ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。 作:即席社会人
「頼む、間に合ってくれ! ──『アイリス』──!」
「ごめん……なさい──」
やめろ……。
「あとほんの少し──足りなかったなぁ!?」
「共に滅ぼう──それが、彼女の望み!」
やめてくれ……。
「──さよなら、約束の人──」
待ってくれ、アイリス──!!
「アイリスっ!!!」
走馬灯のように流れたあの時の記憶、呼び起こされた悲痛な結末によって俺は目覚めた。見たことの無い天井だ、どうして俺はこんな所にいるんだ? 全ては……夢だったのか?
「……うっ!!」
朦朧とした意識の中、突然全身が砕かれるように痛みだす。あの日の出来事は夢なんかじゃない、現実だ。と突きつけられるような痛みが全身に走る。激痛で完全に目覚めた俺は、痛みが収まると同時に現状を理解しようと動いた。
暖炉には火が炊かれており、テーブルには温められた飲み物が置かれている。ここは……小屋か? 誰かが俺を助けてくれたのか? だが、始祖のルーンが破壊されて起きた『大崩壊』で『白の王国』も『黒の王国』も滅亡してしまったはず……それともここは、その影響がなかったほどの辺境の地なのだろうか。
いや、ありえない。第一俺は闇の王と共に最後を迎えるつもりだった。ともに空から落ちてきた天空の大陸に埋もれるその瞬間まで、俺の記憶には鮮明に焼き付いている。
あれこれ思考しても、俺がこんな平和な地にたどり着く方法などなかった。
「あ、もう目が覚めたんだね、おはよう!」
その時、後ろから幼い少女の声が聞こえる。振り向いてみると、美しい黒髪をツインテールにした、美麗さと可愛らしさの間にいるような少女がいた。なによりも特徴的なのは、大きく育った胸であったが、俺はそれよりも今の自分がいる状況を理解しきれず困惑している最中であった。
「運んできた時は血まみれでホントに心配したよ、このまま死んじゃったらどうしようってばかり考えてたんだ」
彼女は机に置かれた飲み物に手を伸ばし、ふーふーと冷ましながら口へと運んでいた。
「そういや君、アイリスって……」
「ア、アイリスを知ってるのか!? どうして君が……彼女もここに来てるのか!? 彼女は無事なのか!?」
「わわっ!? ちょっと待ってよ! いっぺんに質問されても困るし、ボクは君の寝言のことを聞いてみただけだよ! 寝てる間ずっとずっとその人の名前を呟いてたんだもん。それに、そんなに動いたら傷が……」
もしかしたら彼女もここに来ているのかも、と思ったがそう上手くは行かないようだ。そう落胆していると、再び全身の傷が痛み出す。それに耐えられず、俺は呻き声を上げた。
「ほら言わんこっちゃない」
そんな俺に多少呆れながら、少女は俺の頭を支えてベッドに寝かせる。俺も痛みで多少冷静さを取り戻すことが出来た。
「君の言ってたアイリスって子は、そんなにかけがえのない子なの?」
「……約束したんだ、必ず助けるって」
「へぇ……」
彼女はそれ以上聞かなかった、俺がどんな結末を迎えたのか彼女は察したのだろう。少女のような見た目だが、まるで年上と話している気分だった。
「でも、死んだと思っていた俺は今ここで生きている。彼女だって助かってる可能性はあるんだ」
もちろん、その可能性は限りなく低い。確実に死んだはずの俺が、なにかの気まぐれで生きている。彼女にも同等の可能性があってもおかしくなかった。しかし彼女も満身創痍だった、 そもそもあの厄災から逃れることが出来たのかすら分からない。だが、俺はその僅かな希望にすがる他なかった。もし安全な地に降り立ったのであれば、俺のように治療を受けているはずだ。俺は今一度、この身を救ってくれた彼女に目を向ける。
「そういえば、お礼を言ってなかったな……ありがとう。君の名は?」
「ボクの名前は『ヘスティア』、【ヘスティア・ファミリア】を率いる主神さ」
「主神?」
「そ、僕は女神様なんだぞ、団員はみんな僕のことを尊敬してるんだ!」
そう言いながらヘスティア様は腕を組んで仁王立ちしている。神がいるなんて聞いたことがない。だが、彼女が嘘をついているとは到底思えない。時折見せる幼子らしからぬ言動や、心の底を見透かされているような感覚から信じざるを得なかった。
「まぁ、団員っていってもまだ1人しかいないんだけどね……」
と、苦笑いしながら頭を搔くヘスティア様を横目に、俺はどうしても気になることがあった。
「外に出たい」
「だ、ダメだよ! 君は自分がどれほどの怪我をしているのか理解してないのかい!?」
「分かってる、でもどうしても確認したいことがあるんだ」
俺は扉の前を陣取るヘスティア様の目をじっと見つめるその意志の硬さに折れたのか、ヘスティア様は条件付きで外に出してくれることを許可してくれた。
