ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。 作:即席社会人
雨が降る夜、荒廃した地にただ一人俺はいた。
「何をしている?」
「……?」
突然後ろから声が聞こえ、振り返ってみるとそこには黒の鎧を着た一人の老人が立っていた。
「このあたりに集落があったと聞いたが?」
老人は問う。その問いに対し、俺はふたたび地を見て答える。
「……なくなったよ」
「なくなった? ……ならおまえはここで何をしている?」
「穴を掘っている」
「穴を……?」
「いけないか?」
そう言い放ち、俺は老人に顔も向けず一心不乱に穴を掘り続ける。
「なんの穴だ?」
老人が再び問う。
「魔獣に殺された人たちの」
「……親か」
俺は穴を掘る手を止め、老人と顔を合わせる。
「俺に親はいない……村にいた大人たちはみんな良くしてくれた」
「……そうか」
そういうと老人は近くの岩に座り、俺の姿をしばらく眺めた。俺はその間も穴を掘り進める。空から降り注ぐ雨粒が冷たい。
「まだ掘るのか?」
老人がしばらくぶりに口を開いた。
「近くの村も全部やられたから」
「小僧、もうやめろ。お前が先にのたれ死ぬぞ」
「そんなつもりはない、ちゃんと寝てる」
老人の説教が鼻につく。どうしても言い返さざるを得なかった。
「飯は?」
「……」
しばらく食べていない。その事にすら気づかなかった、急激に疲れが押寄せる。
「夜にまた来る」
老人は俺にそう言い残し、荒地を後にしていった。泥まみれの黒髪が風に揺れる。今日も俺は、穴を掘り続ける。
☥
老人は宣言通りまたやって来て、僅かな食糧を俺に分け与えてきた。
「食え」
「どうしてくれる? なんのつもりだ?」
「警戒するな、気まぐれだ」
そういう老人から、俺はパンを受け取った。少しちぎって口の中へ放り込む。数日何も食べていないというのに喉を通ろうとしない。
「お前、名前は?」
俯く俺に老人は問いを続ける。
「じゃあ好きに呼ばせてもらおう……グレン、というのはどうだ?」
俺は老人の目を少しだけ覗く。
「気に入らんか? まあいい。いずれ別の呼ばれ方をされることになるだろうさ」
老人の言葉の意味がわからなかった。
「穴は掘り終わったか?」
「まだだ」
「もう十分だろう?」
もっと増える、その言葉に老人は沈黙する。
「なああんた。この国はどうしてこんなに荒れてるんだ? 闇の王というのがおさめてるんじゃないのか」
「なぜ知っている?」
「みんな知っていた。だけど、守ってはくれないと、魔獣は危険なままだ」
老人は俺の言葉に耳を傾け続けた。
「王は、天が憎いのか?」
「なぜそう思う?」
「この大地を見ていないから。ここに住む人々のことを考えているとは思えないから」
「王には王の考えがあるのさ」
「本当か? 本当に正しいことを考えているのか?」
俺は老人に、闇の王に対する懐疑心をぶつけた。
「おまえの思う正しいこととは?」
「……みんなが幸せになること」
「浅いな」
「だから穴を掘るのさ」
老人は俺の返答に笑みを浮かべ、また来ると言い残して去っていった。
☥
「……夢か」
いや、夢じゃないのか。俺は確かにこの世界にいる。神々が人々と暮らす平和なこの世界に。
「おはようグレン君、傷の調子はどうだい?」
声をかけてくれたのは、ファミリアの主神ヘスティア様だった。手には水桶を持っており、付きっきりで看病をしてくれていたようだ。時刻はもう12時、ベルは既に仕事に向かったようだった。ベッドから起き上がり、近くに置いてあった上着を着る。
「懐かしい夢を見た」
「へぇ……なんの夢だったの?」
「俺の師匠の夢」
「とっても無愛想そう」
ヘスティア様はニコッと笑いながら俺の顔を見る。師匠と弟子はよく似るというが、無愛想なところまで似ているのだろうか。そう気にしながらも、俺は前日気になったあることをヘスティア様に尋ねた。
「ベルに何か隠してるんじゃないか?」
「ギクッ……!! ヤ、ヤダナーグレンクン。ボクガ家族ニ嘘ヲツクワケナイジャナイカ」
ヘスティア様の言動ががぎこちなくなった。俺は一息付きヘスティア様に提案する。
「ベルには絶対言わない、約束するよ」
その言葉を皮切りに、ヘスティア様の言動が少しづつ戻ってきた。
「ほ、ホントに?」
