ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。 作:即席社会人
時刻は夕方、もう日も沈んできた。帰宅する冒険者たちも増えてきて、道は更に混み始める。探検のついでだったが、結局あのサポーターについての情報は手に入らなかった。でも、少しは気分転換ができたかもしれない。そう思うことにして、込み入った道の流れに沿って進み始める。
しばらく歩いていると、見た事のある制服に身を包んだ緑髪の女性が後ろから追い抜かしてきた。混雑しているというのに、まるで意に返さないようにスルスルと間を通って前に進んでいく。なんて鋭い足さばきなんだ。
「うおっ……!?」
その人を追いかけようとしたが、強くなる人の流れに逆らえずどんどん流されてしまう。その時、道の端から袖を掴まれ、人混みの外へと引っ張り出された。
「グレンさん、何をしているのですか?」
手の主は透き通るような声で俺の名前を呼ぶ。
「リューさん、さっきまで前に……」
その声の主は、俺が追いかけていた緑髪のエルフの女性『リュー・リオン』さんだった。
「あなたのことは気づいていました。しかし、どうにも人に流されそうだったので戻ってきたのです」
あの一瞬でそこまで分かったのか!? やっぱり普通じゃない、この人は凄腕の達人だ。『豊饒の女主人』……一体どんな基準で従業員を選んでいるんだ? と、少しあの場所が怖くなった。
「とりあえず、助けてくれてありがとう」
「礼はいりませんよ……ここはもうじき更に人が増えます。こちらの道を使いましょう。少し迂回することになりますが」
「あ、ああ……」
リューさんは淡々と説明し、俺の前を先導する。そういえば、この人とは
「あの、リューさん……」
「なんですか、グレンさん?」
でも、だからこそ彼女には聞きたいことがあった。寡黙で生真面目なリューさんだからこそ、俺の言葉にも正面から答えてくれると思った。
「最近不安になるんだ。本当に正しいことが出来ているのか……」
それは、あの時のサポーターの事だった。俺は、あの時あの子を助けた行動は正しいものだったと信じている。でも、男の冒険者には綺麗事を押し付けるなと吐き捨てられた。あの時はただの負け惜しみだと感じていたが、今になってトゲとなって心の奥に刺さる。俺にとっては間違っていても、彼らにとってはそれが正しい関係だったんじゃないのか、と。
あまり細かくは話さなかったが、リューさんにあの時の話を語った。
「妙なことを心配するのですね」
「え……?」
俺の話を聞いたリューさんは、足を止めて振り向く。
「会って間もない上、話す機会もそうそうない私ですら、あなたの人となりは何となく理解しています。あなたが間違っていると感じたことは、本当に間違っていることなのでしょう」
そして、いつもと変わらない表情で話し始めた。
「あなたはクラネルさんとよく似ている。彼と同じで優しく、繊細で、正義感の強い人だ。何も気に病む必要などありません」
「リューさんは冗談が上手いな」
俺とベルが似ているだなんて……俺からしたらまるで真逆に見える。
「冗談ではありませんよ」
俺はリューさんが励まそうと言っている、彼女なりの冗談なのかと最初は思っていた。しかし、彼女の眼差しは真剣そのものだったのだ。
「──ねぇからな! この───が!」
俺が返事に詰まっていると、裏路地の奥から怒号が飛んでくる。次の瞬間には、武器と武器がぶつかるような甲高い音が鳴り響いた。何事だと俺が顔を向けた時には、既にリューさんが現場に向かって歩き始めていた。足音すら聞こえない彼女の足さばきに驚きながら、俺も後を追う。
「止めなさい」
「次から次へと……今度はなんだァ!?」
「リューさん!?」
全貌が見える前に、リューさんの淡々とした声が周りに轟く。すると、馴染みのある二つの声がそれに反応した。
「それにグレンも……!?」
「ベル!? なんでこんなところに? それにあんたは……」
「なっ!? テメェ!」
