「おはよう、セブルス。」
「おはようございます、ルシウス。」
ぱちぱち、と暖炉で薪の爆ぜる音がする。地上より気温の変動の少ない地下といえどもやはり冬は冷え込むもので。
「プリンスの当主と話がついた。次の休日に行くぞ。」
「本当ですか! 」
「……それから、一つ確認しておくことがある。」
「何でしょう? 」
「グリフィンドールの連中と絡んでいるようだが? 」
ああ、とセブルスは溜息を吐いた。あれからことあるごとに主にポッターが絡んでくる。しかし前世ではポッターと共にちょっかいを出してきたはずのブラックはリリーと一緒に一歩離れたところで見ているもので、一体何がどうなっているのかよくわからない。呆れている節すら見受けられる。ブラックの邪魔がないおかげでポッター矯正計画が思ったより順調に進んでいるのは僥倖だが、それはそれとしてあれは鬱陶しい。男の子を育てるのは思っていたより大変である。我が子なら何をしようとも可愛いものだが、ポッターはまったくもって可愛くないので根気が必要なのだ。
「ポッターが勝手に絡んでくるんです。適当にあしらっているのでご心配には及びません。……プリンスの娘を母に持つとはいえ、僕は貴族ではありません。何か事を起こして、あちらの実家が動いたら面倒なので……。」
どのように言えば角が立たないかは熟知している。溜息まじりに愚痴のごとく――実際愚痴なのだが――吐き出せば、ルシウスの方も呆れたように息を吐いた。
「ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックか。……厄介なものに絡まれたな。」
「はい。関わりたいわけではないのですけど。ですが、彼らも、いずれダンブルドアの子飼いになるでしょうから……。」
「……おや。」
グリフィンドール寮監の存在はスリザリンにとって目障りだ。スリザリンから見ればあからさまな、しかし他寮から見るとそうでもないらしいグリフィンドール贔屓。何故リリーを守るためにあれを頼ろうと思ったのか過去の自分を問いただしたいものだが、今更どうしようもない。
ともあれ、ダンブルドアの息がかかった者の動向をある程度把握しておくことはスリザリンにとって悪いことでもあるまい。手懐けてしまえば情報源となるだろう。暗にそう匂わせたのだが、さすがにルシウスは気づいたらしい。
「なるほど、……君は聡明だな。」
「買いかぶりですよ。」
「本当にマグル生まれの一年生か? 」
「どうでしょうね。」
入学してからもう二月と半分。さすがに子供を演じるのは難しく、ルシウス相手には化けの皮が剝がれてきているわけだが人生N周目です、などとは口が裂けてもいえるはずがなく。適当にはぐらかせばルシウスの表情が不愉快そうに歪んだので、セブルスは話題を変えることにした。
「とにかく、次の休日ですね。ではそれまでにこれをしっかり暗記しておきます。」
膝の上に置いた本をぽんぽん、と叩いてみればその顔に感心の色が浮かんだ。まだまだ学生ということか、ルシウスは意外と顔に出る。
「……ほう、純血貴族の家系図か。」
「覚えておいて損はないでしょう? 」
「感心なことだ。半純血であるのが惜しいな……。」
これは何を返しても地雷である気がする。そう悟ったセブルスは、とりあえず愛想の良い笑みで誤魔化しておいた。
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「マリアによく似ているな。」
ルシウスに連れられてプリンスの当主――祖父に会ってみれば、開口一番それである。頭に叩き込んだ純血貴族の家系図を思い起こせば、すぐに名前が見つかった。11歳の脳って素晴らしい。
――マリア・プリンス。現プリンス当主夫人、つまり祖母である。孫という先入観もあるかもしれないが、父に似ていることを多少なりとも気にしていた身としては祖母に似ているというのはなかなかに嬉しいことだ。
「セブルス、と言ったか。」
「……っ、はい、閣下。覚えていただいていて光栄です。」
それはもう、初対面の印象というのは重要なのである。緊張している素振りを見せつつも大人びた振る舞いを意識して口を動かす。由緒ある貴族だ、閣下という敬称は不適切ではあるまい。ルシウスは次期当主、相手は現当主――つまり、プリンス当主はこの場で最も貴い立場。ルシウスにも失礼にはあたらないだろうという考えも込みである。
「畏まらずとも良い。……どうか、お祖父様、と。そう呼んではくれまいか。」
青い瞳の奥に深い慈愛が見てとれた。ソフィアの持っていたイゾルト・セイアの青とはまた違う、あお。開閉心術の名手として他人と目を合わせるなど言語道断であるのに、彼に対してはなぜか安堵がまさった。どうして最初の人生で彼に会おうと思わなかったのか。玉砕覚悟で望んでみたら思わぬ大歓迎である。もう憂いはないだろう。後ろ盾の重要さはイルヴァモーニーで嫌というほど思い知ったから。