「……はぁ、分かったよ。でも、ボクも一緒について行くよ。それに、出るといってもここの周りだけだからね」
「ありがとう」
痛みが走る体にムチを打ち、ヘスティア様の肩を借りて外へ出る。既に太陽は沈み始めており夕焼けが当たりを照らしていた。ほんの少し細道を出ると、黒の王国では見られないほど活気にあふれ、人々が交差する大通りへと出た。そして何よりも目を引くのは、街の中心にそびえ立つ巨大な『塔』。
俺は確信した。ここは黒の王国でも、白の王国でも、ましてや大陸の辺境でもない。ここは……
「異世界だ……」
俺はそう呟いた。天空の大陸もなく、大崩壊のことすら知らない土地。そして光の王、闇の王の不存在と神の存在。それらを総合して導き出される答えはもはやこれ以外に有り得なかった。
「だ、大丈夫!?」
あまりにも突拍子のない答えに、意識が朦朧としてしまう。それからの道中はヘスティア様の言葉も耳にはほとんど入らず、引きずられるように拠点へ帰っていくこととなった。
☥
「さて、どういうことか説明して欲しいな」
拠点に帰ってしばらくしてお互いに冷静になった頃、ヘスティア様から質問を投げかけられた。どこまで話したらいいのか、そもそも彼女を信用してもいいのか……。
いや、ヘスティア様は見ず知らずの俺にここまで施してくれた。全てを知る権利が彼女にはある。俺は順を追って説明することにした。俺の世界で起きた白の王国と黒の王国の戦争、世界の均衡と大崩壊、光の王と闇の王の戦い、そして自分が闇の王の後継者であることも、詳細に彼女に伝えた。
この世界の者からすると、随分とふざけた話の連続だろう、鼻で笑いあしらわれるのが精一杯だと思っていた。だが彼女は、時折質問をするだけで俺の話を静かに聞いてくれた。
「──これが、俺の世界の事の顛末だ」
「なんだか……とても悲しくて、とても切なかったよ」
「俺の言葉を信じてくれるのか?」
「当たり前さ、神が
そうなのか、なんというか……凄いんだな、神様っていうのは。そんな感傷にひたっていると、ヘスティア様が今後について尋ねてきた。
「でも、君はこれからどうするんだい? アイリスって子を探すにしても、元の世界への帰り方を探すにしても、この世界にいる限りはここで暮らさないといけないんだよ?」
そう、生活についてだ。どちらにしてもこの世界でしばらく生きていかなくてはならないことが決まっている。別の世界にアテなんてあるわけがない。この世界の常識も知らない俺にとって、ヘスティア様は唯一の命綱だった。
「そういえば、ヘスティア様は【ファミリア】? とかの主神をやっているだったよな? その、もし良ければなんだが……」
と、言いかけたところでヘスティア様が目を輝かせながら顔を近づけてきた。あまりの圧力に、少しのけぞってしまう。
「そのお言葉待ってました! 【ヘスティア・ファミリア】への入団希望だね!」
言い切る前に二つ返事で承諾されてしまった。まあ、こっちとしてもそれはありがたいが……。
「じゃあ、【ファミリア】入団の儀式の準備をするから、上の服を脱いで待ってて。あ、もし傷が痛むようだったら今日じゃなくてもいいけど」
「いや、やれることは今のうちにやっておきたい。待ってるよ」
「了解だよ! やったー、期待の新人冒険者の誕生だ! えっと……」
そういえば自分の心配事ばかりを押し付けて、名を名乗っていなかったのを忘れていた。
「グレン、グレンって名前だ」
「グレン君、いい名前だね! じゃ、ちょっとまってて!」
彼女は拳を振り上げ、ピョンピョンと跳ね回りながら部屋の奥へと入っていった。
「あ、改めてよろしくね!」
ヘスティア様は奥からひょっこり顔を出し、俺に笑顔を向ける。彼女の団員になるのは少し……いや、とても面白そうだ。
☥
「じゃ、ここにうつ伏せになって〜」
ヘスティアはうつ伏せになった俺の上に跨り、指を切って背にその血を垂らす。これが【ファミリア】の入団儀式。神の眷属、そして団員の証であり、力の源。神の血『
改めて神の眷属になると言われると、どうも実感がわかない。神という概念が薄い世界で過ごしたせいだからだろうか。しかし『ステイタス』には俺にとっても大きな利点があった。それは、さらに強くなれるということ。素質があれば成長は未知数。これでもしなにか掴むことが出来たのならば、アイリスを助け出す力になるのではないかと考えた。二度と、彼女を失わないために……と決意を固めていると、背中の上でヘスティア様が困惑した声を上げる。
「これって……」
「どうかしたのか?」
「ああ……ちょっとまって、今『ステイタス』を書き写すからね」
