「セブルス、話したいことがあるの。放課後、図書室のいつもの席で待っているわ。気が向いたら来てね。たぶん―――トムには聞かれたくない話だと思うから。」
イースター休暇明け、朝の談話室でそんなことを言われたセブルスは首を傾げつつも頷いた。話とは一体何か。トムに聞かれたくないこと―――。
疑問は募るばかりだったが、まずは授業課題の消化が先決だろう。セブルスはまだ起きてこないトムを起こそうと自室に戻った。
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放課後、セブルスは結局言われた通りにソフィアの元に向かった。図書室の東側の少し外れたところにある六人用テーブルは静かで騒がしいことを好まないセブルスからすれば理想的な場所だった。トムやソフィア、エドウィンもいつの間にかそこで勉強するようになっている。そういえばこの前はシャーロット・ゴールデンウッドが来ただろうか。
「あら、来てくれたのね。セヴィ。」
セヴィの愛称は彼女だけが使うゆえにやはりどこか特別感がある。セブルスが勉強道具を持って来ていないのを見てすぐに本題に入りたいのだと察したソフィアも広げていた教科書類を片づけた。
「……私、三年生の時に初恋の人を亡くしたの。」
脈絡なく始まった話にセブルスも机の上で指を組む。ソフィアは目を伏せた。
「そういえば、三年生の学年末試験は成績が振るわなかったか。」
トムとセブルスに次いで三位だったはずの彼女が、大幅に順位を下げた年だ。13歳で初恋の異母兄を亡くした、という話を知っていたためにセブルスがしばらく彼女を刺激しないよう気をつけていた時期でもあった。
「そう。あの時、セヴィは何かを察したみたいにそっとしておいてくれたわ。ありがたかったわね……。」
「……ああ。」
「私、セヴィが好きよ。恋愛的な意味でね―――別に異母兄と似ているというわけではないけれど。」
「……ソフィー。」
「あなたの心には誰かがいる。あなたの一番は定まっているんでしょ? でも絶対に叶わない恋ね。」
「どうしてそれを……。」
もはや呆然と返すことしかできない。閉心術だけを意識して強めながら、セブルスはソフィアを見やった。
「あのね、異母兄が亡くなったのは身体が弱かったお兄様を私が我儘を言って外に連れていったからなの。冬だったわね。外の冷気にあてられて、風邪を拗らせてそのまま。夏を見ることなく、お兄様は逝ってしまった。」
「それは……。好いた人が、己のせいで亡くなってしまったと? 」
「ええ。でも、誰も私を責めないのよ。苦痛でしかなかったわ。誰かに責めてほしかった。お兄様が亡くなったのは私のせいなんだって、責めてほしくて……。」
そこまで言って、ソフィアは言葉を切った。
「……セヴィも、そういう経験はある? 」
「……っ! 」
お前のせいだ、とダンブルドアに責められた。詰られた。お前のせいじゃない、と言われる方が辛かっただろう。ダンブルドアはおそらくきっと、彼なりにセブルスを甘やかそうとした。その方法があまりにも不器用だっただけで。だからといってあの秘密主義とハリーを死へと歩ませるレールを組んだのはとうてい許されることではないが。
それでも、この世界ではセブルスを責める人は誰もいない。
「……誰も、責めてくれないのね。」
当たり前だ。知らないのだから。セブルスは顔を覆った。どうして自分が逆行なぞして生きながらえているのか。生きるべきはリリーであったというのに。
「セヴィ。私、あなたが好きよ。男の子として。私の魂はお兄様に縛られているけれど、とっくに心はセヴィのものなの。」
「ソフィー、そんなことを言うものではない。」
「セヴィ、私と付き合ってくれない? 愛してるわ。」
「……愛している、など。」
