「トム義兄様はどこに就職なさるんですか? 」
学年末試験を間近に控えた寮室。そういえば卒業が近いのにこんな話しはしたことがなかったな、と思いながらセブルスは切り出した。
「教師志望だよ。どこぞの狸爺はいないからスムーズに行きそうだ。養父さんもまだ元気そうだしね、十年くらい教鞭をとってから魔法省に移ろうかな。」
ノートにペンを走らせながらトムは嬉しそうに笑む。
「トム義兄様が教師ですか。似合うと思いますよ。」
「そうだね。セヴァはどこに? 」
「まだ決めていません。無難なところでは闇祓いでしょうかね……。」
闇祓い局長、魔法執行部部長、魔法大臣と順調に出世街道を歩んだ前世を思い出しながら答える。オリジナル呪文も数多く開発していたし、闇祓い適性は抜群だ。
「セヴァが闇祓いになりたいというのなら止められないけど、僕は反対だ。」
「……え? 」
セブルスは思わず目を瞬かせた。トムが心配げに眉を寄せる。
「闇祓いは激務だし、それに殉職者も多い。弟に安全な場所にいてほしいと思う兄心はわかってくれるかい? 」
何だ、そういうことか。セブルスは口の端を上げた。やはり、トムは闇の帝王などではない。こんなに優しいことを言ってくれるのだから。
「はい。トム義兄様の意見を採用します。……心配してくださるのは嬉しいですから。」
「セヴァは魔法薬学が得意だろうから魔法薬学研究会にでも就職すると良い。それにステアフォールスに婿入りするのだから当主稼業も勉強しなくてはならないだろう。無理に職を探す必要はないと思うよ。ティストルウールは任せなさい。」
「心強いです、トム義兄様。」
椅子から降りたトムが柔らかくセブルスの頭を撫でる。それに嬉しいなどと思ってしまい、中身の年齢を考えろと頭の冷静な部分が突っ込む。いや肉体年齢は18歳だ。投げやりな誤魔化し方をしたセブルスは、前世でだっていい年になっても事あるごとに養父に甘えてしまうのをやめられなかった。幼少期にてらいなく両親に懐けなかった代償は大きい。
「じゃあ何にするのかい? 」
「養父上と相談して決めますね。トム義兄様に一番に教えてさしあげます。」
「それは嬉しいね。教えてくれるのを待っているよ。」
「はい。」
セブルスは柔らかく微笑んでから両面鏡を取り出した。トムは再び机に向かっている。
「養父上、今少し良いですか? 」
「ああ、セブルスか。何かあったかい? 」
「就職先についての相談です。闇祓いになろうと思いましたが、激務だからやめろと言われまして。」
「ああ、その話か。好きなようにすると良い。私もまだぴんぴんしているし、無理に跡を継ごうと考えなくても良いのだよ。トムは教師生活を満喫してから魔法省に就職するということだし。」
後継ぎになる覚悟はあるか、と最初に聞いたくせにこちらの選択肢を尊重してくれるのだから、クリストファーは本当に良い養父だ。
「闇祓いになるつもりでしたので他の選択肢が頭になくて……。」
「では、セブルス。裁判官はどうだい? 」
「裁判官ですか? 」
三権分立がしっかりしているマクーザの司法機関への就職。それは考えていなかったとばかりにセブルスは目を瞬かせた。
「法律を覚えるくらいセブルスならばわけないだろう。それに、セブルス。裁判官になるのは自分と向き合う良い機会ではないだろうか。己を裁けなければ人を裁けない。」
「……養父上は、私が欲しいと思う言葉を言うのが上手すぎます。」
裁判官になるという大義名分の元に自分と向き合えというのか、この養父は。優しいクリストファーにセブルスは髪をかきあげた。前世で養父の真似をして髪を伸ばしていた影響からか、括れる長さではないと落ち着かなくなってしまっている。
「伊達に君らの父親をやってきたわけではない。相談には乗れたか? 」
「十分すぎます。ありがとうございます、養父上。」
両面鏡をしまい込み、セブルスは机に向かっているトムの後ろに立った。
「トム義兄様。」
「何だい? 」
てっきり驚くかと思って気配を消して近づいてみたんですけど、と拗ねたように言うセブルスにトムはまたしても髪を撫でてきた。
「いくつになってもセヴァは可愛いね。」
「……就職先、裁判官にしました。」
「セヴァが裁判官か。セヴァは賢いからぴったりだ。」
「私より成績が良いのに何を言うんです。」
遥か昔、本当に幼かった頃、優しい兄を姉を夢想したことがあった。兄弟の戯れはどこまでも柔らかい。
「……大好きです、トム義兄様。」
ぽふ、と肩口に頭を預ける。黙っておろした髪を好かれるのはひどく心地よかった。