「お父様、わたし、エドくんと結婚する! 」
「よろしくお義父サマ。」
しれっと片手をあげた同級生とその腕に抱きつく可愛い娘にセブルスはしばしフリーズし、それから勢いよく椅子を蹴倒してあらん限りの声で叫んだ。
「……よくも私の可愛いレティを誑かしたなエド! 」
そして叫んでから勢いよく咳き込んだ。久々に大声を出した。歳か。悔しい。
――エドウィン・モナハン、現イルヴァモーニー校長。前世ではおそらく親友という立ち位置だった彼は、今生ではトムと同室だったため前世ほどの接点はなかったが、それでも7年間同じ寮で過ごせば嫌でも仲良くなるしやはり馬があうので気の置けない友人となっている。友人として軽口をたたいたりつるんだりする分には、セブルスはエドウィンを気に入っているしイルヴァモーニー校長に上り詰めた手腕も買っているし、つまり悪印象はないのだ。ないのだが。
可愛いレティシアをとられるとなったら話はまったく別なのである。まずレティシアが結婚相手として父親と母親の同窓生を連れてくるというのはまったくの予想外であったし、そもそもレティシアを生半可な男にやる気もないのでセブルスの判定はただでさえ厳しいが。確かにエドウィンは校長に上り詰めただけあって優秀だが。優秀だがそれとこれとは話が別。
「そりゃ俺だって悩んださ! だって親子の年齢差あるんだしレティシアちゃんにはもっといい人がいるんじゃないかとか。でも俺、これでもハイスペックじゃん? レティシアちゃん可愛いしどこにも嫁にやりたくないしいっそのこと俺が結婚すれば解決じゃねって。」
「もっと誠実さを見せろ。レティのどこに惚れた。そもそもまだ手は出していないんだろうな? 」
「いやさすがに友人の娘に婚前交渉とかまずいしそもそもレティシアちゃんの身体目当てなわけないでしょ!? 」
「当たり前だ。そんなの常識だろう。」
「お父様ってば心配しすぎよ! あとエドくんいじめないで。」
「いじめてはいないから安心しなさい、レティ。」
もうっと頬をふくらませるレティシアの頭を撫でれば、彼女は楽しそうにきゃらきゃらと笑う。笑顔は幼い頃から変わらないし、そもそもこの可愛い子を嫁に出す日が来るなど考えたくもないが。
「大丈夫よ、お父様。わたし、お嫁には行かないもの。」
「えっレティシアちゃん俺と結婚するんじゃないの!? 」
「結婚はするけどエドくんがお婿に来るんでしょ? だってわたし兄弟いないし、ステアフォールスのおうち継ぐもの! それにね、そうしたらお父様とお母様とも一緒にいれるでしょ? 」
「ああ、レティは賢い子だな。」
「へへ、そうでしょ? 」
ふにゃっと笑うレティシアは最高に可愛くて、父子の空気に仲間外れをくらったエドウィンは仕方ないとばかりに、しかし大人げなく口をとがらせた。
「あらエドウィン、拗ねてるの? うちのセヴィとレティは可愛いでしょう? 」
ひょっこりと顔を出したソフィアは笑顔でエドウィンに話しかけた。彼女だって愛しい夫と可愛い娘の戯れはいつまでも眺めていたいし、レティシアを結婚なんてさせたくないのである。とはいえ娘の人生、干渉しすぎるのは良くないのでできる限りレティシアの意志を尊重するつもりではあるが。
「いや、うん、レティシアちゃんがうちに来てくれるものだとばかり思ってたんだよな……そうだよなステアフォールスの一人娘だから婿取らんといけないよな。まあレティシアちゃんが結婚してくれるなら何でもいいや。」
「そう……まあ、レティはセヴィが大好きだからせいぜいとられないように頑張りなさいね、エドウィン。」
「ご忠告ありがとうございますお義母サマ。同級生かつ義父がライバルって何かおかしくない? 」
