ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。   作:即席社会人

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2章:弱者(サポーター)
12.裏方(サポーター)


「これで最後!」

 

『ギッ!?』

 

 ダンジョン七階層。新米殺しの『キラーアント』の脳天に剣を突き立て外殻を砕く。一通り戦闘が終わった俺は、ほっと一息つき、ベルの様子を見る。どうやらあっちももう終わりが近そうだった。

 

「グレン、調子はどう?」

 

 戦闘が終わったベルが、魔石を拾いながらそう尋ねる。

 

「ああ、何とか扱えそうだ」

 

 手を握ったり開いたりしながら、俺はベルにそう答えた。今俺は、発現した魔法【黒翼(ニグロ)】の出来ることについての研究を行っていた。

 この魔法について、今分かっていることは4つ。1つ目、翼を使って飛行が出来る。このオラリオでも、飛べる冒険者は思ったより少なかった。そして狭い道が多いダンジョンにおいて、この強みは大きなアドバンテージになりうる。2つ目、身体能力が跳ね上がる。これでもあの頃の1割にも満たないが、今までよりグッと動きやすくなった。3つ目、闇の力の一部が使える。剣身にこの力を乗せることで威力、射程が格段に上昇する。そして、物理攻撃の効きにくいモンスターに対して魔法属性のダメージを与えられる。

 

「でも、今の俺の魔力じゃ……」

 

 そして4つ目、魔力の消費が激し過ぎる。常に自身を強化する魔法が故に、継続的に魔力を消費することになる。今の俺の魔力では、継続的に保つのはせいぜい30秒が限界だった。

 

 ほっと息をつき、俺は魔法を解除する。剣を背負い、残った魔石をベルと一緒に拾い集める。

 

「凄いなぁ、グレンは」

 

「なんだよ急に?」

 

「だって、僕より後に冒険者になったのに、もう魔法まで使えるようになっちゃったし……ああ、僕も早く魔法が使いたいなぁ」

 

 ベルはそう言いながら片腕を突き出し、魔法を飛ばすような仕草を見せる。そんな純粋な姿が、なんだかとても眩しかった。

 

「ベルならすぐに使えるようになるさ」

 

「ホントかなぁ?」

 

 そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは魔石集めを終わらせる。

 

「そういえばベル、そのナイフなんだけど……」

 

「ああ、これの事?」

 

 魔石集めを終え帰路に着く途中、俺はふとベルの【新しいナイフ】に目がいった。今まで使っていた安物の短剣じゃない、確かな名工が手掛けたであろうその黒いナイフについて、俺は尋ねる。

 

「これはね、神様が僕の為に用意してくれた【神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)】なんだ。なんだか不思議で、持ってると力が湧いてくるっていうか、勇気が湧いてくるっていうか……」

 

 そう言ってベルはナイフを抜き、前にかざす。すると、そのナイフに刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)に光がともり、ベルと一体化しているような力の流れを感じた。

 

「なあ、ベル。そのナイフ、少しだけ見せてくれないか?」

 

「うん、グレンならいいよ」

 

 その光に興味が湧いた俺は、ベルからナイフを譲り受ける。すると、神聖文字(ヒエログリフ)の光は失われ、先程まで感じていた不思議な力の流れがパタリと止んだのを感じた。

 俺は不意にナイフを自分の指先に当て、切りつけるように引っ張った。

 

「グレン君、何してるの!? 指が切れ……てない?」

 

 そのナイフは、先程までキラーアントの外殻を砕いていたとは思えないほどのなまくらになっていた。まるで持ち主を見失い、生気を失ったかのようだ。

 

「悪いベル、ビビらせたな」

 

「ホントだよぉ……」

 

 俺はそう言ってベルにナイフを返す。すると、生気を失っていた刀身に再び輝きが戻る。やはりこのナイフは、ただよく切れるナイフじゃない。このナイフは生きている。ベルとともに成長し、共に歩むナイフ。もはやベルの体の一部と言っても過言では無い。現に輝きを取り戻したそのナイフは、ベルの腕の一部と錯覚する程だった。

