「お祖父様、ひとつお聞きしたいことがあるのですが。」
冬休みが始まって間もないある日の昼下がり、セブルスは執務室の祖父を訪ねていた。祖母に比べればそっけないものの彼が孫を愛しているのはよく伝わってくるので、こうして訪ねれば断られないことはわかっている。クリストファーのもとで甘え方をしっかり学んだセブルスはそれをよくわかっていた。
「宿題か? 何かわからないことでもあれば言いなさい。」
「いえ、宿題とは関係ありませんが……純血主義に関することで。」
「……その話か。どうしてもか? 」
「どうしても知りたいんです。純血主義については調べましたし、ルシウスからも色々と聞かされています。プリンスが古くより続く純血の名家であることも知っています。ですから、不思議なのです。お祖父様が躊躇いなく半純血である僕を受け入れ、ルシウスに喧嘩を売って……そして、リリーとペチュニアが邸に入ることも快く許してくれたのが。」
「セブルス、愛する相手はいるか。」
「はい? 」
「お前には酷な話だ。まだ幼いお前に、この話をする必要は――。」
「お祖父様とお祖母様には申し訳ありませんが、僕は生涯結婚するつもりはありません。……正確に言えば、子を持つ気はありません。」
アメリカに逃げないと決めた時点で、それはもう確定したようなものだった。従兄の死の前にソフィアに出会っていないと意味がない。ソフィア以外の妻を持つ気もないし、可愛い我が子はレティだ。最初に愛情を注がせてくれたフェリシアも、きちんと実の両親のもとで幸せに育ってほしい。お節介であろうとも、エイブリーにはフェリシアのために世話を焼くつもりなのだ。
「……そうか。その意思は変わらないか? 」
「変わりませんよ。」
「ああ、どうもお前は大人びすぎている……いいだろう、覚悟はできていると受け取った。純血主義の話だったな? 」
「はい。」
「最初の魔法使いや魔女は、いかにして生まれたか。知っているか? 」
「……最初、ですか? 」
「最初の魔法使いはマグルから生まれた。マグル生物学の言葉を借りれば突然変異か遺伝子異常だな。非常に確率は低いが、マグルの間には一定の確率で魔法を扱う子が生まれるのだ。最初は異物として遠ざけられ、虐げられ、孤独のままに死んでいった。だが、やがて魔法使いたちは同族を見つけるようになる。同じように魔法を扱う仲間を見つけ、寄り添い、人目を忍んで隠れ住み――あるいは王侯貴族にうまく取り入った。マグルの神話や伝説に今なお残る魔女たちは、そういった者たちだ。そして、魔女狩りが始まった。」
「……魔女狩り、ですか。」
「そうだ。何も15世紀の魔女狩りが最初ではない。それよりも前から魔法を扱う者は異端とされ、陰で処刑が行われることがあった。魔法使いたちの数が増えるにつれ、彼らは力は持たぬが数は持つマグルの恐ろしさを痛感することになった。魔法使いたちはよりいっそう隠れるようになり、マグルの前に姿を現さなくなった。少しでもマグルと関わりがあるものを魔法使いたちは嫌うようになった。そして、両親が魔法使いである“純血”を崇拝する一派が出来上がった。――これが、純血主義の始まりだ。だが純血主義の一派だけが魔法族ではない。マグルの間に生まれた魔法族も庇護すべきだと考えた一派もいる。この二つの派閥の頂点に立ったのがスリザリン本家とグリフィンドール本家。そして長年の争いに終止符を打ち、友としてホグワーツを作り上げたのがサラザール・スリザリンとゴドリック・グリフィンドールと言われている。ま、その仲介者がロウェナ・レイブンクローとヘルガ・ハッフルパフというわけさな。」
「ですが、スリザリンとグリフィンドールは最後には仲たがいしたはずですよね? 」
「スリザリン本家もグリフィンドール本家も彼らの代で滅びておる。争いは終わったのだ。そして、両家が滅びた後に魔法界の頂点に立ったのが今日まで魔法界の王族として権威を保っているブラック本家だ。」
「そのような話、魔法史では習いませんが……魔法界育ちの子供なら習うというわけでもないですよね? その話だとノー・マジ生まれが純血の祖ですから、ノー・マジ生まれには何も問題がないのでは……。」
「セブルス。」
「はい? 」
「ノー・マジというのは……。」