まだ警戒はしているようだ。
「本当だ」
「神に誓う?」
「神に誓って」
そう何度か押し問答を繰り返し、ようやくヘスティア様が1枚の紙を取りだした。
ベル・クラネル Lv.1
《スキル》
【
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
「このスキルって……」
「そう、君のスキルとよく似たものだ。でもねこれって……」
ヘスティア様は一息ついて続ける。
「レアスキルってやつなんだ。君のもそうさ、早熟なんてスキル、見たことも聞いたこともないんだよ」
レアスキル、それはある特殊な条件下である一定の人間の強い願いによって具現化するスキル。これが開花した人間は、ほかの眷属にはできないことが出来てしまう、まさに反則技に等しい代物だと彼女は言う。
「ベル君は嘘が苦手だ。直接言わなくても態度に出てしまう。そしてそれを察知されると他の神どもにおもちゃにされるんだ! 最悪誘拐されたりとか……」
そういいながら頭をガシガシと掻くヘスティア様に対して俺は疑問をなげかけた。
「なら、どうして俺には……」
「君は表情が表に出るような性格じゃない。神の目で見れば分かるさ、信用してる。だからベル君のことも話したんだ」
秘密は一人じゃ抱えづらいからねぇ〜と、ヘスティア様は俺の肩をポンポンと叩きながら頷いていた。その辺り厳しいのか緩いのかが曖昧だが、その信用に応えるためにも来るべき時が来るまで俺は黙っていようと決意した。一通りの疑問を解消し、ベッドから出て外へ出ようとする。
「待ってグレン君、まだ君は傷が癒え始めたばかりなんだよ。もう少し休んでからでも……」
そんなヘスティア様の静止を聞いたが、あの夢を見た俺は動かずにはいられなかった。ここまで至れり尽くせりしてもらって、まだ動けませんなんて言ってたら、あいつはきっと怒るだろう。
「ヘスティア様、大丈夫。俺の傷はもうほとんど治ってる。今日から働いて借りを返さないと」
そう言ってヘスティア様を背に、俺は迷宮都市『オラリオ』へと足を踏み入れた。
「誰にも言わない、約束は守る」
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迷宮都市『オラリオ』、都市全体が城壁で囲われており、その中央部には『
「おーい、そこの兄ちゃん。今から仕事かニャー?」
活気溢れる街中は人混みで溢れかえっており、人の並に乗るか押しのけなくては前に進むことすら出来ない。あまりの人の多さと賑わいに少し足が止まってしまう。
「兄ちゃん気づいてないのかニャー? こーんなに可愛いミャーが声をかけてあげてるのに」
「……ん?」
突然後ろから声をかけられる。振り返るとそこには猫耳を生やし、淡い緑の給仕服を来たウエイトレスが立っていた。
「そうそう、あんただニャー。今からお仕事かニャー?」
「あ、ああ。今から迷宮に向かうところだ」
「ふふん、やっぱりニャー。ならばミャーたちの店で腹ごしらえはどうかニャー? ほら、腹が減ってはなんとやらだニャー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「どうしたんだニャ〜?」
そう言ってウエイトレスに店に引っ張りこまれそうになったところで、俺は慌てて制止の声をかける。彼女は何とか聞き耳を立ててくれたようだった。
「いや、今手持ちがなくてな……食べたところでどうも払えそうにない」
別世界からオラリオに来た俺に、ここで利用できる通貨を持っているはずがなかった。あの戦いで大剣もなくし、身一つでここまでやってきたのだから。それを聞いてウエイトレスは少し落ち込んでしまう。
「そうかニャー……まあ、お金が無いなら仕方ないニャー。払えないのに連れてきたらミャーも怒られてしまうニャー」
「……はぁ、分かった。もし今日稼いだ金に余裕があったら、夜に君の店に向かわせてもらうよ」
「ほんとかニャー? それはありがたいニャー!」
そんな彼女の顔を見て少し申し訳なくなってしまった俺は、思わず今日の夜に約束を取り付けてしまう。その瞬間、彼女の悲しそうな目が嘘のように輝いていた。上手く口車に乗せられた気分だ。