「同級生に義母なんて呼ばれるのはさすがに嫌だから普通に呼んでいいわよ。それにね、この世で一番レティを愛してるのはセヴィだもの。レティはずっと父親の大きな愛に包まれてきているの。ま、頑張りなさいね。」
「……とうぶんお義父さんなんて呼ばせんからな。」
「あら、いずれは呼ばせるってことかしら? 」
ソフィアがからかうように聞けば、セブルスはむっとした顔をして黙りこんだ。確かにエドウィンはちゃらんぽらんに見えて意外としっかりしているし、レティシアを幸せにはしてくれるだろうがそれはそれとして心の整理はつかない。我が子が生まれてまだ20年しか経たないのにもう送りだすなんて、子どもの成長はあまりにも早い。
「お母様は賛成してくれる? 」
「ええ、レティが幸せになってくれるのならね。セヴィだって寂しいだけだから、お父さんの覚悟が決まるまで少し待っていてあげなさい。
「うん! へへ、エドくん、良かったね! 」
ふわふわと笑うレティシアは間違いなくセブルスとソフィアの最愛の天使であり、エドウィンのお姫様でもあった。
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「新郎エドウィン・モナハン、あなたはここにいる新婦レティシア・ステアフォールスを病める時も健やかなる時も、いついかなる時も愛すると誓いますか? 」
「―――誓います。」
「新婦レティシア・ステアフォールス、あなたはここにいる新郎エドウィン・モナハンを病める時も健やかなる時も、永久に愛すると誓いますか? 」
「誓います。」
幸せそうに微笑んで高らかに誓いの言葉を口にしたレティシアは、一等美しかった。あんなに幼かった娘がここまで育つのはあまりにも早くて、もっと両親の腕の中で守っていてあげたかったけれど巣立っていくのは止められない。両親と一緒にいたいなんて言ってステアフォールスの家にとどまってくれても、レティシアはもうセブルスとソフィアの娘ではなくてエドウィンの妻で。新しい家族を築いてくれるのだ。
「……綺麗ねえ、レティ。」
「……ああ。」
「いい加減泣きやんだら? 」
「……わかってる。」
つい先ほど、レティシアをエドウィンのもとまでエスコートした。たくさん愛してくれてありがとう、と微笑まれてから、泣きやむのはほとんど不可能だった。たくさん愛させてくれて、たくさん思い出をくれて、きっとこれからもたくさん喜びをくれるレティシアにありがとうと言いたいのはこちらの方だ。
「セヴァ、嬉し涙なら好きなだけ流すといいよ。」
ソフィアとは反対側の隣に座っているトムがからりと笑って頭を撫でてくる。もう子どもではないし娘の結婚式で義兄に慰められるのは情けないのだが、これ以上ないほどに愛して育てたレティシアの旅立ちには喜びと悲しみと、言葉では言い表せない色んな感情が入り乱れているから。
「僕だってミラとベルの結婚の時には泣いたからね。アルフィーの時だってきっと泣く。……レティシアは、美しいね。」
「……っ、そうでしょう。あの子は可愛いでしょう、美しいでしょう。だって、あの子は、ソフィーと私の娘なんですよ。」
「うん、そうだね。」
「トムとセヴィはいつまで経っても仲良しね。」
いい年をした父親ふたりの戯れなど可愛くも何ともないが、ソフィアにとってはその限りでもないらしい。
結局涙腺の緩みきったセブルスは娘に格好をつけきれなくて、エドウィンにからかわれて大人げなく反撃してしまったが、レティシアが終始楽しそうだったのでそれだけで十分だった。
******
「セヴァ、山に登りに行かないかい。」
「山登りですか? 」
ルドミラとメイベルを元死喰い人たちの子どもたちのところへ嫁にやり、アルフレッドは成人してシスルウールの嫡男として訓練を積んでいる。シャーロットが久々に実家に帰省してしまい、暇になったらしいトムはさっそくステアフォールスの義弟のところをたずねたようだった。