「あ、アメリカにおいてはこういうらしいですよ。本で読みました。僕はこちらの方がしっくりくるので。直接的な言葉ですが、明快です。マグルという遠回しに悪意を込めるような意地の悪い言い方よりよほどストレートで良い。」
腹の探りあいばかりの貴族には向かない感覚かもしれないとは思った。しかし、ある程度年をとってみると婉曲表現よりかえって直接的な方がストレスを感じないのだ。むろん一般論ではない。セブルスの場合に限った話である。
「そうか……なるほど、では儂もそれに倣うとしよう。ノー・マジ生まれがノー・マジ界と関わりを断つのなら問題はない、な。血筋的にノー・マジ生まれは純血と同等と見なしていい。問題なのはノー・マジ生まれがノー・マジの側に魔法界の情報を漏らすことなのだ。だから純血とノー・マジ生まれの結婚は特に反対されるものでもあるまい。だがな、問題は……誰も、半純血を擁護していないということだ。困ったことに魔法族と純ノー・マジの間の子供はたいてい不吉な運命の元に生まれつくもので、半純血の子供ともなるとスクイブである可能性が非常に高いとの研究結果も出ていてな……。スクイブの子供が魔法界で受ける扱いを考えるとお前を結婚させようにもどうしようだとか、まあセブルスは素の魔力量も高いから魔法族の血がかなり濃い純血なら補いきれるやもしれんだとか色々と考えていたんだが、そうか、子を持つ気がないなら杞憂だったか……。わしはセブルスが幸せなら何も言わんから安心せい。」
何ということだ。セブルスは頭を抱えた。レティがイルヴァモーニー首席だったのは実は奇跡だったということか。それとも相手のソフィアが由緒正しい純血貴族の姫君であったからか。そして不吉な運命の元に生まれるとは。もしかして自分の不幸はすべて半純血だったせい――ひいては父のもとに押しかけ女房して子供を放置した母のせいであるとか。いたたまれない。運命くらい自分で切り拓かせろ。生まれた時点で不幸が確定しているとか冗談じゃない。理不尽にもほどがある。
「あの、お祖父様。それ、どこに書いてあるんですか? 」
「昔は魔法族なら誰でも習ったものというが、今ではプリンスくらいしか教えていないだろうな。暗黒時代の中でほとんど書物を失わなかったのもプリンスとブラックくらいであるものだ。ブラックはまた魔法界の王家という立場に置かれたゆえか変な方向へと突き進むし……。図書室東壁に一つ扉があるだろう。プリンス家の者であれば開くようになっているから、知りたければそこの資料をあさると良い。埃には気をつけるのだぞ。」
「はい。ありがとうございます。執務の邪魔をしてすみませんでした。」
「いや、お前が訪ねてきてくれるのはいい息抜きになる。何かあったら来なさい。」
「はい、お祖父様。では、失礼しますね。」
一礼してセブルスは席を立った。ギィ、と音を立てて重厚な扉が閉じる。廊下に出て図書室へ向かいつつ、セブルスは伸びをした。
半純血は擁護されていない――好都合だ。セブルスは今回、結婚する気はない。ならばそれを利用すればいい。ノー・マジ生まれは純血に等しい。魔法使いとノー・マジの混血の子供はスクイブになる可能性が高い。だから、プリンスは、僕の代で終わります。そう宣言すればいいのだ。――純血魔法族とマグル生まれの魔法使いの間に生まれた子供はそう少なくない。では、魔法族と純マグルとの間に生まれた子供は? スクイブである可能性が高くなる。すべてを救うことはできない。セブルスは博愛主義者ではない。多少の犠牲くらいは目をつぶることができる。清濁併せ呑むすべは身につけている。
あとは証拠を集めるだけである。プリンスのものだけでも十分に効果はあるだろうが、さらに大きい方がいい。
それならブラックに働きかけてみるか。幸いブラック自身はセブルスに絡んでくることはほとんどない。傍観していて止めないだけなのであまり害はない。つまりいつぞやのあれこれより関係は良好である。ノー・マジ生まれ擁護の観点からするとレギュラスよりもシリウスの方が働きかけやすいのは確かなのだ。癪なことに。
******
「何の用だ。」
見るからに気の進まないといった体でプリンス邸にやってきたブラックを見てセブルスは苦笑した。ぶすくれているだけなんて可愛げがあるではないか。ポッターは正直色々アレだが、年の功というやつでブラックに関しては少しばかり情けをかけてやってもいいかもしれないという気になった。あくまでもそういう気になったというだけでそうするとは言っていない。