「夜に一席予約しておいたニャー、来なかったら殴られるのはミャーだから、絶対来るんだニャー! 来なかったら街中探し回ってでも席につかせるから覚悟するニャー!!」
「おいアーニャ! 外でゴマすってないで早く運びな!」
「は、はいニャー!! じゃ、待ってるニャー!」
彼女が働いているであろう酒場から怒号が聞こえる。すると彼女は俺に背を向け、一目散に酒場へと戻っていった。その看板には『豊饒の女主人』と書かれている。今日の夜の予定が決まった。
☥
俺がたどり着いたのはダンジョンを統括している組織『ギルド』の受付窓口。俺がここに来た理由は、冒険者としての正式な登録をするためであった。ちょうど近くを通り掛かった切り揃った髪のエルフの嬢に話しかける。
「冒険者登録に来たんだが……」
そう声をかけられた女性は俺をチラッと見たあと、さらに二度見をしてきた。体をジロジロと見られ、パッとは慣れたかと思うと透き通った声で話しかけてきた。
「君がベル君の言ってたグレン君、だね?」
ベルは既に俺の事を話していたようだった。
「まさかあの子に後輩ができるなんてねー? 話には聞いてたけど、あの時はちょっと驚いたわ」
「その……」
「あ、ごめんね。正式登録の方はほとんど済ませてあるから、あとはここにサインして」
ギルド受付嬢の名札『エイナ・チュール』と書かれた女性の指示のまま、俺はサインをする。これで晴れて、俺は冒険者となったのだった。
「うんうん、これでよしと」
「ありがとうエイナさん」
「お礼なんていいわよ、受付嬢としての仕事だから」
じゃ、頑張ってね、新人さん。と言って去っていこうとする彼女を俺は引き止める。大事なことをすっかりと言い忘れていた。
「武器を……貸してほしいんだ」
☥
「ここが……」
色々あったがようやくたどり着いた。冒険者と
『こんな大きな剣でいいの? 新人ならこの
『いや、これがいい。俺にはこれが合ってる』
『……まあ、それならいいけど』
エイナさんの忠告を無視して選んだ鉄の大剣。大振りで威力は高いが切れ味はなく、これを振るえる腕力を持つものは既に借り物よりマシな装備を身につけているだろうという、なんとも中途半端な一刀である。なんでも数日前、上層を探索していた冒険者の団体が見つけたものらしい。背丈ほどもある刀身で勿体ないと感じた彼らが、何とか金にならないかとギルドへと持ち運んだが、結局ただのなまくらだと分かりギルドへ押し付けていったと聞いた。ギルドも処理に困っていたところで俺が借りることになった、というのが事の経緯である。
「しかしギルドも
ただの邪魔だと思っていた大剣に思わぬ形で借り主が生まれ、しっかりとレンタル料金を請求してきた。大物のため3000ヴァリス、今回の探索報酬から天引きされるらしい。
この鉄の剣を何度か振るった時、ある違和感を感じた。何故かよく手に馴染む、昔握ったことがあるほどに。でもどこで……? 疑問はつのるばかりだが、それだけでは金は手に入らない。俺は一度考えるのをやめ、ダンジョンの奥底へと足を踏み入れた。
☥
潜りに潜っていつの間にか四階層まで来ていた。今まで見てきた敵はゴブリンやコボルト、フロッグ・シューターといった小型モンスターばかりで、どれも大したことは無かった。
「はぁっ!!」
『グェ……!!』
巨大な剣がフロッグ・シューターの脳天へと振り下ろされる。情けない悲鳴とともにフロッグ・シューターは押しつぶされた。やはりこの剣は斬る、というよりその重量で叩き潰すものなのかもしれない。潰れたフロッグ・シューターの頭から、かすかに光る石の欠片が顔を覗かせる。これが魔石、元の世界でいうルーンの欠片のようなものだ。ここには魔力が詰まっていて、人々はそれを加工して日々の暮らしへと活かしている。先程倒したフロッグ・シューター以外の敵からもこれを採取し、バッグの中へとしまう。すると魔物の死体はみるみるうちに霧散し、欠片も残さず消滅した。だがしかし、時折モンスターはその体の一部を維持してアイテムとなる場合がある。例えばコボルトの爪やゴブリンの牙などが挙げられる。これは薬品加工のアイテムや武器、防具の素材となることがあるから取っていて損はないのだそう。
一通りの採取を終えたその時、前から見覚えのある姿がこちらへ向かって歩いてきていた。
「ベルか」
「グレン、どうして四階層にいるの!? まだ初日なのに!」