それはベルと、昨日ギルドで揉めた冒険者の男の声だった。二人の手にはそれぞれ武器が握られている。どういう理由であれ、戦闘中というのは明らかだった。
「今度は俺の仲間に何の用だ? 次はもう許す気は無いぞ」
俺はそう言いながら、男に睨みを効かせる。俺の動きに澱みは生まれなかった。さっきリューさんに、俺の行動は正しいことだと言って貰えたからだろうか。
男はその言葉を聞いた後、頭を掻きむしりながら俺たちを睨みつける。俺も戦闘になるだろうと、腰に取り付けた短剣に手をかける。
「どいつもこいつも俺の邪魔ばっかりしやがって! テメェらぶっ殺されてぇのか、ああ!?」
「吠えるな」
俺と男が戦闘態勢に入ろうとしたその瞬間、隣からリューさんの冷たい声が響き、辺りを支配する。俺もベルも、冒険者の男も言葉を発するのを止めて息を飲む。完全に彼女が場を支配していた。
「手荒なことはしたくありません。私は
その言葉は恐らく事実なのだろう。実際、リューさんはいつの間にか小太刀を男に突きつけていたのだった。
「……く、くそがぁっ!」
男は顔を青ざめさせ、剣を収めて逃げるようにその場を去っていった。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ありがとうございます、リューさん」
場を支配した当の本人は、そんなことなど気にせずベルの元へと歩み寄る。そんな彼女に、俺は畏怖と同時に何か近しいものを感じていた。リューさんは恐らく冒険者だったのだろう、それも恐ろしく腕の立つ。でもそれだけじゃない、人と戦うことに対してなんの躊躇いもなかった。高レベルの冒険者になれば自ずと対人戦も増えるのだろうが、彼女は戦いのその先、殺しまで見ているような目をしていた。
でも、そんな人が今は酒場の店員……か。
「あ、そうだ! グレン、リューさん、
結論の出ない答えを探っている時、隣からベルの声が聞こえた。どうやらこの場にはもう一人居たらしい、恐らくこの前足蹴にされていたサポーターの子だろう。
「ん? 俺は見なかったな。リューさんの方が前にいたし、見ているならば……」
「私も目にしませんでした。怖くなって逃げたのかも知れませんね」
どうやらリューさんも見ていないらしい。惜しかったな、出来れば話を聞きたかったところだ。
「クラネルさん、あなたが怪我をしたらシルが悲しみます。気をつけてください。グレンさんも、私が言えた義理ではありませんが、あまり自分を責めないであげてください。では、私はこれで……」
「はい、本当にありがとうございました」
リューさんはそう言葉を残し、路地裏を出て店へと戻っていった。俺達も
「そういえばグレン、その短剣どうしたの? 今朝は持ってなかったよね?」
「ああ、いい人に出会えてさ。格安で譲って貰ったんだ。そういうベルはいい防具が見つかったのか?」
「うん! 持ち金ギリギリだったけどね。そうだ聞いてよグレン、神様がね……」
「なるほどな、ヘスティア様がそんなこと……」
今日一日、ベルと俺は別行動だった。今はお互いに起きた様々なことを話している真っ最中だ。その中には、今日買った武器や防具の話題も上がった。しかし、そこに対する共通点にはどちらも全く気が付かなかったのである。
そして、ヘスティア様がヘファイストス・ファミリアのテナントで接客仕事をしている事を聞く。ああ、これは借金返済のためにこき使われているんだろうな。と、俺は苦笑いをした。
「ねぇグレン、何だか元気になったね」
「そうか?」
「うん、今朝はなんだか思い詰めた顔ばっかりしてたし」
「そうかな?」
「そうだよ」
俺の素っ頓狂な返事に、ベルは呆れ笑いをしながらそう返事をする。良く考えると、今日は色々なことがあった。ヘスティア様に励まされて、ヴェルフに出会って、リューさんとも話が出来た。
「グレン、今日はいい日だった?」
今日はいい日だったかなんて、長々と答えるまでもない。心からそう思えるほど充実した時間を過ごすことが出来たのだと、俺はこの時初めて気がついた。
「ああ……そうだな」
☥
「……よし!」
「似合ってるぞベル」
