ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。   作:即席社会人

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17.リリの呪い

「ギャアアアアッ!?」

 

 声が聞こえる。

 

「強すぎだろ! 聞いてねぇぞ!?」

 

 よく聞く声、それは悲鳴。

 

「ちくしょぉお……痛ぇ」

 

 リリが街の隅で、いつも漏らすもの。

 

「なあ、待ってくれよ旦那!? 話を……ァギャアッ!?」

 

 でも、これは全てリリのものでは無い。さっきまでリリを足蹴にして笑っていた、同じファミリアの冒険者(クズ共)の声だ。キーンと響く耳鳴りの影響で、彼らの呻き声がくぐもって聞こえる。頭が割れる、身体中のあちこちが痛い。

 そう思いながらも、何が起きているのか把握するために、そして逃げる算段を立てるためにムチを打って起き上がる。

 

「グ、グレン……様?」

 

 ぼやける視界に映った横顔。黒い髪、赤いメッシュ、黄金の瞳──ここらでは見かけない特徴的な服装。一目で分かった。あの人はこの辺りでは見かけなかったはず、なのに何故かここにいる。でも、リリが抱いた疑問はそこじゃなかった。

 

 どうしてソーマ・ファミリアの冒険者と戦っているのだろう? 

 どうしてこの人は、こんなに怒っているのだろう? 

 

「とっとと消えろ!」

 

「「「ヒイィィィィッ……!?」」」

 

 グレン様の怒号に、退散していくソーマ・ファミリアの冒険者。我先にと仲間を押し退けて逃げる姿は、無様としか言いようがない。

 そうだ、これがリリの知っている冒険者だ。己の身の可愛さで、平気で仲間を蹴落とす。

 

 それが当たり前、そのはずなのに──。

 

「リリ、大丈夫か!?」

 

「グレン……さ……ま?」

 

 どうしてこの人は、リリの体を支えてくれるのだろう? 

 

「血が……そうだ、ポーションが……」

 

 グレン様は懐を漁り、ポーションの入った瓶をリリの口元に持ってくる。

 

「でも……」

 

「いいから早く!」

 

 彼も、アイツらと同じ冒険者のはずなのに……どうしてサポーター(役立たず)に……と、思考がグルグルとまとまらない。

 何も分からないまま差し出されたポーションに口をつけ、コクコクと喉を鳴らす。腹の中に液体が流れるのを感じると同時に、スっと痛みが引いていくのを感じる。

 意識がゆっくりと現実に固定されていく。ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。

 その瞬間、ハッと頭をよぎる。蹴り飛ばされた時、自分のフードはどうなったのだろう、と。慌てて頭に手を当てたが、どうやらフードは外れていないようだった。ホッと息をついた後、直ぐにグレン様の体から飛び起きて一定の距離を取る。

 魔石灯に照らされるグレン様の顔を見たが、疑うような顔をしていない。どうやら()()()()()にはまだ気づいていないらしい。

 

 リリの秘密──それは変身魔法【シンダー・エラ】。リリはこの魔法で小人(パルゥム)であることを隠し、多くの冒険者を出し抜いてきた。弱いリリに残された最後の武器。バレる訳にはいかなかった。

 

「グレン様は……こんなところで一体何をしているのですか?」

 

「何って、たまたま通り掛かっただけだ」

 

 信じられない。グレン様もヤツらと同じ冒険者だ。要らなくなったら、簡単に仲間を捨てる冒険者なんだ。信じられるわけがなかった。

 それに、もしかしたらリリを嵌める為にアイツらと仕組んだ芝居かもしれない。そうでなくとも、どこからかリリの隠し金の在処を聞いて奪い取りに来たのかもしれない。この優しさはそれを隠すためのカモフラージュかもしれない。

 

「嘘です……」

 

 今まで受けてきた冒険者からの理不尽な仕打ちによるトラウマは、そう簡単に拭い切れるものでは無い。お前も他の冒険者と一緒だ。と、リリはグレン様に無意識に訴えていた。その顔を見て、彼は凄く悲しそうな顔をする。

 