 

 俺の首飾り(ペンダント)も含め、ヘスティア様がこのナイフをねだる光景を思い出し、この装備二つで幾らかかったのか気になるところだが……。

 

 それはそうと、ベルの成したことは凄いことだ。俺が気絶している間、フレイヤによって放たれた大型モンスターの一体、シルバーバックがベルとヘスティア様を襲ったらしい。シルバーバックは十一階層のモンスター、成長した今のベルでも格上と言っても過言では無い相手だ。そんな相手にただ業物の武器を振り回して、武器の力で勝ったわけじゃない。自分と共に成長するナイフ、言わばまだ未熟なベルと同じ力しか持っていないナイフで彼はシルバーバック(格上)に勝利した。

 

 かく言う俺は、オッタル(格上)に叩き潰されて気絶していた。

 こんなことを言うと、ベルが戦ったシルバーバックは十一階層のモンスターで、俺が戦ったオッタルはオラリオ最強のレベル7だから、比べるのなんか無粋だって思う奴がいるだろう。

 でも、この先ダンジョンで冒険をするとなると、常軌を逸した格上と戦うことになるなんてごまんとあるはすだ。そんな命のかかった場面で文句を言っていられるほどこの世界は甘くない。負けは負けだ。相手が殺す気なら、俺はあの時死んでいた。死んでも仕方ないなんて、ふざけたことは抜かせない。

 そんな絶望的な状況の中でベルは勝った。自分の力で守るべきものを守り抜いた。まだまだ小さな光だろうが、俺にとっては憧れるほど綺麗なものだった。

 

「なあ、ベル」

 

 俺は立ち止まり、ベルに声をかける。その言葉にベルは振り向き、どうしたの? と聞いてくる。

 

「俺、もう少しだけダンジョンに居るよ」

 

 もう疲れた、今日は帰ろう。帰って飯を食って、また明日頑張ろう。そう考えることも出来た。でも本拠地(ホーム)に帰ったところで、ベルの光に突き動かされた今の俺は、身体がうずいてまたダンジョンに潜ってしまうのが火を見るより明らかだった。

 俺がダンジョンに残ると伝えると、ベルはだまって武器を抜き、俺の隣に立った。

 

「だったら僕も残るよ。あの時君が来てくれたみたいに……今度は僕が、君を助けるんだ」

 

「ありがとう、ベル」

 

 ベルはそう言って、俺に背中を預ける。その瞬間、ビキリ、ビキリ、と音を立ててキラーアントの大群がダンジョンに産み落とされる。奴らは俺たちを殺そうと、周りを取り囲んで徐々に近づいてくる。

 

「『飛翔せよ』」

 

 俺は魔法を唱え、黒翼を展開し空を駆ける。ベルは地上から、俺は空中から、キラーアントの群れへと飛び込んだ。

 

 

 ☥

 

 

「なぁなかいそぉぉ~~~!?!?!?」

 

 頭が痛い、ボーっとする、環境音すら曖昧だ。なのにエイナさんの呆れ交じり怒号は綺麗に耳に響いてくる。俺は椅子の上でぐったりとしていて、全ての怒りの矛先はベルに向けられていた。一緒に話を聞いてやりたいのは山々だが、今はどうも頭が回らない。それもそのはず、俺はあの戦いでかなり無茶な戦い方をしていた。具体的には魔法を使って限界まで戦闘、精神疲弊(マインドダウン)が起きたらポーションを少し使い、自然回復を促しつつ休息を取る。ある程度魔法が使えるようになったらまた魔法を使って戦う、といったものだ。いくらポーションを使うとはいえ、精神疲弊(マインドダウン)が全回復する訳では無い。徐々にすり減る体力と精神力に鞭を打ち、戦闘を続行し続けた結果、ベルに担いでもらわないと動けないほどの状態になってしまっていた。

 

 エイナさんは、頭の回っていない俺に今怒るのは辞めたらしい。代わりにベルが倍怒られている。そもそも冒険者登録から1ヶ月そこらの新人が、七階層まで進むことがおかしいとか、なんで俺がこんなになるまで放置したんだとか、色々と言われていた。