翌日、俺とベルはダンジョン探索の準備をしていた。ベルは新調した鉄色の軽装を身にまとい、深緑色のプロテクターを左腕に装着する。このプロテクター、どうやら買い物に同行したエイナさんからのプレゼントらしい。
ベルも罪な奴だ……。
「ん? どうしたのグレン?」
「いいや、なんでもない」
そんなことを考えながら身支度を終え、ヘスティア様に声をかけて外に出る。しばらく歩いて到着したのは冒険者の待ち合わせ場所の十八番、
「今日も頑張るか」
「うん!」
「お兄さんお兄さん! 白黒コンビのお兄さん!」
俺たちはそう言葉を掛け合い、ダンジョンに向かおうとしたその時、後ろから幼い少女の声が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこに居たのは身体の何倍もある大きなバックパックを背負ったフードの少女だった。栗色の瞳と前髪を覗かせ、俺たちに笑顔を向けている。
「
「君は、確か……」
俺は彼女の身につけているフードに、どこか見覚えがあった気がした。
「……? 黒髪のお兄さん、リリとお会いしたことがありましたか?」
「い、いや……」
あの時のサポーター、あの子もフードを深く被っていた。でもそのせいで顔がよく見えなかったのを覚えている。オラリオには冒険者が無数にいる。その数だけサポーターがいると言ってもいい。彼女も同じサポーターと言えど、同じ人物である可能性は限りなく低かった。
ベルも何かを気にしていたが、その考えを遮るようにその少女は言葉を紡ぐ。
「それで、お兄さん達どうですか? サポーターはいりませんか?」
「えっと……出来れば、欲しいかな?」
「本当ですか! なら、リリを連れて行ってくれませんか!」
ベルがそう返すと、その少女は大きく目を見開き、無邪気にはしゃぎながら自分を売り込む。
「じゃ、じゃあお試しで今日一日お願いしようかな? いいよね、グレン?」
「俺は別に構わないが……」
ベルは彼女の売り込みに折れたのか、サポーターの契約を交わすことにした。俺にも確認を取ってくるが、俺も特に問題なく承諾した。
すると、その少女は頭を下げて俺たちにお礼を言う。
「ありがとうございます! ……あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。リリの名前は、『リリルカ・アーデ』と申します! 今日はよろしくお願いしますね!」
少女──リリルカさんは屈託のない笑顔を俺たちに向ける。その瞳が、ある一点に向かって怪しく輝いていることを今の俺たちには気づくことが出来なかった。
☥
「リリルカさんは、どこのファミリアに所属しているんだ?」
ダンジョン入口の広いエリアで、俺とベル、リリルカさんはお互いを知るための話をしていた。
「はい、【ソーマ・ファミリア】ですよ。割と大きな派閥かと」
「それならリリルカさんは、どうして僕たちに声をかけたんだい? 大きければ、ファミリア内の仲間とパーティを組めると思うんだけど……」
「お恥ずかしい話です。リリは小さい上に腕っ節もダメで、ファミリアの方々からは邪魔者扱いされてるんです。誰も仲間になんて入れてくれません」
ファミリアに居場所がない、ヘラヘラと笑いながらそう告げる彼女に俺は少し動揺してしまう。俺たちの所属するヘスティア・ファミリアには、気休めなんかじゃない、確かな絆があった。たとえ、これから入団してくる人に冒険者としての才が無かったとしても、決して揺るがないだろう。
オラリオ有数のロキ・ファミリアもそうだ。あの神は飄々とはしているが、所属する冒険者からの信頼は厚い。
憎らしいが、フレイヤの眷属にも確かな忠誠心があって、奴も主神として相応の立ち振る舞いをしている。
戦えないとはいえ、冒険者のリリルカさんへの扱いを黙認している
「あと、お二人ともリリにさん付けはやめてください」
「なんでだ?」
俺がそう聞くと、彼女は少し暗い顔をする。
「リリはサポーターです。そういうと聞こえはいいですが、要するにただの荷物持ち。前線で命をかけるお二方のような冒険者とは違い、安全圏で傍観するだけの卑怯者です」
