが言ってくれたせいでセブルスは未だに向き合えない。
「セヴァ。」
ゴーント家の扉が開き、セブルスははっと物思いから覚めた。
「トム義兄様! 」
無事に戻ってきたその姿に安堵する。トムの杖腕は綺麗なままだ。ダンブルドアの受けた呪いを見ただけに、それにどうしようもなく安心する。
「呪いはすべて解いた。誰がかけたと思っているんだい、自分の考えていることくらい手に取るようにわかるよ。さあ、三つ目の分霊箱の回収に行こうか。」
「はい。」
トムの右手の指にはまった指輪は彼の手を蝕むことはない。もう一度それを確認してからセブルスは頷いた。
******
「さて、グリンゴッツのレストレンジの金庫にはどうやって押し入るか。」
「マルフォイ邸より強固な結界が施されていますからね。まあハウスエルフでも呼べばどうにかなるでしょう。」
いつぞや、マルフォイ邸でドビーが姿くらましを連れてハリーたちを連れて逃げた、と忌々しげにベラトリックスあたりが言っていたような覚えがある。ハウスエルフは意外に有能だ。そして頑丈だ。クリーチャーはスリザリンのロケットを長年持っていたのに、性格が偏屈になる程度で済んでいた。スリザリンのロケットをクリーチャーが持っていたことについてはフィニアス・ナイジェラスから報告を受けていたが、それが分霊箱だと知ったのはハリー・ポッターの伝記を読んでから。つくづくダンブルドアは秘密主義である。
「なるほどね、ハウスエルフか。じゃあ呼んでみよう―――“カロス”。」
ギリシャ語で“美”を表す名前だ。クリストファーはハウスエルフを重宝しているし身なりは綺麗にさせているからそのような名前を付けたのだろう。彼はトム専属のハウスエルフだ。
「はい、トム坊ちゃま。何かご用でしょうか。」
この年になって坊ちゃまか、とトムは相変わらず苦い顔をしながらグリンゴッツ銀行を指した。
「最下層に近いレストレンジの金庫まで姿現しを。……できるか? 」
「はい、カロスめはおつとめになるのです。」
どこかおかしいハウスエルフの敬語を聞き流し、トムはカロスの手を握った。セブルスも反対側の手を握る。
「頼んだ、カロス。」
ゴムの弾けるような姿くらまし特有の音と共にふたりと一匹の姿はかき消え、グリンゴッツのレストレンジ金庫の中に入った。扉が閉ざされた真っ暗な空間でルーモスの声が重なり、ふんわりと優しい光が金庫内を照らす。
「すぐ警報が入るだろう。ハッフルパフのカップは……あれか。アクシオ。」
「それでは効かないでしょう。ウェニーレ。」
セブルスの手にカップが飛び込むと同時に複製が飛び出した。トムが眉を寄せ、素早く杖を降ると小声で口早にフィニートの上位互換呪文や双子呪文の反対呪文を唱えた。何かが当たったらしく、カップは増え続けるのをやめた。ゴブリンが飛び込んでくる前にトムがカロスに命じてゴーント家の邸の前に姿現しする。セブルスからカップを受け取り、洞窟の時と同じように緑の光がトムを包んで闇の気配がかき消えた。
「さて、最後はホグワーツの必要の部屋だ。カロス、ホグワーツの八階の廊下の前に姿現しを。」
「はい! 承知いたしましたのでございます! 」
かくして、分霊箱の回収は終わりを告げた。戻ってきたトムとセブルスを生活習慣にうるさいクリストファーは寝ずに待っていてくれたようだった。やはり、養父は優しい。