「そういえば予言はどうなったんでしょう……。」
「予言? 」
ひたすら娘を溺愛して過ごしていたところ予言のことを完全に忘れていたセブルスは、そういえば思い出したとばかりにトムに問いかけた。トムが問い返してきたところを見るに、彼に予言の情報は伝わっていないらしい。
「英雄が現れて闇の帝王を倒すという予言です。あ、闇の帝王ってヴォルデモートのことですけど。」
「……ああ、ヴォルデモートっていうか、うん、あれか……回収済みだよ。」
「回収済み。」
あまりの言い草にセブルスは思わずオウム返しをしてしまった。回収済みとは、つまりどういうことであろうか。分霊箱の回収はわかるが本体の回収とは。
「いや、どうせ僕の方が魂の量多いし心の充実度も高いから取りこんでも僕が優位に立てるだろって計算したんだよね。だから吸収した。」
「そうだったんですか……一言言ってくださってもよかったのに。」
愛する家族がたくさんいて幸せ絶好調なトムに取りこまれたなら、ヴォルデモートもすぐ浄化されたことだろう。そもそも魂の割き方からして他の分霊箱も回収したトムの方が圧倒的に魂の分量は多いのだから。まあ、それはいい。でもそういうことをしたなら一言くらい欲しかった。分霊箱回収の時は教えてくれたというのに。
「何だか言うタイミングを逃してしまってね……ちょうどソフィーの出産の頃と重なっていたからセヴァをいたずらに動揺させるのも悪いと思って。それに安心して、ひとりでやったんじゃない。ちゃんとシャーロットと養父さんに立ち会ってもらった。セヴァには分霊箱回収の時に散々迷惑をかけただろう。シャーロットと養父さんがね、それなら自分たちにも迷惑かけろって言って聞かなくて。だからセヴァを仲間外れにしたわけじゃないんだ。」
「……そうですか。」
しかし、それにしても子どもっぽく拗ねてしまったものだ。人生n周目のプライドとかは一体どこにいったのだろうか。自分に呆れながら、イギリス魔法界から闇の帝王がいなくなっていることに安堵の息を吐く。レティシアが生まれたのはあのハロウィーンの事件が起きるちょうど1年前だったから、その頃に回収されたということはリリーは死んでいない。犠牲者の数もまだかなり少ないだろう。
そう、レティシアが生まれたのはハロウィーンだった。ハロウィーンといえば良くない記憶ばかりだったものを塗り替えてくれたのは妻であり娘だったのだ。何よりも愛おしいレティシアがこの世に生まれてきてくれて、初めてセブルスが娘を腕に抱いた日。ハロウィーンは喜ばしい思い出に彩られていた。
「ああ、そうだ。予言といえば……“闇の帝王を打ち負かす喜びがこの世に生まれいづるだろう”とかだったかな? 闇の帝王ってつまり僕とだいたい同義だろう。子どもたちの可愛さにやられているから僕を打ち倒す喜びってそれかなとか思っているんだけど。もちろんセヴァも可愛いけど、予言がなされたのが数年前だったから“生まれいづる”って表現は当てはまらないかなとか……。シャーロットとあの子たちに下手に影響があっても嫌だから闇の帝王回収したんだけど、今イギリス魔法界どうなってるんだろうね。」
「そうでしたか。」
闇の帝王を倒す子どもが云々だとかそういう予言は一切なされていないということらしい。ああ、そういえば。セブルスはふと疑問に思って口を開いた。
「ベラトリックスとか……狂信的な死喰い人はどうしているんです? 」
「ベラトリックス……シグナスの娘だね。在学中に随分と世話になったアブラクサスやオリオンたちにはアメリカ魔法界で幸せに暮らしている旨を伝えてきたんだ。そこでベラトリックスにも会ったんだけど、ロドルファスとの間に子どもが生まれたらミラかベルを嫁にもらうかアルフィーに婿入りするかしたいんだそうだ。僕としてはあの子たちが幸せなら何でもいいから、説得なりなんなり好きにするといいと言っておいた。今はまだイギリスは大変だろうけど、そのうち子どもをイルヴァモーニーに入れるためにこちらに来ると思うよ。」
「そうでしたか……イギリス魔法界に、何か問題が起こっていないならそれで良いんです。」
「ああ、起こっている様子は感じないな……何か気がかりなことがあるのなら言ってくれれば調べるよ。」
