周回逆行N回目   作:優鶴

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ハロウィーン

雨粒が上質なオーダーメイドの外套を濡らしていく。雨除けの呪文を張ってもいいのだが、どうもそういう気分にはなれない。どうせ魔法を使えば一瞬で乾くのだ、という慢心もある。どうでもいいことを堅苦しく考えながら、セブルスは本屋とレコード店の間の目立たないパブに足を踏み入れた。

「おう、こりゃプリンスさん! 連れの方がお待ちですよ。」

パブの中に入ればあれほど目立たなかった場所であるのが嘘のような喧騒に包まれる。外套を脱いでいれば、トムがすかさず声をかけてきた。

「ああ、わかった。」

「コートはこちらでお預かりしますかね? 」

「そうだな……頼むことにしよう。乾かしておいてくれ。」

チップ代わりに外套と共に小銭をいくらか渡せば、漏れ鍋の店主は快く請け負う。貴族の振る舞いが板についたものだ――心中で自画自賛しつつ漏れ鍋の階段を上れば、すぐに二階で扉が開いた。

「セブルス、こちらですよ。」

「よく気づいたな。」

「階下の声、わりとよく聞こえるんですよ。」

悪戯っぽい色を混ぜて笑うのはレギュラスだ。楽しげである。ブラック当主の弟という立場になると彼はこうも気負わずに笑うものか。確かにこれでは女子にもモテるわけである。

「で、どうです? セブルスの方でも動いているんでしょう? 」

「ルシウスと話をしてきた。」

「ああ、ルシウスと……どうでした? ナルシッサに連絡をつけたんですが、彼女、妊娠中ですから。気が立っていて。」

「帝王は倒すから手出しはしないでくれと言ったんだが。」

実際はもっとオブラートに包んだのだが、帝王を倒すと匂わせた時の彼のほっとしたような顔といえば。セブルスは思わず思い出して苦笑した。

「それで? 」

「両方への顔を立てるために帝王への資金援助だけするという形で手を打った。ルシウスも優秀な魔法使いだ。マルフォイが丸ごと戦力から削がれるというのはそれなりの成果だと思うが? ――それから、資金の使い道も把握している分の情報はこちらへ流してくれると。」

「彼、妨害が得手ですからね。帝王の傍につかれてはなかなか厄介だと思いましたが、まあ予想の範疇というか……ええ、資金の使い道が知れれば対策も立てやすくなりますから上々ですね。あそこ、自分たちが生き残ることしか考えていないでしょう? 」

「ああ、まあ……。何にせよマルフォイは心配しなくてもいい。ゴイルとクラッブも追随するだろうな。ポッター家からは息子の迷惑料とでも思ってください、だと。継続的な資金援助を取り付けた。」

父親はともかくとして、母親は話の通じる人で助かった。どうやらプリンスの祖父から話が言ったようでポッターの母から平謝りに謝られ、宥めるのが大変だったほどだ。おそらくプリンスの家名あってのことだろう。やはり後ろ盾は大事。

「貴族への根回しはほとんど完了しています。スリザリンだけでなくレイブンクローやハッフルパフの出身者もいますから、そちらから伝わっているでしょう。まだ予言は公になっていませんが、しかるべきタイミングでブラックの嫡子が予言を受けたと知らせれば魔法界の王家ブラックを中心として闇の帝王と対立する構図を作るのは容易でしょう。」

「……レストレンジは? 」

「無理ですね。……さて、闇の帝王との決戦ですが。早ければ早いほどこちらに有利なはずです。帝王に水面下の動きを悟らせず一気に大多数の部下を離反させて――叩く。兄夫婦に子供が生まれる頃には準備が整うでしょう。予言の子が生まれてから決行です。」

「そうだな。予言の子を餌にすれば闇の帝王は出てくるだろう。」

実際、そうだった。ヴォルデモートはポッター家に自ら乗り込んだ。それが失策であるとも思わずに。

「セブルスも気をつけてくださいね。純血の定義をひっくり返したのは貴方ですから。」

「わかっている。」

一朝一夕で価値観は変えられないが、純血を信奉しているのは権力のある少数派だ。ノー・マジ生まれを擁護する言葉は大抵の場合歓迎される。由緒正しきプリンスの証言はそれなりの力を持つ。