「そんなこと……!!」
「グレン様もベル様も、お優しいことは会ったばかりのリリにも分かりました。しかし、ケジメは付けなくてはいけません。ここでお二人に甘えてしまえば、リリは生意気なサポーターという烙印を押されてしまうでしょう。すると、リリは他の冒険者様から相手にされなくなってしまいます」
否定に入ろうとしたベルの言葉を遮り、彼女は持論を述べ続けた。改めて感じる、俺たちと彼女の認識の差異。同じファミリアの冒険者と歩む中で、こんな価値観になってしまったのだろうかと考えると、俺はやるせない気持ちになった。それと同時に、ソーマという神がどういうやつなのか、いずれ知りたいと考えるようにもなった。
「慣れないことを頼んでいるのは分かっています。でも、どうかリリを助けると思って受け入れてください」
「……分かったよ、リリ」
ベルがそう返事を返す。俺は深々と頭を下げるリリを見て、俺は先日のサポーターの子を思い出した。これが彼女たちの現実なのだろう。助けたいのは山々だ。でも、策もなしに引っ掻き回せば、それこそ他の冒険者から敵視されることになる。
ただでさえ危うい立場のリリを、さらに厳しい窮地に立たせる訳には行かなかった。
「そういえばリリ」
「なんですか、グレン様?」
「やっぱり、どこかであったことはないか?」
先日のサポーターのことを思い出した俺は、先程まで抱えていた疑念も同時に思い出した。それは、その子とリリの関係についてだ。無関係の可能性の方が限りなく高いことなど分かっている。でも、どうにも何かが引っかかると感じた俺はその疑念をリリに投げてみることにした。
「リリはお二人とも、今日が初対面のはずですが……見間違えではないでしょうか?」
リリから帰ってきた答えはやはりノーだった。
「なら、そのフードを取ってみてくれないか?」
あの時の子は顔が隠れてよく見えなかった。同じようにリリの顔もよく見えない。しかし、リリの顔を見れば何か思い出せるんじゃないかと思った俺はダメ元でそう頼み込む。
「分かりました……」
しばらくの間を置いて、リリは俺の頼みを聞いてくれた。小さな両手が、ゆっくりとローブにかかる。
隠されていたそこには大きな耳が二つ、くっ付いていた。
「あ、あれ……? 獣人……?」
その姿を見て、ベルが驚いた声を出す。
「は、はい。リリは
「ベル、どうかしたのか?」
リリの言葉に驚いているベルに、俺は尋ねる。混乱していたベルは、俺の声を聞いて我に返り説明を始めた。
「う、うん。あの時の路地裏の子、リリとよく似ていたからもしかしてって思ったんだけど、その子
「そうか……」
その言葉聞いて、俺も一つの結論に至った。まず、あの日俺が出会ったサポーターの子と、ベルが助けた女の子は、同伴していた冒険者のことから恐らく同一人物。そして、その子は
つまり、あの時の子とリリは赤の他人という最初の結論に戻ってきたのだった。
結局あの子のことは分からずじまいだと頭をかいていると、その隣でベルがリリの耳を手で摘んでいた。
「本物だ……」
「あぅぅ……その、ベル様ぁ……」
ベルはその耳が本物なのか確かめたかったのだろう。でも、あまりにも執拗に触りすぎだ。リリは、頬を赤く染め、身震いしながら消え入りそうな声でベルの名前を呼んでいる。
「触りすぎだベル、リリも嫌がってるだろ」
「痛っ!?」
その姿を見かねた俺は、ベルの頭に手刀を叩き込む。
「──!? ご、ごめんリリ!?」
「うぅ〜っ……」
その一撃でベルはハッと我に返り、リリに謝る。リリは触られた耳を押えながら、涙目の上目遣いで何かをベルに訴えかけていた。
周りの冒険者は、何をしているんだと呆れた目を向けている。
「二人とも、そろそろ終わりにして気を引き締めろ。探索始めるぞ」
今から始めるダンジョン探索、強くなったとはいえ浮ついた気持ちでは向かえない。俺はそんな二人に声をかけ、もう一度現実に引き戻す。
「う、うん! ごめん!」
「ごめんなさいグレン様!」
ようやく戻ってきた二人を引き連れ、俺たち新生パーティはダンジョンに足を運んでいった。