「やあ、スニベルスじゃないか! 」
リリーとは常に一緒にいるわけでもないし、彼女にはグリフィンドールでも友達を作ってもらった方がいいと思って別行動をしていたらこれである。しかもあの嫌な思い出のある湖畔。まあ闇祓いとして鍛え上げられた今となってはあんな醜態など晒さないが。げんなりしつつ、セブルスはまず率直な感想を述べるために口を開いた。なんだそのあだ名、仮にも学年主席なんだからもう少し頭のよさそうな蔑称ってなかったのか。
「……ひねりがない……。」
「何だお前、ジェーのセンスに文句をつけるのか? 」
「いや、……君たち、格好悪いなと思っただけだから。」
しまった、つい本音が口をついて出た。積年の恨みがあるとはいえ11の餓鬼相手にあまりにも大人げない。セブルスは自分の未熟さを少しだけ反省した。あくまでも少しだけである。このコンビにかける情けはあまりない。セブルスの慈愛の容量は最愛のレティが9割方を占めるのである。
「なっ……格好悪いだって!? どこがだ!? 」
「二人がかりでひとりにちょっかいをかけるなんてまったく正々堂々としていない。おまけにここは人の目もない校舎の裏手。……僕にいちゃもんをつけたいならもっと白昼堂々と人の目があるところでやったらどうなんだ? 君たちが正義なら別に誰も咎めないだろう。……まったく、そんな格好の悪い奴ならいくらリリーを愛していても彼女は任せられないな……。」
「エバンズがなんだって? 」
「……いや待てよ、シリウス。……なあ、スニベルス、君、エバンズが好きなんじゃないの? 」
「僕には別に想い人がいるんだけど? 彼女は友人だよ。だから別にリリーが誰と結ばれてもいいんだけどさ、……うん、ポッターみたいな性格が悪くて格好も悪いようなのと結ばれるのはね、ほら、止めたいというか……。そもそもリリーの好み、君じゃないし。」
「それってエバンズが好きだってことだろ? 」
「どうしてそうなるかな……あ、こう言えばいいか。僕は少なくとも君よりリリーの好みを知っている。君がリリーの思い描く理想像に向けて努力する気があるなら、手伝おうって言っている。それだけなんだけど……。」
ジェームズ・ポッターにはどうも、好意を抱いた人の言動はすべて都合よく、悪意を抱いた人の言動はすべて都合が悪く聞こえるという特性があるらしい。なんともグリフィンドールらしい。勇猛果敢は猪突猛進や視野狭窄と紙一重なのであるからして。などと、一度目の人生なら嫌味ったらしく言ったことだろうが、今そんなことを言えばポッターの神経を逆なですることはわかっている。もう同い年の敵ではなくてちっちゃくて面倒な猛獣なのだから躾けるだけなのだ。
――うん、獣と思えばあまり苛立たなくなってきた、とセブルスは思った。年の功は便利である。
「セブ! ここにいたのね、探したのよ! 」
かと思えばリリーの登場である。さてどうしたものか。目をぱちぱちさせて驚きを表現しつつ、セブルスはしばしの間考え込んでから口を開いた。
「あ、リリー……こんなところまで来て、危ないよ。結構地面もぬかるんでるし……大丈夫だった? 」
「大丈夫よ、わたし、バランスをとるのは上手いの! 」
「よかった。……それにしても、ちょうどいいところだったよ。」
「ちょうどいいところだったって、……あ、ポッターとブラックじゃないの! あなたたち、またセブに何かしてたの――。」
「オォォォォ……。」
ポッターとブラックが顔を見合わせて、何を言い出すかと思えばこれである。思い出した、あの最悪な初対面の時も彼らはリリーの声真似をしたりしていた。あほらしい。セブルスは呆れのあまり溜息を吐いた。
「リリー、気にしなくていいから。それより一つ聞いてもいいかな。」
「え、ええ、いいけど……大丈夫なのね? 」
「大丈夫だから。……それで、本題なんだけど。裏でこそこそするような卑怯な男ってどう思う? 」
「……ポッターのこと? それは、そんな男の子、嫌いに決まっているけど。」
「……だそうだが、ポッター。」
しかし、好きな子の意識をひくために突っかかるなど幼い。これほど素直じゃないと逆に可愛げがある気がする。まったく可愛くはないが。。
「それより! ねえ、セブ、朝から気になっていたのよ。」
ポッターがセブルスの煽りに答えようとしたところで、リリーがぽんと手を叩いて口を開いた。それに勢いを削がれたようで口をつぐむところは、やはりまだ幼さが残っている。
「ホグワーツに来てから変わった? 」
「え? 」
「なんかカッコ良くなったわ! 素敵よ! 」