 しかし、ベルも負けじと反論を始める。どうも俺たちのステイタス的には、七階層でも十分通用するレベルらしい。しかし、そんな急成長はありえないとエイナさんが一蹴する。しかし、それでも折れなかったベルの言葉を受けて、エイナさんはベルのステイタスを見てから判断するという話になった。

 

 なんとなくは話を聞いていたが、今の状態で細かいところを聞き取るのは不可能だ。そう考えながらギルドのソファーでぐったりしていると、ぺしぺしとおでこを叩かれる。誰だろう、と思いながら重い頭を持ち上げると、そこに居たのは呆れ顔のエイナさんだった。

 

「エイナさん、どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ、はこっちが聞きたいわよ。どんな無茶したらそんなフラフラになれるのよ」

 

 エイナさんははあ、と溜息をつきながら頭を抱える。そんな彼女の姿を尻目に、俺はキョロキョロと当たりを見回していた。

 

「ベルは?」

 

「ベル君なら先に帰ってもらったわよ」

 

「そうか、じゃあ俺も……」

 

 そう言って立ち上がろうとした俺を、エイナさんは肩を掴んで座らせる。

 

「だーめ、君は休憩。そんなボロボロで、帰りに事故にでもあったらどうするのよ?」

 

 エイナさんはそう言いながら、俺をソファーへと寝かせる。

 

「ギルド職員として、体調不良の冒険者を放り出すわけにはいきません。ある程度動けるようになるまで、そのソファーで寝ていなさい」

 

「ありがとう、エイナさん」

 

 俺がそう言うと、別にお礼なんていいわよ。とエイナさんは返してきた。

 

「私はまだ仕事があるから、元気になったらそのまま出ていいからね」

 

 彼女はその言葉を最後に残し、俺の眠るソファーから離れていく。一人の空間になった途端、周りの環境音が遮断されていくのを感じた。眠気が一気に押し寄せ、俺はそれに身を任せるように眠りについた。

 

 

 ☥

 

 

「──だろ! ──んなよ!」

 

 ぼんやりとする意識の中で、かすかに聞こえる怒鳴り声のようなもの。俺はその声に叩き起されて目を開ける。周りの状況を確認すると、冒険者らしき男が受付のエイナさんに怒りをぶつけているように見えた。

 

「そうは言われましても、こちらが適正価格となりますので……」

 

「クソが……てめぇだな! てめぇが魔石をくすねてんだろ! 魔石の回収も、全部てめぇがやってたしな!」

 

「あっ……!」

 

 冒険者の男がそう言って、後ろに立っていた仲間のフードを思い切り引っ張る。その子は他の冒険者に比べて体格が小さく、男のされるがままに地面に投げ飛ばされていた。うつ伏せになるその子の頭を男は足で踏み付ける。

 

「やめなさい!」

 

 エイナさんがギルド職員として、男の暴力を咎める声を上げる。しかし、その男には止まる気配がない。ただ事ではないと瞬時に理解した俺は立ち上がり、その男の元へと歩いていった。

 

「おいあんた、その辺にしたらどうだ?」

 

「ああ? 何だてめぇ?」

 

「グレン君!?」

 

 エイナさんの驚く声と、男の苛立った声が耳に入る。こいつ、目と鼻の先まで来てようやく俺の事に今気づきやがった。それぐらいこの子に怒りを向けているらしい。

 

「正義漢気取りか? 事情も知らねぇ部外者が俺たちの問題に首突っ込んでんじゃねぇよ」

 

「ああ、俺はあんたらの事情なんて知らねぇよ。でもな、どんな事情があっても、人の頭を踏みつけていい理由にはならないだろ」

 

「いいやあるね! こいつは一人じゃ何にも出来ない能無しの弱小『サポーター』だ! 俺たちのお零れに預からせてやってるってのに、稼ぎまでくすねようとしやがった」

 

「この子がやった証拠はあんのかよ?」

 

