死んだはずなのになあ、とセブルスは大広間でぼんやりと思った。
「セブルス、ぼんやりとしてどうしたんだ。朝食を食べなさい。それ以上痩せる気か。」
「ルシウス……先輩。」
ああ、そうか、ここは学生時代か。グリフィンドール寮の方を見ると眼鏡を愛しい人が足蹴にしている。あれでも将来は結婚するのだ。何回も死んで吹っ切れるというか疲れに疲れて色々と投げやりになっているセブルスはふたりを見ても何とも思わなかった。それより朝食である。三十年近く親しんだ料理を口に運ぶ。そういえば校長をしていた頃は食事もろくに喉を通らずに自分用にマグルでいうところの栄養剤を調合して飲んでいたから、ホグワーツの食事を食べるのは久しぶりだった。懐かしい。
ぱくぱくと食べつつも、スリザリン時代に身についた上流階級に叩き込まれた食事作法は崩れない。ルシウスがそれを満足げに見ているような視線を感じた。やはりスリザリンの寮は暖かかった。リリーのためだけにセブルスにとって初めてできた正に“帰る場所”ともいえるところを捨てたのは、裏切ったのは。無垢な子どもたちを見ていれば、それこそ罪悪感に苛まれるような所業だった。
幼い頃はまだわかっていなかったが、今となればわかる。校長席からスリザリンにさりげなく向けられている鋭い視線に。これに七年間さらされ続けながら、スリザリン出身の者の頼みを聞くと思ってダンブルドアの元に向かった自分は本当に馬鹿だったものである。とはいえ、今の時代の、このホグワーツは、セブルスが校長をつとめていた時より格段にましだ。教員席に死喰い人がいないのだから。
さて、では死の呪文でも自分に向けるか。セブルスに生きる意志はなかった。とはいえ、冷静に考えればいきなり己に死の呪文を放って自殺するという光景は生徒に相当のトラウマを植え付けたであろうと考えなおし、自殺は自室ですることにした。翌日にそれを発見した生徒のトラウマになることはちっとも頭にない。
そんなことをつらつらと考えつつセブルスはさっさと食べ終わり、大広間を出た。途中で突っかかってきたポッターとブラックが面倒くさくてかなわなかったので失神呪文で一蹴して(死の呪文でなかっただけ良心的だ)、食べ終わるのが早かったので人があまりいないのをいいことに姿くらましをしてみた。できてしまった。ダンブルドア、何やってるんだ。セブルスは軽く死んだ目になった。魔力が死ぬたびに繰り越しされてダンブルドアの魔力を越えたとでもいうのか。厄介極まりない。
まあでもそんなことは些細なこと(本当はホグワーツで姿くらましができてしまったことは些細なことで済ませて良い問題ではない)、と片づけたセブルスは自室のベッドにぽすんと座って口を開いた。
「プライオア・インカンタート。」
赤い閃光。やはりこの杖は記憶に沿っている。
「……お前は、私と共にあってくれるのだな。」
手の中の杖。やはり、ずっと一緒に過ごしてきたこの相棒が一番手に馴染む。杖に人格があったらな、などとわけのわからないことを考えてしまう。一度としてセブルスへの忠誠を翻したことのないこの杖だけは、ずっとずっと信じることができた。自分さえ信じられなくなっても、杖への信頼だけは翻さなかった。揺るがなかった。それが記憶を持っているというのはやはり安心するというもの。
「アバダ・ケダブラ。」
凪いだ心で、杖へ絶対の信頼を向けてセブルスは呪文を唱えた。緑の閃光は確かにセブルスを包んだ。
「なぜ、死なない……。」
この死の呪文を受けて生き残ったのは、ただひとり。あの、悪夢のような存在。父親にも母親にも似ていないと、最後の最後で気づいてしまった存在。
わけがわからなかった。杖をなぞる。
「プライオア・インカンタート。」
やはり、緑の閃光が噴き出た。セブルスは死ねなかった。
もしかして、と思う。とりあえず、通販だ。セブルスは重い腰を上げた。
三回目の死と、四回目の死となった原因の魔法薬の材料と毒草を取り寄せてみた。簡単に調合できるものだったのでさっさと調合が終わった。ちなみにこの間、スリザリン寮の自室に引きこもっている。食事はハウスエルフという裏技を使って済ませているので問題ない。久々にまともな食生活を送った気分はそれなりの上々だったが、調合した魔法薬を飲んでも毒草を噛んでも一向に身体に変化がなくてセブルスの機嫌は急降下した。いるかもわからない神様は、どうやらセブルスに死ぬことすらさせてくれないらしい。何とも酷い神様である、死こそが最上の幸福とでも思ってすらいそうな男に与える罰としては確かに最適ではあるが。
ナギニに噛まれても死ねないかなあとセブルスはぼんやり思ったが、とりあえず悪霊の火を出してみた。監督生の誰かは悪霊の火の消し方くらい知っているだろうし、スリザリン寮は丸焦げにはならないだろう。それでもちゃんとルーン文字で結界を張って悪霊の火が漏れないようにするあたり、寮監をつとめた者らしい気遣いが見える。本人は気遣いなど断固として認めないかもしれないが。
蛇の炎に包まれて、今度こそ死ねるかなあと思った。