それにしても山登りとは。いったい何をしに、その前にどこに行くのであろうか。
「鉱石を使って魔法薬作りとか武器作りとかできないかなと思ってね。ちょっとマグルの地学というものをかじってみたんだ。付き合ってくれるかい? 」
「そうですね、私もレティが新婚旅行に行ってしまった上にソフィーも研究所にこもりきりで寂しいので。」
「うん、そうだね。久しぶりに兄弟水入らずといこうか。」
魔法使いなので水や食料はたいていどうにかなるのでさして準備に時間がかかることもなく、ついでに交通費もかからず姿現しで山に行ける。そんなわけで山登りに行く話がついてから数分後にはさくっとお目当ての山に着くことができた。
「……子どもが自分の手を離れるのって寂しいものですね。」
「そうだね。イルヴァモーニーの寮に入れる時、帰る場所は両親のもとだった。結婚するってことは両親とは別の家庭を持つってことだ。……寂しい、ものだね。」
「養父上は、ずっと私たちに格好つけていてくれましたけどね。ずっとずっと憧れの養父でいてくれますから。」
他愛もない会話をしながら、山に足を踏み入れる。子どもたちのこと、それに小さい時のこと、話題が尽きることはない。
「それでね、ベラトリックスとロドルファスと来たらもう必死だったんだ。何が何でも自分の息子と僕の可愛いミラを結婚させたかったらしくて……ベルがレギュラスに惚れこんでしまったから焦ったのかもしれないね。」
「それはそれは……ルドミラもメイベルも義実家にこれでもかというほど愛されて、良かったですね。」
トムのふたりの娘は、ブラックとレストレンジに嫁いだ。トムが結婚の条件として出したのはただひとつ、“恋愛結婚”だ。子どもたちに政略結婚を強要する気などさらさらなかったトムは、自分の意志で一緒にいたいと決めた人と結婚しなさいと言い渡した。トムが旧友オリオンの元をたずねた時にメイベルはレギュラスに一目惚れしたし、ルドミラはレストレンジ夫妻の息子から熱烈に言い寄られた。メイベルはグリモールド・プレイスにいるが、レストレンジ夫妻はわざわざアメリカに引っ越して息子と嫁と二世帯住宅を作っている。
まあそれにしてもホグワーツで戦いが起こったあの世界に比べれば何とも平和なことである。レストレンジ夫妻のヴォルデモートあらためトムへの心酔は相変わらずではあるが、闇の魔法使いの相手など闇祓いくらいで事足りる程度であるのだろうし。
「さて、もうすぐ山頂だね。」
「そうですね……。何か焦げくさいような匂いがしますが……。」
まだ行きますか、と言おうとしたが、それは言葉にならなかった。地鳴りがして、何が起こったのかわからなくなる。
「セヴァ! 」
少し先を歩いていたトムが焦ったように手を伸ばしてくるのをよそに、セブルスの立っている足場が崩れて熱い溶岩流が迫ってくる。たちまち視界からフェードアウトしたセブルスを必死に呼ぶトムの声を聞きながら、セブルスの中で何かがぷつんと切れた。
レティシアは大人になって、きちんと彼女を託せる人も見つかった。認めたくないだとか何だとか色々言ったもののエドウィンがレティシアを幸せにしてくれることは疑っていない。ステアフォールスはもう安心だし、イギリス魔法界も安定している。アメリカ魔法界も言わずもがな。裁判官もしばらく前に降りて、今はステアフォールスの執務に集中している。
それなら、もうセブルスがいなくなっても極端に困ることはない。なら、別にここで必死に生きなくてもいいのでは?
「……ステューピファイ。」
苦しみながら死ぬのは嫌だったので自分を気絶させ、セブルスは今生を終えることにしたのだった。――必死で手を伸ばしてくれるトムには、悪かったけれど。