 分かっている。心の底では信じたい、助けて欲しい。でもそれに蓋をして気付かないふりをする。信じればそれだけ、裏切られた時の傷は大きくなる。ならば初めから何も信じない方が楽だ。

 

「グレン様は……何が目的ですか? リリを助けて何かメリットがあるんですか?」

 

 リリはグレン様にそう問う。ここまで来たら言って欲しかった。リリの持っている道具が目当てだ、金が目当てだ、囮に使えるから手離したくない──と、酷く吐き捨てて欲しかった。そうすればリリも、あのナイフを盗むことに躊躇わなくて済むから……。

 

「目的って……仲間があんなふうにされてたんだ、助けるのが当たり前だろ?」

 

 でも、グレン様の答えはそのどれとも違っていた。顔を見ても、何一つ偽りのない表情をしていた。

 

「あとこれ、取り返したぞ」

 

「これは……」

 

 グレン様から渡された見覚えのある麻袋。それはヤツらに奪われた今日の儲けだった。例えリリの物だったとしても、取り返したのはグレン様だ。どうして独り占めしようと思わなかったのだろう? と、更に予想外の行動に言葉が詰まる。何を言っていいのか分からなくなる。リリの中の、冒険者という像が崩れかける。

 そんなリリに、グレン様は手を差し伸べてきた。

 

「ほら、またヤツらが襲ってくるかもしれない。早くここを離れよう、リリ」

 

「あっ……はい……」

 

 リリは混乱したまま、その手を取って立ち上がる。裏路地を抜けて大通りに出る。既に酒場も閉まっている時間で、道を歩くのはリリ達以外にいなかった。

 前で手を引くグレン様が考えていることが、リリにはまだ分からない。

 

「なあ、リリ」

 

「何ですか……グレン様」

 

 ふと、前を見たままのグレン様が口を開く。

 

「俺の事、やっぱり信用出来ないか?」

 

「……」

 

 リリは答えなかった。でも、沈黙は肯定とよく言われるものだ。グレン様はそっか……と、寂しそうに答える。

 

「じゃあさ、俺のことは嫌いでも良い、信用出来なくてもいい。でも、ベルのことは信じてやってくれよ。あいつは絶対、リリを裏切らないから」

 

 俺の事信じなくていいって言ったのに、これじゃ矛盾してるな……と、グレン様はぎこちない笑顔でリリの方に振り向く。

 その顔を見て、この人はただリリを安心させようとしてくれているだけだと気づいた。それはまるで子供に接し慣れていない父や、年の離れた妹に手を焼く兄のようだった。

 ──リリの親は、親と呼べるものではなかった。神酒(ソーマ)……その完成品の魅力に囚われ、幼かったリリにも金集めを強要した。そして、ある日ダンジョンで呆気なく死んだのだ。

 

 でも、もしもリリが普通の家庭に生まれていたら、グレン様のような父、あるいは兄が居たのかもしれない。

 

「……なんて」

 

 そう気づいても、やはりグレン様はリリの嫌いな冒険者だ。どんなに優しくされても心が開くことは無い。気持ちの問題ではない。もう恐らく、一生治ることのない呪いなのだから。

 

 そんな面倒なリリにグレン様はどうして構うのだろうか? リリにベル様を信じるように諭したのだろうか? 

 

 やっぱり、やっぱりグレン様もベル様も──。

 

「変なの……」

 

 リリは小さくそう呟く。

 でも──でも、万が一グレン様やベル様ともう少し早く出会えていれば、少なくとも今のリリよりは少しマシなリリになれたのだろうか。と、リリは冷たい夜風に身体を震わせる。

 そして、グレン様と一緒にリリが泊まっている安宿へと向かっていった。

 

 

 ☥

 

 

『ジャアアアアアッ!!!』

 

「グレン様、右です!」

 

「はあっ!!!」

 

 ソーマ・ファミリアとの乱闘があった翌日。まだリリは俺たちと冒険していた。正直あんな出来事があった後だ、怪しまれてもう二度と会えないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。