セブルスは顔を上げられなかった。知らない。誰かはセブルスを愛に生きた男というのかもしれないけれど、セブルスはたった一つの恋しか知らない。愛にすらなれなかった捧げ尽くすだけの一方的な熱情しか、自分勝手な恋だけしか知らないのだ。身を焦がすようなそれだけ。
そっとソフィアの手がセブルスのそれに触れた。握りこんでいた拳を開かれる。掌には爪痕が残り、血が滲んでいた。
「……お願い、セヴィ。」
「君を愛せるという保証は。」
「あなたの魂は誰かに縛られている。……セヴィ、心を寄越せなんて言わないわ。それをどうするかはあなたの自由。私はね、お兄様に向ける歪んだ恋しか、熱情しか知らなかった。でも、セヴィを愛せたから、新しい愛の形を見つけられたの。愛し方がわからないというのなら一緒に見つけましょうよ。」
一体、前世と今生で何が違うというのか。ソフィアが異母兄を亡くす前に出会っていたから違うというのか。
―――前世では、利害の一致で結婚した仲だった。それでも、ふたりしてエイブリーから引き取ったフェリシアを可愛がって。ソフィアがフェリシアに注いだ愛は本物だ。いや、あれは、家族としての情に分類されるものか。
彼女はセブルスにとって恋人ではなかったが紛れもなく家族で、養女の母親だった。大事な人だ。そして、きっと、セブルスがリリーにことに対して気持ちの整理がついたのなら、おそらくは唯一異性として愛することができる女性。突き放せない。
「……ソフィーが、それで良いというのなら。」
「ええ。……セヴィ、あなたが何に縛られているのか、誰に縛られているのかは知らない。暴く気もないわ。でも、一つだけ約束しましょう。私だけは、あなたを許さないでいてあげる。」
―――あなたを許さないでいてあげる。
とてつもなく甘美な響きにセブルスは顔を上げた。
「だから、セヴィ。あなたも私が何に縛られているのか理解しないでいいから、私を許さないでいて。その代わりに、自分を許して。」
イゾルト・セイアを称える青色と同じ色をした瞳がセブルスの漆黒と交わる。
「……ああ。何があろうとも、私はソフィーを許さないでいよう。その代わりに、ソフィーは、自分を許してやれ。」
ええ、とソフィアは頷いた。
「中身は知らないけれど、あなたの荷物を引き受けてあげる。いつか中身を教えてくれる? 」
「……わからない。だが、ソフィーの荷物は私が引き受けよう。」
一方的に捧げるのではなくて、お互いに荷物を引き受け合う。これが愛だというのなら、それは、酔ってしまいそうなほどに優しく甘いものなのだろう。心に染み入るそれは、セブルスの知る身を捧げ尽くす熱情とはかけ離れたもので、ひどく心地がよかった。
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「養父上、ソフィア・ステアフォールスとの婚約を希望します。」
両面鏡でセブルスがそう切り出したのはその日の夜だった。隣でその会話を聞いていたトムが危うく飲んでいた紅茶を吹きだしかける。
「セヴァ! ソフィーと婚約するって……。」
「本気ですよ、トム義兄様。」
結婚するなら彼女だろうな、という漠然とした予感めいたものはどこかにあった気がする。リリーははなから選択肢にない。彼女の隣にいる資格は自分にないと誰よりもわかっている。
「ステアフォールス本家の一人娘か……。なるほど。ではセブルス、話を付けてこよう。場合によってはステアフォールスへの婿入りになるかもしれない。」
「わかりました。」
セブルスはあっさりと頷いた。そういえばソフィアはステアフォールス本家の一人娘であった。彼女の異母兄が亡くなった今、本家に残っているのはソフィアひとり。前世ではセブルスはクリストファーのただ一人の後継者だったからソフィアが嫁入りする形になったが、シャーロットとの婚約を済ませているトムがいるのならばステアフォールスへの婿入りも問題ないだろう。
ステアフォールスへの婿入りという形でソフィアとの婚約が成ったのは卒業間近だった。