「おかしいのか?」
「ボクなんて半月かけてやっと五階層で頑張れるかなってぐらいなのに……」
ベルは少し落ち込んでいる、というかなんだかやるせない表情になっていた。
「……俺は、元々戦い続けていたんだ」
「え?」
「魔物たちとさ……そして、人間とも沢山戦った。慣れてるんだ、戦いに」
「そうなんだ……なんだが、かっこいいな。そういうの」
「……そんなんじゃないさ」
ベルも俺も、それ以降口にすることは無かった。沈黙のままの立ち往生、辺りに気まずい空気が流れ始める。
「ベルは、もう帰るのか?」
「うん、カバンもいっぱいだし、今日は行かなきゃいけないところがあるんだ」
俺は沈黙を断つべくベルへと声をかける。ベルもなんとか俺の質問に答えてくれた。
「どこへ行くんだ?」
「『豊饒の女主人』って知ってるかな? あそこの店員さんに誘われちゃって……」
聞けばベルもあの店のウエイトレスに声をかけられたらしい。ベルの場合は灰色の髪をした人間の女の子だったみたいだ。俺は茶色い髪をした猫人だったが。その旨を話すと、ベルは一緒に行かないかと言ってれた。2人とも誘われているのだしちょうど良かった。俺はベルの提案に乗ることにした。だが、もう少しだけ探索を続けたいとベルに告げ、彼には店の前で落ち合うことを約束して別れを告げる。
「じゃあグレン、待ってるよ。頑張って」
「ベルもな」
俺は四階層を探索した後、さらに奥へと進んでいく。最終的にたどり着いたのは六階層だった。
「……寒いな」
環境的な寒さではない、悪寒に等しい何かが背筋を伝う。上の階とは明らかに空気が違うものとなっていた。突如、四方からビキリ、ビキリ、と壁の割れる音が聞こえ人の影のような魔物『ウォーシャドウ』が四体生まれる。ウォーシャドウは声も挙げず、一斉にその鎌爪を俺に向かって振り下ろす。間一髪で全ての爪を弾き、四体の中心から脱出した。少し、気を引き締めていこう。
俺は息を整え、魔物の群れへと走り出す。四体のウォーシャドウの内、比較的別個体と離れていた一体に向かって進路を変え、そいつの首をはねる。驚愕し後ずさる三体のウォーシャドウへと再び進行し、正面から剣を振り下ろす。すかさず迎撃体制を取ったウォーシャドウ達。
「かかった……!!」
正面からの攻撃はブラフ。既に俺は一歩先に踏み込んでおり、三体の真後ろを陣取っていた。剣を突き立て、一体を串刺しにして屠る。残った二体は俺から距離をとるように飛び上がった。近距離戦は分が悪いと踏んだのだろう。二体は遠距離から鎌爪のみを飛ばして攻撃を始める。正面から飛んできた鎌爪をなぎ払い、斬り飛ばす。カウンターによって大きく隙ができた正面のウォーシャドウに対し飛びかかり、その首めがけて大剣を押しつける。
「何……!?」
しかしその攻撃はガキン、という鈍い音と共に防がれてしまう。失っていないもう片方の腕を前に出し、ウォーシャドウは身を守っていたのだった。一撃で仕留めてきた俺に、仕留められなかった隙が生じる。
「ぐあっ……!?」
その隙を待っていたかのように、後ろで待機していたウォーシャドウの爪が背中へと直撃する。攻撃は途中で止まり、奴の爪は肉に食い込む形となった。背中の裂ける感覚が襲いかかり、一瞬力を弛めそうになる。
「逃がすかよ……!!」
その隙を見て逃げ出そうとしたウォーシャドウを押さえつけ、最大限の力で顔面へ拳を振り下ろす。バキン、という音ともにウォーシャドウの瞳が砕け、体が霧散する。
残ったのは俺の背中に爪を食い込ませた個体のみとなった。なんとか俺の背中から爪を引き抜こうとしているが、中々抜けないようだ。俺はそれを逆に利用し、伸びた腕を掴み勢いよく引き寄せる。ウォーシャドウの体が中に浮き、止まった頃には俺に首を掴まれる形となっていた。
『……!! ……!!』
ウォーシャドウは最後までもがいていたが、抵抗も虚しく首の輪がどんどんと閉まっていく。最後の瞬間、一気に力を込めて奴の首をへし折った。絶命し、体が塵と化していく。
「ふー……」
ようやく一息つくことが出来た。背中の怪我以外は特に目立った外傷もない。今日はここまでか、と区切りをつけた俺は落ちていた四つの魔石を拾い、地上へと帰還することにした。行き道とは違い、帰り道は嘘のように何事も起きなかった。