そう言って俺の背に紙を貼り、指でなぞって引き剥がす。そこには俺の今の『ステイタス』というものが書き写されていた。
グレン Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
【】
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・約束を果たすまで効果持続。
・約束の達成願望により効果向上。
最初のステイタスは全て0、これはヘスティア様曰く普通らしい。魔法もスロットはあるが空白だ。しかしスキルの欄を見てヘスティア様は驚いていた。スキルはその者の強い思いによって覚醒することがあるものらしい。【
「神様、かえって来ましたー! ただいまー!」
「グレン君ステイタス隠して!」
そう言われ俺は咄嗟にステイタスの紙を丸めて背に隠す。それほど見られてはダメなものなのだろうか、と考えたが、ファミリアの主神が焦るほどだ、よっぽどの事なのだろうと口は挟まなかった。
ヘスティア様は見た目相応の幼い笑顔を浮かべながら、トトトトと音を立てて少年の方へと駆け寄っていった。
「やぁやぁお帰りー。今日はいつもより早かったね?」
「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」
「おいおい、大丈夫かい? 君に死なれたらボクはかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」
ヘスティア様は小さい両手で忙しなく少年の体に触れて、怪我がないか確かめている。その時少年が俺の存在に気づいた。
「あ、目が覚めたんですね。初めまして、僕『ベル・クラネル』って言います」
「グレンだ」
ベル・クラネル……この子がこのファミリア唯一の団員か。と思いながら短い挨拶と握手を交えている所にヘスティア様が割り込んできた。
「そうだベル君! グレン君はね、ボクのファミリアに入ってくれるんだって! どんなもんだい、ボクが本気を出せばこれくらい朝飯前さ!」
「神様すごい!」
そんな和やかな会話をしていると、ベルがこっちに来て改めて挨拶をしに来た。
「グレンさん、同じファミリアの団員として改めてよろしくお願いします。僕もまだまだ駆け出しですが、一緒に頑張りましょう!」
「あ、ああ……敬語はいいさ。よろしく、ベル」
「……!!! はいっ!!!」
何かを噛み締めるような表情を浮かべるベル。彼はヘスティア様の元へ行って一緒に喜びを分かち合い、辺りを跳ね回っていた。その2人の姿はとても面白くて……そして羨ましかった。
☥
「ほら、君の新しいステイタス」
和やかな会話も一段落つき、ベルはヘスティア様にステイタスの更新を行ってもらっていた。横目で俺もそれを覗く。
ベル・クラネル Lv.1
力:I77→I82
耐久:I13
器用:I93→I96
敏捷:H148→H172
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
「結構上がりましたね」
トータル上昇値約30前後、これでかなり上がったということは、普通はもっと少ないということか……なんとなく分かりづらかったステイタスの基準について、少しわかったような気がした。
「神様、このスキルのスロットはどうしたんですか? 何か消した跡があるような……」
そう言ってベルはヘスティアと俺にスキルのスロット欄を見せる。確かに字が掠れており、消した様な跡が確認できる。
「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」
「ですよねー……」
落胆するベルを尻目に、ヘスティア様の挙動不審な動きが目に付いた。本当に何かを隠しているかもしれない。今は探りを入れないでおこう、ヘスティア様が隠すってことは、俺と同様に何かしら特殊なスキルが開花しているのかもしれない。
「じゃあ、神様。もう夕飯の支度しましょうか? ジャガ丸くんパーティーでも、さすがにそれだけじゃあ物足りないですよね?」
「うん、ベル君に任せるよ」
「はーい」
俺が思考をめぐらせている間に、ベルが夕食の準備に取り掛かっていた。
「グレン君も早く、席について」
ヘスティア様がそう言うとポンポンと、自分の隣のソファを叩く。
「俺も参加していいのか?」
「何言ってるんだい! 今日のパーティーは君の入団祝いでもあるんだよ、主役は座って待つ待つ!」
そう言ってヘスティア様は飲み物を取りに行く。
「さぁ、グレン君の入団を祝って!! 乾杯!!」
「「乾杯!」」
こうして始まったささやかなパーティーは俺にとっては温かく、そしてかけがえのない経験となった。もしこの世界でアイリスを見つけたら、ずっとここで暮らすのもいいのかもしれない。