純血の定義をひっくり返す――その陣頭指揮をとったのはセブルスだ。憎悪と反発を自分に集中させるために、敢えて隠さなかった。自分の為になるような発言はせずに魔法界の為にと滅私の姿勢を見せた。いざという時に、敵対派の悪意がセブルスの方へ向くように。悪意は分散するより集中させた方が対処しやすいし、それが自分ならなおのこと。

「……まあ、レストレンジ夫妻との対決は避けられないだろう。」

「闇祓いに人員を割くように――。」

「必要ない。時が来たら私が相手をする。」

ヴォルデモート卿はセブルスが慕った義兄ではない。何度も何度もそう言い聞かせている。姿かたちも雰囲気も、大好きな義兄とは違う。わかっている。

それでも、帝王に真っ向から杖を向けられる自信がなかった。その点、レストレンジ夫妻ならその心配はない。

「……セブルス。」

「私が帰らなければ――プリンスを、頼んでもいいか。」

プリンスに残るのは祖父母のみ。レストレンジ夫妻と相対して生きて戻れるほどの自信はないのだ。元闇祓いとはいえ、あれほど人を傷つけるのに躊躇いのない魔法使いをひとりで相手にして無傷でいられるはずもなし。

――まあ、いいのだ。セブルスが死んだところで、もともとプリンスはアイリーンが戻ってこない時点で断絶していたのだから、何も変わりはない。とはいえ、プリンスをそのまま朽ち果てさせるのはもったいない。古くより続く名家だ。ブラックに媚びる必要もない家格なのだ。

「……そうですね。ブラックの分家を作るよりもそちらが良いでしょう。」

つまるところ死ぬかもしれない、と軽率に口にしたセブルスをレギュラスは咎めなかった。それが今は無性にありがたい。

「何か文書を残しておいてくださいね。両親と兄がうるさいでしょうから。」

「ブラックは……お前の兄は。」

「はい? 」

「私に関心などないだろう。別にうるさくは……。」

「兄は貴方を恐れているだけですよ。」

「……恐れて? 」

一体何を言い出すのやら。ブラックがセブルスに関心を持っているのはポッターとリリーのことがあるからだ。親友の思い人――正直全力ですべてを否定したい――で妻の幼馴染。もしくは弟の先輩。アズカバンから出てきてなおゴタゴタがあったあの頃に比べれば、この淡白な関係はむしろ心地よくすらある。

それが、恐れている、ときたのだ。そんな感情を抱く余地もないほど、介在するものがなければ隔絶された関係。予言について相談に来たのは妻の幼馴染だから。話をするのは共通の懸念事項があるから。――それだけ、なのだ。

「いつぞや、恐ろしい笑顔だ、と。……まあ、僕はそう思いませんけど。」

――恐ろしい笑顔。

「ああ、幼ければそうなるか。」

「貴族的なものに染まらない人でしたからね。」

11の子供にとって本音と建前の使い分けは難しいものなのかもしれない。大人ともなればそれくらいは理解するものだが、確かにシリウス・ブラックという人間は子供っぽいところがある。その子供っぽさがある種の潔癖というか純粋さにつながっているわけで。

「根本が貴族に向いていないんだな。」

「なまじ優秀でしたし、期待をかけられて育てられて……本人は不本意でしょうが貴族以外の過ごし方を知らないので。いくら向いてなかろうと結婚もしてしまった。子供もできた。あの人は今更ブラックの当主をおりれませんよ。僕もおろしません。」

「当主になりたくないからか? 」

「ブラックは嫌です。だからプリンスを継ぐという話は渡りに船というわけです。養子縁組しときます? 」

「決戦の火ぶたが切って落とされる――その直前に。書類は用意しておこう。」

「では、そういうことで。……お互い忙しい身ですから、そろそろお暇しますね。」

「無理はしないようにな。」

「セブルスも。」

扉が開く。防音魔法の効果が切れて階下の喧騒が部屋になだれ込んでくる。階下に下りていくレギュラスを見送り、セブルスはぼんやりと天井を見上げた。

「……ここまでか。」

今回はどのような死に方をするのか。半ば他人事のように、麻痺した感覚が囁いた。

 

******

 

情報をいくつか散らした。ハリー・ブラックがハロウィンの夜、どこにいるのか。

ルシウスから漏らされた情報は、帝王がハロウィンの夜に予言の子を襲うという。歴史の修正力のすさまじさにセブルスは空恐ろしい思いをしたものだ。これほど情勢が変わっているのにまったく変わらない襲撃日時。