 リリも以前と変わらず、俺とベルを後ろからサポートしてくれている。

 俺たちは今、ダンジョンでのとめどないモンスターの追撃に頭を悩ませていた。俺が正面で戦っているのは、額に鋭いツノを生やした兎のモンスター『ニードルラビット』の大群だ。こいつら、一匹一匹の力は大したことないが、体が小さい上何より数が多すぎる。

 

 ヤツらを出来るだけ一箇所にまとめ、一撃で前衛を弾き飛ばす。モンスターの灰と土煙が宙を舞う。それを突っ切るように第二陣が突撃してくる。俺は振り上がって次の動作に移れない大剣から手を離し、腰の短剣を抜いて兎共の胴体を切り裂く。時には体術を用いて蹴り飛ばし、ツノを握りしめて地面に叩きつけた。

 

「ふぅ……なっ、まだ!?」

 

 一旦落ち着いたかと思った矢先の第三陣。集中の途切れた一瞬の隙を付かれ、ニードルラビットのツノが俺の顔面に襲いかかる。

 しかし俺は何とか反応し、間一髪で短剣を目の前に構えて防御の姿勢を取った。

 ガキン、と金属同士がぶつかるような甲高い音と同時に、俺とニードルラビットは入れ違いになってしまった。

 

 ヤツは暴走したままベルの元へと突撃し、彼の膝当てに衝突する。

 

「づっ……!?」

 

「ベル様!」

 

 突然の衝撃に虚を突かれたベルは、完全に体勢を崩してしまう。それも今からキラーアントが襲いかかってくる最悪のタイミングだった。

 ベルは向かってきたキラーアントの鉤爪攻撃を何とか防ぐも、足が盛大にもつれて地面に倒れ込む。

 

 それに追い打ちをかけるように、二匹目のキラーアントがベルの上にのしかかる。

 

 まずい、ベルがやられる……!! 

 

「ダメ────っ!!!!」

 

 地面に突き刺さった体験を抜いて飛び込もうとしたその瞬間、俺の後ろからリリのかけ声と炎の塊が同時に飛んでくる。

 

『ヅギャアアアアアッ!?』

 

 予想外の方向からの火球(ファイアボール)に焼かれたキラーアントは悶えていた。どうやったのかは知らないが、リリが作ってくれた隙を利用して、ベルはもう一度立ち上がる。

 

「悪いベル、逃がした!」

 

「全然、大丈夫!」

 

 俺も遅れて参戦し、何とか体制を立て直す。

 

「「うぉおおおっ!」」

 

『『ギィイイイイッ!?』』

 

 残ったキラーアントとニードルラビットを何とか始末して、俺たちは溜め込んでいた息を大きく吐き出した。俺は剣を支えにしてもたれ掛かり、ベルは中腰になって顔を拭っている。

 

「ベル様、グレン様、無事ですか!?」

 

「……リリぃ〜。ありがとう、助かったよぉ」

 

 駆け寄ってきたリリの顔を見たせいか、ベルは脱力して尻餅をつく。

 

「ほっ……なら良かったです。グレン様、後続が把握出来ていない状況で気を抜くのは言語道断です! ベル様が串刺しになるところでしたよ!?」

 

「……そうだな。リリ、ベル。悪かった」

 

 その姿を見て安堵したのか、リリは次に俺の方を向いてそう注意をしてきた。返す言葉もない、実際に自体が悪化したのはそれが原因だ。そう思った俺は二人に謝罪する。

 

「しかし、意地悪な状況だったとはいえベル様にも非があります! 先行し過ぎです!」

 

「ごめん……」

 

 ベルもリリの言葉に思う所があるのか、素直に頭を下げていた。

 彼は会ったばかりとは比べ物にならない程に成長している。油断……いや、慢心と言うべきだろう。俺も力を取り戻しつつあるとはいえ、一人ではいずれ限界が来る。

 これがダンジョンの脅威。絶対などないという恐怖。

 リリが居なかったら俺かベル、あるいはどちらも既に命を落としていた。

 

「お二人とも、聞いているんですか!」

 

 考え事に支配された頭に響く甲高いリリの声。彼女の説教は留まるところを知らず、俺たちはただ彼女に頭を下げる他なかった。

 

