「新郎セブルス・シスルウール、あなたはここにいる新婦ソフィア・ステアフォールスを病める時も健やかなる時も、いついかなる時も愛すると誓いますか? 」
魔法界ではあるが、結婚式の形態はキリスト教のものと近い。マグルでいえば神父の立ち位置の魔法使いの前で永遠の愛を誓う日が来るなど、かつての自分は想像もしなかった。
「―――誓います。」
隣には純白のドレスを纏ったソフィアがいる。そっとセブルスがそちらに目をやれば、小さく微笑まれた。
「新婦ソフィア・ステアフォールス、あなたはここにいる新郎セブルス・シスルウールを病める時も健やかなる時も、永久に愛すると誓いますか? 」
「誓います。」
愛して愛されて、こんな幸せがあっても良いのだと肯定してくれたのは養父だった。それをくれたのはソフィアだった。信じられないほどの至福を受け取る資格はあるのだと、義兄が微笑んでいるような気がする。
左手の薬指にはまる趣味の良いデザインの指輪は彼女と何時間もかけて吟味したもので、その時間すらもたまらないほどに愛おしくて。溢れるほどの幸せをくれたソフィアと交わした誓いのキスは、どこまでも甘やかなものだった。
******
「セヴィ。」
セブルスがソファで楽器の手入れをしているところにソフィアがやってくる。とん、と肩に預けられた頭をセブルスは撫でた。クリストファーに英才教育と称して叩き込まれたピアノにヴァイオリン、ギターやウクレレ。ソフィアがその音色を好きだと言うのなら、習得した甲斐もあるというものだ。
「あのね、セヴィ。―――子どもがね、できたの。」
ふふ、と笑って抱きついてきたソフィアが耳元で囁いた言葉に、セブルスの思考回路は停止した。
「セヴィ? 」
「……子ども……? 」
手に持っていたヴァイオリンが派手な音を立てて床に落ちた。楽器はすぐに歪むのだから扱いには気をつけろと口を酸っぱくして言う養父の顔が頭をよぎるが、そんなことはどうでもよかった。
「セヴィ、どうしたの。……ねえ、セヴィ? もしかして、嫌なの? 」
「嫌じゃない! 」
反射的に返した言葉に心なしか強張っていたソフィアの顔が緩んだ気がした。
この気持ちを、何と表せば良いのか。フェリシアを育ててもなお纏わりつく父親になってもいいのかという不安と、どうしようもなく嬉しくてたまらない気持ちと。
「……ソフィー。」
「ええ、セヴィ。」
クリストファーが“親”を教えてくれた。フェリシアが、“親”にしてくれた。愛する女性との間に子どもができるなんて、不思議な気持ちだった。幸せになりなさい、と微笑む養父を思い出す。幸せになっていいのだと、認めてくれる人がいる。
「子どもを身ごもったのだから、身体は大切にしなければならないのだろう? 仕事はやめた方がいいのでは……ああ、それより屋敷しもべをもっと雇って、負担を軽くして。」
「……もう、セヴィってば心配性ね。ねえ、セヴィ? 私との子どもは、嫌じゃない? ちゃんと言って。言葉にしてくれなきゃ嫌なの。」
青い瞳がセブルスのそれをとらえた。逃さないとでもいうようだ。
「ソフィー、その、抱きしめても、いいか。」
「だめ。ちゃんと言って。」
「……ありがとう、ソフィー。嬉しくて、何と言えばいいのかわからないくらいだ。」
ようやく言葉になったそれはひどく拙かったが、ソフィアは笑みを浮かべてくれた。
「いいわよ、抱きしめてくれて。この子の父親なんだって自覚しなさいね、まったくかわいいひと。」
力加減はどこまで大丈夫なのか、身体に障らない体勢は―――そんなことを考えながら恐る恐る手を伸ばして、華奢な身体を抱きしめる。ソフィアに片方の手をとられ、彼女のお腹にふたりの手が重なる。
「ここに、私たちの子どもがいるの。」
「……名前を、考えなければ。」
「気が早いわ。男の子か女の子かもまだわからないのよ? どれくらい先だと思っているの。」
「一年あっても足りない。」
「十月よ。」
「もっと足りない。」
お腹で重ねた手をゆるく握る。十か月だなんて足りなさすぎる。父親になるための心の準備と、この表しようのないあたたかい気持ちを咀嚼して自分のものにして幸せだといえるようになるまで、一年だって足りないのだ。
「私だって十月じゃ足りないわ。でも、だからって待ってくれるわけじゃないの。私ひとりじゃ足りないけど、セヴィと一緒ならきっと足りるわ。ね? 」
「……私にできることがあれば、何でも言ってくれ。」
「ええ、父親になってもらわなきゃ困るもの。」
微笑んだソフィアに頭を撫でられる。彼女のお腹の中にはまだ見ぬ血を分けた子どもがいて、十月の後に両親の元を訪れるべく用意をしてくれているのだ。
「ありがとう、ソフィー。」
「私の科白よ。セヴィ、ありがとう。たくさん愛しましょうね。」