プリンス別邸で内輪のパーティーを開く――祖父から当主の座を譲り受けたばかりの若当主が、純血主義をひっくり返した張本人が予言の子一家を招く。信憑性はまあまあだろう。目立つように立ち回ってきたからおそらく帝王には睨まれている。

プリンス別邸にて、セブルスは襲撃を待つ素振りも見せず寝る前のティータイムを楽しんでいた。その静寂が破られた瞬間、杖を握り込んだ。

「ここか! 」

「……プリンス一人か? 」

「ああ、偽情報に惑わされたか。闇の帝王も大したことはないな。」

予想通りのことだ。動揺はない。優雅にティーカップを傾けて微笑む。

「プリンス――あの御方を愚弄するのか? 」

ロドルファスに杖をつきつけられ、セブルスは溜息を吐いた。失言ということは重々承知だったが、冷静な判断力を奪うには必要だった。彼らは帝王に予言の子を見つけたら報告するように言われているはずだ。ヴォルデモートは自ら手を下したがる。だから、戦力を削ぐには目当てがいないからといって撤退されるより激昂させて足止めする方が効果的である。

「スリザリンは私の愛する寮だ。それを貶めようとする振る舞いは気に入らんな。愚かな帝王のせいでスリザリンの評判が落ちるのは御免被りたい。」

「貴様――! 」

あれは、セブルスの親愛なるトム義兄様ではない。その未来を手放したのは自分だ。いたましげに目を伏せたところで、かっと目の前が光った。

「クルーシオ! 」

「――っ! 」

は、と思って杖に魔力を伝わせた時には遅かった。危機管理能力不足。自分を守れずして誰を守れるという。元闇祓いが笑わせる。反応速度が一瞬遅れただけだが、それが命取りであることはよくわかっていた。だが、諦めてはいけなかった。

抵抗しろ、屈するな。大丈夫、この程度の苦しみなど、身を裂くような苦痛など、――軽いものだ。もっと深い苦しみを、絶望を知っている。案ずるな、この世界ではまだ何も失っていない。全身をくまなく針で貫かれるような痛みにもがきそうになるのを抑え込み、手放すまいと杖をいっそう強く握り込む。磔の呪文という枷がある状態では、杖は文字通り命綱だった。声をあげるな。動揺を見せるな。ひとたび隙を見せれば支配されるから。

「クルーシオ! 」

狂ったように――実際狂っているのか――ベラトリックスが服従の呪文をかけ続ける。磔の呪文の重ねがけは精神崩壊をもたらす。事実セブルスも限界が近づいていたが、それを無視した。この程度の苦しみならば、自分ひとりだけに向けられた呪詛ならば耐えられる。

ここでこの二人さえ排除すれば――ままならぬ思考の中でそれだけを考えた。限界が近づいているのを自覚してなお、悠長に考えている暇はなかった。

「――アバダ・ケダブラ。」

緑の光が鋭く空気を裂き、磔の呪文がとけた。ごとん、と音がする。ベラトリックスが斃れた証拠だが、気を抜いてはいられない。杖を手放すな、あと一度で良い。口を動かせ、呪文を放て。防御は考えるな。刹那の間に駆け巡ったものが言葉になるのとロドルファスが杖を振り上げたのは同時だった。

「「アバダ・ケダブラ! 」」

眼前で緑の光がはじけた。派手な音を立ててロドルファスが斃れる。それを見届け、セブルスは壁伝いにずるずると倒れ込んだ。セブルスに死の呪文は効かないが、服従の呪文は激しい衰弱をもたらしていた。

「……はあ。」

視界がぼんやりとしていて何かを明確にとらえることもできない。全身が気怠くて頭はズキズキと痛むし、呼吸をするのすらつらかった。視界がぼやける。気持ち悪い。酷い脱水症状にも似た状況だ。ロングボトム夫妻はこれを受けてなお、精神が壊されたまま生き続けたというのか。酷いことだ。

あまりの苦痛にすべてが麻痺しきっていた。耳鳴りはおさまらず、心臓の脈打つ音が頭にまで響く。手が震えて、足の指の先から急速に体温が奪われていくような心地がした。

意地で衝動を抑え込んだから外傷はない。それでも、中身がボロボロであることはわかっていた。杖が手から落ちる音がやけに大きく響いた。今回はここで終わりらしい、などと悠長なことを考えて――意識が、途絶えた。

 

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