「……はい、お祖父様。」
年月を経た皺のある顔がわずかに綻んで、セブルスは成功を知った。
「ルシウス、感謝する。もう孫の顔など見れぬとばかり。」
「……なるほど、孫と認めると? 彼は純血ではありませんが。」
「我がプリンスは聖28には入らぬゆえ。本人が才覚を持つなら構わぬ。大事なのは血の純粋さではなく能力であろう? 」
「……っ! 」
まるで試すかのような好々爺の笑みである。かっ、と見るからに頭に血ののぼっているルシウスは若いことで。セブルスは半ば他人事のように思った。祖父の発言で彼が自分の味方をする気でいることはわかったのだし、特に不安要素はないのだ。こんな問いを吹っ掛けるということは祖父の方にも何か考えがあるのだろうし。貴族当主というのは大なり小なり曲者であるから。
「純血を否定するか、プリンス当代! 」
ああ、若い若い。アーサー・ウィーズリーが相手ならいざ知らず、セブルスの記憶にあるルシウスは貴族の仮面をかぶって優雅に微笑む御仁だ。ヴォルデモート配下ではわりとびくびくしていたが。――どちらかといえば、平時の支配者に相応しい人間なのだ。
「純血であるほど優秀な魔法使いが生まれやすいのは本当だろうて。何せ環境要因と遺伝要因が揃っている。完璧だ。だがな、天性の才能というのが存在するのだ。」
「純血を愚弄するか!? 天性の才に我らがかなわぬとでも? 否、そのようなものは……。」
「落ち着かれよ。純血に非ず、それを理由に天性の才能を排斥するのは違うであろうよ。」
「だが……! 」
「セブルスに目をかけ、儂の前に連れてきたお主が言えることか? 儂に会わせる価値を認めた時点で矛盾しておるぞ、ルシウス。」
「戯言を……純血こそが至高だ! ノー・マジなどろくなことをしない! 」
「……なるほど、そうか。思想を変える気はないと。だが、儂にも引き下がれん理由がある。セブルスに罪はないのだ。」
「理由? そのようなものは関係ない、純血こそが――。」
「それは本当にお主の考えか? 誰かに聞いたことをそっくりそのまま鵜呑みにして自分の考えとして吐き出しているのに過ぎぬわけではないと断言できるか? 」
「プリンス当主、……私への侮辱か? 」
「そう思うか? 」
「疑問に疑問で返すか……! 」
「……あの、ルシウス。」
「何だ? 」
ぴりぴりとした空気を纏う彼に声をかけるなど、普通の子供なら委縮しそうなところだ。果たしていつぞやの自分にそんな繊細さがあったかは不明だが、少なくとも今のセブルスはなかなかに図太いのである。それに、祖父は自分に罪がないと言ってくれた。リリーとのことに関しての罪は一生背負っていくつもりだが、――生まれてきたことを肯定してくれたからこれくらいは。これくらいの、援護射撃は。
「純血主義に賛同するならば半純血であることもそれほど大きな障害ともならない、とお聞きしたと思うのですが……違うのですか? 」
記憶力は財産だ。とりわけ魔法族は憂いの篩ですぐに証拠を示すことができるから、言質をとることの重要さはノー・マジと桁違いだ。無邪気な子供を装った不安げな問いかけにルシウスが少し怯んだのがわかった。
「……ふ、ははっ! 我が孫はなかなか機転の利く子だな。」
「当主――。」
「ルシウス、この問答はまた次の機会に、ということにしてはくれまいか。セブルスを連れてきたことと合わせて――儂に二つも貸しを作ったこと。まあまあではないのか? 」
「……はあ、仕方あるまい。私も冷静さを欠いていたところがあったのは認めよう。」
「そうか。」
「だが――純血は我が誇りだ。」
「わかったわかった、また別の機会に聞くからいいだろう。……セブルス、菓子は好きかね? 」
「はい! 」
「うむ、良い返事だ。じき茶の用意ができる。気に入った菓子があれば言いなさい、寮まで送ろう。」
「良いのですか? 」
「孫が可愛くない祖父などそういまいて。自ら飛び出したアイリーンを許す気はないが……セブルス、お前は別だ。困ったことがあればこのお祖父様を頼るのだぞ。」
「はい。心強いです、お祖父様。」
しかし、ここまで良くしてくれるのならなぜ彼らは自分からセブルスを探そうとしなかったのであろうか。何かしら事情はあったのだろうが、もし母を追放した祖父母になど会いたくなかろうという気遣いでもあったとしたらそれは無駄だったわけだ。今更考えてもむなしいのだが。
祖父とルシウスの無言の攻防戦に辟易しつつ、一応気づかないふりを貫いていれば、日が暮れる頃にようやく祖父との顔合わせは終わった。帰り際に色々と世話を焼かれたし、次に来るときは祖母にも会ってくれと言われたので大成功だろう。これでしっかりと後ろ盾が確保できたことなので、学園生活で多少気を抜いても祖父が守ってくれるというので安心できそうであった。