「親の指示で僕と会うのがそんなに気に入らない? 」
「そりゃ気に入らねえだろ。だいたいお前はジェーを……いや、何でもない。」
何が言いたかったのかはよくわからないが、大方悪態とかそんなところだろう。わざわざ聞いてやることもあるまい。
「単刀直入に言おう。ノー・マジ生まれ擁護に協力してくれないか? 」
「ノー・マジ? 」
「ああ……アメリカで言うマグル。」
口になじむ言葉というのは案外よく変わるものだ。すっかりノー・マジの方がなじみ深くなってしまった。
「……は? お前、スリザリンだろ? 」
「そうだが、僕はリリーと仲良くしているんだぞ? 彼女が魔法界で貶められるのを嫌だと思うのは当然じゃないか。」
「スネイプ、お前……。」
「プリンスだ。あのどうしようもない親の姓を名乗る気はない。虫唾が走るからその名はやめてくれないか。」
「お前、まさか親が嫌いなのか? 」
まさか――そんな言われ方をすると思わなかったとセブルスは溜息を吐いた。あの環境でどうやって親を好きになれと? 別にどうでもいいが、本当に彼は自分に関心がないらしい。プリンスの当主が半純血の孫を引き取ったというので予言者新聞に色々書かれたのだが。二面か三面くらいに。
「子供は親を選べないんだ。そりゃあ、血の繋がった両親と仲が良いに越したことはないけど――どうしようもないことって、あるんだよ。僕は両親を捨てたんだ。……あの人たちに、捨てられたんじゃなくて。」
思ったよりも冷たい声が出てセブルスは驚いた。親のことに関してはもう興味などないと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。自分が執念深い性格であることは気づいていたが――どうやら、まだ両親への恨みつらみはこの身に残っているらしい。自分で自分のことを把握できていないなんて情けない。あの親たちへの感情が残っていることすら忌々しいのに、ままならないものだ。
「でも。」
「ん? 」
「お前の祖父母は純血主義者だろ。」
「……誤解があるようだけど、その前に一つ言っておこう。親がそうだから子供もそうなんて決めつけるな。それ、君が一番されたくないことだろう。」
ブラック家の嫡子だから。オリオン・ブラックの息子だから。純血主義で、優秀でなければ――そんな環境にうんざりしているはずなのに、シリウス・ブラックは同じことを言う。確かに頭はいいが、こういうところがだめなのだ。
「お祖父様とお祖母様はリリーと彼女の姉――つまりノー・マジがプリンス邸を訪れることを快く了承している。さて、これでも純血主義というか? 」
「嘘だろ。」
「猜疑心が強いことで……あのな、今の純血主義が間違っていると証明できれば君は正義になるんだぞ? 」
「正義? 」
「母君に純血主義のことでとやかく言われることもなくなる。」
「は――母上、が? そんなことあるわけ……。」
おや、とセブルスは眉を上げた。母上と呼んでいるわけか。まだ両親を嫌いきれないでいるのではないか。
セブルスが親を忌み嫌うのと彼が親を嫌うのは質が――次元が違う。愛し大切に思うばかりに厳しくなる母親など、こちらからすれば羨ましいくらいだ。息子のことを見捨てずにブラック当主としてあるべき姿を教え込もうとしているなんて、愛想をつかしていない証拠だ。多少行き過ぎていても、それは親の愛以外の何ものでもない。少なくともセブルスはそう考えている。当事者でない以上、色々と口を出すと拗れるので何か言う気もないが。
「……いや、うん、そうだな。プリンス、ノー・マジ生まれ擁護って具体的に何をするんだよ? 俺は何も知らないぞ? 」
「ノー・マジ生まれは純血の第一代目として数えられる。暗黒時代を生き抜いた書物はそう言っている。ブラックの書庫から出てきた書物もあれば説得力としては十分だぞ。」
「そんなこと、どこで言うんだよ……。」
「何のために社交界があるんだ? 僕たちは貴族だ。まあ、必要な根回しは僕がするから。ブラックは自分の家の書庫で資料を探してくれればいい。」
セブルスの言葉にブラックがうつむいた。地面を見つめたまま何かぶつぶつ言っている。わざわざ聞くこともないだろうとセブルスはその独り言をあえて聞こうとはしなかった。