「ある訳ねーだろ。やってようがやってまいが、どっちにしろ稼ぎが少ねぇのはこいつが間抜けなせいなんだからよ!」

 

 矛盾だらけの身勝手な言葉に、俺はふつふつと怒りが湧き上がってくる。少ない情報の中でも、こいつは自分より弱いと感じたやつに対してどこまでも残忍になれる男だと理解出来た。怒りに任せて拳を振るいそうになったが、俺は落ち着いて足蹴にされているこの子から足をどかすために男の肩をトン、と押す。男は以外にも簡単に後ろにのけ反り、ヨロヨロと体制を立て直す。

 

「……て、てめぇ!?」

 

「まずは足をどけろ。あんたが何を言おうが、やっぱり踏みつける理由にはならない」

 

「うぜぇな……俺たちの事情に、てめぇの綺麗事を押し付けんじゃねぇよ! この世間知らずのクソガキが!!」

 

 男はそう叫びながら、俺の顔面に目掛けて拳を振るう。その対して速くもない拳にはなんの驚異も感じなかった。俺は男の拳を受け止め、力を加えて下向きに捻る。

 

「ギャッ……!?」

 

「ああ、確かに俺は世間知らずさ。ここに来た時も、ここに来る前も。色んなやつを信じて、騙されて、裏切られて……それでも誰かを信じたくなる大バカだ」

 

 光と闇のこと、《大崩壊》のこと、この世界で出会ったみんなのこと。それを思い出しながら俺はそう話す。男は涙目になりながら、膝をついて俯いていた。

 

「そんなバカな俺でも、やっちゃダメなことぐらい分かる。あんたが今やった事もそうだってな」

 

「ぐぐっ……」

 

 俺は話を終え、捻る力を弱めて男を解放する。このままへし折ったら、俺もこいつと同じようになる気がしてならなかったからだ。

 

「今日のところはこれぐらいで勘弁してやる。とっとと失せろ」

 

「ぐ……クソが……」

 

 俺がそう言うと、男は俺とサポーターと言われたこの子を一瞬睨みつけ、その場を立ち去っていった。

 事件が一段落し、俺は足蹴にされてうつ伏せに転がっているサポーターの子に手を差し伸べる。

 

「大丈夫か? 怪我はないか?」

 

「……」

 

 しかし、その子は俺の手を取らずに立ち上がり、一言も発せずギルドの出口から外に出て行った。その姿を見てなんとなく、これで良かったのだろうかと心にモヤが残った。

 

「……エイナさん、大丈夫か?」

 

「怖かったよ~。冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事だけど、今回のは事件に繋がりかねなかったからね。止めてくれてありがとう、グレン君」

 

 エイナさんが言う通り、冒険者同士やギルド職員との言い争いは少なくないらしい。証拠にあの子が一方的に暴力を振るわれるまで、周りの人間はほぼ無関心だったのだ。

 そこで俺は、ふと思い出す。

 

「なあ、エイナさん。あいつが言っていた『サポーター』ってなんなんだ?」

 

 あの男の中で聞いた単語をエイナさんに質問した。すると、彼女は息を詰まらせる。一呼吸を整えて、俺に話し始めた。

 

 彼女曰く、サポーターとはダンジョン探索における非戦闘員。主に魔石やドロップアイテムといった戦利品を回収したり、ポーションや武器といった装備品の管理を担う裏方役。しかし、悪い言い方をすると冒険者としての才に恵まれなかった荷物持ちだ。

 

 そして、大半の冒険者はサポーターを顧みない。確かに、サポーターがいることで冒険者の負担が軽減されているのは事実だ。しかし、その事を少しでも理解してくれている冒険者などどれだけいるのだろうか。

 いざとなれば、モンスターの囮にするのに丁度いいと、彼ら(サポーター)の前で笑い飛ばす冒険者も多く見てきたとエイナさんは答えた。

 

 俺はその言葉を聞いて、再びあの子が出ていった出口に目を向ける。本当にこれでよかったのだろうか。と、俺の心には小さなトゲが刺さったままだった。

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