セブルスは仇敵の幼体がぽかんと口を開けてこちらを見ているのに気づいた。ありがとうリリー、これで話が進めやすくなった――内心、笑みを浮かべる。リリーに褒められるのはポッターの説得の材料にできるはずだ。そして褒められて気分が悪いことはない。今のセブルスは、前世での養父の庇護と義兄の溺愛のおかげでだいぶひねくれの度合いが緩和されていた。
「うん、良い寮の人たちに恵まれたんだ。リリーはどう? 」
「グリフィンドールかしら? セブはあまりいい話をしていなかったけれど、良いところよ? あったかい色で、窓からの景色もいいの! 」
「そうなんだ。リリーが楽しいならよかった。」
「おい、スニ……。」
「蔑称にしても趣味が悪い。僕の名前も覚えられないほど記憶力が悪いようだね。」
「はあ?! 君の名前くらい覚えてるよ、スネイプ! 僕は天才だからね! 」
なるほど、とセブルスはうなずいた。煽りも種類によっては面倒だが、こういう煽り方をすれば良いわけだ。嫌味は昔取った杵柄なわけで。なんてお手軽なんだ。腹の探り合いをしていた貴族当主時代に比べれば余計な思惑も何もなく、扱いやすい。いいのかこれで。曲がりなりにもポッター家の長男のはずだが。
「……で、何が言いたいんだ? 」
「昨日と言ってることが違うだろ! グリフィンドールを散々けなしておいて何なんだ! 」
ふむ、とセブルスは遠い記憶を探った。グリフィンドールをけなしただろうか。どちらかといえば、スリザリンを詰られたような気がするのだが。まあ、記憶というのは本人の都合の良いように捻じ曲がるものなのでどちらも同じくらいけなしていたのだろう。きっと。私はあとで憂いの篩で確認するようなねちねちとしたしつこい真似はしない。誓って――いや、軽率に誓うのは危険だから前言撤回。
「……もう寮は決まったんだ。わざわざ他の寮をけなしてメリットがあるか……? 」
言いつつ、セブルスは内心少しばかり申し訳なく思った。といっても、一ミリにも満たないくらい。ポッターにかける情けはあまりないと思っているので。
――何せ、ホグワーツ特急で彼らに突っかかられたのはもう何十年、下手すれば百年近く前なのだ。正直、あまりよく覚えていない。タイムラグがひどすぎて矛盾の渋滞がひどいわけだ。昨日の今日でここまで変わることもそうあるまい。だってどう考えても、この世界において、昨日までセブルス・スネイプはリリー・エバンズに本気で恋をしていたし、グリフィンドールも毛嫌いしていたし、その上ジェームズ・ポッターはあまりにも嫌いだったはずなのだ。それが今はこうである。年を取って丸くなるとはこういうこと。
いや、年をとっても養父と義兄には大人げなく甘えていたのだが。思考回路の支離滅裂ぶりが酷いのはなぜか――私の可愛いレティがいないからか? 前世で親馬鹿を満喫したあまり、セブルスは愛娘のことに関して少しばかり頭が緩くなる傾向にあった。擁護しておくと、彼は優秀な魔法薬学のスペシャリストである。そして二度の名門貴族当主としての人生を通して上手な世渡りを身につけた魔法使いである。ただ、かつて家族の愛情に飢えていた記憶がある反動もあって子供を溺愛していただけで。
「……何言ってんの……? 」
「いや、お前の寮、スリザリン……。」
他寮の悪口に対してあまりにも真剣に否定されたもので、どうやらポッターとブラックは言うべきことが見当たらないようだった。お前の寮スリザリン、って悪口のつもりなのか。お粗末な悪口である。これでもスリザリンは誇りなのでありがとうとしか言えない。
とはいえ、セブルスもさすがに思い当たるふしはある。あまりに変わりすぎなのである。一日で。――これは、宣言しておいた方が良いのではないか? 突拍子もないことってあまりにも突拍子がないと逆に信じない? 鍛えられた鋭いはずの勘は、たまに変な方向へ働く。
「あー……そうだ、えっと。今日の朝目覚めてから、どうやら僕は――すっかり、別人になったようで。だから昨日までの記憶はきれいさっぱり消してくれると助かるんだけど。」
子どもの口調はこれであっているだろうか。今一つ自信がないものの、あまり参考になる手本が周りにいないもので、セブルスは探り探り言葉を紡ぐしかなかった。これが大人相手であれば社交スマイルと子供の無邪気さという武器をいくらでも振り回せるのに。
「だから僕は別に君たちが嫌いなわけじゃない。」
「ちょっと、セブ……。」
「それにグリフィンドールはリリーの寮だ。彼女まで巻き込んで中傷する気もないし、寮のレッテルを貼って争うなんて建設的じゃない。だからうまくやろうってことだよ、ポッター。その方がクールじゃないか? 」
「どうしちゃったの、セブ! 」