「っ、ああああ~っ、わかったよ、協力してやるよ! どんな資料を探せばいいんだ? 」
「協力してくれるのか! 」
「そう言ってるだろ。」
「そうか、ありがとう。ほら、これが資料だ。同じようなことを書いてある資料を見つけてくれればいい。……くれぐれもご家族にはバレないようにな? たぶん止められるぞ。」
セブルスはずい、と分厚い本をブラックの方へ押した。彼の形の良い眉が怒りを表すように険しくなる。
「んなこと言われなくてもわかってる! 母上にも父上にも見つからねえようにやるよ。」
「ところでブラック、その口調はわざとか? 」
「は? 」
「いや、どこでそんな粗雑な言葉遣いを覚えたのか気になってな。」
「うるせえ。何か文句でもあんのか? 」
「単純に興味を覚えただけだ。ダメとは言っていない。」
「アルファード叔父上だよ。カッコいいだろうが。」
「……うん、まあ、止めはしないが。」
「何だよ? 」
「何でもない。じゃあ、僕はこれからルシウスに同じこと話しに行くから。」
「マルフォイの野郎に? なんでだよ? いいだろ言わなくたって。」
「君にばかり頼ったと知られるとあの人は拗ねるから。面倒なんだよ、宥めるの。だから先手を打っとく。」
セブルスの方から特別好かれるようにはたらきかけたわけではないのだが、ルシウスはなぜか可愛がってくる。以前もそうだった。貴族の感覚――チャリティー気分なのかもしれない。冬休み前にもプリンスの後ろ盾を得たのにポッターと絡んでばかりいて、だとかネチネチ言われたのだ。困ったことがあれば私を呼べばいいのにとか言われたので、あれは拗ねているのだ。クリストファーばかり頼るセブルスにしびれを切らしたトムの様子と非常に似ていたから間違いない。放置すると面倒なことはよくわかっている。兄だからとか先輩だからとか色々彼らにも矜持はあるのだろうが、おそらくどんな形にせよセブルスが可愛いのだろう。可愛がってもらえるのは嬉しいのでルシウスの機嫌はとっておこうかと思っているわけで――つくづく自分も、素直になったものだ。
「マルフォイが……拗ねる……? 」
まるで天変地異でも起こったかのような間抜けな顔でオウム返しにするブラックはなかなかに愉快だ。
「そう、拗ねるんだ。そういうことだから、ブラック。できれば冬休み中に資料を探し出しておいてくれ。」
よろしく頼んだよ――愛想のいい笑みでブラックの方を振り返り、セブルスは扉を閉じた。
******
「シリウス! また今日も勉強をサボりましたね! 」
「あー、家庭教師いらねえや。俺、自分で勉強するから。」
「何を言うのです! シリウス、待ちなさい! どこへ行くの! 」
「書庫。」
「……はい? 書庫? 」
「いいだろ、別に俺が勉強したって。」
「……はあ、そう……行ってらっしゃい。」
毒気を抜かれたようにつぶやいた母に、シリウスはしめたとばかりに笑みを浮かべた。書庫に行くと言えば口出ししてこないらしい。いい逃げ道を見つけた。勉強すると言いながら純血主義に反する証拠を探しているなんてヴァルブルガは夢にも思わないだろう。いい気味だ。
気分よく書庫に入り、シリウスはプリンスに見せられた資料を思い出した。シリウスの優秀な記憶力は一言一句たがわずに再生できる。
それにしても。
「ありゃ、ジェーも惚れるよなあ……。」
幼い頃から周りにはブラックの長男というだけで愛想笑いはよく向けられたが、プリンスの愛想笑いは違う。愛想笑いなのにこちらに媚びる様子が一切なくて自信がある。それで、本心はまったく笑っていないように見えるのに――だからこそかもしれないが、綺麗なのだ。造形がというわけではなく、本質が確立していて美しい気がする。などとシリウスは考えるわけだが、世間知らずの親友はきっとあの魅力的な愛想笑いに惚れ込んでしまったのだ。
シリウスは間違っても惚れ込むなんてことはしなかった。同い年のはずなのに、いくら綺麗で完成されてたってあんな空恐ろしい笑みを浮かべる奴なんてろくでもないに決まっている。得体の知れなさを本能的に感じたから、ジェームズが絡みに行くのも傍観してプリンスに手を出せなかった。
そして、今日は彼の冷たい声を聞いた。両親に対してあれほど冷たい声で言葉を吐き出せるのに少しばかり恐怖した。シリウスだって両親のことをよくは思っていないが、あんな声は出せない。あんな表情をして、両親のことを語れない。