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妻が臨月を迎えてからというもの、セブルスは裁判所に休職届を叩きつけた。上司には奥さんの傍についていなさいと言われたし、言われなくてもそのつもりである。ステアフォールス当主の執務もすべて室内でできるものに切り替えていつでもソフィアのもとに駆けつけられるようにした。血を分けた子どもが生まれるというのは幾度となく人生を繰り返しても初めての経験で、どうにも落ち着かないし何ならソフィアより動揺している。ソフィアの方が不安に違いないのだからしっかりしなければと思っても右往左往してしまうのは同じなのだ。
まったくどうしようもない、とセブルスが執務机の上で頭を抱えると執務室内にからからと笑い声が響く。
「あのね、出産に関して僕らにできることはほとんどないよ。頑張ってる奥さんと頑張ってる赤ちゃんを信じて、励まして、ただ待つしかできないんだ。だからそう悩むこともない。生まれればそんな風に悩む暇もなく育児に追われるんだし、考えても仕方のないことだよ。ま、悩めるのも今のうちともいう。もちろん奥さんへの配慮は必要だけどね。」
「トム義兄様と違って私は初めてなんですよ……。」
むっとセブルスは口を尖らせた。トムのところには2歳の双子の娘がいて、ついこの間後継ぎとなる男の子が生まれたばかりだ。彼に嫁いだシャーロットは相変わらずトムを優しく包み込んでくれている。トムもシャーロットもいい父親でいい母親で、子どもたちだって両親によく懐いている。
そんなトムがいうのならそこまで悩む必要もないのかもしれないが、でも初めてのことだ。セブルスが頑張ってもどうにもならないことだから歯がゆいし、余計不安が募る。
「出産までは奥さんが頑張るしかないんだから、育児は彼女たち以上に僕らが頑張るんだ。奥さんはもう生んでくれただけで偉いしその上離乳まで栄養も与えるんだから、僕たちが思う以上にたくさん頑張ってる。ソフィーがそれでいっぱいいっぱいになる前にちゃんと育児に関わりなさい。何のために親がふたりいると思ってる? ……だからね、今は、ソフィーと赤ちゃんを信じていなさい。」
「はい……。」
反論する余地もないし、事実、生まれて来てくれるまではセブルスにできることなんて生まれたあとの準備をすることと信じることくらいしかない。よくできましたとばかりにトムに頭を撫でられるのはくすぐったいが、やはり彼は兄なので。
「旦那様! 奥様が……! 」
ステアフォールスの使用人が駆け込んでくる。生まれそうなのです、という言葉を皆まで聞かず、セブルスはいてもたってもいられなくなって妻のいるところへと姿くらましをした。
――セヴィと一緒ならきっと大丈夫、だから手を握っててね。
臨月を迎えた時にソフィアに言われた言葉が蘇る。荒い息を繰り返している彼女は苦しげで、けれどもどうにもできない。ソフィアに言われた通り手を握るくらいしかできなくて、その手をとればいつになく強い力で握り返された。
ソフィアは頑張ってくれている。セブルスが想像するものなんかより、ずっと頑張ってくれているに違いない。
「……ソフィー、一緒にいるから。」
イルヴァモーニー次席の頭はこんな時には何の役にも立たず、うまい言葉は紡げない。ただ信じて待つことしかできないなんて、トムの言う通りだ。わかってはいたことだが、男の無力感がこみあげる。
どれくらい時間が経ったのか、まったく感覚がなかった。魔法薬学で培われた時間感覚は何の役にも立たなかった。
元気に泣きわめく声が聞こえてようやく緊張がほどける。祈るように握っていたソフィアの手からは力が抜け、呼吸の音が聞こえる。
「旦那様、抱かれますか? 」
白い布にくるまれた赤子はどこまでも無垢だ。ソフィアの持つイゾルト・セイアの蒼は受け継がれ、赤子にしては豊かな黒髪はセブルス譲りのもの。血を分けた我が子が生まれたのだということがどうにも不思議で、そして何だかとても嬉しくて。
取り上げてくれた産婆から我が子を受け取り、抱いてみればそこには何よりも愛おしい温もりがあった。ああ、血を分けた子どもというのは、これほどまでに可愛らしいものなのか。
「……この子は、女の子か。」
「ええ、女の子でございますよ。お可愛らしいでしょう。」
何もわからず泣く赤子が、腕の中にいる。愛せるか不安だの何だのという感情は霧散して、何よりも愛しい我が子がそこにいた。
「レティシア……レティ。」
どんな名前がいいかとソフィアと一緒に考えて、そして、出した答えがそれだった。女の子だったらレティシアと名付けましょうね、と微笑んだ彼女が生んでくれた。レティ、レティシア、喜びを表す名前。こんなにもあたたかな幸せを運んできてくれた子。至福の喜びを体現してくれたかのような子。
「……セヴィ。」
柔らかく、嬉しそうに。愛する我が子をこの世に送り出してくれた妻は名前を考えた時と同じように、慈愛に満ちた瞳で微笑んでくれていた。
「……ありがとう、ソフィー。」
頬を伝うものには気付かないふりをする。ソフィアが笑ってくれるなら、たった今この手に抱くことのできたレティシアが元気でいてくれるならもう何も言うことはない。クリストファーとフェリシアが教えてくれた親子の愛情はもうとうにセブルスのものだった。