「トム義兄様は私を甘やかしすぎです。」
「仕方ないだろう、可愛い弟なんだから。」
トムの対応は変わらない。イギリスのことについてはまたクリストファーに相談しよう。そう決めて、セブルスはトムと雑談に興じることにした。
******
「イギリス魔法界は今どうなっていますか? 」
ステアフォールスへ婿入りしたので、前世と違いシスルウールの邸に住むクリストファーとは毎日顔を合わせるわけでもない。トムのところに顔を出し、ルドミラとメイベルとアルフレッドのところにレティシアを預けてからセブルスは養父の書斎を訪れた。
書斎に入るなり問いを投げかけたセブルスにくるりと椅子を回したクリストファーはそうだな、と軽く頷いた。
「何もそこまで責任を感じる必要もない……と言っても無駄なのだろうな。」
クリストファーが言うのは、リリーに対する恋のことだろう。実に半生を捧げた贖罪は、開心術によってクリストファーの知るところとなっている。
「ソフィーが、軽くしてくれましたので……それに、裁判官の職を経て人を裁くことを知りました。私でも実の子を愛せる――生みの親と違うのはレティが証明してくれましたし、自分の気持ちにも整理がついてきたところです。今なら、イギリス魔法界に何が起こっているのか冷静に受け止められそうな気がしまして。」
裁判官になるという道はクリストファーが提示してくれた。人を裁くことを通して客観的な物事の見方を手に入れ、己のことをそれなりに冷静に振り返ることができた。ソフィアは代わりに背負ってくれると言ったし、そのおかげでかなり過去については吹っ切れた。そして、レティシアは何よりも可愛いから。
「……そうか、それは良かった。イギリス魔法界についてだが、そうだな……。リリー・ポッターは生きている。これで満足か? 」
「……そうですか。」
「なかなか反応が薄いな。成長したということか……ソフィアとレティシアは愛しいか? 」
「ええ、私に家族を教えてくれてありがとうございます、クリストファー。おかげで私は妻子を愛せています。」
「いや、私こそセブルスの子を見ることができて嬉しい。私の元を離れてステアフォールスに行ったのは少し寂しいが、こちらにはトムもいてくれることだ、幸せになってくれれば何も言うことはない。」
「養父上が望むならいつでもソフィーとレティを連れて帰ってきますよ? 」
結局のところセブルスは養父が大好きなのであり、リリーを中心に回っていた世界は今やレティシアやクリストファーを中心に回っているのである。ソフィアはセブルスが色々なものを消化する手助けをしてたくさんの愛をくれて、これ以上何も言うことはないくらいに満たされて幸せなのだから。
幸せになりなさいだとか、幸せならいいだとか、そういう言葉は幾度となくクリストファーから聞いた。親孝行をしたいなら、私が注いだのと同じ、いやそれ以上の愛情を子どもたちに注いであげなさい、そうして繋がっていくのだからとも。それだけが理由ではないが、セブルスはレティシアを目に入れても痛くないほど可愛がっているし、何があっても両親だけは味方なのだと教えているつもりだ。どこまで伝わっているかは定かではないけれど、今のところレティシアは無邪気に育ってくれている。
「まあ、ともあれイギリス魔法界は無事だ。ホラスはのんびり教職を楽しんでいるし、エイブリー家の一人娘は両親に可愛がられているようだよ。」
「それは……良いことですね。」
前世ではついぞ養女が成長してから実の両親と会わせることはかなわなかった。この世界で彼女が実の両親に愛されて育っているのなら、それは良いことで、イギリス魔法界は平和であるという証明にもなる。
「セブルス、私に前世の記憶はない。……前世と及ばないまでも、私は信頼に値する養父をできているかね? 」
「何も問題はありません。養父上は養父上ですから。」
「そうか。」
やや乱暴にぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられるのはおそらくクリストファーなりの照れ隠しだとわかったので、髪が乱れるだのと文句は言わずにしておいた。