一体どんな育ち方をしたんだか、――セブルス・プリンスは、明らかに他の子どもとは異質であった。
******
「……とまあ、以上がプリンスに伝わる純血の話なのですが。」
「そうか……プリンス当主の発言はそれゆえか。」
頷き、顎に手を当てて考える姿も気品が感じられる。これが生まれながらの貴族か。いくら教育を施されようとも深いところにスピナーズ・エンドの生活が残っているセブルスとは違うわけだ。
「私に話してどうするんだ? 」
「僕の考えを知っておいてほしかったんです。あとで思想の違いが判明してあなたと対立するようなことになるのは、本意ではありませんから。」
マルフォイは発言力がある。そして生命力がある。彼らと対立するのは避けたい。
「なるほど。随分と大人びたことを言うものだ。」
「そうでしょうか? 」
「だが……それを言うだけか? 子供の絵空事だな。」
「ああ、僕は半純血ですから結婚しませんよ。ですから婚約もすべてはねのけます。」
「は? 」
「プリンスの直系は僕の代で終わりです。」
「……なるほど、そう来たか。なかなか考えたものだ。」
「プリンスの歴史は古いのですよ。書物のほとんどが暗黒時代を生き抜いている。」
「……セブルス。」
何が言いたい、とでもいうような――厳しい声。セブルスは物おじする素振りも見せず、柔く笑んだ。
「どの家にも、隠したいことの一つや二つはありますからね。」
弱みの一つや二つ握っているわけで。多少ははったりもあるがすべてが嘘というわけでもない。純血主義――というかノー・マジ生まれ蔑視をひっくり返すための根回しについて祖父に相談した時、彼は悪い顔をして笑ったのだ。ちょうど今のセブルスと同じように――どの家にも、隠したいことの一つや二つはあるものだぞ、と。シスルウールとステアフォールスの当主経験者としては大いに同感できるところであった。
「……底知れないな。齢11にしてその思考か。子供の戯言ともとれなくなった。」
「ルシウスも子供でしょう? 」
彼は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。まさしく虚をつかれたらしい。
たかだか16の若造である。この年頃の5歳差は大きいとはいえ、貴族のお歴々から見ればどちらも子供に違いない。
「ははっ……これは一本取られたな。父への根回しは私に任せておきなさい。」
「お任せしてしまっていいんですか? 」
「何、構わない。あの人も頑固だが……私も子供なのでね。そう大きな事にもなるまいよ。事が露見するとよくないのだろう? 」
愉しげな笑みは子どもであっても悪役らしさが滲み出ている。“子供”を盾にとれる時期もそう長くはあるまい。ならば、有効に活用するのが吉というもの。
「ええ、そうですね。助かりますが……ルシウス、なぜですか? あなたは純血主義についてもっと誇りを――自信を持っていたはず。僕の言うことをこんなに簡単に受け入れるなんて……。」
「簡単だ。私はマグルが嫌いだ。あの愚かな持たざる者どものことなど嫌いだ。セブルス、君の言うことは私の考えと相反しないのだよ。マグルの世界と縁を切ったマグル生まれが純血と同等に扱われて然るべき、それくらいなら譲歩してやっても良いかと思っただけだ。……愚かでも、持たざる者でもないのならば。」
「率直な意見ありがとうございます、ルシウス。参考にさせてもらいますね。」
ルシウスは良くも悪くも純血貴族のプロトタイプとも言うべき人間だ。ノー・マジ生まれは、魔法界に骨をうずめる場合には純血と同等に扱われる――そこが落としどころだ。それでも、これまでと随分変わるだろう。たとえばテッド・トンクスと駆け落ちせざるを得なかったアンドロメダ・ブラック。セブルスの――ひいてはプリンスの提唱する純血主義が受け入れられるのならば彼女は駆け落ちをする必要などない。
その場合、魔法使い同士の子供ではないルーピンがニンファドーラと結ばれるかどうかはかなり怪しい気もするがそのあたりはどうでもいい。ブラックはルーピンを友人として考えていそうだからこの純血主義をひっくり返す計画が一段落ついたらそそのかしておこう。認めたくないがあれで優秀だから、友人のためにならしっかり動くだろう。セブルスは関知しない。