信じられない、とでもいうようにリリーが叫んだ。昨日までの態度からは信じられないだろうし、もちろん大嘘である。ポッターもブラックも嫌いであるし、天地がひっくり返っても時がまき戻ってもこの感情がなくなることはない。ただ、本心を隠して綺麗に微笑む処世術を身につけたというにすぎない。貴族社会でクリストファー・シスルウールの後継として、ステアフォールスの若当主としてもまれたことの最たる恩恵である。
「なに、君、それって……スネイプ、それって、っていうか今の一連の発言、なんだよずるいだろ! なんかかっこいいじゃないか! 」
「嘘だろジェームズ?! 」
今度はシリウスが叫ぶ番だった。いいなあ、とセブルスは思った。私だって絶叫したい。しかしここは余裕を持って受け入れるが吉である。動揺を見せても何にもならない。文句などつけようもないくらい恰好をつけてやろうじゃないか。
「それは……お褒めに与り光栄だ。」
「ああ~っ、もう、わかったよ! スネイプ! 決闘だ! 今夜トロフィー室で! 」
「校則違反だぞ!? 」
セブルスは反射的に言い返した。ホグワーツにおいては生徒でいた時間よりも教員でいた時間の方が長いのである。そしてイルヴァモーニーでは優等生で通していたし、今更校則違反というのは少々――いや、かなりいただけないのである。そして校則違反というのは、あとあと色々と面倒になるものなのだ。校則違反という厄介な看板を引っ提げて歩きたくない。
「へえ、君ってそんなことを気にするのかい? 」
「いや、校則違反の時間帯に決闘でもしないと僕に勝てないのかと思って……いや、正々堂々と正面から挑んでこないというのは、よほど自信がないのかと。」
「はあああ?! 僕は自信あるけど君はエバンズにカッコ悪いとこ晒したくないだろうと思ってね! 」
「別に僕は誰の前でも構わないけれど。」
一度は魔法大臣を務めたのだ。公衆の面前などもう慣れた。それにレティの前では恰好をつけたいけれども、リリーの前ではそうでもない。付け足すと、早々に失望された方が傷が浅いかもしれない。そしてポッターには負けない。初めから無駄な心配である。他人の心配をしている暇があったら自分の心配をしたらどうか。
「ねえ、セブ、そろそろ夕食の時間だわ。」
「あ、もうそんな時間? 道理で暗くなってきたと思った。食べ損ねたら嫌だし、行こうか。」
「ええ! セブはどの料理が好き? 昨日の夕ご飯、たくさん種類があって豪華だったわ! 」
「どれも美味しかったけど……あれ、あのハッカ入りキャンディだけはいただけない。」
11歳の胃袋は健康である。どれだけ脂っこいものを食べても胃もたれしないなんてすばらしい。とはいえ、幼少期の思い出したくない諸々が原因で胃袋が小さい気がするのでこれから鍛えていかねばなるまい。手始めに厨房のハウスエルフとでも仲良くなっておくか。そして野菜がない。何をするにも健康第一である。食事・生活・運動習慣改善。とりあえず明日は早起きして目くらまし術をお供にウォーキングでもしよう。
「食べたの? 私、なんか匂いが好きじゃなくて食べなかったんだけど。」
「ものはためしと思って食べてみたら、案の定……。」
「あら。じゃあ、私も挑戦するのはやめておくわ。」
「それが賢明だと思うよ。」
「ちょっとスネイプ! まだ話は終わってないだろ! 」
「腹が減っては戦はできぬ、だよ。ポッターとブラックも夕食は食べに行くんだろう? 話をしたいのなら道中の方が効率がいいと思うけど。君たちがよほどの馬鹿じゃない限り……。」
「ちょっと、今この僕を馬鹿って言った?! 」
「いや、馬鹿でなければ話の続きは歩きながらしようと言ったんだ。」
にっこり。綺麗に一分の隙もない笑顔をつくるのは慣れた仕草だ。ちなみに、この技を使うとあとでソフィアに笑われる。彼女だって似たようなものなのだが。
「……っ! 」
「……? ポッター、どうしたんだ。顔が赤いぞ。熱でも出ているのなら医務室に行った方がいいんじゃないか? 」
「あら、セブルス……。」
「スネイプ、お前……。」
体温上昇か水分不足か、体調不良であろうポッターの顔の赤みを指摘したらリリーとブラックにじっとりとした目で見られた。何たる仕打ちであろうか、とセブルスは眉をあげた。
「マダム・ポンフリーの腕は確かだぞ? 」
そうじゃない、とでも言いたげにリリーは空を仰ぎ、ブラックはがくりと膝をつく。ポッターは叫んだ。
「何なんだよ君! 」
こっちが何なんだお前、だよ。そう思いつつもセブルスは口には出さず、ポッターに冷たい視線を送った。少年の性癖が歪んだ瞬間だった。ソフィアに指摘された鈍さは無自覚に健在なのである。