「そういえばリリ、さっき魔法を使ってなかったか?」

 

 説教が一段落し、同じ過ちを犯すまいと約束をして立ち上がった俺は、ふとリリの掛け声と共に飛んできた火球(ファイアボール)を思い出す。

 

「……はっ!?」

 

 俺の指摘に、リリは慌てて右手に持っていた深紅のナイフを懐に隠す。そのナイフに何か仕掛けがあるのだろうか? と頭を悩ませていると、ベルが横から声をかけてきた。

 

「今のって、もしかして『魔剣』? あぁ、それで助けてくれたんだ。……本当にありがとう、なんだかすごく嬉しかったよ」

 

 その言葉に、リリは少し頬を赤らめて動揺していた。しかし、直ぐにフードを深く被ってよく見えなくなってしまった。

 

「なあベル、魔剣って?」

 

 それよりも、俺はベルの口にした魔剣という単語に関心が向いた。無論、俺の世界にも無い訳ではない。

 

「知らないのグレン? 魔剣っていうのはね、魔法が発現していない人でも、魔力を使わずに振るだけで魔法が使える剣なんだ」

 

 だが、どうやらこの世界の魔剣は少し違うらしい。リリの魔剣が放った火球(ファイアボール)は状況を覆す火力では無かったが、とはいえ振るだけで使えるというのはかなり便利な品だ。

 

「でも一部の鍛冶師(スミス)しか作れないみたいで、更に使い過ぎると壊れちゃうって……」

 

「そうですね、かなり貴重なものなので、リリもここぞと言う時以外は使わないようにしています」

 

 ベルの言葉に、リリが付け足すように説明する。

 

「そうなのか……じゃあ尚更礼を言わないといけないな。ありがとう、リリ」

 

 俺はリリに目線を合わせながらそう言う。すると、彼女は再び頬を赤らめながらパクパクと口を開いていた。

 

「べ、別にお二人を助けようとした訳じゃないんですからねっ! お二人が居なくなってしまったらリリの収入が減るからこうしたまでです! 勘違いしないでください!」

 

「……何言ってるの、リリ?」

 

 リリはブンブンと腕を振りながら、恥ずかしさを隠すように捲し立てる。対応に困る発言に、俺とベルはそう呟いて困った顔をしていた。

 

 

 ☥

 

 

「そういえばリリ、昨日ファミリアに戻るって言ってたけど、何かあったの?」

 

「どうしてそんなこと聞くんですか、ベル様?」

 

「……リリとファミリアの人たちの関係が悪そうだったから、その、気になっちゃって……ゴメン」

 

 ダンジョンの帰り道、ベルがふと声に出した質問にリリは少し声が強ばる。俺は、ベルに昨夜起きた事を話していなかった。話せば素直で正義感の強いベルは、リリを助けようと強引な手段に出るに違いない。それは俺も賛成だ。

 

 でも、相手はオラリオ有数のファミリア、ソーマ・ファミリア。強引に引き剥がせば、たとえ俺たちが正義だとしても力で悪に塗り替えられる。強引な団員の誘拐と捉えられれば、俺たちは愚か、ヘスティア様も街から追い出される可能性すらあるのだ。

 リリもサポーターとはいえ、ダンジョンに潜る人間だ。昨夜のような争いは決定的な証拠にならない。

 そうである以上、リリから俺たちの手を取ることを待つより他はなかった。

 

「お心遣いありがとうございます、ベル様。でも大丈夫です、ベル様が心配しているようなことは()()()()()()()()()()()

 

 俺はその言葉を聞いて、リリの方をチラリと見る。彼女も俺に目を向けていたようで、目が合った瞬間サッと視線を逸らした。

 

 リリは嘘をついた。それは、俺だけでなくベルも信じていないということだ。埋まるのかも分からない途方もない溝。リリの呪いは、俺が思った以上に深刻だということを改めて気付かされた。それと同時に、今の俺ではどうしようもないという現実に、不甲斐なさを感じた。

 

「……クソッ」

 

 俺は二人に聞こえないように、小声で悪態をついて唇をかみ締めていた。

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