――とにかく。魔法使い同士の子供であるか、純ノー・マジ同士の子供であるか。そのどちらも純血として認められるように、というわけだ。魔法使いとノー・マジの間の子である半純血というのは非常に扱いにくい。そもそも魔法界とノー・マジ界は容易に交わるべきではない。家庭内でノー・マジ界と魔法界の微妙な関係の縮図が出来上がるなど冗談ではないのだ。
魔法使いは魔法使いと、ノー・マジはノー・マジと結婚する。それでも世の中には一定数ノー・マジと結婚してしまう魔法使いがいるものだから、頭の痛いことだ。
「さて、セブルス。」
「はい? 」
「込み入った話はここまでだ。紅茶は美味しいか? 」
テーブルの上には完璧なセッティングがなされている。こういうところが貴族、などと思いつつセブルスは目の前のティーカップを作法にのっとって口元に運んだ。良い匂いだ。魔法薬学に携わり、薬草の匂いが好きな身としてはハーブティーの方が好みだが、この紅茶は良い香りがする。
「ええ、スコーンによく合います。どちらのもので? 」
「独自に栽培しているものだ。口に合ったようで何より。」
「では、僕にも茶を振る舞う機会をくださいね。」
「ほう? 何かあるのか? 」
プリンスも古くから続く名家。英国貴族として茶に関しては一家言ある。アメリカで目覚ましや職務の合間に飲んでいたコーヒーは残念なことに幼い舌には合わないから、必然的に茶に凝るようになった。セブルスは微笑んだ。
「ええ、とっておきが。きっと気に入っていただけると思いますよ。」
******
テラスでは穏やかな風が吹いている。夜風もまた味わいがあるものだ。セブルスは礼装に皺がつかないように注意しつつ手すりに頬杖をついて風に揺られる草木を見やった。
事前の根回しが功を奏したのもあり、純血主義の舵きりはある程度成功したという印象だ。プリンスとブラックの連名は強い。ヴァルブルガ・ブラック夫人はお怒りの様子ではあったが、ここが社交界のパーティーであるということと彼女自身の淑女としての誇りが邪魔をしたのであろう。ヒステリックに怒鳴ることはなかった。重畳である。祖父がブラック当主と何事か話していたから、ブラックにも大きな波風は立たないと信じたい。
「……お前、ここにいたのかよ。」
「ああ……ブラック。」
せっかく一人になれたところなのに邪魔しやがって。心の中で毒づきつつ、セブルスはほとんど反射で笑顔を浮かべた。笑ってりゃだいたい印象はいいんだ。世の中そんなものである。
「母上が怒らなかった。」
「そうだな。」
怒らなかったというか怒れなかったというか。彼女とて生まれながらの貴族だ。プリンスが何の準備もなしに突っ込んできたとも思えなかっただろうし、何より反発の空気が薄かった。先陣を切って反論してもついてくるものがいないことくらい察しただろう。
「なあ、スネ……。」
「プリンスだ。」
そこは忘れずにしっかりと訂正したセブルスにブラックは目を瞬かせた。
「何か驚くようなことか? 」
「やっぱお前のことはわかんねえ。」
「理解してもらう必要はない。」
セブルスはばっさりと切り捨てた。駄犬の理解などいらない。黙ってポッターと馬鹿騒ぎでもしていればいいのだ。まあ、今回の純血主義についての諸々に巻き込んだのはセブルスなのだが。自分から関わりを持ってしまったのだから、どうしようもない。純血主義をひっくり返す、それが一段落すれば関わりはなくなるだろうけど。
「ブラック。」
「何だよ。」
「いつも母君のことばかりだが、父君はどうなんだ? 」
「父君? ……ああ、父上か。俺のことなんざ興味なんてねえよ。」
「そうか。まあ構わんが。僕には関係ないことだし。」
「じゃあ何で聞いたんだよ。」
「何となく。君には答えない権利もある。」
「お前……。」
「ん? 」
「お前、めんどくせえ……。」
「僕からすれば君もたいがいめんどくさいよ。」
お互い様というわけだ。自然と笑みがこぼれた。とはいっても楽しむようなものではなく、嘲るような、自虐的な。養父がここにいれば、そんな笑い方をするなと顔を歪めただろう。義兄も同じようにしたはずだ。何が君にそんな顔をさせるのかと怒ってくれたかもしれない。彼らはセブルスを愛してくれている。
――まさかブラックが自分からそんな笑いを引き出すとは。人生何があるかわからない。
彼から向けられる視線がどんな感情をはらんでいるのかは知らない。知りたくもなかった。